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気の合う人

 グルバーグ家の屋敷には書庫室付きの執務室が3つある。

 親と子、それから代理執行官用の執務室だ。


 代々魔道士であるために領を留守にすることも多く、他国に行くこともあるグルバーグ家では、領内外から信用できる者を迎え入れ代理執行を行うことがある。


 その多くは、優秀だが家督を継ぐことのできない次男以下の者達だ。ただ例外もある。

 男性ではなく女性が来ることもあった。


 そして、不名誉により放逐された人も。


 長男であるはずのエリドルドもそうだったと聞いたのは最近のことだ。

 汚名を着せられ、社交界を締め出された時にお爺様が声をかけたそうだ。汚名をすすぎ、堂々と戻れるようになるまでの2年間をここで過ごした。


 このことを教えてくれたのは、執事長のアドリューだった。


 偏見を持たせないためか、お爺様には、貴族の醜聞は滅多に教えてもらえない。したがってロクスもミーナもそういった話はしない。


 だからその話をされたことが不思議だった。

 今、その執務室を使っているのはダニエルだ。


 コンコン、コン。

「ダニー、ちょっといい?」

「ソルレイ様、ええ、どうぞ」

 執務机の上に置かれた手紙の量は多い。他の領の領主達からだろう。

 明らかに仕事中であるのに俺の方を優先しようとするので、今は何の仕事をしているのか尋ねた。


「そうですね、これは今年の税収です。こちらは去年の分です。ご覧になりますか?」

「うん」


 やってくれている仕事は将来、自分がする仕事になる。ちゃんと聞いておこう。

 まあこの前のカルムスを見て、やっぱり少し手伝おうと思ったのだ。


 じゃないと、ダニエルが割を食う。グルバーグ領の仕事も嫌な話も一番正確に耳にしているのはダニエルだ。


 働いている皆は、お爺様の耳に入れるまで極力厄介事を払い除ける方に注力する。

 お爺様の手を煩わせることが嫌なのだ。


 その代表がアドリューやダニエルだ。

「去年より増えてるね」

「事業が軌道に乗ってから本格的に人を雇用しています。香りのいい洗髪剤は上級貴族の女性に受けていますからね。生産量も増え、雇用者も増える。いい循環です」


 雇用先の創出は大事だ。辺境の領主は、人口の流出を防がないといけない。税率も王都に比べれば軽くしているのはそういう理由がある。


 次に渡されたものは、商業ギルドに卸している目録の売上順位と総数が書かれていた。

「男性版も作ったのに。こっちは駄目だったね」


 既存品でいいと言わんばかりの数字だ。中々、売れないようだ。

「贈り物をするのは、男性側が圧倒的ですからね。致し方ありません」

「じゃあ完全廃止で。女性向けだけでいいよ。これ以上、在庫が増える前にやめよう」


「ソルレイ様は思い切りがいいですね」

 くすくすと笑われた。

「うん。売れるものだけ売らないとね」


 平民は、泡立つ木の実と呼ばれるムクロジに水を混ぜて洗い、終われば樫の木の実からとった油を少し使うくらいだ。


 ハチミツと乾燥させてすり潰したオレンジやベリオットを配合するなんて、とんでもない贅沢に感じる。


 “ハニハニで貴女の髪を癒やします”というキャッチコピーまである。売れてくれないと、考えた時間に比例して恥ずかしさが増す。


「カルムお兄ちゃんが、財務派閥の会合に一緒に行ってくれって言うんだ。夏に一緒に行こうと思うんだけど、ダニーどう思う?」


 短い冬休みは嫌だ。会うなら夏。カルムスも夏まで引き延ばすだけなら簡単だろう。儲け話をちらつかせる案をカルムスに出したというと大きく頷く。


「いい案ですが、くれぐれも――――」

「“何か言われてもその場で了承しない。家に持ち帰る”だったよね?」

「はい」


「夏に会った時には、財務派閥に恩を売れるものを用意しておくよ。カルムお兄ちゃんは、面倒がってるだけだろうけど、ダニーは胃に穴が空きそうだもん」

「ハハハ、はい。お願いしますね」


 机の上にある手紙の差出人を聞いたり、書類の片付けを手伝ったりする。

 黙々と作業をして、机の上は随分と片付いた。


 ダニエルとは気が合うので、同い年だったら友だちになれただろうな。

 あとマットン先生も同じ属性な気がする。ダンスを踊るのを見てそう思った。


「「そろそろ紅茶でも――――」」


 目を瞬いた次には、執務室に二人分の笑い声がこだました。


 そうして、ミーナではなくロクスが紅茶をタイミングよく運んできたのを見て、ここにもう一人いたと笑うのだった。

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