ダニエルとお仕事
軍に関しての助言は、カルムスやエルクが相応しく、魔法陣は、ラウルが教えることが多かった。
ダンジョンを無事に出たことも確認できたことから通信の魔道具をエルク達に預け、ダニエルと二人でハニハニとベリオール2号店の書類を纏めていた。
そろそろグリュッセンで支払う税金の審査が始まるのだ。
執務室で協力して審査書類を仕上げていく。
アインテール国では、書類と帳簿を商業ギルドに提出すれば、不備がないか精査をして、国に出す書類を仕上げてくれるのだが、グリュッセン国では、国の税務官が店にやって来て一店舗ずつ見て回る。
脱税の調査もこの時に行うのだ。観光客相手の商売をする店が多いから税金の取り締まりは厳しい。
少しの記入漏れで罰金と数日間の営業停止だ。
「ダニー、ハニハニの売り上げって、今年はこんなにいいんだね」
「今のところ右肩上がりですね。なにせ、ここには海がありますからね」
塩でベタベタになった髪を調えるため、グリュッセンの貴族はシャンプーやリンスの使用頻度が元々高く、バス用品に拘る人も多い。香りがいいのがハニハニの売りだ。
「去年から始めたこの美容品は、作っていないんだっけ?」
「ええ。焼けた肌に塗ると良い美容品を置かせてほしいと言われて、他店が作っている品質の良い物を取り揃えています」
「売り上げがいいのは、その店舗に行ったらその店の商品しか買えないからか」
明らかに売上を押し上げていた。
ハニハニに来れば、色んな店の商品が買える。変な接客もないからじっくり選べるのもいいのかもしれない。
「日焼け品に限っているのですが、有名な店の物はありますね。売り上げの1割がハニハニに入ってきます」
「陳列代はとってないのか。それでこの売り上げは凄いな」
書類には、商品ごとの1割の売上しか記載がない。
なのに一日で金貨を稼いでいる。
「陳列も各商店にしてもらっています。できない商店の商品は、置かないことにしているのですよ。ハニハニの従業員を使う気はありませんと断っています」
しかも、陳列に来ないで棚が空いている場合は、他の店が置いていいことになっているという。
それなら在庫が切れないように持って来るだろうな。
「アハハ、徹底しているね」
「もちろんです。場所も限られていますから日に二回は納品に来ているようですよ」
「それは凄い」
「私たちにこちらを渡したことを後悔していませんか?」
笑って聞かれた。
「まさか」
「ベリオールの管理は大変でしょう。ルベリオもですが」
「あれは、曖昧にしていたカルムス兄上が悪いよ。もっとアイオスさんにきつく言ってくれればよかったんだけどな。『知らん、おまえの領だろう』とか」
「同感です」
「「プッ、アハハハハハ」」
勿論、冗談だ。世話になっているのだから金の成る木一つで良好な関係が築けるならそれでいい。
アイオスさんから兄を取り上げてしまっているのだから。俺もラウルも協力くらいはする。
終わったハニハニの書類を纏める。
一年の総決算だ。これを店舗に来た税務官に渡すよう従業員に言えばずむ。
次はベリオール2号店だ。
「ダニー」
「はい」
どうしましたか?と手元の書類を覗きこまれた。何度もやっている。分からないところがあったわけではない。
「ベリオールは渡せなかったんだよ。だからハニハニにしたんだ」
「そうなのですか。何か理由が?」
ペンの切っ先が紙に触れる前に止まる。
「大した理由ではなかったんだけれど、ラウルは甘いものが好きだから」
「ソルレイ様もですよね」
「ハハ、そうそう。大好き」
視線を戻して紙に数字を記していく。
ダニエルも首を傾げつつ、手伝いに戻っていった。
あの頃は、第一王子がどこまでやる人なのかよく分からず、漠然とした不安が常にあった。
屋敷の皆の雇用を守るためと生活するためのお金、別荘の維持費にお金が必要だったというのは本当だ。
だけど、新事業にケーキハウスを選んだのは、俺が殺されても同じ味のケーキを食べさせてあげたかったからだ。
今は腕のいいケーキ職人達によって、独自に歩みだしているけれど、開店当時から変わらないケーキももちろんある。
お金を支払えば、同じ味を作り続けてくれる誰かがいるというのは、幸せなことだ。
最後の書類に署名とフェルレイ侯爵家の印を押した。
昼前にはなんとか書類をやりきることができた。
「あぁ、終わった!」
座ったまま両手を組んで、思い切り伸びをする。
「ご苦労様です」
「ダニーもだよ。……ダニエル兄上、ありがとうございました」
「その呼び方はやめてくださいと言いましたよ」
隣で頭を下げれば、照れたように顔を背けられた。
カルムスはすんなりだった。急に兄上呼びしても、一瞬驚いただけで、いつも通りだった。ダニエルだけが、今まで通りでお願いしますと言ったのだ。
「ごめん、ごめん。あのさ、今回、なんとなしに軍と関わって、変だなって思うことがあったんだ」
「どのようなことですか」
真面目な顔をするので、言うか迷っていたことを話してみた。
「いくつかあるんだけど、俺の分野でいうと魔道具かな。気になることがあるからクレバに持ち帰ってくれるように頼んだんだ」
ダンジョン内に配置されていた魔道具について、どういったものかを尋ね、気になった物のいくつかをできればでいいから持ち帰って欲しいと頼んだ。
解体をして調べようと思っている。
「魔道具ですか。私では力になれそうにありませんね」
申し訳なさそうにするが、そんなことはない。
「聞いてくれるだけでいいんだ」
「それならいつでもいいですよ」
「うん、ありがとう」
世の中、知らない方がいいことも多いが、知っていた方が対処できることは圧倒的に多い。
魔道具を徹底気に調べるのなら俺が適任だ。
どのような結果になっても、お爺様はきっと見守っていてくれるだろう。
お昼を食べに行こうよとダニエルと食堂室に向かえば、テーブルの上に置いたままの魔道具があった。
「誰もいないのに預かった魔道具だけ置いておくとは」
ダニエルがため息を吐く。
ラルド国での上下関係が未だに抜けないらしく、エルクシスに、直接は言えないのだ。注意する時は俺かラウルに鉢が回ってくる。
「アハハ、言っておくよ。エルクのことだから、使用人が俺のところに持って行くと思ったとかそういうことを言いそうだけどね」
「お願いします」
せっかくだから、出るかは分からないが、魔道具を握りしめて問いかけた。
「生きてるか?」
『ソルレイ様ですか? 縁起でもない』
「ハハ、ごめん。元気そうでよかったよ」
魔道具が壊れていないということは、無事だということだ。ちゃんと部屋で確認をしている。
クレバに様子を尋ねると、第3騎士団と第12騎士団をグリュッセンに向かわせたので、よろしくお願いしますと言われた。
「え? なんだそれは……」
何をしたらいいんだ?
「知ってた?」
そう思わず聞いたダニエルも知らないと言う。
『……ラウルツ様がゲートを使ってもいいと仰って下さいました』
聞いていない。
『第3騎士団は駐留させます。エイレバ兄上が指揮を執っています』
「そうか。詳しい話は、弟に確認してみるよ」
『はい』
渡した魔道具を探知魔法で確認をしたら結構近くまで行軍していることが分かった。
軍の移動速度の早さを舐めていた。
シーズンオフで空いている海側の別荘には貸別荘もあるから何軒か借りておいて欲しいと手の空いている執事たちに慌てて頼むのだった。




