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ぼっちなグルメ 冷めたシチュー

「まずいな……」

 

 もちろん食事の事じゃない、公爵家お抱えのキッチンメイドが時間を掛けて煮込んだビーフシチューだ、多少冷めても豊かな風味が俺の舌を楽しませている。


 まずいのは自身の思っていた予想との違いだ、俺が知っていたはずのブルックリンと現状が全く一致してない事実についてだ。


「俺は考えてた以上におかしな事に巻き込まれているのかもしれない……、コイツが画面外で変わり者過ぎたせいで、色々と気が付く事が出来た……」


 ゲームじゃなくなった世界は変化し、周りの人間達も表情や感情が豊かだ。


 これ世は界を変えられる可能性を示しているが、同時に攻略キャラやお嬢様が変化すれば周囲も変化する可能性を示している。


 今まで物語に関わらなかったはずのキャラクターが物語へと影響を与える、既にメリッサがその行動をとっているのが証拠だ。


「世界が変われば人が変わる、全ての者がその改変に影響を受けるか……、まるでゲーム世界を舞台にしたSF映画だな……」


 元々アルテミジアの破滅によって収束する世界が、俺という異物を混ぜあわせた所為であり得もしなかった混沌へと向かう。


 異物である己の行動で、自身の予想を外れた未来へと向かうのかもしれない、それは全く予測不能な世界に独りで挑戦するという事だ。


「こんなこと考えたくたくはないが、いい加減事実に目を背けるのが難しくなってきたな……」


 今まで夢だとたかを括ってその可能性を無視していたが、この状況が夢ではなく、自身がゲームのプレイヤーという傍観者や観測者の範囲を外れて、ゲームの世界に干渉する当事者になった。


 そんな突拍子もない事が自身に起こっていると認めたくないが、飛び上がった時に感じた風を切る感覚、メリッサの香水の香り、壁を叩いた右手の痛み、豊かな味のビーフシチューを詳細に感じる味覚、今まで見たどんな夢よりも五感がリアルすぎるんだよ。


「参った……、ゲームと一緒だと考えていると根本から破綻しそうな気がしてきた……、どうやって破滅を回避するか、今一度この世界に向き合い深く考えるべきか……」


 今更になって安請け合いした事を後悔しても仕方ない、あの駄犬お嬢様や直ぐに瞳が光を失くすメイドを放って逃げる選択をもう選べる気がしない、俺は迂闊にも彼女達を知りすぎてしまった。


「自身の安全だけを考えるなら、俺は今直ぐにでもここから逃げ出した方がいいんだよな……」


 耳を塞ぎ目を閉じて自身には関係はないと無視をすればいい、多かれ少なかれ自分のために誰かを見捨てるなんて誰もがやっている。


 だが今の俺はもう、彼女達を知ってしまった俺にはもう、それが出来ない。


「無理だよなぁ……、とりあえずやるだけやって成功するように頑張るか……」


 他の誰が責めなくとも自分は一生後悔し自身を責め続けるだろうな、そう思ってため息と共にシチューから視線を外した、するとそこに装飾のない簡素な封筒があった。


「こんなもんあったか?気が付かなかったな……」


 どうやらブルックリン宛の物らしい差出人のない封筒に興味をそそられ開いてみた、中には一枚だけ便箋が入っていて、そこには見慣れた日本語で何かが書かれていた。


「あれ?この世界って、この世界の言葉があるんじゃ無かったけか?」


 微かな違和感が湧いたが、手紙の內容を確かめるべきだと読み進めろと胸の奥で奇妙な焦燥感が俺に強く言っているような気がして読み進めると、走り出しにはこんな事が書かれていた。


『これはいわゆる遺書になるのだろうか?俺はこの世界の人ではない、日本という国で普通に働く男だった。それは覚えているが名前は思い出せない、原理は解らないが気付けばこの世界に住むブルックリンという人物を乗っ取ったらしい、公爵家の一人娘の家庭教師?になっていた』


 予想すらしていなかった内容で一瞬理解できず思考が停止する、暫くして口から出た言葉は内容を否定したいと願う言葉だった。

 

