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二人の未来

 アインテールにレリエルの花が咲き乱れる麗らかな春。

 使用人たちは快く全員が参加をしてくれ、山の中の神秘的な光景が広がる中で愛を誓う二人を見ていた。


 そう。今日はラウルとアイネの結婚式だ。

 照れながら見つめ合う二人が幸せそうでなによりだった。

 ボンズもアーチェリーもいない今の内に結婚式を挙げるようにラウルにはずっと勧めていた。


 アイネもラウルもこういうのは長兄からだと気を遣ってくれていたのは分かるのだが、貴族らしいこともやっていないため慣習は無視しようと言って強引に進めた。

 俺が言わないと、使用人達も俺に気を遣って言い出せないのだ。


『相手もいないからお先にどうぞ』

 何度か言ったのだが、『そんなものは、見合いで一気に決まる』と、カルムス達が言えば、ラウルもアイネも分かっているよとばかりに頷くのだ。

『逆にプレッシャーだからやめて欲しい』


 むしろ”然るべき時“など考えなくて良いと呆れながら伝えて、ようやく二人の式を挙げる運びになった。

 アイネの家は新興貴族家だからか、結婚には前向きで特に反対の声も上がらず、うちは、ラウルの幸せを想う保護者達しかいないため、トントン拍子で準備は進んでいった。


 秋ではなく、春になったのは、情勢を見ていたからでもなんでもなく、アイネの着るドレス作りに時間を要したからだった。


 アイネが着たいと言っていたからとラウルが張り切っていただけあって、シンプルな青地の上に白い総レースのドレスは、レースに施された模様から薄っすら青が見えた美しいものだ。知的なアイネのイメージ通りで、とてもよく似合っていた。


 親代わりのエルクがラウルの隣に立ち、剣を渡せば、アイネの母ではなく、妹のアリスが、アイネに箒を渡す。

 それぞれが、得意な物で相手を支えると示す物を一番世話になった相手から受け取る。

 これがアインテール国の伝統らしい。

 アイネは、掃除が得意なのかと今更ながらに知った。

 メイド長だからなんでもできるイメージだった。

 お菓子だけは、子供の頃から何度も作って欲しいとラウルに頼まれたことを思い出し、アイネは作るのが苦手だったのかもしれないと笑みが浮かんだ。


 これからも二人のために作れたらなら幸せだ。


 互いに愛を誓い合う。幸せの笑みが溢れる人生で最高の日に立ち会えて嬉しい。

 皆が祝いの言葉をかける中、俺も大きな声を出して花びらのシャワーを飛ばす。


「おめでとう! ラウル、アイネ!」

「ありがとう、お兄ちゃん」


 アイネが微笑み、ラウルのとびきり大きな笑顔に、俺も同じように大きな笑顔で返す。

 母さんや父さん、姉さんにはグリュッセンで遺品に向かって報告済だ。初等科の入学式同様、今日も見守ってくれているだろう。


 カルムスが落ちる前の花びらに魔法陣を使って、虹のアーチを作るのに感嘆の息が漏れた。花びらの色ごとの範囲指定か。皆が降らせるタイミングはばらばらなのに、見事な造形力だ。


