動き出したカインズ国 前編
「ウェイリバ兄上、今度の指揮は第1騎士軍団のルファー殿が執るとお聞きしましたが、どのような方でしょうか?」
屋敷で出陣前の食事をとっている時に尋ねた。出陣するのは兄の長兄のウェイリバ兄上と、次男のエイレバ兄上、そして3男の私だ。
ソルレイ様からカインズ国がそろそろ動きそうだと聞いていたこともあり、卒業を迎えたフィルバには騎士になるかはよく考えるようにと言っておいた。
鍛錬はできていても卒業から1ヵ月では、訓練の成果が出る前に負傷するのは目に見えていた。
それでなくても連携ができていない部隊だと戦場で死ぬ確率は跳ね上がる。
昔から騎士として身を立てると思っていたはずで、本人は考えあぐねていた。
戦場ですぐに命を散らすより生きていて欲しい。
仕方がなくソルレイ様からパティシエの打診があったことを伝えると、笑顔で『ベリオールのパティシエになります!』と宣言をした。
その決断を喜んだのは父上だけだった。
弟に死なれるよりはいい、と兄上達も情勢を鑑みて頷いた。
四男のグエンダは、すでに植物好きが高じて薬種ギルドの職員になっていた。こちらは子供の頃より植物に関わりたいと言っていたため、すんなり納得できた。
「どのような方か……普段の鍛錬を見る限り、戦いを好む勇ましい印象がある。第1騎士団よりは、現場に出向く他の団の方が合っている方だな」
猪突猛進。指揮官には向かない方なのだがな。そう付け加えられ、厳しい戦いになりそうだと気を引き締めた。
「そうですか」
「心配するな、無能ではない」
「はい」
「特攻のような無茶をさせられるのは、第6騎士団以下のはずだ。第2騎士団長と第3騎士団長がハインツ家である以上、無理は言わないさ。私もいる」
「私も第2騎士団ならばよかったのだけれど……。今回の戦争は少し心配だね」
「ソルレイ様の作って下さったお守りは持って行って下さい」
「当たり前だ」
「当たり前だよ。持っていないとカインズ国は、魔道具に力を入れているから命を落とす。騎士団長や副騎士団長には軍から守護魔道具の配給があったくらいだからね」
第3騎士団の騎士達にも守護の魔道具は給与を前借してでも作っておくように言ってあるそうだ。それは第2騎士団も同じだった。
そんな話をしている時だった。
ズドン、と凄まじい音と共に地鳴りが響き、年季の入った食卓テーブルがガタガタと揺れた。
「!?」
「これは……もしや、カインズ国がクリヒーの丘を抜けて来たか」
父上の一言で一気に緊迫した雰囲気に変わった。急いで出陣の用意をしなければ。部屋まで駆け上がり、騎士団の服を手に取る。
「着替えは済んだか! 近くの軍部まで確認に行くぞ!」
「「はい!」」
ウェイリバ兄上の声に、装備品を確認して返事をする。
何度も確認をしているのだが、これは落ち着くための癖だった。
家族に見送られ外に出ると、王都の方角の空が茜色に染まっていた。それが見る見る灰色の空に変わり広がっていく。
「……なんだ。あれは? 遠隔攻撃か?」
「迂闊に近づかない方がいいかもしれないね」
そこに流星のような赤い光がいくつも駆け抜けた。高度を落として青い炎の玉に変化すると王都に向かって行き、空が再び赤くなるのが見えた。
まさか、城に着弾したのではないか。
しばし呆然として空を見ていた。
「!?――っ」
背中を兄上達に叩かれた。しっかりしろと言いたげな二人の兄達の強い目に大きな頷きを返した。
「カインズ国からの遠隔攻撃で間違いない。これは、近づいたら無駄死になるな。城は、歴代のグルバーグ家が代々魔法陣に魔力を注いで厳重に守られている」
少し様子を見るべきだ。
兄の言葉に頷く。
「兄上、領民の避難を手伝ってから軍に情報の確認に参りましょうか。混乱していると、情報を集めるのにも時間がかかるはずです」
