スタートラインは絶望のかほり。
デスゲームって乙女ゲーから一番遠くね?ねえ一番遠くね?甘々ラブ注入な世界なんでしょ?萌え萌えキュンなんでしょ、女ホルがドバドバ出るんでしょ?
「こんな殺伐デスゲームじゃ、出るのは悲鳴と絶望と俺の男泣きだけじゃないですか!も~やだー、責任者でてこーい!俺の対干物用奥義を見せてやるぞオラァン!」
とりあえず思ったことを叫んだ後で、がっくりと肩を落とす。
またベッドで後悔点記録を更新出来そうな程自身の間抜けさに後悔してるけどさ、これがリアルと言うかデスゲームなら、きっとクリア報酬は自由かこの世界のからの開放だと思う。
「だったらやるしか無い、ならとりあえず体力の温存と、傷んだ胃壁の修復を考えよう……」
どうせアルテミジアの事だ、明日は俺の胃壁をオーバーキルして死体蹴りするような、とんでもない『お友達になりましょ』をするだろう。
あの駄犬の想像の斜め下を突き抜け、俺の墓穴を用意する能力を今日一日で理解したよ。
「よし、風呂入って寝る!俺はふて寝するぞ!」
いつまでも落ち込んでも仕方ないので、気持ちを切り替えて残った夕飯を腹の中に落とし込み皿を廊下に出しておく、こうすればシャーリーが片してくれるらしい。
正に至れり尽くせりってやつだね、こんな状態でなければな!
この世界のメイドは俺の大好きなブリティッシュスタイルなので、こんな状態じゃなければきっと喜んでたんだろうなぁ、特に俺好みのメリッサががなぁ、ハイライトがあれで、ああなるんだもんなぁ……。
「本当に、本当に不幸だ……」
やたら悩んだり苦しんだりしてるせいで、ここに来てから独り言が増えた気がするな。
確か心理学かなんかの本でそんなのを読んだ気がするな、人間は言葉にして心の平穏を保とうとするらしい、今の俺は結構なストレスがあるんだろうな。
それに普段はきっと、我が家の喧しい干物がよく俺に語りかけて来たから独り言なんて呟く暇がなかったんだろうな。
「いかん、また無駄に考えこんでしまった、ここは風呂で疲れを癒やすしか無いだろ」
そう思い俺はブルックリンの脳内データをサルベージして、風呂がどこにあるかと、自分が入って良いのかや、自身の利用時間などを検索する。
どうやら上級使用人は下級使用人と違って小さな使用人用の風呂に入るらしい、下級使用人は掃除も兼ねて全員で大浴場に入るそうだが、俺の入る風呂はユニットバス並だ。
どっちの方が良いのかは疑問だけど、今の状況ならボロが出る可能性もあるので一人でゆっくり入れるのは悪くはないだろう。
「俺は三番目らしいから時間的に暫く余裕があるが、どうすべきかねぇ……」
今後の進展に関しては、明日のお友達になりましょう作戦の結果次第なので、今は考えることも余り無い。
それに誰かと合えばボロが出るし、俺の秘密を知っているメリッサは、お嬢様のお付だから暇ではないので、俺ははっきり言ってやることがない。
うわ、私ってもしかしないでもぼっちすぎ?な気分になるが、どうせやる事も無いのならブルックリン部屋を隅々まで探索するか、さっきの手紙みたいな変なものが見つかるかもしれないからな。
余った時間の使い方を決め、とりあえずテーブルに置いていた食器を纏めて廊下に出す事にした。
先程と違って周りは誰も居らず、非常に静かな状況は結構な人間が居るはずの屋敷なのに非常に静かで気味が悪い。
先程シャーリー達と騒いだのがまるで嘘のように感じるのは、きっと自身の心中が変化したせいだと思う。
「あんなに綺麗だと思ったのに、こんな寒々しい気持ちになるなんて……」
知っている人が誰もいない、自分という存在すらも違う、残っているのは記憶だけでしかも他人の記憶と同居だ。
はっきり言ってまともではないし、この先自らがどうすればいいのかすら解らない状況なんて、今までにない事だ。
いや……、俺は今まで一回だけこんな寒々しい空気を感じたことがあった。
