罠
階段で四階に上がり、無事に部屋の前まで辿り着いた。しかしドアにはロックが掛けられており、パスワードを入力しないと開かないシステムのようだ。だが裏を返せば、この部屋に何かあると言っているようなものである。
「真冬さん、ロックが……!」
『大丈夫、パスワードは解析済み。E6456Aと入力して』
「は、はい。E6456A、ですね」
真冬の指示通りに入力すると、ドアのロックが解除された。千夏が慎重にドアを開けると――そこには二段ベットが所狭しと並んでおり、大勢の子供達が就寝していた。
「真冬さん! 子供達がいました!」
『……ん』
あとは子供達をここから連れ出すだけ。千夏は部屋の電気を点けた。
「皆さん、起きてください!」
他の部屋に響かない程度の声で千夏が呼び掛けると、子供達が目を覚まし始めた。子供達は訝しげに千夏の方を見る。
「お姉ちゃん……誰……?」
「お休み中にすみません。怪しい者ではないので安心してください。私は皆さんを助けに来ました」
「僕達を……助けに……?」
「はい。ずっと酷い目に遭ってきたんですよね。苦しい思いをしてきたんですよね。それも今日で終わりです。私と一緒にここから抜け出しましょう!」
子供達は夢でも見ているかのような顔で、千夏を見つめる。
「私達……助かるの……?」
「もう……痛いことされないの……?」
「はい!」
ようやくこの地獄から解放される――その安堵感からか子供達が一斉に泣き始める。千夏もつられて泣きそうになるが、ぐっと堪えた。
「皆さん気持ちは分かりますけど、今は我慢してください! 誰かに見つかったら大変なので、静かに動きましょう!」
大事なのはここからだ。人数が多いのですぐに脱出完了とはいかないだろう。しかしここまで全て上手くいっているので、きっと最後まで何も起きないと、千夏は心のどこかで信じていた。
「真冬さん! あとは子供達を連れ出すだけです!」
『…………』
「……真冬さん?」
その一方で、真冬は不信感を募らせていた。
おかしい。何かがおかしい。確かにここまでは何も問題はない。だが、あまりにも上手くいきすぎている。言うなれば、何も問題がないことが問題なのだ。
思えばニーベルング内部のコンピュータをハッキングした時から違和感はあった。路上の監視カメラの映像が消されていたことから、敵側にもハッキング技術に長けた人物がいるのは間違いない。そんな者が、こちらのハッキングをそう簡単に許すだろうか。
もしハッキングさせる為に、わざとセキュリティを甘くしていたのだとしたら? 敢えて情報を渡すことで、こちらを誘い込んでいたのだとしたら――
「まさ……か……!!」
最悪の考えが真冬の頭を過ぎる。そして真冬はすぐさま里菜のいる部屋に向かい、就寝中の彼女の身体を調べ始めた。どうか杞憂であってほしい、そう強く願いながら。しかし現実は残酷だった。
「やられた……!!」
里菜の身体から〝あるもの〟を発見し、真冬の顔が青ざめる。全て罠だった。秋人が里菜と闘ったあの時から、餌は撒かれていたのだ。とにかく千夏に伝えなければ。
『千夏!! 今すぐそこから離れて!!』
突然スマホから真冬の叫び声が響き、千夏は動揺する。
「な、何言ってるんですか真冬さん!? ここまできて……!!」
『説明は後!! 早くビルの外に――』
そこでノイズが発生し、真冬の声が途切れた。
「真冬さん!? どうしたんですか真冬さん!!」
「おや。こんな時間に来客とは珍しい」
不意に男の声がした。心臓を掴まれるような感覚を千夏が襲う。
千夏が恐る恐る振り向くと――そこには一人の人物が立っていた。予め真冬から顔写真を見せてもらっていたので、何者かすぐに分かった。向井だ。
「アポイントを入れてくれていたら、お茶くらい出したというのに」
わざとらしく溜息をつく向井。千夏は恐怖のあまり手に力が入らなくなり、スマホを床に落とした。
「どう……して……!?」
どこかのタイミングで潜入に気付かれてしまったのか。それにしてはやけに落ち着いている。まるで最初から全部分かっていたかのようだ。
「どうしてバレたのか、って顔だね。お近づきの印に教えてあげよう。ほら、先日君達が連れ去った女の子がいただろう?」
「里菜さんのことですか……!?」
「実はそういう事態も想定して、子供達を外へ出す際には必ず盗聴器を取り付けるようにしていてね。つまり君達の作戦は筒抜けだったのだよ」
「そんな……!!」
そう。真冬が発見したのは超小型の盗聴器であり、里菜の頭髪に紛れ込むように取り付けられていた。そしてあろうことか、真冬達は里菜のすぐ傍で今回の作戦について話してしまった。
「おっと失礼、自己紹介がまだだった。私の名は向井巧実。ニーベルングの総帥であり〝10〟の数字を持つ転生杯の参加者だ」
向井は右腕の袖を捲り、10の痣を千夏に見せつけた。
「やはり貴方も……転生杯の……!!」
「私の痣に反応がないということは、どうやら君は一般人で間違いなさそうだね。いや驚いたよ、何の力も持たないにもかかわらず我々の領域に足を踏み入れてくるとは。君の勇気には敬意を表したい」
あからさまに見下した顔で、向井は千夏に拍手を贈った。
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