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嫌な思い出。再び 2

 向こうの音声は聞こえているため、こちらでも何かあるのかと魔道具を探ったが、分からなかった。


『ふむ。ダンジョンと言えばカインズ国のダンジョンになら行ったことがある。ラルド国にはダンジョンがない。一番近いカインズ国まで行くのだが、あそこは少々特殊だ』

『俺も行ったことがあるが普通だったぞ』

『私も行きましたが、特に変だとは思いませんでしたが……』

 軍で行ったことがあるというエルクシス様とダニエル様。カルムス様は、友人と腕試しに行ったことがあるようだ。

『そうか。これは、カインズ国が隠している機密情報だったな』

『なに?』

『何かあるの? エルク?』


 正にそのダンジョンにいるため、魔道具を持つ手に力が入った。


『あのダンジョンは、同じ人間が12日以上潜ると階層が入れ替わる』


 !?

 私達は、今日で9日目だ。

 思わず騎士団長達を見回すと、揃って苦い顔をしていた。

 古参の軍団長達も誰も知らなかったようだ。


『そうなの?』

『ああ、入れ替わりに法則はない。そして、死んだ者は12日経つとアンデッドに変わる』

『あそこは、アンデッドは出ないぞ?』

『私も遭遇したことはありませんでした。行ったのは8階層までです』

『出るのは14階層だ。見た目がアンデッドに見えぬ』

『『どういうこと?』』

『死んだと思っていた見た目が普通の者が近寄ってきて襲いかかって来る。素手で攻撃してくるのだが、引っ掻かれただけで、同じようにアンデッドになる。あれは一種の病原菌のようなものだ。12日以上潜っている者を襲いに来るだけだが、私は12日以上潜ってしまっていた。アンデッドは夜しか動かぬと思うだろう。昼も来るのだ。14階層から3階まで追って来て地獄だった』


 そこから3階層までだったの?

 アインテール国ではロードが1階まで来たと聞いたという話をソルレイ様がした。苦い思い出が一気に蘇る。


『3階までで間違いない。なぜか聖属性魔法ではなく、浄化魔法が利く』

『変なのに遭遇したら、とりあえず、綺麗にする系の魔法を試すといいんだよね。僕もそうするようにルベルト先生に教わったよ』

 アクアとハインティは基本だという。回復魔法ではないのか。

『趣味がダンジョンの先生の助言は凄いな』

『階層が入れ替わると翌日はどうなる?』

『私の時だと12階層まで行き、戻りの5階層の時に12日を超えてしまった。階段を上がると8階層になっていたのだが、気付かずにそのまま進み、次の階層は14階層だと階段を上る時に気づいた。ベニコスケルンがいるのが見えて、階段を上らずに下りた。一旦休んでからにしようと思ったのだ。だが、翌日、階段を上ると7階層になっていた』

『え? どういうこと?』

『推測だが、階段が重要なのだろう』

『行き来したことになる?』

『恐らく。7階層でも次が10階層になった時があったが、無理やり行軍して階段まで行くと9階層になっていた。階段を使って錯覚させ翌日上に上がるか、無理に進んで1階層でも上げるかのどちらかだ。幸い物資の補給はあったが、12階層にいる魔獣の羽根が欲しいと言ったラルド王を恨んだものだ』


 話が反れたな、と。そこでダンジョンの話は終わり、アインテール国の情報は容易に手に入るので、カインズ国軍の情報を得ましょうか、という話になった。


『捕まっているかくらいは分かりそうだし、そうするよ。生きていることは確かだから……』


 部屋を騎士に覗きこまれ、時間を過ぎてしまっていたことに気づいた。

 軍議をしたいが、時間がない。


「思いがけず情報を得られました。話をしたいところですが、先を急ぎます」

「あと3日で上がれるだけ上がっておかないと厳しくなりますな」

「急いだ方が良さそうです」


 言いたいことや聞きたいことはあるようだが、先を急ぐことで一致させた。

 ソルレイ様が気にかけてくれているというのは、情けなく思う以上に嬉しいものだった。


 魔道具を大切に服の中に仕舞ってローブを羽織る。

 気力を充実させたことを兄上達にからかわれたが、情報を得られたことについては朗報だと言われた。


 少しでも急ぎたいが、そうすると遅れる部隊が出るため、10階、9階と無理に進んだところで休憩をとった。


「遮音の魔法陣を書きます。皆の眠りを妨げるわけにはいきません」

 そう言ったのだが、他の騎士団長や副騎士団長から気にしないでいいですと言われてしまった。

「気が紛れます」

「急にダンジョンに入ったので、ダンジョン病もそろそろ気にせねばなりませぬ」

「会話を聞くのは楽しいです。英雄カルムス様や氷のエルクシス様が意外に穏やかな方なので驚きました。あと兄弟の仲がいいのが分かります。ハインツ家だけではないのですね」


