メイドさんは見た!
「ちゃうねん……、ホントにちゃうねん……」
誤解され、逃げられた結果だけを残し、誰も居ない廊下に俺の虚しい声が響く……。
「ワイ、そんな奴やないねん……」
ひたすら変な関西風の訛りが抜けない俺の背中に張り付く妙な視線を感じ、なんとか自分の脳みそに強制的に再起動を掛け、外面の仮面をかぶり直してから視線の主に声をかける。
「だれですか?」
相手は廊下の角に身を隠してこちらを盗み見ていたが、俺、いやブルックリンの鋭い気配感知力を誤魔化すのは不可能と感じてか白旗を上げて出てくる。
「あらら~、みつかちゃったみたいですねー、ふふふ~私ですよー!」
出てきたのはシャーリーと同じ年頃の茶髪の少女、うん、俺の見たこと無いキャラだ言うことは画面外の住人だ、詳しく判らない以上は適当に話を合わせ上手く誤魔化すしか無い。
「聞きましたよ-ブルックリンさん!お固い方だとばかり思っていましたけど、やることしっかりやってるんですね~、このこのっ!」
ニヤニヤという擬音が貼り付けられそうな顔で、俺の二の腕をつついてくるシャーリー同様にお仕着せを身に纏うメイドの少女、ここらに居るって事は洗濯か雑役辺だろうし誤魔化しようがある。
「なんのことだね?私は夕食前で少し気が立っているんだ」
先程キッチンメイドのムチムチ姉御から教えてもらったブルックリン情報を活用し、俺は少しだけ高圧的な態度にシフトすることにした。
「いやいや~、あれですよ女っ気が無くて付き合いの悪いお方とばっかり思ってたんですけど、案外手の早いお方だったんですねーってことですよ~」
やめて!そのなんか含みがある笑いやめて!そして年頃の女子が絶対しちゃいけない、やっちゃらめぇなハンドサインもやめて!私はやってない私は潔白だぁって叫びたくなるから!それは絶対誤解だから!
「一体何を言っているか私には分からない、君も妙な勘ぐりと変な手の動きを止め直ぐに仕事に戻り給え」
それだけ言って俺は自室に戻ろうと背中を向けてしまう、妙に言い訳するより取るに足らない誤解だし、これ以上この子のペースに合わせるとブルックリンじゃないとまたバレそうだしな。
「い、いえ、お部屋の中にメリッサさんの香水の残り香がしたり、何故かベッドのシーツが乱れていることなんて、全ッ然!気付いてませんよ?!」
背中越しに妙にそっくりなシャーリーのモノマネが始まる、やめて!だからそれは誤解なんだよぉ、もうやめてくださいよぉ。
「シャーリーが誤解しただけだ、私とメリッサはそういう関係ではない」
これは即否定しないで放っておくと屋敷での自身の立場が死にそうな気がする、と言うか空腹とこのストレスで胃が溶けてきたのをビシバシ感じているよ、ハハッ。
「いやー私見たんですよね-、メリッサさんがブルックリンさんのお部屋を嬉しそうに出て行くす・が・た!キャーーーー!」
それなり整った顔の茶髪の三つ編み少女は、その顔を少し下品な笑みで崩している、その顔やめーや、なんだか無性に男女平等パンチお見舞いしたくなるぞ、もちろんしないけどさぁ……。
「それでもだ、私は彼女とお嬢様のことについて少し話をしていただけだ、疚しい事など何一つ無い、人のゴシップを探している暇があるなら仕事に戻り給え」
コイツに関わるとブルックリンの胃壁のHPがゴリゴリ削られる、コイツは無視した方がいいキャラクターだ、絶対関わると面倒なヤツだと胃壁が語っている。
「ほっほー、いいんですね?この屋敷一の情報通である、このアンナに口止め料を払わずに無事にいた者は居なんですよ」
ゴシップメイドはアンナというらしい、名前が分かったが良いがいきなり強請りっすか?いい加減逃げてもいいっすか?俺、今金持ってません、ジャンプすればいいですか?それともジ○ンプ買ってくれいいですか?
「ねぇねぇ、ブルックリンさ~ん、教えて下さいよ~、屋敷に閉じ込められた私達の慎ましい楽しみなんですよ~」
妙に鼻にかかったあざとい甘ったるい声と、それに反比例するような下衆い笑顔を浮かべゲスい事を楽しみにする少女の姿に、俺は頭が痛くなって現実逃避がしたくなり、同時に怒りゲージも溜まっていく。
あんまりだろ!潔白な自分がどうしてここまで責められなきゃ行けないかのか解らない、いい加減少し叱ってもいいだろうと、少し強めに返して怒りの欠片を振りまいた。
「だから何も無いと言っている、いい加減その口を慎みなさい!」
陰気なブルックリンの切れ長の目が更に細くなり、メガネを掛けている事もあって雰囲気はインテリヤ○ザにしか見えない、若い娘ならこの鋭い視線で逃げるだろう。
「やーん、ブルックリンさんに手篭めにされるぅ~!」
このアマぶち転がしますぞ?私はそんなことしていませんぞ!つうか廊下で何叫んでんだよ!いらない誤解が増えるでしょおおお!?
