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王城での戦い 2

 目が覚めたら家だった。

 見慣れた屋敷の部屋だった。

 なら、嬉しかったのだが、冷たい背中の感触と身体の痛さで、城の床に寝たままだと気づいた。寝返りを打って、時計を見れば2時間も経っていた。


 ここまで時間が経てば、さすがに終わっているだろうと思ったが、願いも虚しく、未だに終わっておらず、アジェリード王子が一生懸命に戦っている姿を見て、奇妙な気持ちになる。

 そしてもう一人いたようで、影の薄い第二王子も守護魔法陣の維持を頑張っていた。


 まだ魔力は回復できていないが、動けるまでには回復したようだ。体を起こし、ラウルとノエルの様子を見る。

 座っている俺から、二人の背中は大きく見えた。

 戦うにも勇気と決断がいる。

 苦戦しているのかというと、そうでもないらしい。

 かなりの敵数がいるようで、廊下を挟んだ向こう側の部屋には、倒れた敵が山になっていた。その屍を平気で踏みつけ、魔法を放ってくる敵に嫌な気持ちになった。必死にならないといけないのに。俺の感覚がおかしいのか。


「ラウル、ノエル。ごめん、起きた」

 大きな声ではない呼びかけに二人が振り返り、敵に背を向けて俺の元に座る。

「具合は大丈夫なのか?」

「平気?」

 顔色がまだ悪いと言われても、こればかりはどうにもならない。

「立てるのか?」

「立つよ。でないと帰れない」

「運んでやろう」

 強引に担がれそうになり、頭が下になると吐くから!と拒否をする。

「ノンは強引すぎ」


 ぺしっと手を剥ぎ、ラウルが俺を抱きしめた。子供の頃のように頬ずりをされるが、久々すぎる。子供返りのようだと笑った。そういえば、昔からノエルに張り合っていたなと笑って背に腕を回し、ポンポンと叩き、もう大丈夫だよと告げた。


「片づけても、片づけても湧いてくるよ。まるであの虫みたい。もう帰ろうかって言っていたところだよ。どうする?」


 敵を厨房の悪魔に例えるなんて酷い物言いだと思う。が、キリがないことだけは分かった。何せ、背を向けたラウルとノエルに、チャンスだとばかりに攻撃魔法の連弾がくるのだ。

 それらは、全て守護魔法陣で防がれている。強度の差が魔力の差だ。ジリ貧になるのは向こうかもしれない。


「ボンズもいないのなら、捕まえても仕方がないのか。ノエルみたいに総大将が乗り込んでくることはないのかな?」

 一番上指揮官を捕まえたら終わると思っていた。

「まずないだろうな。来るなら終わってからだ」

「そうだね。ソウルがさ、捕まえたらある程度の交渉は可能だって思っているのは分かるんだけど、今は帰った方がよくない?」

「そうか。うん、二人に従うよ」


 寝起きの回らない頭でそう答えると、賛同を得たことでラウルが転移魔法陣を描こうとする。

 と、今度は第一王子が近寄ってきた。ノエルがラウルを庇うように立つので、俺も魔力が足りなくなった時用の補助魔道具を手に取るため、そっと服に手を伸ばした。

 なんだと身構える俺たちに、王子が頭を下げた。そのことに驚いた。


「これまでのことはすまなかった。頼む。力を貸してくれ」

 床に膝をつき、騎士のように頭を下げられるが、俺もラウルも何の感慨も浮かばなかった。

 大臣達なら成長されましたねと言って、誉めそやして喜ぶのだろうか。

「アジェリード王子。平民的に言わせてもらうと、“どの面下げて言っているんだ”ということです。人には、忍耐というものがあります。ですが、我慢にも限界があるのです。尺度というのは、見極めないといけません。お爺様を始めとして私たち家族、友人、先生方と、どれだけ周囲を傷つけたか理解されていません。あなたは、鑑定でグルバーグの人間であったと証明されたから“悪いことをした”と考える王子で、やったことに対する“人”としての反省ではないのです」