 第4騎士団の団長のワーナー殿が、うちももう少し仲良くさせられたかもしれない、と零していた。親の苦労を垣間見た。


 そんな中でも、頭の隅で、なんと言って諦めさせ、遮音の魔法を使おうか考えていたら兄上達から肩をポンと叩かれた。


「娯楽がないので致し方あるまい。魔獣の声よりソルレイ様達の声の方が安心できるのだ」

「そうだよ、クレバ。魔力は温存した方がいいよ」


 兄上達も聞きたいらしい。

 味方がいないことが分かり、渋々了承をした。


 しかし、この時のソルレイ様とラウルツ様の会話は、騎士にとって胸が痛いものだった。


『ラウル、エルク。先生達から手紙が来た。あの王子またやらかしたみたいだ』

『なんて書いてあったの?』

『先生達に俺達を呼び寄せるための人質になれだって。そう騎士が伝令に来たらしい。辺境領に移るべき時がきたようです、ってマットン先生から手紙がきていたからどうしたのかと思っていたんだ。ブーランジェシコ先生から詳細がきている』

『もう、騎士ってバカばっかりなのかな? そんな伝令をする前に伝令に行ったことにして帰ればいいのに。で、騎士は辞めるの』

『アハハ。いい案だね』

『ラウル、私の前で騎士は馬鹿だと断じるのか?』

『そうだよ。エルクも死にかけたでしょ?』

『ラウルの言う通りだよ。この世界は平均寿命が30歳なんだよ? 騎士なんか一番の死に職だよ。軍属なんか絶対嫌だよ』


 騎士になりたがるのは、死に急ぐ変態だと断じられた。

 声には出さなかったが堪えた。


『魔物に魔獣に戦争に。王族のお守りまでして給金は貰えて金貨5、6枚とか割に合わないよ。上からの命令一つで雑用までしないといけないんだよ。 僕、平騎士が金貨2枚だって聞いて目を剥いたよ』

『うん。クレバにも辞めてベリオールかルベリオで働かないか聞いたんだよ。週一で菓子も持って帰られるようにするって言ったのに。騎士は夢だったからって断られた。馬鹿だよ。戦争なのだから再雇用先が見つかったらさっさと辞めればいいんだ』


 余りの言われように、心が折れそうだ。

 誘ってもらえて嬉しかったのだが、父上や兄上の姿を見ているので騎士に憧れを持っていた。

 そしてそれは今も変わらない。


『心配か?』

 優しい声色で問いかけたのはエルクシス様か。

『それはそうだよ。騎士は危ない職業だよ。怪我をしたら痛いのは騎士も同じだ。騎士団長だからきっと無理をして魔道具が弾けたんだ』

 無理をさせるためじゃなかったと、身を案じてもらっていた。

『エルクはドラゴンが来た時、怖くなかった?』

『怖くとも毅然と戦う。騎士とはそういうものだ』

『……そうなのか』

『エルク、戦場で死んでも報われないよ? だって、アインテールは逃げ惑っている人で溢れているって手紙に書いてある。誰も悲しんでくれないよ』

 ラウルツ様の言葉にエルクシス様が笑う。

『見返りは求めていないのだ。自己満足に近い』

『30歳までしか生きられないなら自由に生きればいいのに。本当、貧乏くじだ。出陣したふりをして、そのまま皆で逃げればよかったんだ』


 敵前逃亡は、軍法会議にかけられるが、大体、極刑で決まりだ。だが、知らないソルレイ様にラウルツ様も賛成をしていた。


『そうだよ! 誰も戦う人がいないんだから領地の割譲で終わるよ。誰も死なないのがいいよ。レッツ! 集団逃亡!』

『その発想は騎士にはないぞ』

『『頭固すぎっ』』


 外交で話がつかなかった時点で、外交部門はもう負けているのだから軍事部門も負け戦など気にしなくていい。

 領地を半分渡すから手を引けという交渉もできただろうし、セインデル国にカインズ国を攻めろということだってできたかもしれない。

 薄命の世界で、騎士だけが命を懸ける必要はないのだと、ソルレイ様が悲しそうに言っていた。


『だいたい時間があったのだから魔法陣の一つでもグルバーグ家を訪れて探せばよかったんだ。せっかく、書庫室のテーブルの上に使えそうな守護魔法陣を積み上げておいてやったのに。なんだか腹が立ってきたな』