「それがよいだろう。戻って来た時に領民が全滅などと笑えぬ」
次の領主となるウェイリバ兄上と補佐を担うエイレバ兄上の話がついたため、父上や弟とミーシャ母様の顔を見る。
4人が気づいて、顔を向けてから大事な話をしておく。
「……父上。それからミーシャ母様、グエンダとフィルバもよく聞いて欲しい。ソルレイ様は、国を出て行く11年前に魔道具を作ったそうです。攻められても辺境の7領は、守られると言っておられました。攻撃を感知すると、自動で魔道具が発動するものだそうです。頂いた守護の魔道具を持っていれば、魔道具が発動していても辺境の領に自由に入れる通行証になるとか。父上は、ミーシャ母様と弟達を連れてお逃げください」
グルバーグ領には、避難してきた知り合いの貴族家や平民達のための屋敷が作ってあるから、抑え切れずに国に入られたら“生きるために逃げろ”と言ってもらった話をする。
兄上達は、頷いてそうするように言ったが、父上は顎に手を置く。
「待て。ルベリオの従業員達は、戦争になっても従業員の寮からルベリオに通うようにと言われている」
「しかしーーーー」
無駄死にするわけではないと制された。
「店があるグレイシー領は、英雄カルムスの弟であるアイオス殿の領だ。ソルレイ様とラウルツ様はカルムス様を兄と呼んでいる。辺境同様に安全なのだろう。店にも恐ろしい数の魔法陣がある。厨房の天井にも守護魔法陣があるくらいだ。幸運にも隣領だ。移動するのなら辺境ではなくグレイシー領だ。それに、ルリアの墓に書かれた守護魔法陣の周囲5キロは安全だと言っていた。これは我が領のほぼ全域になる。もう少し情報が欲しいところだ」
父上の話を聞いたウェイリバ兄上とエイレバ兄上は初耳だったため、母上の墓標に描かれた守護魔法陣を見に行くことになった。
「もし、強力な魔法陣ならここでもいいが……」
「領に領主がいるかどうかは大事ですからね」
「そうなのだが、グレイシー領が無事であるのなら、領民は普段と変わらぬ生活をするであろう。それならば移った方がいいかもしれぬ。普段の生活ができるかどうかは重要であるからな」
「領主が真っ先逃げると混乱しますよ」
「だからこそ、守護魔法陣次第なのだ。領民を避難させずに済むのであれば混乱はしないであろう。むしろ逃げてきた者が入って来る可能性があるからな。そちらで混乱を期する」
すべき対策が全く変わるという父上の話に家族全員が頷く。ここが避難場所になる可能性は考えていなかった。
「ソルレイ様はクレバに辺境領に逃げろと言ったのだな?」
「はい」
兄上に確認をされ頷く。
随分と心配をしてくれていた。
「で、あるなら、ここより辺境領一帯の方が安全なのだ。そして、父上には、グレイシー領の従業員寮から通えと言うことは、やはりここよりもグレイシー領が安全だといえる。辺境領とグレイシー領はさほど変わらぬと見ていいだろう。ハインツ領は、魔法陣がどの程度持つかで、国に避難区域にされるか話が変わってくる。こんなことは言いたくないが、避難区域には指定されない方がいい。治安が一気に悪くなる。そして、それを抑える我らは戦場だ」
母上の墓の裏を見たウェイリバ兄上は頷いていた。
「これは、強力な魔法陣だ。一見するとそうでもないように見えるように細工がしてある。この領に混乱を齎さないためだろう。私のように守護魔法陣を専門に研究していた者でもない限り分からない。守護魔法陣は重ねて複数が魔力を注ぐと頑丈になる。とはいえ、どこまで持つのかは見当がつかないな」
「ソルレイ様とラウルツ様に父上とクレバ、それから毎日、ミーシャ母上が注いでいたとなると……」
その時に、赤い閃光が頭上に舞い降りてきた。
「来たぞ!!」
「「「「「「「ウォール!」」」」」」」
全員でウォールを展開した。