「さすがカルムス兄上」

「そうだろう?」

「やるなら言って欲しかったけれどね」

 剣を渡す役は、エルクが適任だと譲ったが、俺も何かしたかったのは同じだ。カルムスにいいところを取られた気になった。悔しい。

「珍しく気が利くな」

「これは、きれいですね。有用な使い方です」

「なんだ、お前たちのその物言いは」


 二人が、お爺様にも挨拶をと言うので、ぞろぞろと皆で馬車に乗り込み、お墓に報告に向かうことにした。


 屋敷から飛び出してきたマーズを執事達が止めるのを横目に、二人の慶事の報告を見守る。

 並んでしゃがむと、にっこり笑っていた。

「お爺ちゃん、前にも言った通り、アイネと結婚したよ」

「必ずラウルツ様を守り抜きます」

「アイネ? なんだか違う気がするよ、それ」

 首を傾げながら尋ねるラウルに、アイネが「これでいいのです」と笑った。

 笑わないように頬を膨らませてでも、なんとか耐えていたのに、その後ろでエルクが声を殺して笑う。くぐもって聞こえてくる。

「グッ、クッ」

「ブッ」

 決壊して盛大に吹き出してしまった。

「ハハハ、まあ、いいだろう。ラインツ様もお喜びのはずだ」

「そうですね。いつか、こうなるとは思っていらっしゃったと思いますよ。ラウルツ様は隠していませんでしたからね」


 カルムスもダニエルも声を出して笑うので、使用人達も、口々に『デートはお庭が多かったですものね』や『アイネ様のお好きな花に詳しくなりました』と言っては笑う。

 知らないところで巻き込まれていた使用人達も多かったようだ。

 一途なラウルにも驚いたが、アイネもよく待っていてくれたと思う。

「よし! せっかくだ! ここで二人の幸福な未来に乾杯をしよう」

 使用人達に用意してもらった白ワインの樽を空け、お爺様の前にも置き、全員でグラスを掲げる。


「「「「「二人の幸多き未来に!」」」」」


 乾杯!の声とともに、全員が飲み干す。

 このまま酔ってしまえるほどに幸せな気分に浸れた。

 大切な二人に、幸せのお裾分けをもらった礼を伝える。


「幸せになってくれて嬉しいよ。ありがとう」

「それは僕達も同じだよ。いつもありがとう」

「日々のご配慮に感謝しております」

 ラウルとアイネが、感謝の言葉を述べるので、目が潤む。エルクがそんな俺の背を叩くので、痛みで涙が引いた。

「エルク」

「笑え、ソウル。これほど幸せなことはない」

 見たことのない笑顔ではにかんだ。なんてことはない。高揚しているのはエルクも同じだ。

 かわいいエルクを同じ背丈になったラウルが抱きしめた。

「ありがとう! エルク!」



 結婚をしたら子供だよねとなるのは、確かに自然だとは思うのだが、なにも今日その話をしなくてもいいと思ったのは俺だけだろうか。


 声をかけてくるマーズを無視して、帰りのスニプル車に乗り込めば、ラウルとアイネは二人だけのスニプル車に乗らず、俺達の乗っている方に乗り込んで来た。


 唖然としていたカルムスは、咳払いをして貴族らしくないから向こうに乗れと注意をした。が、こっちがいいとラウルが言い、それ以上言えなくなったようだ。


「アイネもこちらでいいのか?」

「はい、私達が乗り込まないと妹達が乗りたがりますので……」


 その言葉に視線を外に向ければ、縁戚となったので、一緒にグリュッセンに向かうと嬉しそうに言っている女性達に、アリスが冷たい目を向け、「式はもう終わったのですから必要ありませんわ。お邪魔になりましてよ」と薄く笑う。

 アリスの怖い一面を見てしまった。いつもの優しい真面目なアリスではなかった。

「「「「…………」」」」

 全員、無言で頷きあった。

「カルムス様達がご結婚なされていないと知ったからですわ」

「……そうか」


 嫌そうな返事だった。別に女性が嫌いなわけではないが、貴族の一般である婚期を逃したのは確かだ。人としての婚期なら、本人が結婚したいと思った時が婚期になるため、いいだろう。