 来ないでいい時に来て、来るべき時に来ない第一騎士団は無能の集まりだとこけ下ろされていた。

 国の守護は、アインテール国に残るあいつらの仕事なのに、セインデルの戦争の時から何も準備をしていないという言葉には、自然と頷いていた。


『結局、騎士家でお爺ちゃんに手を合わせに来たのは、ハインツ家とシュレインお兄ちゃんだけだったね』

『そうだね。お爺様も俺達もいないのだから好きに入って探せばいいのに。あそこは抜け殻だけど、魔法陣は本物だ。生きるために、緊急事態だからと言い訳も立つだろうに』


 他の騎士団の騎士も来ればよかったんだ。規律を重んじて実をとれない軍は、頭の足りない馬鹿ばかりか、と呟く。

 胸の痛みを感じたのは、私だけではないようで、他の騎士団長から声をかけられた。


「ハインツ家は手を合わせに行ったとのことですが、いつ行かれたのですか? 私も手紙を送ったのですが、返事は来ませんでした」

「父上が辞表を出した2年後です」

「クレバは、ソルレイ様と高等科の時のクラスメイトですよ。御存知でしょう? ダンジョンで半数の生徒が死亡した時のクラスですね。仲は良くなかったのですが、実は……」


 エイレバ兄上が退屈紛れに、父上が斡旋ギルドに登録して再雇用先を探していたところ知らずにルベリオに応募したという話をした。


「今まで騎士として生きてきたため、斡旋ギルドが平民向けのギルドだと知らなかったのですよ。騎士とは全く違う新しい仕事がしたくなったようで、手先の器用さを生かせる仕事として応募したのが、ソルレイ様とラウルツ様、魔法剣士でラルド国の有名な侯爵家、氷のエリクシス様がオーナーの“ルベリオ”だったのです。オーナーが誰かを洩らすと全員解雇にするとギルドは脅されていたようで、父上も怪しみながら、真っ当な仕事ではなく、違ったならば私達に捕まえさせようと思っていたようです」


 面白おかしく言うエイレバ兄上に、ほうと全員が食いついていた。

 我が家が男爵家なのは有名なため、今更、隠しても仕方がないのだが、家の内情を知られるのは少々恥ずかしいものだ。


「斡旋ギルドから貴族が応募していると連絡がいったようで、貴族家の名を聞いてクレバの方にソルレイ様から手紙が来たのです。第3騎士団長であったと思うが、間違いないのか? と。本人かの確認でしたね。誰かのイタズラだと思われたのでしょう」

「ハハハ。そうであろうな」

「確認は必要でしょうな」

「まさかと思われたのでしょうが、これは家族にとっても寝耳に水のことでした。父上に事実か確認をとるところから始まったのですよ」

「ミルバ殿はなんと?」

「こちらの心配など余所に一言ですよ。“事実だ”」

 兄上の父上のものまねは、とてもよく似ていた。

「プッククク」


 忍び笑いがあちこちで聞こえる。

 厳格な父上は、第3騎士団長であったので各団長にもよく知られている。


「しかし、父上もソルレイ様達がオーナーだとはこの時に知りましたので、不採用で結構です。と、手紙を送ったのですが、『真面目に取り組んで下さる方なら歓迎です。年齢や前職は関係ありません』と丁重に返されました。今はルベリオで、昼間はパティシエ。夜は警護職として働いています」

「なんと!」

 まさかの結末に驚きの声が上がった。

「54歳でパティシエになったわけですが、そのご縁で、墓前に手を合わせたいと父上が願い出て、『許可はいらないので好きに手を合わせに行ってください、喜びます』とのことで快諾を戴きました。グルバーグ領に家族で出向いて、屋敷の裏手から山を目指してラインツ様の墓前に手を合わせました。案内を別館の使用人に頼むといいそうです、屋敷はほとんどアーチェリーが雇い入れた者だそうですが、別館にいるのは、ラインツ様の頃からの使用人だそうです。喜んで案内をしてくれました」


 大部分の使用人は、ソルレイ様とラウルツ様の後を追いかけてグリュッセンに行ったと聞きました、別館の使用人は、尋ねに来た人の案内役やソルレイ様達とどうしても連絡を取りたい人のために残っているようです、とエイレバ兄上が締めた。


「……そうであったか。敷居が高いと思っていたのだが、使者を立てて、すぐに訪ねればよかったのだな」

「屋敷ではなく、ラインツ様宛に別館に手紙を送ればよかったのか。私も挨拶をしてから来たかった」

「しかり、胸を借りたかったものだ」

「とはいえ、ハインツ家には感謝せねばなりますまい」

「本当ですね。まさか、行方を捜して下さっているとは思いませんでした。人知れず友好を温めていたのですね」

 そう言われ、一方的な関係ではなくなっていることに気づいて喜ぶ。

「はい、心配の裏返しで先のような物言いをされていましたが、穏やかで優しい方です」


 わざわざ調べる必要なんてないのだ。有り難いことだ。

 そう思いながら眠りにつき、6時間後に起きて8階層まで行くことができた。が、ここで時間切れとなり12日が過ぎた。

 全ての騎士に、死んだ者は、アンデッドになっているので浄化魔法を使うことなどを伝え、入れ替わる階層を相手に進んだ。


 ただし、10階層より下の階層の場合は、死者が増えるだけなので一日待つこととした。

 エルクシス様の言っていた14階層から来る地獄は、階層が入れ替わるために先回りされていること。不浄の手で攻撃を受けるとその場でアンデッドになるのを目の当たりにして実感した。


 また、エルクシス様は知らなかったようだが、傷口にアンデッドの血がかかった場合も同じようにアンデッドになることが分かった。


 怪我をした者には、気をつけるように言ったが、何人かがアンデッドになった。

 すぐに、攻撃することを躊躇うなと命令をしたが、今の今まで仲間だった者が血を浴びてアンデッドに変わるというのは、騎士や兵士の心を削っていった。

 見た目が全く同じなので、アンデッドではなく、仲間を殺している気分になり、落ち込む者が多かった。


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