「は?ブルックリンが書いた手紙、なのか?と言うか日本人て、あり得ないだろ……」


 いきなりの超展開に俺の頭が思考を放棄しそうになったが、それでも視線は内容に釘づけで、先を読み進めてしまう。


『良く分からないまま日々を暮らすが、周りの人間と知識や生活水準が合わず全く話が合わない。ここがどこなのか調べて見ようと考え、部屋にあった本などを読んだが星座も違う、月の数も違う、あり得ない魔法なんて存在やダンジョンに化け物もいる、はっきり言って出来の悪い夢だ、現実味のない人々と話すのが辛い、早く日本へ戻りたかった』


 手紙の主は同じような目にあった犠牲者でブルックリンに入れ替わり、その事実に気付いて帰りたいと願ったらしい、彼が自身の名前を思い出せないと書いていたので思い出そうとする。


 自分の名前が分かっているのに言語化出来ない、まるでそこの部分だけ黒く塗りつぶされたような奇妙な現象が発生した。


「え……?なんでだよ、俺の名前は――――だろ?」


 言葉にしようとするが、名前の部分だけ酷いノイズで聞こえない。


 やばい、これガチでヤバイ案件だ、俺は干物が似たような世界観のゲームをやっていたから、どうせ夢だろうと思って混乱は少なかった、そして気付くのが遅れた。


「彼はその後一体どうしたんだ?」


 気付いてしまえば遺書と書かれた便箋の内容が気になって仕方なくなり、俺はやけに煩い心臓の音を無視して先を読み進める。


『この理由の分からない世界で生きていく為に俺はアルテミジアの言う事を聞くことにした。文字通り何でもやった、それこそ良心が咎めるような事もした、そうしないと俺は生きて行けないからだ』


 ゲーム内のブルックリンの行動まんまだ、金の為にお嬢様の言うことを黙って聞いてた、世界を少し知れば公爵家というのを敵に回せばどうなるかなんて、ゲーム内の噂でも色々流れるからな。


『彼女の言いなりになって女を排除しようと、望みを叶えようとしたが王子に今までの悪事がバレた。令嬢は修道院へ幽閉され、俺は明日縛り首になる』


 ああ、やはり悪役令嬢エンドを迎えてしまったのか……。


『何が悪かったのか、何をすれば良かったのかわからない、この理由の分からない状況から日本に帰りたかっただけで、だただひたすら頑張ってそれを叶えようとした!こんな目に俺だけが合うのは理不尽だ!他のやつも同じ目に合えばいい、これを読める奴、貴様も呪われろ!俺のように死ね!』


 短い文章だが怨嗟が滲み出るような書きなぐった文字に体が震える、自身の状況を考えれば彼の言葉は俺に向けて送られたものだとしか思えない狂気を感じ、思わず遺書を落としてしまう。


「なん、だよこれ……」 


 乾いた声が漏れると同時に、床に落ちた便箋がパサリと音を鳴らして存在を主張する。


 自分以外にも前任者が居てバッドエンドを迎えて死んだ、だが未だ起こっていないはずの断罪の話が書かれた便箋が何故ここにあるのか解らない。


「夢じゃないんだな、これ……」


 呪の声と絶望が俺に重く伸し掛かり、バッドエンドを迎えれば死ぬと告げてくる。


 きっとここはセーブポイントか何かで、お嬢様が破滅すればブルックリンになった俺達は死刑になり殺されるのだろう、その先が夢から醒めるのか消滅するのかは解らない。


 だが手紙の主の怨嗟を見れば夢から醒めるのではなく、消滅するのだろうと何故か理解できた、そして何らかの理由でブルックリンの中身を変えてゲームが再開されたと言うことだろう。 


「アルテミジアが破滅しないルートを見つけないと、俺は……、死ぬの、か……?」

 

 薄暗い部屋の中でブルックリンの掠れた声が俺の耳に届いて消えた。


 その瞬間、床にあった彼の遺書が紫の炎で焼かれて跡形もなく消えてゆく、いよいよ持って奇妙な世界に迷い込んだと思えた……。


 俺は自身の平穏を保つ様に、自身の思った言葉を口にした。


「これ乙女ゲーじゃなくて、デスゲームじゃないですか!やだああああああああああああああ!!!!」


 俺の悲鳴が屋敷の中に響き渡る中、こうして乙女ゲーの皮を被ったデスゲームは牙を向き始め、こここら俺は自身も予想すらしなかった苦境に立たされる事になる。


「お家帰りたい、お家に帰りたいよおおおおお!オフトゥンサンナンデルラギッタンディスカアアア!!!」


 どうしてこうなった、と奇妙な踊りを踊りたくなる様な胃壁が溶けて無くなるような生活がココから始まるのだった。

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