 俺もそう思うようにしている。


「時にソルレイ様、子供は何人がよろしいとお考えですか」

「!?」

 目を瞬く。

「アイネ、ソルレイは関係がない。出回っている薬は合法だが、自分の体力と相談をしろ」

「妊娠しやすくなる薬ですか。あまり気にしなくてもいいと思いますよ」


 カルムスとダニエルは気負わなくていいと穏やかに発言したつもりだったが、アイネは先ほどのアリスと同じ顔をしていた。


「ですが、どなたも婚姻しておられませんわ」

 あ。察した二人が、外に目をやる。

「事業だけ手広くやっているからな。確かに後継者は必要か」

 エルクが他人事のように呟く。

 良い出来だと思える延命の魔道具は完成した。帰ったら渡そうと部屋の引き出しに入れてある。

 エルクもまだまだいけるよと言ってもいいのだろうか。いや、俺の立場では言えない。藪蛇になる。


「ふーん。カルムお兄ちゃんは自分の子に剣を教えたいとかないんだね。僕は、二人がいいな。男の子も女の子も可愛いだろうからね! あ。10年したらアインテール国の学校に通わせたいけど、その頃には、もう大丈夫かな?」


 ラウルの幸せいっぱいな発言を聞き、アンテナがいち早く立ったのは俺だった。


「ラウル、本音を言うと、俺も子供を育てたいよ。どうせ行かせるのなら、やっぱり、アインテール国の魔道士学校がいいけれど、王子達が心配だ。子供になにかされたらと思うと……。はぁ、本当に人生設計の邪魔しかしないな」


 恐らく通わせるのは無理だ。ずっと心配をしないといけない。神経がすり減る。子供がいたらの話に真剣に答えていた。


「剣術は教えたいぞ。師であるラインツ様の魔法陣も引き継いでいかねばならん!」

 ラウルとアイネの子供が生まれたら自分が教えるとカルムスが言い出した。

「カルムス兄上、まだ生まれてもいないのに気が早いよ。エルクも黙っているけれど、譲ってもいいの?」

「いや、そうではないが……。まずは腕に抱きたい」

「「ふふ。そっか」」

「生まれたら大切に育てましょう」

 ダニエルの言葉に大きく頷く。

「ふふ、ありがとう存じます。では、生まれましたらお願い致します」


 俺とラウルは、男の子でも女の子でも無事に生まれてきてくれさえすれば、きっと皆に可愛がられまくるのだろうと笑った。




 幸せというのは長く続かないらしい。

 どれだけ互いを想い合っていても、火の粉は突然降りかかる。




「クライン! 無事か!」

「ええ! もちろんよ!」


 高等科から慌てて初等科の教室まで走った。カインズ国からの再攻撃は、アインテール魔道士学校への激しい遠隔攻撃から始まった。戦争が始まるまで魔道具が、これほどに厄介だとは思わなかった。

 攻撃を確認した直後、高等学校では、魔道具教師達が先頭に立ち、すぐに声を上げた。ソルレイが魔道具研究会を通じて、カインズ国の魔道具の解析を終わらせた後、長々と資料を送り、脅威を知らせていたらしい。

 リリス先生の『ここは迎撃の魔道具を配置してあります! 行ってください!』その言葉に甘え、クラインの元へと急いだ。


 出会った他の教師に話を聞くと、初等科のクラスで授業中だったようだが、生徒をシェルターに避難誘導したと聞き、そちらに向かう。その途中で、渡り廊下を走る彼女を見かけた。移動教室に生徒が残っていないか確認中だったのだ。無事な姿に安堵の息を吐く。


