嫌な思い出。再び 4
その後、ソルレイ様やラウルツ様を始め、事情を知った英雄カルムス様やダニエル様、氷の魔法剣士として有名なエルクシス様が代わる代わる情報をくれ、戦略を考えてくれたため随分と気が楽になった。
ダンジョンに長くいると、頭が回らなくなり、考えがまとまらないというが、そうなるより先に指示を受けることが多かった。
頭が痛いという部下や気分が悪いと申し出る兵士も出たが、幸いにも呂律が回らなくなるといった重いダンジョン病には罹らずにすんでいた。
『5階層なら使えない騎士に訓練だといって前に出させろ』
『甘やかしていては、いつまでたっても強くなりません』
『危なくなったら後ろから魔法で援護だけ行え』
せっかく、ダンジョンにいるのだから訓練をして強くしろ。
そうすれば、カインズ国軍に囲まれても少しは使えるようになると言われて、そうかもしれないと騎士団長と相談の上、鍛えていくことになった。
4階層に上がれる入口を見つけた時、次が13階層になっていることに気づいた。
これは上がり切って下がると、14階層になるのだろうか。
エルクシス様に尋ねた方がいいな。
『やってみろ。だが、下層になるため、連絡はとれんぞ』
『こちらから指示を出す』
『まずは下り切る前に階段から覗いて、本当に14階層かの確認をして下さい』
『ふむ。14階層は下りた時が一番死にやすい。最初の部屋、中央手前の部屋に使えない騎士どもを能力順に押し込んでおけ。その廊下に死なない程度に強い副騎士団長を固めて囮にしろ。魔獣達を引き寄せてから部屋に逃げこめ』
『部屋からでも魔法は放てるから放て。団長がその間に確認に走れ』
『書き換えのシミュレーションを先にしておけよ』
『ソルレイ様の魔道具があるのなら、クレバ殿が書くべきです。死ぬことはないので、皆の盾代わりに先頭です』
「はい」
13階層に行き、全員が登り切ってから階段から下を覗くと、間違いなく14階層だった。振り返り、ここが正念場になると皆に伝えた。
「決められた役割を全うせよ! このまま魔法陣の確認に行くぞ!」
何度も書き換えの練習をしたのだ。このまま14階層に挑み、副騎士団長が囮になっている間に駆け抜けた。
急がねば犠牲者が出る。
幸い今は昼の時間だ。ダンジョンは夜に力を持つので幾分マシだった。
転移魔法陣があった最初の場所に急いだ。
壁に削るように描かれた魔法陣は、変わらずにあった。時間の箇所を念入りに見ると、時間の魔法陣が他の魔法陣の記述と繋がっていなかった。
「くっ。転移の魔法陣ではない!」
ソルレイ様とラウルツ様が危惧していた通りの結果に眉を顰めながらも、すぐに書きこんでいく。
「クレバ、向こうからも魔獣が来ているぞ!」
「もう終わります! 先に行って下さい! 追いつきます!」
挟み撃ちになる前に、ダッと団長が走る背を追いかけ、追い抜いていく。
副騎士団長たちが命がけで時を稼いでいるので、そのまま加勢しつつ、全員で転がるように部屋に入った。
部屋に守護魔法陣を事前に描いていたもののぎりぎりだった。
14階層では籠城。
5階層で描いた魔法陣の発動をと言われていた。
ラウルツ様に教えられて描きとった手元の魔法陣と繋がっている。これに魔力をこめる。
5階層に描いた魔法陣の場所に戻ることのできる転移の魔法陣は、ソルレイ様とラウルツ様がこの数日で作ってくれたものだった。これがゲートに似た一回限りの魔法陣だと言っていたが、複雑すぎて何度もラウルツ様に細かい確認をとって描いた。
同じダンジョン内に両方の魔法陣が描かれているから成功するだけだと言っていた。失敗したらダンジョンと一体化するし、危険だから他ではやらないようにと言われたが、描くことすらできないだろう。
無事に5階層に移動できたことを確かめ、部下たちをそれぞれ部屋に入れて休ませた。
「ふぅ」
さすがに緊張の連続で疲れた。
「騙されていたな」
「ああ。危ないところだった」
「転移の陣ではなかった。僅かに切れていたな。欺くためによくやるものだ」
「気合を入れ直せねばならぬ。転移の魔法陣ではなかったということは、お二人が言われていた人間を生け贄に使ったのだろう? もはや、我らが知るカインズ国軍とは一線を画すぞ」
