嘘も方便
「ちょっとそこで飲み物買ってくる! 千夏は喉乾いてないか!?」
「そうですね、少し……」
「何がいい!? ついでに買ってきてやるよ!」
「あっ、ありがとうございます。それじゃ、オレンジジュースで」
「了解!」
俺は動揺を隠すように近くのコンビニに入った。もしかしたら千夏は、とっくに俺が沢渡達を殺したことに気付いているかもしれない。それでも深く追及してこないのは、その領域に踏み込んではいけないと千夏も分かっているからだろう。
ウーロン茶とオレンジジュースを購入し、コンビニを出ると――
「君可愛いねー。一人?」
「これから俺達と一緒に遊ばない?」
千夏が男二人組にベタなナンパをされていた。なんだアイツら、ふざけやがって。とはいえ千夏ほどの女の子ならいつどこで声を掛けられても不思議ではない。
かつて千夏が女子トイレで沢渡達に絡まれていた時の光景が蘇る。きっとあの時のように、千夏は何もできずに怯えているだろう。俺が助けてやらないと。俺が駆けつけようとした、その時。
「あっ、あの!!」
周囲に大声が響いた。千夏の声だ。
「わっ、私!! 彼氏とデート中なんです!! だから、ごめんなさい!!」
予想外の千夏の行動に、俺は無意識に足を止めていた。まさか千夏があんな大声を出すとは。
「そ、そうか……」
「ごめんな、邪魔して……」
これには男二人組も面食らったようで、大人しく立ち去っていった。その直後、俺は千夏のもとに駆け寄った。
「いやー凄かったな千夏。ナンパを撃退するなんて」
「み、見てたんですね。恥ずかしいです……」
「助けに入ろうと思ったけど、必要なかったみたいだな。はいこれ」
「ありがとうございます」
千夏がオレンジジュースを受け取る。その手はとても震えていて、かなり勇気を振り絞ったのが見て分かった。
「秋人さんならきっと助けてくれると思いましたけど、いつまでも秋人さんに守られてばかりでは駄目ですからね」
「……千夏も変わったな。最初に会った頃より強くなったと思う」
「そ、そうでしょうか? でも私が変わろうと思えたのは、秋人さんのおかげです」
夕焼けに染まりゆく街の中を歩きながら、千夏が語り出す。
「俺? いや、俺は何もしてないだろ」
「そんなことありません。先日、学校が氷に囲まれて皆が閉じ込められた時……。どんなに絶望的な状況になっても、秋人さんは決して諦めず、最後には敵を倒しました。そんな秋人さんの姿を見て、私も変わりたいと思ったんです」
「そ、そうか……」
なんかそこまで言われると照れるな。俺はただ自分にできることをやっただけだ。
「あっ、でもすみません。咄嗟のこととはいえ、彼氏とデート中だなんて言ってしまって……」
「いいって。嘘も方便だしな」
「……そうですよね。嘘、ですもんね」
どこか悲しげな顔で、千夏は呟いた。
「あっ。朝野さんからLINEが……」
千夏がスマホを手に取る。俺はそのスマホに以前俺があげたイルカのキーホルダーが付けられていることに気付いた。
「そのキーホルダー、使ってくれてるんだな」
「あっ、はい。私の……宝物です」
目を細めてキーホルダーを見つめる千夏。俺が軽い気持ちであげた物をそこまで大事に思ってくれてるなんて、なんか逆に申し訳ないな。
「朝野からは何だって?」
「今どの辺にいるのか、と聞かれました」
俺は首を傾げる。朝野が俺達の居場所を知ってどうしようというのか。嫌な予感しかしない……。
それからしばらく歩いていると、とんでもない行列を発見した。ほとんどが女性だ。その行列を目で追ってみると怪しげな屋台があり、立て看板には「エミリア占星術」と書かれてあった。どうやら占いをやっているらしい。
「あれは、エミリア占星術……!」
「知ってるのか千夏?」
「勿論です! エミリアさんは多くの政治家や芸能人も御用達の占い師で、ものすごく当たるって評判なんですよ!」
「へえ。そんなに凄い人なのか」
「それはもう! 本人の意向でメディアの露出は控えているみたいですが、占い業界ではトップクラスに有名な方なんです! まさかこの街に来てたなんて……!」
目を星のように輝かせる千夏。こんなにテンションが高い千夏は初めて見るな。占いが好きというのも知らなかった。
「……なら、俺達も占ってもらうか?」
「えっ!? いいんですか!?」
さすがにこの流れで素通りするわけにはいかないだろう。というわけで俺達は大行列に並び、約二時間後にようやく俺達の番が来た。
ちなみに鑑定時間は一組五分と決められており、料金は一人千円。占いの相場はよく知らないが、正直割高だと思う。
カーテンを開けて屋台に入ると、いかにも占い師という格好をした女性がいた。この人がエミリアさんか。顔はフードで隠れているので見えないが、雰囲気的に二十代後半から三十代前半と思われる。
「あら、お次は若いカップルさんね」
「い、いえ! カップルというわけでは……!」
「ふふっ、初々しいわね。どうぞ座って」
「はい! よろしくお願いします!」
「……お願いします」
落選のショックから大分立ち直りました。引き続き応援よろしくお願いします。






