千夏の決意
「秋人さん達から大体の事情は窺いました。ニーベルングという組織に子供達が囚われてるんですよね」
「……ん」
「もしもこの子のように、他にも苦しんでいる子供が大勢いるとしたら……。一刻も早く助けてあげたいです」
里菜の寝顔を見つめながら、千夏が呟いた。
「分かってる。私だって同じ気持ち」
「……すみません。口で言うほど簡単なことではありませんよね」
「私のハッキング技術をもってすれば、ニーベルングへの潜入はそれほど難しくない。問題はその先……」
真冬は右腕の袖を捲り、転生杯参加者の証である〝51〟の痣を露わにした。
「私達にはこの厄介な痣がある。たとえ潜入に成功したとしても、向井達の内誰か一人でも痣の反応圏内に入ってしまったら、互いの痣が反応して潜入がバレてしまう」
「そう……ですか」
いくら真冬でも、痣の反応ばかりはどうにもならない。しばらく沈黙が流れた後、千夏が思いも寄らない発言をした。
「真冬さん、私に任せてください。私がニーベルングに潜入します」
「……え?」
一瞬言葉の意味を呑み込めず、真冬は唖然としてしまった。いや、もしかしたら真冬の聞き間違いかもしれない。
「ご、ごめん千夏。もう一回言って」
「ですから、私がニーベルングに潜入します」
目眩が真冬を襲う。聞き間違いなどではない。千夏は本気でそう口にしていた。
「……千夏。自分が何を言ってるのか分かってる?」
「勿論です。転生杯の参加者ではない私なら、痣の反応も関係ありませんよね?」
確かに一般人である千夏なら向井達の痣が反応することはない。信頼もできる。しかしあまりにもリスクが大きすぎる。
「私一人では何もできませんけど、真冬さんの協力があれば、きっと子供達を助け出すことができます! いいえ、絶対に助け出してみせます! どうかお願いします!!」
「駄目。痣の反応を考慮しないとしても、潜入がバレる可能性はゼロじゃない。もし向井達に見つかったら、何の力も持たない千夏は確実に殺される」
ニーベルングの複数の組員が謎の失踪を遂げているのは、おそらく向井達の秘密を知ってしまい、消されたからだと思われる。つまり向井達は相手が一般人だろうと容赦なく殺す連中であると窺える。もしかしたら殺されるよりも酷い目に遭うかもしれない。
「……確かに私は転生杯の参加者と違って、スキルのような特別な力は持っていません。でも、あるんですよね? 私のような一般人でも、スキルを使えるようになる方法が」
「なっ……!!」
真冬は大きく目を見開いた。二日前に真冬が発見した、転生杯参加者の血液から抽出したスキル因子を吸飲することでスキルを発現させる方法。どういう訳か千夏がそれを知っていた。千夏は里菜に目線を落とす。
「この子も、その方法でスキルを使っていた……そうですよね?」
「どうして千夏がそのことを……!? それも秋人達から聞いたの?」
いや、このことは千夏には内緒だと釘を刺していたはず。千夏が知ったら絶対に自分の身体で試そうとするに違いないと。秋人達もそんなことは望んでないだろう。
「すみません。一昨日、晩ご飯の用意ができて秋人さん達を呼びに行った時、偶然会話を聞いてしまって……」
「……そう」
迂闊だったと真冬は頭を抱える。まさか千夏に聞かれていたとは。
「スキルを使えるようになれば、私だって闘えます! ですから――」
「駄目。スキルを使えたところで戦闘経験ゼロの千夏が勝てる相手とは思えない。そもそもまだ一度も試してないから、本当にスキルが使えるようになるかも分からない」
「だったら今試させてください!」
「それも駄目。もし失敗したら千夏の身に何が起きるか分からない。そもそもニーベルングの潜入なんて看過できない」
「では他に子供達を助け出す方法はあるんですか!?」
「それは……。ただ、千夏を潜入させることが最善の方法だとはとても思えない」
お互い一歩も譲らない。やがて真冬は溜息をついた。
「千夏、冷静になって。千夏の言ってることはおかしい」
「……そんなに、おかしいでしょうか」
胸の前で強く拳を握りしめながら、千夏が言った。
「好きな人の力になりたいと思うのは、そんなにおかしいですか……?」
「……っ」
千夏の真剣な眼差しに、思わずたじろぐ真冬。
「学校全体が巨大な氷に囲まれて、秋人さん達が必死に闘っていた時……。私はただ黙って見ていることしかできませんでした。そんなのはもう嫌なんです! 私だって秋人さんの力になりたい!! 同じ人を好きになった真冬さんなら、この気持ち分かりますよね!?」
「千夏……」
泣きそうになるほど強く訴える千夏に、真冬の心が大きく揺れ動く。もはや真冬が何を言っても、千夏は絶対に引き下がらないだろう。現状他に手立てがあるわけでもない。ならばここは賭けてみるか――
「……分かった。私の負け」
長い沈黙の後、真冬は観念したように言った。
「えっ? それでは……」
「子供達の救出は千夏に任せる。私もできる限り協力する。それでいい?」
「はい!! ありがとうございます!!」
明けましておめでとうございます。2021年もよろしくお願いします。