「手段を選ばないということだな」
ほっとし、団長達と話をしてから、魔道具で報告をすると『よくやった』とだけ言われた。
『山場は越えただろうが、おまえ達が死んだらソウルもラウルも気に病む。死んだらこちらの魔道具は壊す』
エルクシス様にそう言われて、私からも頼んだ。
『そうして下さい』
騎士は死に場所を選べず、誰にも看取ってもらえず、心を預けていくこともできない。
心に大切な人を思い浮かべながら死んでいくのだが、ソルレイ様もラウルツ様も随分と、こうすればどう? と、気にかけてくださるので、逆に遺言などは預けないことになった。
自然とそうなったのが不思議だった。
この戦争が終わったら、しばらく休暇を取って休もうか。
命のある内に海も見ておきたい。
戦後のことを考えて眠りについた。
翌日。
ソルレイ様とラウルツ様は、カインズ国の軍の動きを随分と調べてくれたようだ。
ダンジョンの周りに軍は配置されていないが、代わりに魔道具があるのではないかと危惧していた。
感知の魔道具は、比較的作りやすく、カインズ国の周辺で採掘される鉱石が作るのに向いているのだそうだ。
ダンジョンから出る前に探索魔法で魔導石として使われる鉱石を指定し、埋まっていないかを確認するように言われた。
教わった魔導石の名前を書き記していく。
それが完全にすんでから魔力感知でも調べると、取りこぼしがない。
人柱を使った魔法陣は、膨大な魔力を使うため、魔力感知の魔法で確認できるはずだとの助言を得て、軍団ごとに役割を決めた。
『ダンジョン内でも気を抜かないように。人柱がまだいる可能性がある』
『1階は特に気をつけるんだよ。部屋で人柱にされていると、入った途端に違う場所に連れて行かれるかも。ダンジョン内とは限らないよ。例えばカインズ国の牢屋とかだね』
その言葉に、部屋に入るつもりはありませんが、通路にいた場合は迂回ですねと確認をとった。
向こうの声が聞こえなくなり、じっと、何もない間を堪えた。
『その、………………人柱になっている人を楽にすると通れるけど、探査魔法が組み込まれていた場合、引っかかったのが分かるはずだ。1階で引っかかったことがばれるのはまずい気がする。ただ、気付いて迂回するだろうと、迂回の道にも何か仕掛けてあるかもしれない。一概にどちらが良いとは言えないな。大昔はよくあったらしいけど、人柱にされると……。助かることはないと文献にはあった』
助けられないので、安全だと思ったら迷わず通るように、と遠まわしに伝えられた。
『分かりました。情報提供をありがとうございます。後は現場で判断致します』
『うん。調べたら幾つかの文献にそう載っていたから本当のことだろうと思う』
ソルレイ様が、あまりに痛ましそうに言うので、通信が終わってから騎士団長達が笑っていた。
「あのように悼むのでは、従軍は無理であるな」
「しかり。頼むのを躊躇うほどだ」
「ラインツ様も、死者が出ると、すぐには聖属性魔法を使わない方だった。偲んで仲間が別れを告げられるように状態保存という特殊な魔法陣を人体に書いてくださるのだ。仕事を終えて駆けつけると、綺麗な遺体が並んでいて驚いたことがある。別れができたことで時間はかかっても友の死を受け入れることができた」
「私も居合わせたことがあります。御苦労されたのでは?と尋ねると、『魔力はまだあるので心配するでない』と笑われたことがあります。優しい方でしたね」
「ラインツ様がいて下さるなか活動できた我らは運が良かった。そして、此度は、幸運にも助言を頂けた」
「何も分からぬ状況だと14階層に戻った時点で心が折れていただろう」
「下層は楽ではなかったですからね」
2階層まで戻ったことで緩んだ気を引き締め直す必要がある。
「私が高等科で経験したダンジョンでは、1階層に探査魔法でも探知魔法でも分からない罠がありました。仕掛けるなら 1階層のはず。階段は一段と暗いので特に注意が必要です。光魔法で念入りに調べてから上がります。上がった途端の罠にも注意をしますので、前との間隔は一定に。後ろから押されると押し出されます」
人柱だとかなり強い魔法陣を作り出すことができるという。
