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一日の終り

「つ、疲れた……」 


 あれから犬の遠吠えみたいな高笑いを続けるお嬢様を何とか落ち着かせ、明日の朝はアリス嬢に話し掛ける様に言い含め、言い様のない疲労感を抱えて部屋(おり)を抜けだした。


 気が付けば屋敷は夕暮れを越えて夜の気配を身に纏い、メイドたちが灯したランプの明かりが満ちていて、窓の外ではスペンスじーさんが、庭の中心の道にガス灯を付ける姿が目に映る。


「夢を見始めてから結構長い事経ってるみたいだな、この季節の日暮れだ最初から考えりゃ5、6時間ってところか」


 そんな事を考えていると喉の渇きと空腹を覚えた腹が鳴る、夢なのに随分とリアルな感じだなぁ……、しゃあないキッチンに向かうか。


 頭の中にあるブルックリンの記憶を頼り、屋敷の中を彷徨うと何処からとも無く美味そうな香りが鼻孔に届けられる、どうやらあちらのようだ。


 やはり公爵家だなコイツは期待が出来るぞ、どこぞの孤高を良しとするグルメ漫画じゃないが、出来れば今日は一人でゆっくり食事を楽しみたい気分だ。


「あ、ブルックリンさん!ブルックリンさんもご飯の時間ですか?」


 そう思っていたらいきなり後ろからメイド姿の少女に声を掛けられる、正にあの漫画ならショックを受けるシーンだろうな。


「ああ、お嬢様の高笑いも収まった所だ、昼飯を食べ損ねたから腹が減っていてね、そろそろ夕食にしたいと思っているよ」


「では良かったら私と一緒に御飯を食べませんか?」


 スペンスじーさんよ、あんたのお孫さん絶対悪い男に騙されるって!こんな目付きの悪い準イケメンのブルックリンをあっさり信じる辺り、めっちゃ危険だぞ!


「折角のお誘いだが、私のような陰気な男がシャーリーと一緒に居ると、それを見た他のメイドも気が気でないだろうさ、だから遠慮しておくよ」


 そう、彼女は好意的に見てくれているようだが、他のメイドはそうじゃない、だからこそ俺は便所飯ならぬ個室飯をしたいのだ。


「あ……、私の名前、ちゃんと知ってくれてたんだ……。ふふ、なんかとっても嬉しいです!分かりました、じゃあまた今度にしますね、私、皆にもブルックリンさんが優しい人だって伝えておきますから!」


 ちょい待ちぃ!名前を覚えてた位で好感度が上がるとか、コイツ普段屋敷でどんな生活してたんだよ!


 コイツの今まで生活の方が怖くなってきたぞ、コイツって、やっぱりヤバイ奴なんじゃないか?


 俺の心に広がる驚愕を無視して、子犬のように喜びを表すシャーリーの話は進む、この世界マジで皆純粋すぎて怖い!


 きっと、純粋すぎる住人たちの感情に当てられてたら、何時か俺の胃が溶けて無くなる気がする!


「それじゃまた今度だ、私はいい加減食事を摂るよ」


 俺はそんな純粋オーラを出しまくる沢山の人間に関わりたくない、そう思ったのでとっととキッチンに逃げ込んだ。


 今この屋敷に居る主人側の人間はお嬢様一人だけ、無論格というものもあるので手の抜いたものでは無いが、家族が居ない時の一人用だ。


 今はシーズンでもないから立派な夕食は用意しないので、今の屋敷のキッチンは使用人の食事が主な仕事になっているし、そこまで忙しくはない。


「すまない、私の分の夕食をくれないか?」


 数名のキッチンメイドが手際よく動き、使用人達の腹を満たすための食事を作る蒸気と活気に溢れる中、ブルックリンのいかにも陰気な声が響くと、一人のキッチンメイドが振り向いて話しかけてくる。