 鑑定結果が出なかったら、やったことを謝らなかったはずだ。自分のしたことを省みない。

 そんな人がこの国の次代の王になることに学生の頃、怖さを感じた。

 だから、王都に乗り込んで、鑑定を受けさせろと声を上げる方法をとらなかった。

 戦うことより、逃げる方を選んだ。逃げれば、争わなかった分、得だと考えた。

 領民や辺境の領主、気にかけてくれる先生方、親身に相談に乗ってくれる貴族家や寂しいと見送りに来てくれた友人たちを守れるはずだ。最善ではなかったかもしれないが、その時のとれる選択肢の中からよりよいものを選んだつもりだ。


「私たちが“グルバーグ家の人間だから”ではなく、ただのソルレイやラウルツになっても親しくしてくれる人を守る手を打ったのは、貴族家に未練がないからです。平民の血が流れていますから貴族家でなくなっても構わなかったのです。周りが私達以上に心配してくれていたので、貴族のままでいましたけれどね」

「そうであったか」

「あなたが頼っていいのは、臣下の人たち、王族派閥の人たちです。他の貴族家は、今頃、領民を守るのに奔走しているはずですから。状況を見ながら頭を下げられるといいですよ。そうすれば支えようと考える貴族家も多いはずです」


 俺たちの心は、頭を下げられても全く動かない。魔法陣は完成した。話をするにも時間切れだ。

 そう言うと、顔を上げて俺たちを見る。


「……私とミオン、レイナは学友であった。父とラインツもまた学友だったのだ」

 その言葉に、魔法陣に魔力を込めようしたラウルの手が止まった。こんなことならアドリューとした会話を聞かせておくのだった。

「それは知っています。レリエルクラスだったと聞いています」

 視線をやり、続きがあるのであれば聞こうと態度で示せば口を開いた。

「高等科ではそれほど親しかったわけでは無いが、私にとっては二人とも友人だった。レイナは他国の者と恋におち、親友のミオンは応援をしていたそうだ。ある時、レイナは国を出て行った。社交界で話題になったが、私はそれを圧えた」

 友人としてというより、王族として名門大道士家の醜聞を嫌っての行動だったという。

「レイナには、然るべき、国内の相手と結婚をすることが求められていた。友人であっても応援はできなかったのだ」

 立場上、そうすべきなのはなんとなく分かる。

「それでもミオンがレイナからの手紙を私に見せた理由は、レイナの忘れ形見だとラインツが主張していたおまえたちが、結婚相手だとされる相手の髪色とは違うこと。住んでいた場所が聞いていたハウウエスト国のセブロスではなく、ラルド国だったことの二点からだった」


 ここまではアドリューと同じ話だ。知りたいのはそれ以上の情報だ。

 他に何かあるのかと強い目で見返すと、軽く頷く仕草を見せた。


「ミオンは、ラインツのことも尊敬していたからな。口外すれば名誉を貶めるとして、独自で調査を始めた。結果として、ミオンは、おまえ達はレイナの子供ではないと断言をした。腹立たしいと憤っていた。だが、学長としてみるならば、ソルレイ。おまえは優秀であった。報告を聞いた父上は、ラインツの名誉を汚すなと口を噤ませた。大事にしているのならば、卒業後は、アインテールの新興貴族として迎えるつもりであられた。そして、並行してレイナの本当の子供探しが始まったのだ。どこで判断を誤ったのかは分からぬが、鑑定が、私たちの誤りであったと告げている。第1騎士団に捕縛を命じたのは私だ。すまなかった」


 アジェリード王子に謝られて、俺とラウルは顔を見合わせた。

 思っていたより真っ当に話せたことにも驚いたが、話を聞いての疑問も出た。

 この人は、一生心の底からは謝らないのだろうと思っていた手前、謝罪を受けると困ってしまう。

 俺たちは、お爺様の孫ではあるけれど、レイナ様の子供ではないからだ。とはいえ、これは口にはできない。


「では、その手紙を根拠になさったのですね?」

「そうだ。……手紙が偽物であったか」

 勝手に納得したようだったが、とりあえず話を合わせることにした。考えられるいくつかの解釈を述べて、保身を図る。

「脅して無理やり書かせたのかもしれませんから、手紙自体が、偽物か本物かについては、何とも言えません。一度に大量に書かせれば偽装も容易です。それを学長に送っていたのかもしれませんね。学生の頃に聞いていれば、とも思いますが、正直なところ、今のお話もどこまで信じていいのか分かりません。クラスメイトだったことは、もちろん知っていますが、母も父もお爺様も既に他界しております」


