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魔法使いには、その台詞は少し重い。

 男女がお互いの呼吸と鼓動だけが響く室内で、ベッドの上で体を重ね合わせて閉じられた瞼、その意味を理解できない程子供ではないし、彼女の意思も理解は出来る。


 だけど……、ワイは童貞やねん!勢いでこんな真似したけど年齢=彼女いない歴やねん!


 メリッサさん、この先どうすればいいかなんて今の僕には理解できないし、恐れを知らない戦士の様に振る舞えないんですよ、だって俺は魔法使いだからな!


 それ以前に彼女を性的な意味でどうかする気もなく、そんな憐れむ様な視線が辛くて見られたくなかっただけで、そんな目で見るメリッサを少し脅してやりたかっただけで、この先どうしようとか全く考えていなかった。


 でも目の前には覚悟完了したメイドさんが横たわってるんですよ。


 なぁ、どうしてこうなるん?何でこのメイドさんって、いきなり性的にバッチコイしてるのよ!こんなのおかしいでしょ!


「今の貴方は女が必要なのでしょう?だすればそれに応える義務が私には有ります、この粗末な体で良ければお好きにどうぞ、ですが未だ使う方が居なかったので出来れば優しくしていただけると嬉しいです……」


 あり得ない状況に混乱して黙っていると、メリッサはお気軽にどうぞくらいの勢いで、俺に手を出してもいいと声をかけてくる、そんなお一つどうぞ位に粗末とか言うけどさ、アンタは全然粗末じゃねーしむしろドストライクだわボケェ!


「ふざけるな……、俺はそんなの望んじゃいない!」


 メリッサはわかっちゃいない、俺がどうしてこの年までピュア(笑)なのかを!そんなこと言われて頂きますなんて言える訳ねーだろが!だったらこんなにこじらせて無いわい!


「そんな何かの対価に女を抱けるほど俺は達観もしてないし道具に出来るほど女に絶望もしちゃいない!俺を舐めるな生娘が!」


 などと童貞が申しております、なんてテロップが頭内に流れる見事なブーメランを投擲し、自身の心に深く突き刺さる音が聞こえる、メデ~ィック!ブルックリンがやられた!早く治療を!


「では何故?このような女を褥に引き摺り込むような真似を?」


 閉じられた瞼がゆっくり開く、それはまっすぐに俺の心を見透かすような瞳、いや彼女は俺の中身を見ている、泣き出して何もかも捨てて逃げ出したい弱い心を覗いているのだろう。


 だから自らのどうしても叶えたい目的のために、俺が逃げられ無くなるように己の体を使ってでもアルテミジアが無事に生きる未来の為に、俺を繋ぎとめようとしている。


「すまん……、自分が思ってもいなかった、とても恐ろしい事に巻き込まれた事実を知って、それで、その、少しヤケになってた、そんな時に君を見てついカッとなってしまった……」


 こういう憐憫の篭った視線は時として痛いんだ、だから幼い頃は何度も喧嘩ばかりしたし、自分が可哀想な子であると思われ言われるのが辛かったんだ。


 俺は可哀想じゃない、俺は弱くない、そんな不幸な人間じゃないと、叫んでしまいたくなるような胸の痛みを覚えて、何もかもを攻撃したくなるんだ。


「でしたら、殿方というのはそういう時こそ女を抱くものだと私の母は語っていました、辛い時や甘えたい時に女の肌で慰めるのが女の甲斐性である、そう私は習ったのです」


 これはきっと古い価値観からくるものだと思う、童貞の俺が分かるのかと言われればそれまでかも知れないが、確かに癒やしを女性に求める男は多いしそういう意味で風俗が好きな奴も一定層居る。


 だけど俺は乙女かと飲み会で友人に笑われても、やっぱり好き同士の相手と結ばれたいと考えている、いくらメリッサが俺の好みにドストライクでもビジネスの対価みたいに体を使えなどと言われても、手を出せる気がしないし、正直さっきから何がアレしない程に大人しくなってしまっている。


「それでも俺は君を抱く気はないし、それが出来るほど君を好きじゃない」


 見た目は非常に好みです本当に有難うございます、だけど俺はメリッサをよく知らないからそれ無理、って結論に至るんだよ、それは普通だろう?


 会った初日で合体とか貴方を感じていませんし、魔法使いにそんな考えるな感じろみたいな肉体言語の使用方法は無理!絶対に無~理~!じゃなかった魔法使い抉らせて無いわい、どうせ心を読めるんだろう?だったら読んでみろよオラァン!