「あ?アンタがすまないなんて殊勝な言葉を知ってるなんざ、あたしゃ知らなかったね!明日はパスタの雨でも降ってくるんじゃないかい?」


 俺の夕食のオーダーに、ここの主である気風の良いメイドが姉御肌を感じる声をかけてくる。


「ああ、それ位は私でも知っていたんだが、今まで使わなかっただけさ、悪いが腹が減っているから、からかうのはその辺で勘弁してくれないかな?」


「アンタ熱でもあるのかい?いつもなら『無駄口を叩かず働き給え、それがお前の仕事だ』とか嫌味たらしい事を言ってくるだろ?」


 眉間にしわを寄せ、全く似てないブルックリンのモノマネでからかう年嵩のメイドに、俺の胃が締め付けられる。


 ブルックリン氏!お主何やってるでございるか!そんな態度なら俺と変わったって直ぐバレるでしょおおお!


「ああ、少し思う所があってね、少し自分の考えを改めたところさ」


 なんとか平静を取り繕う俺をムチムチとした腕を組んで見つめる赤毛の妙齢の女性、太っているという程でなく、肉付きの良い身体というべきだろう。


 そんな彼女は俺を睨みつけるように見つめ、何か納得したのかゆっくりと口を開く。


「ふぅん……、まぁいいさね、悪い変化じゃないし、今のアンタなら私もサービスしてやるさ」


 言い切ると人の良さそうな笑顔で俺に返す、なんつうかさ、知れば知るほどコイツの役やってく自信がゴリゴリ削られていく気がするよ。


「ああ、ありがとう、今晩は何が出るのかな?昼食を抜いていてね、かなり腹が減っているんだ」


 その発言に彼女は奇妙な顔をする、何か失言でもしただろうか?


「はぁ……、偏食家のアンタが何があると聞いて来るとはね、ホントに明日パスタの雨にミートソースが絡んで降ってくるんじゃないかい?」


 ねぇ~、ブルックリン氏~!アンタ今まで一体どんな生活してたのぉ?アンタ画面外では色々変人すぎんだろぉ。


 そこら辺の知識も教えてくださいよぉ、俺にはアンタの代わりマジで無理ですよぉ、あとどんだけ爆弾あるのぉ?アンタはボンバーマンか何かなのぉ?


「ほ、ほら、好き嫌いをしていてお嬢様が真似したらいけないだろう?私は彼女の教育係でもあるからね」


 そう言うとキッチンメイドは大笑いをする、その声は騒がしいキッチンの中でも響き渡るほどの声量だった。


「アハハハハハ!馬鹿言ってんじゃないよ、あの好き嫌いどころか好奇心で何でも食べるお嬢様があんたの偏食を真似するわけ無いだろ、海の向こうにある扶桑だかの怪しい豆のペーストや、カビの生えた木みたいな魚の乾物まで食っちまうようなお方だよ?」


 ああ、そういや攻略対象に東の海の向こうの国から来た剣士とか居たっけか、それは味噌とかつお節の事なんだろうな、アイツ本当になんでも食べる犬みたいな性格なのね……。


「ま、好き嫌いせずに何でも食うのはいいことさ、今日はビーフシチューにパンだよ、上級使用人のアンタには、おキライなチーズもつけるがどうするよ?」


 少しからかうような口調でメニューを知らせてくれるキッチンメイド、とりあえず前言通り全てもらっておくのが無難だろう。


「ああ、それで構わない、それと何か飲み物を貰えるかな?それと今日はやることがあるから部屋で食べたい」


 俺の発言に特に疑問がなかったのだろう、彼女は特になにかを言ってくる気配はない。

 

「あいよ、んじゃ準備して誰かに持って行かせるよ、飲み物はワインでいいの?それともお茶がいいのかい?」


「ではお茶でお願いしよう、すまないがさっきも言ったように腹が減っているから少し多めに頼む」


 俺が彼女にそう言うとニンマリと笑顔を浮かべ、俺の背中を叩いてくる、重い鍋や材料の入った袋や籠を持ち上げている彼女の腕は思った以上の破壊力を持っており、俺は思わず噎せそうになる。