 信用できる人間からの情報が不足しているため、この話も話半分で聞いていると言うと、そうであろうな、と素直に頷いた。


「アーチェリーの鑑定をしなかったのはどうして? 僕の片想い説は違うんでしょ?」

「本気で思っていたのか。そんなわけがあるまい」

 嫌そうに息を吐く。初めて顔を見たが、これだけ容姿が整っていれば、さぞ、もてただろうと推測は出来る。年齢の離れた同性に恋はしないか。

 ラウルの拘っていた『絶対好きなんだよ!』という純愛説は、本人の否定により外れが確定した。

「アーチェリーが持っていたレイナの髪飾りは、成人の時にラインツが贈った物だ。素晴らしい意匠が施されたものだったのだ。あれは、どれだけ切りつめても手放さないはずだ。結婚を認めると最後まで言えなかったラインツの気持ちを代弁する品だった。アーチェリーは、それを持ってレイナの最期を話したのでな。ミオンの受け取っていた手紙と符合する容姿と形見の品。低い魔力量も却って平民との間の子であるからと信憑性が増した。低い魔力ではあるが、凄惨なレイナの最後を聞き、この子は私が守ってやらねばと思ったのだ」


 だからアーチェリーの鑑定はする必要を感じなかったという。

 しなかった理由は、むしろ俺たちにあり、ラインツが孫だと言っている以上、大っぴらに鑑定をするわけにもいかないので、双方を守るには、どちらもせぬほうがいいだろうという結論になり、これはごく一部の者の胸に秘することになったと言われた。


 あれ? 平民と言ったか。向こうが嫡廃された王子だという事実は、知らないのだろうか。それともアドリューが間違っていたのだろうか。魔力の微弱さは、どちらにせよあり得ない。レイナの血と王族の血が入っているのなら、その可能性はないのだ。

 認識の差というには、変だな。


「では、この際だ。私も聞いておきたい。守るというよりは、殺す気の魔法陣が初等科の教室にはあった。あれはなんだ?」


 学長の暴走かとノエルが問えば、ミオンはゲートで学長室にソルレイが飛ぶように仕掛けはしたが、教室の魔法陣についてはやっていないと言っていたという。

 そんな訳はないだろうと言いかけて、ノエルもクレオンスの鎖が使えることに気づく。


「……レディスク家の魔法陣だと先生方は断定されていましたよ」

「私が、騎士に連れてくるよう命じたものの、念を押すとゲートを仕掛けたのだ。私は、おまえたちを直々に取調べたいと思っていた。ラインツが騙されていると思っていたからだ。そして、ミオンも同じつもりで殺す気はなかったはずだ。教室にあったという魔法陣だが、ミオンもユナも描いていないとの言を私は信じている」


 先生達が嘘を吐く理由はない。入ろうとしたのも最初はクライン先生だった。

 扉の魔道具に気づかずに入っていたら先生が攻撃を受けていたのだ。


「あの者は本当に学長なのか? あの訳の分からない教師はなんだ? 魔道具で生徒を殺そうとしただろう」

 ノエルの追及は、学長はもうおまえの知っている友人とはかけ離れた存在なのではないのかというものだった。その方が納得できる。

「そうだよね。採用したのは学長でしょ?」

「私を殺すために採用したのではないのですか? クラスメイト共々なんて異常ですよ」

「我々とは無関係だ。ミオンも騒ぎを利用して、おまえ達に話を聞くいい機会だと言ってはいたが、他に侵入者がいないかは熱心に調べていた。あの教員は単独犯だ。しかし、動機については分かっていることはない。教員は採用時に親族まで洗い出しをするが、不正はない。他国の貴族だと公表はしたが、これは国の恥になるからだ。本当はアインテール国の貴族家であり、親族たちは謝罪をしている。クレオンスの鎖を解くなら処刑しよう」