二年前の夏からならば相当な魔力量になっているはずだから回避できないものもあるかもしれない。
「ああ。注意しよう」
「ここまで来たのだ。出なくてはならぬ。それにカインズ国軍の戦争のやり方も気になる」
「さよう。不審な点が多い。ここまで非人道的なことをする意味が分からぬ」
「狙いが今一つ分かりませんね」
全員で最後の休憩を取った。
1階に上がる階段の点検をすると天井に何かある。
薄暗いため光魔法ではなく、火魔法の篝火で灯りを取ると、おぞましい光景が広がっていた。
「これは……」
「信じられぬ」
「なんということをしたんだ」
「鬼畜の所業だ」
段の高さが違う踏みしめられてできた高さの違う階段の天井に、全裸に無数の魔法陣を描かれた女性が磔にされていた。
目を閉じている。
一人ではなく、ここから見えるだけで6人はいた。
「これは、魔法陣の確認をしないと先に進むのは危険だ」
「確かにそうですが、背中に描かれていた場合は分かりません」
それでもできるだけ解明しようと、第12騎士団に書き取りを命じた。
線が繋がっていないなど巧妙な物が多いので正確にと指示をして、第11騎士団に12騎士団の警護をさせた。
部屋に戻り、軍議を始める。
「アンデッドは階層の入れ替えが止まった3階層から本当に来なかったが、5階から連れて来て通してみるのはどうだ?」
「何かで、試すしかないからな」
「まずは魔獣を投げ入れてみるか。死体と生体で試してみるのもいいかもしれぬ」
アンデットだと反応しないかもしれないため頷く。
こちらでもある程度の案を出してから、連絡をとるために声をかけた。
ソルレイ様ではなく、戦場の経験が豊富なカルムス様に助言を戴きたいと伝えると、すぐに魔道具をカルムス様に渡しに行ってくれる。
このようなことをソルレイ様には言いたくなかった。
カルムス様にご相談が、と口を開くと、看破されたようですぐに問われる。
『大量の犠牲者でも出たか。それとも惨たらしいものと出会ったか』
「はい。女性が磔に。ソルレイ様とラウルツ様には聞かせたくありません」
『ふむ。聞こう』
そこから説明をしていくと、ラウルツを呼んでくると言われて止める。
「カルムス様。ラウルツ様にも話すのは、止めて頂きたいのです」
『心配しなくてもラウルツは平気だぞ。肝が据わっているからな。ソルレイやエルクシスの前で可愛いふりをしているだけだ』
かわいいふり?
そのようなことをする意味があるのだろうか。疑問が湧いたが、すぐに部屋の扉を叩く音が聞こえた。
『ラウルツ、少しいいか?』
『カルムお兄ちゃん、珍しいね。どうしたの?』
『クレバが困っているぞ。ソルレイには言いたくないらしい。惨いからだそうだ。魔法陣ならラウルも助言ができるだろう』
『そうなの? 分かったよ。クレクレどうしたの?』
そこから同じ話をすると、
『確実に殺さないと進めないやつだね。目を閉じているっていうのが大事だね。意識がないということは、もう魔力の増幅器としての役割しかないんだ。この場合、魔法陣は見ても仕方がないよ。吸収の鉱石は何個持っているの?』
「申し訳ありません。そのような貴重な物は誰も持っておりません」
『うーん。そっか。何体いる?』
「見る限り6体です」
『二年前の夏の行方不明者は23人らしいから、14階層で転送するのに使われた女性は10人かな? 騎士の数からいってそれくらいだね。部屋に仕掛けられていることを考えると……6人、階段を上がって3人くらいかな。僕が今から魔法陣を教えてあげるから、それを天井の女性に描き込んで。魔力は、1体につき50人くらいが魔法陣に思い切りこめないと駄目だね。やる?』
「はい、やります。宜しくお願いします」
そこから魔法陣を教わり、何人かの騎士に騎馬になってもらい女性の身体の脚の部分に魔法陣を描く。
全員で交代しながら魔力をこめるのだが、念のため60人が魔力をこめたところで発動させると、天井からボトリと女性が落ちてくる。
『落ちてきた女性は死んでいるのか生きているのか僕には分からないよ。ただもう触れても安全だよ。カインズ国のやったことを公表したいのなら1体だけでも持ち帰ってもいいかもしれないね』
「この魔法陣に魔力をこめると、かなり疲れます。一日2体が限界です」