「アハハ!そうだねぇ、アンタは男の癖になよっちぃから沢山食べた方がいい!任せときな~、このカテジナ姉さんが、しっかりサービスしてやるよ!」


「ゴホッ、よ、よろしく頼む、それじゃ私は部屋で待っているよ」


「あいよー十分で持っていかせるよー」


 背中の痛みを我慢して彼女にお願いをして、キッチンから出ていこうとすると、使用人用のテーブルで同じ年頃のメイド仲間と食事をしているシャーリーと目が合う。


 彼女はこちらに微笑み、嬉しそうに視線を送ってくるので、その行動に気付いたメイド達が落ち着かなくなる前に、無表情のままで軽く手だけ上げて俺は自室に戻る。


 どうやら目聡い誰かに見つかったらしく、少女達の囲む食卓が騒がしくなった、このまま居るのはまた面倒くさい事になるだろう、絡まれる前にとっとと部屋に戻って疲れた身体をベッドに転がしたい。


 本当にこの男普段どんな生活をしてたんだろう、ちょっと普通にしただけで好感度上がるとかよっぽど普段が悪く無いと起こらんだろう。


 それとこの世界の住人は基本的に善人が多すぎるからこそ、異様にアルテミジアや入婿公爵が目立つなんだろうな。


 あ、昼間の5クリックおじさんは一種の芸みたいなもんだから例外ね。


 そんな下らないのか下らなく無いのか分からない事をダラダラ考えながら廊下を進み、やっと自室に辿り着いた。


「あー、本当に長かった。」


 思わず零れた言葉と一緒にドアを開けると出る前に見た光景、自分の厨二行動を後悔し激しく転がったせいで酷く乱れたベッドが出迎えてくれた。


「ああ、そういや散らかしたまま出たんだっけか……、誰かが食事を持ってくるんだから片付けた方がいいんだろうけど、今からやるのは面倒だな……」

 

 どうせ中には入ってこないだろうし後でいいだろ……、そんなことを考えて上着を投げ捨てる、このゲームの衣装って格好つけた細身のラインだから妙に肩が凝るんだよ。


 しかも上質なんだろうが羊毛だから重いし蒸れる、よくもまぁこんなもん着て走れるもんだと尊敬するよ全く……。


 ランプを灯し、暗い室内をランプの明かりで満たしながらそんな事を考えていると、ドアを叩く音が聞こえてくる、どうやら思ったより早く食事を持ってきてくれたようだ。


「はい、開いてます、どうぞ」


 あ、つい反射でどうぞって言ってしまった、そいや片付けてねーじゃん!そう気が付いた時にはシャーリーの元気な声が響いて来る。


「失礼します!」


 まぁ彼女ならいいかと俺はタカをくくる、このだらしない所を見ればシャーリーからの評価も少し変わるかもしれないが、どうせ不正に高くなったようなものだ、むしろ下手に上がるよりは管理がやりやすいだろう。


「済まないね、少し散らかっているが構わずに気にしないでくれると嬉しい」


 俺がそう言うと、部屋の中に遠慮がちに入り、彼女が美味そうな湯気纏った料理達を備え付けのテーブルへ置いて、物珍しそうにキョロキョロ辺りを見回す。


「あ……、これって、もしかして……」


 そして何かを察したように声を上げ、ベッドを見ながら真っ赤な顔になる。


「ん?どうかしたのか?」


「い、いえ、お部屋の中にメリッサさんの香水の残り香がしたり、何故かベッドのシーツが乱れていることなんて、全ッ然!気付いてませんよ?!」


 へ?なんだって?なんか凄い不味い勘違いしてないか?何、何なのこの子!?どうして顔を真っ赤にしながら両手で目を隠す振りして、俺が後悔した後のベッドをガン見してんだよ!


「こ、これお食事です!し、失礼します!私何も見てません!見てませんからぁ~~~!!!」


 俺に弁解する間も与えず、シャーリーは長いお仕着せのスカートをはためかせ脱兎の如く部屋を飛び出してく。


「なぁ、ちゃうねん……、ホントにちゃうねん……」


 どこから出てるのか解らない奇妙な声を上げ、結構な速度で廊下を爆走する彼女の背中を見つめる俺の口からは、何故か変な関西弁風の言葉が漏れるだけだった。

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