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こういう時、なんて言えばいい?

 幼い日々を思い出すような温もりと柔らかさに包まれている、俺は子供の頃、母さんに抱きしめてもらうのが大好きだった。


 優しくて温かくって、俺の髪を優しく漉いてくれたその手がくすぐったくて、でもその胸の中が一番幸せで安心で来る場所だって思っていた。


「おかぁさん……」


 俺はその温もりを求めて強く抱きしめると、甘い花のような香りが鼻孔をくすぐって、その香りはどこか蠱惑的で、いつまでも抱きしめていたくなるものだった。


 そう、母さんはいつもこんな男心をくすぐるような香りをして……、るわけねーだろおおおおおお!その余りに危険な香りに俺の頭が一気に覚醒して、腕立て伏せの様な形で飛び起きた。


 俺が下敷きにして寝ていたのは優しげな微笑みを浮かべているメイド服姿の女性、メリッサだった。


「随分早いお目覚めですね、まだ夜は明けていませんよ?」


 この処女ビッチ何でこんなに余裕ぶっこいてるの?俺が童貞だから?それともファンタジーらしく魔法攻撃無効能力でも持っているのか?そして何故俺はメリッサを下敷きにして寝てたんだ?


「泣き疲れて眠ってしまわれたので、お疲れでしょうからそっとしていました、ご迷惑だったでしょうか?」


 長時間下敷きにされているのに、とても穏やかな微笑みを浮かべる自分の好みドストライクなメイドさん。


 うん、これ夢でしょっ。て普段なら二度寝を決めるところだが、頭がはっきりしてくると二度寝は最低最悪の選択肢だとシックス・センス(もうひとりのぼく)がガンガン危険を訴え、「駄目だよもう一人のぼく!それを選んだら君は魔法を使えなくなるんだ」的な言葉を言ってくる。


 そんなあり得ない幻聴に「うっさい!そんなの自分でも悲しい程に解っとるわ!」と返したくなる程の動揺ぶりだ。


 メリッサは本当に何を考えてそんな事しているのか分からないが、目の前に起こったことは現実の出来事だと、彼女の身体から伝わる柔らかさと温もり、鼻孔と脳を揺さぶる香りと少し潤んだ視線が全力で伝えてくるんだよ!


「あー……、その、済まないな……」


 恥ずかさと情けなさ、それと肌を重ねて抱き合うように眠ってしまったせいか照れくさくなり、俺は思わずそっぽを向いてしまう。


 だって、こんな時何を言えばいいかなんて俺の脳内辞書にはないんだよ?


 こういう時に天井だったら「知らない天井だ」って適当に言っときゃいいんだろうけどさ、目が覚めて知ってる女が見えたら「知ってる女だ」とか言っときゃいいのか?

 

 そんなん絶対ダメに決まってるじゃないですか―。


「いえ、まるで子供みたいで可愛かったです、私もとても穏やかな気持になりました」


 そんな風に凄く嬉しそうな顔をして大の男に可愛いとか言うのはいけないと思います。


 というか、それ以前にそんなこと言われると恥かしくて俺は生きて居られん、辛くない自決する方法を某検索の先生に聞きたくなるじゃないか。


「やめてくれ恥ずかしい……、あの時の俺はどうかしてたんだよ、だから君も忘れてくれないか?」


 こんな恥ずかしい事をやらかしたとか、俺の心にある僅かばかりの男のプライドがスマホの画面並に砕かれそうだからホント忘れて下さい……。


「嫌です、お断りします」


 何でノータイムでめっちゃいい笑顔で断るんですか?嫌がらせですか?勘弁して下さいませんかコンチキショー。


 コイツの考えてることが全くわからん、どうしてそこでNOと言うんだよそれでもお前は日本じ……、じゃないですね、すいませんでした。


「私が忘れてしまえば貴方が苦しくて泣いていたことすら消えてしまうのでしょう?そうなったらまた貴方は一人で苦しんで独りで泣くのでしょう?そんな悲しい事を認めるのなんて嫌です」