「それにそういう事は、好きなった女性としか俺はしたくないんだよ……」


 自棄っぱちな気分で彼女に見透かされてもいいと感じながら、それでも話す言葉に嘘はないと胸を張る、たとえそれが幻想だと言われても守りたいんだ。


 欺瞞に満ちた肉欲より、幻想でもそれを守りたいって俺の心が言ってるんだ。


「本当に不思議な人ですね、メイドごときにそこまで気を使う方、この世界には余り居ませんよ?」


「他人がどうだろうと俺はそう思うんだよ、それが別の世界から抱えてきた俺の感性なんだ、それを無くしてしまったら……、俺はもう二度と自分が居た世界に戻れない、そう感じるんだよ……」


 そこまで話した時、自身の言葉が正解であるかのように酷い寒さに震えが起こり、俺を見つめて続ける彼女の頬に、ぽたりと水滴が一粒落ちた。


「ああ……、やっぱり悲しくて怖かったんですね、怯えの色が貴方の心に広がっているのに私にはどうにもしてさし上げれない、だからせめて気を紛らわせるのならとこの身を捧げる気でしたが、それ自体が余計に貴方を傷つけてしまったようです、ごめんなさい……」


 そう言いながら彼女の作り物の様な両手が俺の頬を包み、零れ落ちる涙を親指で拭っていく。


「俺を、俺をそんな目で見ないでくれ……、頼むから、俺はもう何も出来ない子供じゃない!自分で一人でなんでも出来るんだ、そして誰かを救うことだって……」


 その笑顔は優しくて残酷だ、俺の心を弱くして、彼女の優しさに縋らせたくなるような温もりが満ちている。


「今は泣いてもいいんです、私が貴方の涙と嗚咽を受け止めますから。今は自分ためにどうか精一杯泣いて下さい、そして立ち直って下さい、他ならぬ貴方自身のために……」


 メリッサの言葉は誰かの為に立ち直れとなどと言わず、俺自身のためだと言っている。


 滲む視線の先にあるその笑顔と視線には、俺の事をただ一人の人間として心配してくれている瞳があるだけだった。


 きっと俺は自分の置かれた状況に絶望をして、勝手に彼女の視線を誤解してこんな行動を取ったにもかかわらず、彼女はそれすらも理解した上で、自身の全てを俺に委ねようとしてくれたんだ。


「君は、馬鹿だよメリッサ……、どうしてこんなあって一日も経っていない男にそこまで出来るんだよ……」


「その瞳に宿る感情を私は誰よりも知っていますもの、私は敬愛するお嬢様のようには出来ません、それでもせめて自身が出来る事で貴方を救ってあげたかった、それだけなんです」


 その言葉で俺はもう我慢することすら出来なくなって、彼女の胸に飛び込んだ。


 子供が親に泣きつくような情けない姿を彼女を晒す、そこには今まで何とか誤魔化そうと必死に耐えてきた事など全てかなぐり捨て、メリッサに醜い整理もされていない感情をぶつける俺の姿だけがあった。


「ふざけんなああああ!どうしてお前は俺が必死で我慢してたのに甘やかすんだよ!俺は一人でこれから何とかしようって思ってたのに、どうして、どうして……」


「ごめんなさいブルックリンさん、私は貴方に負けて欲しくないんです、だから私が出来ることなら何でもします、それが貴方の未来を縛る事になっても……」


 そう言いながら彼女は自身の胸に顔を埋める俺の髪を、ただ優しく漉いていく。


「ですから貴方は怒るかもしれないし、私を憎むかもしれない、それでも私はこうしたかったんです自分のために……」


 全てが俺の感情を狂わせる、強がりたいと願っていた俺を彼女の優しさに縋ってしまいたいと思わせる、メリッサはそれすらも自身の望みだと言い切るのだ、こんなに恐ろしくも甘く優しい誘惑が、弱った心に甘い毒のように染みこむのを耐えられるはずがない。


「この毒婦め!こんなに優しくされたら、俺はもう逃げることなんて考えられない、自身の破滅に怯えながらお前たちの未来を絶対に守ろうなんて決意を固めてしまうじゃないか!」


 少し話した程度の他人のために己の命を賭けろと言われても出来るはずなど無い、さっきまで俺はあくまでは攻略と考えて怯えを理性で押さえつけて考えていた。


「ええ、私が悪いんです、だからブルックリンさんはなにも悪くない、悪くないんですよ……」


 だからいざ無理だと思えば、きっと俺は自身はできるだけやったなどと自分に嘘をつき逃げる事も考えていただろうと思う、だかこうして温もりを知った以上、俺はもう本当の意味で逃げることは出来ない、破滅の時まで彼女を手放すことが出来くなったのだ。


 こうして俺は、女の仕掛けた甘い罠に落ちて行きながら、己の身に降りかかったあり得ない現実に涙を流し、その俺をメリッサはただ子供をあやすかの様にただ静かに受け止め、俺の不条理な言葉すらも自身の罪だと語るのだった。

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