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女帝降臨

 料理人が腕を振るった朝飯を、俺は溜め息と一緒に飲み込んでから、着替えもせずに寝たせいで皺だらけになった服を着替える。


 鏡に映るブルックリンは痩せマッチョって言うか、無駄も過剰もない引き締まった身体してやがる、学者気取りで腹筋六つに割れてるとか、コイツの行動が読め無さ過ぎて予想外過ぎるわ……。


「コイツ、本当に何者なんだろう……」


 まぁ荒ぶる鷹のポーズであそこまで飛べるんだから、きっとこのゲームでは立ち絵の有るキャラは大体こんな感じなのかもしれないな。


 そんな事を考えながら代わりのシャツを出す為に、部屋の片隅に備え付けられたクローゼットを開けると、ある意味で予想通りであって欲しくない展開が待ち構えていた。


「ああ、やっぱり……」


 容量の都合なのか予算の都合なのか、はたまた脇役だからなのか、こいつが別の衣装を着ている姿を俺は見た覚えがない。


 その記憶を裏切らない光景、恐らく一週間分だろうか?クローゼットの中に全く同じ服が整然と六着ぶら下がっていた。


「サラリーマンの俺もね、人のことは言えないよ?クローゼットはスーツばっかで似たようなもんだけどさ……、分からんでもないけどさ、流石にさ、同じ服が六着並んでるのは予想外だったわ……」

 

 公爵家のお仕着せなんだろう?でも、こいつ私服の一つも持ってないのか?というか、誘拐とか暗殺とか結構やばいことやってるのに同じ服でやってんのかよ!


「こいつの死亡率が、八割超えてる理由って……」


 こんな特定しやすい衣装を着てたら、そりゃ言い逃れも出来ないわ、むしろ捕まえてくれと言ってるとしか思えない……、せめてさぁ、なにかヤバイ事するなら着替えましょうよ~。


 それでも無い物ねだりは出来ないし、仕方ないので目の前にある死亡フラグの一端に触れて袖を通す、仕立ては非常に良い出来で体に負担を感じさせないのは立派なもんだと思う。


「馴染む、実によく馴染む、んだけどやっぱ先のコトを考えると、ねぇ……?」


 何かあった時のために目立たない服を買っておこう、うん、そうしよう。


 八割の死亡フラグについて考えていると、脱いだ服の中にあった小さな懐中時計が八回鈴を鳴して時間を告げる、そろそろ行かないと痺れを切らしたお嬢様がキレそうな時間だな。


 しょうがない、今日は頑張って何とかお嬢様に「お友達になりましょ」って言わせる作戦を遂行しよう。


 そんな事を考えながら、さっき隠蔽工作で開けた窓を閉めようとした時、スポーツカーかよと突っ込みを入れたくなる真っ赤な馬車が、屋敷前のロータリー?に停まっているのが目に入る。


 ああ、アレがきっとさっきシャーリーが言っていた奥様の馬車なのだろうな、お嬢様と言い、奥様と言い、なんでこうも如何にも目に悪そうな派手な色を好むのかねぇ?普通に白とか黒でいいじゃない?と思うが、やはりこだわりなのだろう。


 爽やかな朝には少々不釣り合いな光景と決別するため窓を閉め、カーテンを引こうと手にとった時に、馬車から降りる女主人と偶然視線が合った。


 豪奢という言葉を体現するような真っ赤なドレスに負けぬ、豊満なワガママボディを押し込めた目付きの鋭い長い金髪の美女、推定公爵夫人さんじゅっさいだい。


「アカン、アレはアカン……、俺が一番関わっちゃいけねぇタイプだって、第六感(シックスセンス)にビンビンきやがるぞ……」


 ああいった女王様気質の女に関わったら、良いように扱われボロ雑巾されて、最後は彼女が望む面白い事の火種を作る焚付にされる未来しか見えない。


 なんで詳しいかって?実は大学の先輩にさ、ああ言う如何にも女王様って感じのタイプが一人居たんだよなぁ。


 俺は美人は裏や刺があるって干物で理解してたから近づかなったけど、同期の数名がその毒牙に掛かって、良いように扱われて振り回されて偉いことになったのを覚えている。


 あの先輩ってさ、自分のため走り回ったり慌てふためく男の様を見ながら、実にイイ笑顔で楽しそうにしてたんだよねぇ。


 ああいう女は絶対ドが付くタイプのSだから、同じくドが付くくらいのMじゃないと近づいちゃいけないと思う。


「あ、やべ、見つかった」


 俺みたいな一般ピーポーには毒にしかならない危険な相手なのに、目が合った途端、彼女はなにか面白いものを見つけたように、どぎつい真っ赤な口紅で彩られた唇を楽しそうに歪ませる。


 急いでカーテンを閉めたが多分アカン……、これは完全にロックオンされたと思った方がいい。

 

 うわおおううっ!もうダメだっ、私は失敗した失敗した失敗した失敗した、失敗したぁ!アレ系の女王様タイプは妙に勘が良くて、自分が楽しく愉悦できるネタに敏感なんだよ?