 カインズ国は、アインテール国を落とし、その資源を以って他国への賠償金を支払うことにしたらしい。

 セインデル国が、カインズ国に白旗を上げた。その一報は、外交派閥により、すぐにアインテールにまで伝わった。

 だが、王府の動きは遅かった。

 初等科の教師達は、王府の対応を待つ間、戦争になってから独自に設けたシェルターに生徒たちを逃がしたという。

 日頃の避難訓練がうまく機能したようだ。

 これで学生たちは守られる。


「アインテールを落とせば、白旗も上げないでいいし、賠償金を支払わなくてもいいと。そんな風に考えるんじゃないかと言われていたけれど。向こうも本気ね」

「ああ」


 外交派閥と貴族派閥がこれでもかと王族派閥に圧力をかけ、他派閥も同調し王と王子を諌め続けたが、アーチェリーは処分保留。

 そして、王は後継者に第一王子のアジェリードを正式に指名した。来秋の建国の日には、王になるという事態に目を覆う貴族は多い。

 王都にて、王子の即位は早いと多くの貴族家が声を上げる最中の攻撃だ。情報が筒抜けになっている可能性さえある。

 もはや誰が敵と通じているのか疑心暗鬼になりそうだった。内側からの瓦解も仕掛けられているため、内政派閥が突出する貴族家を抑え込んでいた。


「カインシー貴族学校を吹き飛ばされ、他国と揉めた。それなら同じことをして、アインテール国も他国と揉めさせればいいと気づいたのだろう。それが致命傷になると。馬鹿な考えだ」


 とはいえ、ここは、城のように長年グルバーグ家が守護魔法陣をかけていたわけでもない。シェルターの魔力量を上回る攻撃があった場合、崩れる。一時的な措置で対抗策とは言えない。


「高等科は、魔道具を使って防いでいる。感知と迎撃だ。初等科はどうだ?」

「寮は守護魔法陣を総出で描いたわ。図書館や学び舎も大丈夫なはずよ。ソルレイ様が出国前に描いてあると言いに来てくれたもの」

 逃げ遅れた生徒もいないという。

「ふぅ、そうか。もっと早くに聞いておくべきだったな。無事で良かった」

 抱きしめ、互いに生があることに感謝をした。

「ふふ、飛んできてくれてありがとう。嬉しかったわ」

 こんな時でも、クラインの笑みに心が平穏を取り戻す。

「第2騎士団長のクレバは私のクラスだった」

「知っているわ。ソルレイ様がグリュッセンで協力したって話でしょう?」

「実は、軍を辞めると言っているが通らないと言っていたのだ。王は、ハインツ家を逃がさぬ気らしい。ソルレイを引っ張れると思っている」


 グリュッセン国の貴族派閥からアインテール国の貴族派閥に情報が入ったようだ。協力は偶々だと、後手に発言したことで不信を買ったようだとクレバ本人は言っていた。軍部からは王に情報が上がっていない。アジェリード王になれば、厳格な運用に変わることを気に病んでいた。


「はぁ。だったら、どうしてアインテールから出すのよ。何もかもが遅すぎるわ。だいたいアーチェリーを連れてこなければよかったじゃない。それに、二人は仲が悪かったわよ。引っ張れないわ」


 引っ張るなら、女性じゃないとソルレイ様は動かないと言うので、そうなのか?と疑問を浮かべる。高等学府では女子生徒と話しているところなど見たことはなかった。


「案外やるのか?」

 そう言うと、声を上げて笑った。

「違うわよ。女性にはうんと優しい方なのよ。バハムス家のアンジェリカやエトール家のビアンカ辺りなら動いてくれたかもしれないわ」

「ふむ。クラインはどうなんだ? 危険があるなら共に国を出よう。第1騎士団が人質になれと言いに来るやもしれん」

 真剣に見ると、ハッとした顔をする。

「前は来たものね。そうね。私とあなたは結婚をした。後押ししてくれたのはソルレイ様とラウルツ様だもの。まずいわ。グリュッセンに逃げましょう」

「そうするとしよう」


 このまま逃げた方がいいと判断をして、まずは、辺境領に向かうことにした。あそこに軍属は入れない。

 そうして、学校を出ようとしたところ、門で騎士に拘束されそうになり、魔法や魔法陣で抵抗をして怯ませ、学校に逆戻りをして校内に走って逃げた。


「第1騎士団で間違いないわ!」

「まったく。碌なものではないな」

 教え子が襲われたせいもあるのだろうが、第1騎士団がだんだん碌でもない組織に思えてきた。

「カインズ国と戦えばよいものを」

「そのとおりよ。本当に国を想うのならここに来ている時間なんてあるわけないわ!」


 急いで教員棟まで走り、他の教員との合流を果たすのだった。

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