 素敵っ抱いて!的な男前な台詞を返すメリッサさん、仄かに瞳を潤ませているのが薄暗い照明で照らされ魅力的ですらあるのが恨めしい。


 そういう台詞って普通男女逆じゃなかって思うんですけどぉ?女子にそんなこと言われる男子って正直あり得ないっていうか、情けないっていうか~。


 遠い昔に感じるリアル高校生の頃に、クラスのリア充グループのビッチ子さん(仮)に言われた台詞が何故か今脳内に駆け巡った。


 あの時は確か学祭の買い出しの話で重い荷物を持つのは男の仕事的な話だったような……、確かにこんな男前な台詞を言うのも男の役割だと思うんだ、うん。


「君は男を駄目にするくらい優しいのか、とてつもなく意地が悪いのか解らないよ……」


 童貞にそんな男女の機微的なモンは全く分からない、こっからどう立て直せばいいのかもメリッサとどう向き合えばいいのかも解らない、こんなん知らないゲームをいきなり最高難易度で始めた気分になるわ!


 って、そうだ!ゲームで思い出したよ!この世界はある意味デスゲームだ、その上クリア内容はわからないし前任者は死んでいるだから、こんな甘ったるいイベントなんて投げ捨てて先のこと考えないと俺死んじゃう!


 だからこの先生き残る事を考えよう、決して現実逃避なんかじゃない。


 俺はまだ生きてたい、やりたい事も思い残す事がいっぱいあるんだよ、買ったまま封を切らずに積んであるイタリア映画を見たいし、この前買った車のローンだって残ってるし、いきなり居なくなったら家族に迷惑もかかるし、それに仕事も向こうで待ってる。


 最後に仕事が出てくる辺り、如何にも自分は社畜ですと自己紹介してる気分で少し情けないが、ここでメリッサというぬるま湯に浸かり現実逃避なんてしてる暇はないとピンクに染まりそうな脳みそに再起動の指示を下す。


「メリッサ、俺は自分のやるべきことがある、それはお嬢様を何とか破滅させない事が鍵になる話だから君とはきっと仲良くやれると思う」


 彼女にそう答えると色んな事で疲れていた脳が再起動を始め、これから先を考えが色々浮かんでくる。


 こうしてなにかを真剣に考える瞬間が俺は結構好きだ、オッカムの剃刀を気取る訳じゃないが、無駄が省かれて自らが望む答えが出てくる瞬間はとても楽しい。


 それは自分が作り上げた自分の答で、自分の道が見えてくるように感じる瞬間だからだったりする。


「まずはこの状況は不味い、君と俺が仲が良いって噂になればそれこそ色んな事をやりづらいな、動く時に噂好きの耳年増が付いてきて、秘密にしたい内容でも漏れてしまうのが厄介だろう?」


 そう、狭い屋敷の中で監視が付けばそれだけで秘密が漏れやすくなる、特に俺がブルックリンではない別の人間であるとバレてしまえばそれだけで大きなリスクになる。


 魔物やら魔法がある世界で別人が取り付いたなんて言ってみろ、それこそ宗教裁判で磔にされて燃やされる未来しか想像できない。


「確かにそうかも知れませんね……、娯楽が少ない屋敷の中で誰かの恋話というのは格好の話題と言えますからね、しかも相手は堅物の私となれば興味深々でしょうね」


 少し苦い感情が混ざった表情で語るメリッサ、きっと彼女的にも色々アリサの行動に思う所があるんだろうな、あのゴシップメイドは喧しい上に口が軽そうだし彼女も色々苦労しているのだろう。


「それ以前に偏屈者のブルックリンが女に手を出す事自体が異常だろう?」


 ブルックリンは人間嫌いの偏屈者だ、しかもコイツってファンの間からは美少年好きのホモなんて業の深そうな設定になってて、ベーコンレスタスな本で攻略対象を罠に陥れてメスイキさせる鬼畜系ホモなんだぞ?