 今の俺はまさに鴨がネギどころか、いい感じに出来上がってる鍋の上で「押すなよ?絶対に押すなよ?」って鴨が言ってるような状態だよ?そんなの押されるに決まってるじゃないですかーーーーーー。


 くそッ、どうなってんだよ!いきなり魔王とエンカウントするデスゲームとか、エクストリーム自殺ってレベルじゃねーか!攻略難易度高すぎだろっ!


 お願いしますよ~、こう言うイベントはもう少し後にしてくださいよ~、序盤で全滅イベントって、デスゲームじゃ無理があると思いますよ~?


「ヤバイよ、ヤバイよ……」


 魔女の釜に沈む自分の姿を想像して、口からどっかの芸人みたいな発言が出てくるが、俺はここで終わりなのか?いやまだだ、まだ慌てるような時間ではない!


 そうだ落ち着け俺、落ち着けば何か冴えた答が見つかるはずだ!オケィわかったぞ、いや分かりましたぞ!やっぱり靴舐めた方が良かったんですね!


 今から舐めますから朝起きた時からやり直しできませんかね?結構綺麗にする自信ありますから!ねっ、ねっ?だからそうしましょうよぅ。


 そんな俺の必死の願い(いのちごい)も虚しく、廊下は騒がしくなり最終防衛ライン(へやのとびら)を叩く音が無情に響きわたる。


『ゴォーーーーールーーーーッ!ディフェンスの甘い所を突いた素晴らしい速攻、いやぁまさに女王様にふさわしい速技ですね、このチャンスを無駄にしない決定力に脱帽ですっ!』


 どうやら俺の第六感(もう一人のボク)は既に諦めたらしく、何故かスポーツ実況の様な勢いで自らの状況が『詰んだ』と匙を投げてくるが、それでも中身が違うのバレたら即終了状況でも、俺は自分を諦めたりできやしない。


「まだだ……、まだ終わらんよ!」


 バレたら即死亡だぞ?自分の命を諦める訳ないじゃない!ここはなんとしても乗り越えて、次に繋げなきゃならない。


 やってやる、やってやるぞ、俺だって大学生の坊やじゃないんだ!女王様なんて怖かねぇええ!!


 そうだ、俺は戦士なんだ!会社という厳しいフィールドでお局様に鍛えられ、社畜の誓いを教えてくれた同期の屍を超えた戦士だ。


 今なら、今の俺ならそうそう簡単に負けはしない、見ててください係長!貴方の見せてくれた漢の背中から学んだ集大成、今ここで見せてやりますよ!


「ブルックリンさんっ、あの、シャーリーです、奥様が急いで来るようにとのことです」


 急いできたのか少し息を切らして声を掛けてくる、きっと急げと言われて走ってきたのだろう。


「分かった、今から出るよ……」


 気分はまるで死刑(ぎょうせき)執行(みったせい)を言い渡されるの待つ気分だが、それでも社畜は前に出なければならん時がある。


 それが今だ!キャバクラホッチキスマン、ボクに勇気を下さい!


「だいじょうぶ、ですか?何だか奥様が凄く楽しそうでしたから……、奥様がああ言う顔する時っていつも……」


 覚悟を決めた俺に、やたらと不安になる発言をしてくる耳年増メイド(シャーリー)

 

 ねぇ、シャーリーさ~ん頼むよー、折角格好良く覚悟決めたのにさ、速攻で折るスタイルやめよう?そういうネガティブな情報って今はいらないんだよぉ~、それ聞いたら部屋から出たくなくなるからあとにして―。


 語尾がやたら不穏で不吉な言葉を振りきって諦めて扉を開くと、廊下で不安そうな顔をした彼女の姿と、窓の外で今日も元気なスペンスじーさんが庭の手入れをしている姿が目に入る。


 ガラスを挟んだ先は平和そうな風景なのに、なんで俺だけデスゲームなんだろうなぁ……、やっぱ夢オチでいいと思うんだよねぇ。


 己の命の危険の前に飲み込んでいる弱音と愚痴を吐き出したくなるけど、シャーリーの前ではそれは言えない、この世界で今言えるとしたら処女ビッチさん(メリッサ)の前だけ、本当にひどい状況だなと、自然と自虐的な笑いがこみ上げてくる。 

 

「あの、顔色悪ですけど、本当に大丈夫です?やっぱり少し位、心の準備をしてからの方が……」


 自分で俺の心を折っておいて気を使うシャーリー、不安してから優しくするマッチポンプなの?と言いたくなるが、でもこれ以上時間をかけると益々状況が悪くなるだけだろうな。


 だったらここは火中……、いやドSの魔女の釜(死亡フラグ)に飛び込んででも、己の命(せいかい)を拾う時だと思う。


「いや、行こう、奥様を待たせるのは本意ではない。私は何処にいけばいい?」

 

「解りました、ではご案内します、あの、が、がんばってくださいね?」


 こうして俺は、今日も太陽がムカつくらい輝く爽やかな朝の屋敷で、ドジっ子メイドの可哀想なモノを見る視線と、何とも頼りない応援を浴びながら、この屋敷の魔女の釜へと身を投じる一歩を踏み出したのだった。

怪我悪化のため二週間から一ヶ月程度入院いたしますので、次回の投稿は遅くなるかもしれません、申し訳ありませんが気長に待って頂けると嬉しいです。

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