両腕を胸に寄せてイヤイヤする眼前の少女に、あんまりなアンナの態度に俺の怒りは有頂天では無く頂点に達した、切れちまったよ、完全に切れちまったよ……。
俺はふざけているアンナの肩を掴み無言で壁際に追い詰め、少し横の柱に拳を叩きつける、さすが公爵家の建物だ、レ○パレスと違い鈍く重い音がなるな。
「えっ?!へっ?」
突然の怒りを込めた壁殴りアタックに、アンナが間の抜けたな声を上げこちらを見つめている、そんな呆然としている彼女に低く陰気な声に、更に怒りを乗せてその耳に自らの潔白を囁く。
「いいかアンナ、私とメリッサは、何も無い」
インテリヤ○ザが女子高生くらいの娘さんを壁に追い詰める図になったが、胃壁さんの命には変えられない、俺は外界からの猛威から、この壁を守らなければならんのだ!一歩も引く訳にはいかない!
「いや……、あの、その……」
何だコイツ、自分から攻撃するのは得意だけど、防御に回るのは苦手って奴か?ほほぅ、それなら少し脅してやれば、これに懲りてふざけた真似しないだろう。
「それとも私がそういう男で、君は手篭めにされたい、そういう事なのかな?」
「て、手、てごっ……」
顔を真赤にして黙るアンナ、勝った!これは第何部だったかが分からないけど終わっただろ、いやぁこれで俺の胃壁は襲撃で崩れること無く何とか持ったな。
「そうじゃないなら変な誤解をしない、いいね?」
無言で顔を縦にふる少女、なんだ、下衆な顔しなけりゃ案外可愛らしい少女じゃないかと思い胃酸が落ち着くのを感じ、彼女を開放する。
「私は夕食に戻る、君は仕事に戻る、ここではなにもなかった、わかったかい?」
勝ったという喜びが表情に出てしまい、耐え切れずに少しだけ微笑んでしまった、脅すはずだったのに笑ったらいかんだろ!でもまぁ反省しているみたいだしいいか。
「は、はぃ……」
真っ赤な顔を抑えながら崩れ落ちる少女、このアンナって子は多分、クラスに一人はいるような耳年増な子なんだろうな、全く迷惑な存在だった、俺の部屋で待っているビーフシチューが冷めてしまうだろう。
そう思って部屋に戻ろうとアリサに背中を向けると、何故か俺の部屋の前にさっき逃げていったシャーリーがさっきと同じ様に顔を真赤にしながら、こちらを見ている。
「やぁ、どうした?さっきのは誤解だ、俺と彼女はそういった関係ではないんだ、あれは俺が昼寝がてら寝っ転がった後で、彼女の残り香はお嬢様の話をしていたから残ってただけだよ」
戻ってきたのなら丁度いいので誤解を解いておきたいから、部屋の状況をシャーリーに説明するが、相変わらず彼女は真っ赤な顔している。
「あ、あの、ブルックリンさん!」
シャーリーはなんだか意を決した様な態度で胸の辺りに両手で拳を握りしめ、俺に何かを伝えようとしている。
「何かな?夕飯の前だから出来れば手短にお願いするよ」
「ふ、二股はい、いけないと思います!」
ワッツ?誰が誰と誰に二股?そんな酷い奴がこの屋敷に居るのかー、俺知らなかったぞ~、まったくひどいやつだな-。
「っしょ、食器は後で取りに来ますから、廊下に出しておいてくださいね、失礼しまひゅ!」
あ、噛んだ、今めっちゃ噛んだ、自分でも気がついたシャーリーは耳まで真っ赤にしている、ここは気が付かないふりをしてあげるのが大人のやるべきことだろう。
「大丈夫、少しアンナが誤解をしていたから解いただけ、君も誤解しているメリッサのことさ、俺と彼女はそんな間柄じゃないし、ベッドが乱れていたのは私がずぼらだからだよ」
逃げられる前に誤解を解かないとますます深みにハマる、なんなのこの世界、皆で寄ってたかって俺の胃壁を削りに掛かるようにできているの?俺の胃壁だって生きてるんですよ!
そんな胃壁さんの嘆きを、胃酸と共に胸に秘めて言葉を紡ぐ。
「そうだったんですか?私てっきり……、アンナから色々聞いてたからてっきり……」
おおぅい、シャーリーくーん!君まで耳年増なのかね!やめてよね、僕が清い身体じゃ無い訳ないじゃないか?もう少しで俺はマジックユーザーに成れるんだぞ?彼女居ない歴=年齢なんだぞ?泣くぞオラァン!
「ウワサ話はいいが、あまり誤解をしたまま話すのは良くないね、そこのアンナも一緒に持って帰ってくれると嬉しい」
そんな悲しみと決して外れない呪の装備の事は口に出さず、廊下にへたり込んでいるアンナを指さし、俺は苦笑いをする。
「分かりました!それじゃ失礼しますね」
今度は噛まなかったシャーリーは小動物のように俺の横をすり抜けて、腰を抜かしているアンナの方へ向かっていった、多分少し脅しすぎたのだろうコイツホントに見た目がインテリヤ○ザっぽいからな。
「アンナ、大丈夫?ちゃんと歩ける?ダメじゃない、ブルックリンさんは私達より偉い人なんだからからかっちゃダメよ?」
やはり同じメイド同士だ仲が良いのだろう、シャーリーは気安さの中にも親愛を感じるような表情と態度でアンナを介抱している。
「う、うん……、平気……、でも、やっぱりさ知りたかったんだよね、最近面白い噂なかったし……」
そんな、君達の餌にはなりとうない、俺は君ら耳年増の餌にはなりとうないよ。
「じゃあ二人とも、私はもう部屋に戻るから、あまり遅くなって怒られないように戻りなさい……」
目の前の仲の良い少女たちの友情の姿にひと声かけて、俺はため息を吐きながら自室のドアに手をかけて騒がしくなった廊下を後にし、少し冷めたビーフシチューが待つ室内へと戻っていくのであった。