ある日突然人が消えるなんてあり得もしないことが起こった、見慣れたはずの部屋には家財道具が一切なく、わずかに俺の物が部屋の中央に置かれた状態で出迎えた時の空気と同じだ。
廊下を流れる空気の冷たさだけで感じたのではない震えが身体を突き抜けて、俺は扉を閉じてベッドに潜り込む。
「クソッ!一体何なんだ?!俺が何をした!?」
落ち着いたなんて嘘だ、俺はさっきからずっと混乱している、そう見えるようにあの日と同じように振る舞ってただけだ。
知ってたんだと自分に言い聞かせ、自分は傷ついてなど居ないと虚勢を張って泣かないように我慢した、だけどやっぱりそれは嘘で、俺はあの日誰もいない部屋で一人で泣いたんだ。
「ぐぅうううう、うそだろおおお、なんでこんな目に俺がわなきゃいけないんだ、帰してくれよ俺を、俺の居場所に戻してくれよおおお」
自らの心に溢れだした感情をただひたすらに吐き出す、理不尽への遣る瀬無い思いが嗚咽となって口から溢れ瞳から流れ出す。
本当は薄々分かってたんだ、夢じゃないなんて、でも理解したくなかったんだよ、それを理解してしまえば俺は二度と、あの騒がしい妹がいる部屋へ戻ることが出来ないって認めてしまうことになる。
あのちょっとうるさい、だけどとても暖かい家に辿り着けなくなると感じていたんだ。
「ぐううっ、あああああ、うああああああああ!!!!」
とうとう抑えきれなくなった嗚咽が慟哭となって部屋を支配する、この理不尽がこの絶望が己に投げかけられた呪の言葉が、その全てが俺に突き刺さる。
「なんなんだよ!俺が何したっていうんだ、俺はこんなこと望んじゃいない!普通に生きていければよかったんだ!なのに何でこんな事になってるんだよ!」
振り上げた拳をマットレスに叩きつける、ファブリックが上げるの鈍い音と中のスプリングが悲鳴を上げる音が部屋に響き、それがこの状況を現実だと俺に言ってくる気がして悔しくて、何度も何度も繰り返す。
「ちくしょう!ちくしょう!ちくしょう!ちく……、しょう……」
そうして繰り返している内に、急に怒りと悲しみの気持ちが自分以外の何かが扉を開けることによって抑制された。
「廊下まで声が届いていましたよ、なにか……、あったのですか?」
そこには薄暗い部屋を望むような姿で、差し込む廊下の照明の逆光を浴びる黒髪の物静かな女性が立っていた。
「めり、っさ?」
間の抜けた声が俺の口から漏れる、今誰にも会いたくなかった、それなのに何故来たのかと幼稚で乱暴な怒りが胸の中にこみ上げてくる。
「お前には関係ない、放っといてくれ……」
あんなに孤独を感じてハズの俺の口から漏れた言葉は、彼女への拒絶だった。
この世界の人間に関わりたくない、関われば自分の中にある日本人のしての何かが薄れて消えていきそうな恐怖を感じている、それがこのふざけたデスゲームのせいなのか、それとも自身の弱さ産んだ幻想なのか俺には解らない、だからこそ今誰かに触れるのが怖い。
「いいえ、私は貴方の共犯者ですから、貴方が泣いているのを放って置くのは無理です」
その優しげな笑顔がとても突き刺さる、コイツは俺のことじゃなくアルテミジアの事を考えている、それが無性に腹立たしい。
「だったらお前がっ、俺を慰めてみろよ!」
メリッサの澄ました笑顔が気に入らず、俺はとても幼稚といえる怒りでもって彼女の右手を掴み、強引にベッドへと引きずり込み押し倒した。
その瞬間咲き誇るのは先ほどシャーリーが言っていた、彼女の纏う香水の混じった香りとメリッサ自身が持つ魅惑的で女性的な香りを、俺は鼻孔いっぱいに吸い込んだ。
押し倒された彼女はが一瞬だけ驚きの表情を浮かべ、俺の一瞬だけ見つめるとそのまま静かに目を閉じる、押し倒したせいで彼女の髪を纏めていたボンネットが外れ、綺麗な黒髪がベッド一杯に流れて広がった。
そして扉が閉まり薄暗い部屋の中は彼女の静かな息遣いと、俺の息急き切った呼吸、そして煩いくらいの心臓の音、僅かに軋むベッドと流れ落ちるシーツの音だけが辺りを支配していた。




