永遠の兄弟
「君達、さっきから何の話をしてるんだい? 言っておくけど僕は乙木なんて人物は知らないし、刺し殺すなんて野蛮な真似をしたことは一度もないよ」
雪風もこう言っている。この状況で嘘をつく理由もないだろう。こいつが犯人じゃないのなら、地中で闘った時に会話が噛み合わなかったのも納得がいく。
雪風は春香の復讐の相手ではない――俺もそう結論を出した。
「もういいわ。あとは秋人がやって」
「……いいのか?」
「ええ。こいつが復讐の相手じゃないと分かった以上、アタシにとってはどうでもいい存在だから」
完全に関心が失せたらしく、春香が冷たく言った。まあ、正直俺としても雪風はこの手で葬らないと気が済まなかったから都合は良いが。
「待たせたな雪風。関係ない話をして悪かった」
では、やるとするか。こいつに引導を渡すのは、やはりこのスキルが相応しい。俺は【氷結】を発動し、一本の氷の槍を生成した。せめて最期は苦しまぬよう、一瞬で終わらせてやる。
「遺言があるなら聞いてやるよ」
槍先を雪風に向ける。雪風は小さく笑みを浮かべ、こう答えた。
「一足先に、あの世で待ってるよ」
「……そうか」
俺は雪風の心臓部に氷の槍を突き刺した。
「ぐっ……」
雪風は吐血し、地面に倒れる。やがて雪風の身体は塵となり、消滅した。どんな人間も、死ぬ時は実に呆気ないものだ。
斯くして長きに渡る雪風との闘いに、終止符が打たれたのであった。
☆
秋人が雪風の心臓に氷の槍を突き刺した瞬間――春香は衝撃に目を奪われていた。
それは何故か。乙木先生を刺し殺した男と、雪風を刺し殺した今の秋人が、あまりにも重なって見えたからだ。
『確かに秋人と特徴が一致してる。実は秋人が犯人だったりして』
以前真冬が冗談で口にした言葉が、不意に春香の脳裏を過ぎる。だが、そんなはずはない。乙木先生が殺されたのは四年前。その頃にはとっくに死刑が執行され、秋人という存在はこの世から消えていた。だから秋人が乙木先生を殺すのは絶対に不可能なのだ。
秋人は雪風の消滅を見届けた後、春香の方を振り向いた。
「ん? どうした春香、ぼうっとして」
「……ううん、何でもない」
無意味な疑念を振り払うように、春香は首を横に振った。
☆
気が付くと、雪風は暗闇の中にいた。生前に命を断った時と同じ、18才の姿で。
そこには二つの道があった。左の道の先には、光に満ちた煌びやかな世界。右の道の先には、闇に満ちたおぞましい世界。左が天国で、右が地獄だと雪風は理解した。そして雪風が立っていたのは、右の道だった。
当然か。あれだけ多くの人間を苦しめ、殺めたのだから。そう思いながら、雪風は静かに右の世界へ歩を進める。
「兄さん!!」
そこに、左の方から一人の人物が駆けてきた。雪風の弟、貴史だ。
「貴史……! 駄目だ貴史、こっちに来ては!」
貴史はただ、自分の言いなりになっていただけ。貴史には何の罪もない。地獄に行くのは自分だけでいい、貴史は天国へ行くべきだ。しかし貴史は足を止めず、やがて雪風と共に右の道に立った。
「貴史、どうして……!?」
貴史は雪風の手を取り、優しく握りしめる。
「どんな時でも、僕は兄さんと一緒だよ。僕も連れて行って、兄さん」
「貴史……!!」
大粒の涙を流しながら、雪風は弟を抱きしめた。
「……行こう、兄さん」
「……ああ」
二人の兄弟は、希望に満ちた顔で、地獄へと続く道を歩いていった。
☆
雪風との闘いから五日が過ぎた。午前七時、携帯のアラームで目が覚めた俺は、ゆっくりと身体を起こした。
雪風が引き起こした一連の騒動は、未曾有の大事件として世界中で報道された。が、その翌日には人々の記憶から綺麗サッパリ消え、完全に無かったことになっていた。また例によって支配人が色々とやってくれたのだろう。本当にお疲れ様ですって感じだ。
「あー……」
それにしても、頭が妙に重たく感じる。ここ最近ずっとこんな調子だ。原因に全く心当たりがないから余計モヤモヤする。まあ熱があるわけでもないし、自然と良くなるだろ。そう呑気に思いながら、俺はリビングに足を向けた。
「おはようございます、秋人さん」
「おはよ」
「……ああ、おはよう」
千夏と春香に挨拶。いつも朝食を作ってくれている二人がテーブルの席に座っているということは、今朝の朝食も……。
「おはよ秋人。そしてみんなお待たせ」
キッチンから真冬が料理を運んできた。長いこと過酷な環境で闘い続けた俺達を少しでも労いたいと、真冬が自ら朝食担当に志願したのである。それが今日で四日目になるわけだけど……。
「ま、真冬。これは?」
「オムライス」
「……なるほど」
皿に乗った紫色の物体を見つめる。おかしいな、俺が知ってるオムライスはもっと黄色っぽかった気がするんだけど。しかしせっかくの真冬の手料理、食べないわけにはいかない。
それにアレだろ? こういうのって見た目は最悪だけど味は最高っていう、よくあるパターンだろ? そんな一縷の望みを抱きながら、俺は恐る恐るオムライスらしき物体を口に運んだ。
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