『うん、そうだろうね。二年分の魔力の総量を一時的にでも上回る必要があるからね。休んで回復してからやる方がいいよ。ここで急ぐと、階段を上がった先で危ないからね』
「分かりました。ご助言ありがとうございます」
これで時間はかかるがなんとかなると、女性の脈を確かめたものの首を振る。
駄目だ。さっきまで体温があったように感じたのに、絶命している。
「アンデッドになる可能性がある! 気をつけるように!」
階段にいた6人の女性を全員に見せ、知り合いはいないかを尋ねたが、二年前にカインズ国にある貴族学校に通わせている親はいないため、全員が知らなかった。
目を瞑っている。印象も違うだろう。
やむを得ないことだが、アンデットになっても困るため、遺体は燃やしていくことにした。
遺品のネックレスや腕輪、髪飾りを回収しておく。カインズ国のカインシー貴族学校の生徒の可能性が高い。
行方不明者なら、意匠でどこの貴族家くらいは分かるはずだ。
休憩を挟んで階段を念入りに調べてから、1階に上がるとすぐに攻撃を受けたが、ソルレイ様の魔道具が反応した。
守護の光の粒が降り注ぎ、魔法陣が自動で現れて展開され攻撃を受けた方向に光が走った。
ズドォォォンと音がしてガシャガシャと配置してあったであろう魔道具の壊れる音がした。
「ソルレイ様に愛されているな」
「何を言うのですか」
エイレバ兄上の言葉に動揺してしまった。
「顔は見えないが声色で嬉しいのは分かる。だが、見落としには気をつけろ」
ウェイリバ兄上に窘められ、『はい』と頷く。死角からで見えなかったが、今のは魔道具であったためカインズ国に反応があったことを知られたかもしれない。
「なんだ、その性能の良い魔道具は」
「通信手段の魔道具ではなかったのか?」
「守護の魔道具です」
他の騎士団長からも言われ、私しか使えない所有の印が入っております、と一応言っておいた。不要な争いは避けたい。
「ラウルツ様の読みだと少なくともあと数体はいることになります。罠が仕掛けられている辺りは二段構えに注意をして下さい」
部屋に入ることなく、そのまま進み出入り口付近に5体の女性がいるのを見つけ、出るのに邪魔な2体の女性に一つずつ魔法陣を描き魔力を籠めた。
兄上が、一見すると何もなさそうなダンジョンの入口に一体を押し出すと、天井の死角から魔道具が落ちてきた。
カルムス殿から教わった隔絶魔法を使い、事なきを得た。
「念入りに仕掛けてあるぞ! 探査魔法と探知魔法だ! 急げ!」
一斉に調べていくと、地中に無数の鉱石が埋まっているという。これをどうやって抜けるかが問題になり、魔道具の仕掛けられていた天井にロープを張り、片足をかけた状態で水平に進む案が採用された。
西日の差す中、ようやく外に出られた。
このままカインズ国内に奇襲をかけることを決めたが、まずは、無事にダンジョンを抜けられたことを言わなくては。
ソルレイ様に告げると、安堵の声とともに、もう国に戻る方がいいと言われた。
『拾った命を無駄にするな』
「まだ味方の騎士団が正門で戦っているのなら奇襲をかければ一緒に戦えます」
『外交ルートで負けを認めさせればいい』
「そうするには、あと一歩が足りません。やはり、アインテール国は攻め難しと思わせなければ、他国から狙われ続けます」
『…………ちゃんと兄弟そろって無事に戻るように。でないと、ミルバさんに会わせる顔がなくなるよ』
「はい。分かっております」
『クレクレ。アインテールに帰るのが大変だったらグリュッセンで海鮮を食べてから帰るといいよ。内緒にしてくれるのなら送ってあげてもいいよ』
これはゲートのことだな。
「重体者が出たらお頼みしたいです」
『うん。いいよ。僕からいいことを教えてあげるね。魔法陣は時間をいれないで発動するものと、そうでないものがあるけど、時間をゼロって書くと、何も書かないで発動したものより、効果時間が僅かに長くなるからね。向こうは相殺できないはずだよ。頑張ってね。グリュッセンに来たら屋台の海鮮を奢ってあげるね』
ラウルツ様の話に驚いて思わず兄上を見ると、知らなかったと首を振る。
『ラウルツ、グルバーグ家の長年の考察を簡単に教えるな!』
後ろで怒るカルムス様の声がした。




