風営法
「はあ、五分ってあっという間ですね。でもあのエミリアさんに占ってもらえて感激でした。歯槽膿漏はちょっとショックでしたけど……」
「ははっ、だろうな」
正直占いなんて全然信じてなかったけど、案外馬鹿にできないもんだな。この五分で俺の中の占いに対するイメージがガラリと変わってしまった。千夏も満足そうだし、時間と金を費やした甲斐はあったというものだ。
「エミリアさんのアドバイスも心に刺さりました。これから私も、積極的に攻めたいと思います。なんて……」
「そ、そうか……」
俺が反応に困っていると、突然千夏が俺の手を握ってきた。
「千夏!?」
「……っ」
顔を真っ赤にして俯く千夏。まさかこんなに早く行動で示してくるとは。しかし千夏はすぐに俺の手を離した。
「す、すみません。やっぱりこういうの、私らしくないですよね。あはは……」
「あっ、いや……」
いたたまれない空気になり、お互い無言になってしまう。それからしばらく歩いていると――
「あいたーっ!!」
バケツを持った婆さんが突然現れ、俺達の前で派手にすっ転んだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「待て千夏」
駆け寄ろうとする千夏を止める。よく見るとそれは婆さんではなかった。
「……何やってんだ朝野」
そう、それは婆さんに変装した朝野だった。変装と言っても白髪のカツラを被って割烹着を着てるだけのお粗末なクオリティだが。
「はい!? 朝野って一体誰のことかにゃ!? 私は通りすがりのお婆さんにゃ!」
せめてその語尾は隠せよ。
「えっと……。お、お婆さん。大丈夫ですか?」
乗ってあげるのか……。優しいな千夏は。
「いやあ、それが川で洗濯をしてきた帰りなんじゃが、道に迷ってしもうてのう。都会は建物が多くて困ったもんにゃ」
いつの時代の人だよ。駄目だツッコミ所が多すぎる。
「よかったら、私が自宅までご案内しましょうか?」
「おお、助かる! この地図の星マークがワシの家にゃ!」
朝野が地図を千夏に渡す。怪しさ全開だが、ひとまず俺達は朝野の茶番に付き合ってやることにした。
「それにしてもよく俺達の居場所が分かったな。あー、そういやさっき朝野からLINEが来て居場所を聞かれたって千夏が言ってたっけ」
「そういうこと――じゃなくて! わたっ、ワシは通りすがりのお婆さんって言うたじゃろうが! 朝野なんて知らないし君達とは初対面にゃ!」
「はいはい」
しかし朝野の目的が全く分からんな。何がしたいんだこいつは。
地図の通りに進むこと数分。なんだか人通りが少なくなってきた。ていうかこの道、前にも通ったことがあるような……。
「はああああああああああ!?」
星マークの場所に辿り着くなり、俺は絶叫した。俺の目に飛び込んできた建物、それは以前のデートでも訪れた――ラブホテルだった。
「にゃっはっはっは!! 見事に引っ掛かったにゃ!!」
朝野がカツラと割烹着を脱ぎ捨て正体を現した。元からバレバレだったけども。
「わ、わー! まさかお婆さんの正体が朝野さんだったなんて! まったく気付きませんでしたー!」
「でしょ!? 我ながら完璧な変装だったにゃ!」
千夏、そこまで乗ってあげなくても。
「二人とも、この建物が何だか分かるよね? そう、ラブホテル! 私の狙いは二人をここまで連れてくることだったんだにゃ!」
「……昨日言ってたサプライズって、このことだったんですね」
「サプライズ……?」
「あっ、いえ! こっちの話です!」
前回は春香の指示でここに来てしまったが、今回は朝野かよ。どんだけ俺達をラブホテルに入らせたいんだ。あの時はすぐに退散したが……。
「さあ秋人くん! こんな所まで来ちゃったら、男として足を踏み入れないわけにはいかないよね!? ね!?」
「ばっ、馬鹿なことを言うな!」
「大丈夫、私が代わりに予約入れといたから!」
「そうじゃなくて!! そもそもこういう所は20歳以上じゃないと入れないだろ!!」
「チッチッチ。甘いね秋人くん。ラブホテルは18歳以上だったらオッケーなんだよ。ちゃんと風営法で決められてるにゃ」
「えっ……そうなのか!?」
スマホで調べてみると、確かに18歳以上であれば利用可能と書かれてあった。今まで一度もお世話になったことがなかったから勘違いしてた。勉強できないくせにこういうことは詳しいのかよ。
「それでも入れないことには変わりないだろ! 俺達は18歳未満なんだから!」
「千夏ちゃんは何歳なの?」
「17ですけど、今年18になります」
「はいクリアー!」
いやクリアじゃないだろ。
「秋人くんは何歳?」
「朝野も転生杯の参加者なら知ってるだろ。16歳だよ」
「私が聞いてるのは実年齢の方にゃ!」
「それは……26歳だけど」
「はいクリアー!」
だからクリアじゃないっての。
「そもそも俺達は高校生だぞ、年齢とか関係なく入れるわけないだろ! ほら、ネットにもたとえ18歳であろうと高校生は入れないって書かれてあるぞ!」
「制服を着てるわけじゃないんだからバレないバレない。ぶっちゃけそこまで細かくチェックされないみたいだし」
「だからってそんな……! 千夏からも何か言ってやれよ!」
「…………」
無言で俯く千夏。あれ、なんで何も言わないの?
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