お持ち帰り
相変わらず女の子は血走った目で俺を睨みつけている。たとえ身体が限界でも、おそらくこの子は俺を倒すまで闘い続けるだろう。いや正確には、この子を操ってる奴が闘わせ続けるだろう。戦闘が長引けばこの子が壊れてしまうかもしれない。そうなる前に、この子を止めなければ。
『……分かった。女の子を止める方法を考えてみる』
流石は真冬、この数秒間の沈黙で俺の考えを察してくれたようだ。だがどうする。こちらの攻撃が一切通用しない以上、そう簡単には止められない。
『秋人。今から私の言う通りにしてみて』
真冬が俺に作戦を伝える。なるほど、その方法なら……!
まず作戦の第一段階として【操縦】を発動。先程弾き飛ばされた自転車を再び動かし、俺のもとまで走らせる。
「わ、わあー! 駄目だ、俺じゃ勝てない! もう逃げるしかない!」
俺はその自転車に飛び乗り、女の子から逃げる。と言っても逃げるフリだ。しかし我ながら酷い棒読みである。
「……ガアアッ!!」
それでも女の子はしっかり追いかけてきてくれた。よし、いいぞ。ある程度女の子を引き離したところで俺は十字路を右に曲がり、自転車を乗り捨てた。
続いて作戦の第二段階。何かちょうどいい物はないかと周囲を見回すと、とある理髪店のサインポール(赤白青の三色がクルクル回るやつ)が目に留まった。なかなか強度がありそうだし、あれを使おう。
最後の仕上げとして、俺は【氷結】を発動し、手の平にテニスボールサイズの氷を生成した。無論こんな物で女の子を止めるつもりはない。この氷はあくまで呼び水だ。俺は路上の真ん中に立ち、女の子を待ち構える。
『秋人、来る!』
真冬の言葉通り、間もなく十字路に女の子の姿が見えた。そして俺を発見するや否や凄まじい速さで向かってきた。
やはり普通の子供とは思えない身体能力だ。だが速ければ速いほど、この作戦の成功率が上がるというもの。問題はタイミングだ。少しでもズレたら失敗に終わる。
そして俺と女の子の距離が約十メートルを切ったあたりで、俺はさっき生成した氷を前方に軽く放り投げた。当然その程度で女の子が足を止めるはずもなく、構わず俺の方へ突っ走ってくる。狙い通り!
氷と女の子の距離がギリギリまで縮まったその瞬間、俺は【入替】を発動。氷とサインポールの位置を瞬時に入れ替えた。もはや女の子が足を止められるはずもなく――
「ガッ……!!」
女の子は勢いよくサインポールに衝突した。こちらの攻撃が通用しないのなら、相手の攻撃を利用すればいい。真冬の作戦通りだ。
女の子が地面に倒れる。今ので気を失ったらしく、起き上がってくる気配もなかった。勝負ありだ。俺は女の子に駆け寄り、念のため命に別状がないことを確認した。
しかし手心を加えていたとはいえ、まさか子供一人を相手にここまで手こずってしまうとはな。気付けばこれまで俺が【略奪】で手に入れたスキルを全て使ってたし、ある意味強敵だった。
では【略奪】で有終の美を飾るとしよう。俺は女の子の細腕に触れた。これでついに俺は氷の炎を操る最強の男に――
「……んん?」
俺は首を傾げる。おかしい。【略奪】の発動条件は満たしているはずなのに、いつまで経ってもスキルを奪った感覚がない。
もしやこの子は最初からスキルを所持していなかった……? いやそんなはずはない、確かにこの子は【火炎】と攻撃無力化、二つのスキルを操っていた。では何故スキルを奪えないのか。
『秋人。色々と調べたいことがあるから、その幼女をお持ち帰りして』
「言い方に悪意あるだろ!」
つい真冬の声にツッコミを入れる。しかしこの子を路上に放置するわけにもいかないので、俺は女の子を背負ってアジトに帰宅することにした。
こんな夜遅くに幼女を背負って歩く26歳の男……。我ながら犯罪臭が凄い。警官に見つかったら一発でアウトだな。外見が16歳ってことがせめてもの救いだ。
日付も変わり、午前一時前。幸い警官とすれ違うこともなく、俺は無事に女の子と共にアジトに帰宅した。ドアを開けると、千夏と真冬が玄関まで駆けつけてきてくれた。
「秋人さん! お怪我などはありませんか!?」
「……ああ、大丈夫。悪いな心配かけて」
「秋人、その女の子どうしたの? まさか誘拐したの? いつかやりかねないとは思ってたけど……」
「一部始終を見ておいてその発言はおかしいだろ!! 俺をロリコンキャラにするのやめろ!!」
「ごめん、冗談。お疲れ様」
真冬の冗談好きには困ったものだ。だけど闘いに勝てたのは真冬の作戦のおかげだし、大目に見てやろう。
「春香は?」
「春香は普通に寝た」
寝たんかい。春香らしいっちゃらしいけど。俺の帰りを待ってくれていた千夏と真冬が天使に見えてくる。
「悪いけど、この子を任せてもいいか? 俺も早く寝たい……」
「分かりました。ゆっくり休んでください」
「……ありがとな」
女の子を千夏に預けると、俺は吸い込まれるように自分の部屋へ向かった。大した怪我はなかったが、体調が優れないまま激しい戦闘を繰り広げたので、もう限界だと身体が悲鳴を上げている。俺は着替えもせずにベッドに転がり、深い眠りについた。
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