 

 何で俺がそんなのを知ってるかって言うとな、干物が置いていった同人誌の中にそういう内容のが混ざってたんだよ。


 ちゅうかね、ああ言う薄い本を隠さなくなった妹にお兄ちゃんはなんて言えばいいのか解らなかったよ、せめて俺の部屋じゃなくて自分の部屋で読んでくれねーかなぁ……。


「確かにお互いこのお屋敷では目立つ存在ですからね、どうします?お嬢様を挟んでの時間であれば問題はないでしょうけど、このままではアリサに目をつけれるのは時間の問題だと思います」


 俺が干物の腐った性癖というなんとも言えない深淵を思い出して少しげんなりしていると、メリッサは今後の事をどうするか考えを求めてくる。


「何か変化があるまでは今までの距離で何か変化があった時は互いに手紙で連絡しよう、君は屋敷、俺は外でのお嬢様の情報を集めていって大きな問題が起こった時は直接会う、これでどうだ?」


 本当はスマホとかあればいいんだけど、このゲーム世界にそんなものはなかったはずだ。


 せいぜい使い魔を使った情報伝達位しかないんだよな、それが元になってブルックリンとお嬢様の目論見は大抵失敗する、あの根暗教師って実はやり手の魔法使いで使い魔の扱いが上手いって設定だからな。


「解りました、では何かあったら私は手紙を出します、貴方はお嬢様の部屋に来た時に私の目を見て何かあったと心で強く念じて下さい、そうすれば私は理解出来ますから」


「分かった、男女が互いの部屋を行き来するよりはいくらかマシだろうし、それがいいだろうさ」


 目と目が合うだけで分かる仲、こう言うとなんか少しだけステッキーな感じだけど相手に心を読まれるって結構妙な気分だよね、まぁ今のところ害意は無いしいいんだけどさ。


「そうですね、所でそろそろ腕が疲れていませんか?その体制って辛いのでは?」


 そう言われて自分の状態を思い出す、俺は未だに彼女の上で腕立て状態で待機、うん、そういやさっき混乱して立ち直ったのにどうしてこのままで居たんだろう?


「すまん、ずっとこの状態ってのは辛かったろ?今直ぐ退くよ」


 そう言って俺はベッドの開いたスペースに転がって彼女の体温を肌に残したまま退避すると、先程も感じた男の精神を惑わすような魔性の香りが微かに鼻孔に届く。


「あ、別に離れて欲しいと思ったのではなく、辛いならもう一度ゆっくりすればいいのにと思っただけで……、貴方に気を使わせてしまいましたね、ごめんなさい……」


 言いながら少し寂しそうな表情を横で浮かべるメリッサ、少し暗い照明も相まってなんというか雰囲気満点で心臓に悪い状況である。


 やっぱこのメイドさん怖い、なんというか言動もなにもかもがあざとくてナチュラルボーンのダメンズ製造機って感じが怖い、下手にハマったらどんな男も駄目になるぞ。


「メリッサ、そんな表情でそんな事を言えば男は直ぐに駄目になるぞ?まぁ俺はもうその手には乗る気はないがな!」


 童貞を守れずに何が守れるというのです!我は無敗で無冠、だだの一度も敗北はない。


 そんな恐ろしい罠に嵌ってやるか!ここでお前に手を出したら俺は絶対にあちらに戻りたく無くなるだろう、それくらいこの誘惑は凶悪な吸引力を感じる。


 女で人生転落なんて創作や昔話のネタ、せいぜいあっても自分とは関係ない世界の話だと思っていたし、そんなものは俺の人生には存在しないと思っていた俺の貧弱な未来予想図をあざ笑うような状況に脳みそが茹で上がるような焦りを感じる。


『目の前に存在する恐ろしい程の魔性の女、果たして魔法使いは自分の大切な物を護ることが出来るのか?負けるなブルックリン!がんばれブルックリン!』


 そんな脳内次回予告が流れる中、どうやって彼女をこの部屋から追い出し、さっきから無駄に煩い鼓動を収める方法がないか必死になって考えていた。

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