 黙秘をしているが、先生達同様に極刑らしい。

 裁判をしていないとルファー達から聞いていたが、話さないのでそもそも裁判はやっていないだけだと知った。

 学長とユナ先生は、裁判では話をしており、刑が確定してからは、面会に来たアジェリード王子を始め、親しい者達にも罪を償うと口にしていると聞けたことはよかった。


「本人が望んでいるのに、執行されていない理由はなに?」

「刑は王によって止められているからだ」

「「「…………」」」


 王が守っており、極刑を執行停止にしているそうだ。なんだそれはと全員が呆れた。

 アーチェリーと全く同じ対応だからな。知り合いには甘いようだ。俺達の無言の抗議に気づくと、重い息を吐いた。


「教室内の魔法陣がレディスク家の者ではなかった場合、極刑は重すぎるのだ」

「言い分を信じるのなら、ですけどね」

「ソルレイはどう思っているんだ?」

「……難しいな」


 ため息が出る。本当に難しい。状況証拠と裏付けはあって、本人のみが魔法陣の作成を否定している。黒の一択なのだが、魔法陣は家のオリジナルであっても、誰かに教えることも、意図せず洩れることもある。レディスク家の魔法陣だろうと言っても、ノエルにもグルバーグ家のオリジナルは、随分バレているようだし、他国のクリスの家の魔法陣も俺は知っている。

 本人が教える場合もあり、各国に規制する法もないのが現状だ。


「学長の印象もユナ先生の印象も、元々は、それほど悪くはなかったよ。教室にあった魔法陣についてなら、レディスク家以外の魔法陣は、カインズ国でよく使われる攻撃魔法の陣だった。でも、繋がっていたのなら当たり前だ。言い訳のための偽装工作だとも考えられる、かな」


 露見した時と失敗した時に、カインズ国の者の犯行だったとか、家の魔法陣が洩れていたとか。なんとでも言えるようにしたのかもしれない。


 それに、引っかかることも多い。例えば、ユナ先生は、俺を宮廷音楽家にしようとしていた。コンテストに出てルミオルベを弾くように言われたのだ。お菓子コンクールと同じ日で断ったが、ルミオルベは公共の場で弾くと捕まると後から知った。味方とは言えない反応をされていたように思う。掻い摘んで、その話をした。


「カインズ国と結び、ハウウエスト国とも父を介して繋がりを持ち、姉妹で共謀していたと言われた方がしっくりくるんだ」

「捕まると教えてくれたのは宮廷音楽家だったお爺ちゃん先生だね」

「そうそう。アインテールではかなり重い罰になるらしくって牢屋に入ることになるから気を付けるように言われたんだ」

「ふむ」

 ノエルが王子を見ると、頭を振る。

「コンクールで弾いたくらいでは罪にはならぬ。パーティーで弾けば捕まるのだ」

「?」

 違いが分かり辛い。

「どちらも公共の場だ」

 ノエルがすぐに言い返す。

「私もそう思います」

「僕もそう思うよ」

 違いはなんですか?と尋ねた。

「楽団で弾くのが問題なのだ。多くの人間の目にも入るであろう。それが問題なのだ。コンクールは、3名の楽師による採点制で無観客だ。演奏するのも一人ずつなので公共とは言えぬ」

「「「……なるほど」」」

「それなら、ユナ先生は、姉に巻き込まれたと仮定してみよう。試験の点数は、加点が余りつかなくて嫌だったけど、牢屋に入ってもう10年が経つ。罰は受けたと思う」

 ノエルに少し笑って伝えると、そういえば加点が10点だったな、と思い出したようだ。

「そうなの? 上手だったのにね」

「アハハ、ありがとう」

 知りたい情報はここまでか。後は、本人に直接聞くくらいなものだな。

「真実には届きませんが、ユナ先生や学長と直接話せる機会があればと思います。それから、アーチェリーが王子の前で言ったという母の最期は聞いておきたいのですが……」


 本当にグルバーグ家の血縁者の可能性もあると考えていたこともあった。どんな話を仕立てたのかは聞いておいた方がいい。

 そこから見える背景もあるはずだ。俺が知りたいのはレイナ様の生前だ。幸せに暮らしていたのならお爺様の墓前に報告をしてあげたい。


「……レイナの最期か。本人に直接聞くほうがよいだろう。私ももう一度聞いておく」

「戦争の折にグルバーグ家を抑える必要があり、都合よくレイナ様を利用しただけのように思えるが、確認は必要か」

「アーチェリーは誰の子なんだろうね? そういえば、一晩だけならあるかもねって話をしたね」


 ラウルの言葉に王子が嫌そうに目を逸らし、ノエルも「名門家といえども魔がさすことはあるか」と神妙な顔で呟いた。

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