ところが、ウォールに当たる前に、空中に反射の魔法陣が広がり跳ね返るように戻って行った。
魔法陣に吸い込まれた魔法弾の赤い光が更に大きくなっていたため、上乗せされて飛んでいく仕様のようだ。
相殺されないようにして下さったのか。
「守護魔法陣だけではなく、反射の補助魔法陣に落下時の加重までを還流して戻る仕組か」
「これは相手側の力を利用したエネルギー効率のいい魔法陣ということですね?」
「そうだ。グルバーグ家は膨大な魔力があるので本来なら必要のないものだろうが、弟子のためにでも考案されたのかもしれんな」
空に広がったままの消えていない魔法陣を読み解くとかなり高度なものになっていた。
「相手の攻撃をなるべく魔力に戻して使える分のみを取り出す部分は専門外だ。結果から予測はできても構成の仕方までは分からないな」
「同じものは描けませんね」
「ああ。失敗して暴発させると厄介だ」
高等科のクラスの授業の難易度が上がったからこそ分かったと言える。それでもウェイレバ兄上ほどは読み解けない。グルバーグ家はやはり別格だ。その後も飛んできたものは跳ね返されていった。
「……大丈夫そうだな」
「アレを跳ね返すとは相当な魔力を注がれたか」
安全だという結論に達し、この領に避難民が来ても食料もなく、また、王都の被害状況では支援もされることはないだろうと話して黙っておくことに決まった。
第一に領民の安全を図るのが領主の勤めだ。
「念のため、ミーシャとグエンダ、フィルバはグレイシー領に移動させておくとしよう。私はこの家に残って推移を見守る。まだ各領の被害状況も分からぬ」
「「「父上も危なくなったら逃げてください」」」
「分かっている」
今ならまだアイオス殿と話をすれば、移動できるだろうと父は話して、家族を連れて行った。
私達は王都ではなく、正門の軍部の詰所に行き、カインズ国がアインテール国にまで来ているかの確認をとった。
展開している部隊はないため、カインズ国からの遠距離攻撃と確定をして、情報取集に当たっている第7騎士団に話を聞きに行くと、王都は火の海だということが分かった。
「そろそろ王から出陣要請が来る筈ですよ」
「問題は、どれだけの騎士団を出すかだ」
「第1騎士団だけ温存というわけにはいくまいが、決まっているのは指揮官のルファー殿だけだ」
「半分は出してもらわねば混乱に乗じて踏み込まれる」
「その心配もあるから第9騎士団と第10騎士団が合同でクリヒーの丘まで出ることが決まっています」
「足止めか。持たんぞ」
「いえ。兄上、あそこならば持ちます」
「?」
エイレバ兄上が耳打ちをして小刻みに頷いた。
「なるほどな。分かった。ならばそこから動かずに情報収集だな。おびき出せればいいのだが、カインズ国は呼びたがっているようだ。難しいやもしれぬ」
この時のウェイレバ兄上の読みは、半分当たり、半分外れた。
王が王都の民の避難を優先したために他領の避難民と揉め、第11騎士団が治安維持に駆り出された。
このことにより、第12騎士団も辺境領の近くの領で駐屯する破目になったのだ。
『それくらい王族専用の第一騎士団でやれ』
『残るくせに』
軍部に出陣要請はまだかと聞きに行く度に、第1騎士団への不満を耳にした。
騎士団の足並みの揃わぬ軍に出陣の要請が来たのは、翌々日の朝だった。
だが、カインズ国側にとっても、跳ね返されることは、不測の事態だったのだろう。
アインテール国が十分に疲弊したと判断してから出陣したかったのだろうが、辺境領や他の領でも跳ね返した魔力弾を相殺できずに魔道具が壊れたらしい。
翌日に辛うじて飛んで来ていた魔法弾は数を減らし 、出立する時には完全に飛んでこなくなった。
向こうにも被害が出たと分かる対応だった。
攻め入られることを念頭に入れたのか、カインズ国が珍しく出陣したとの一報が入った。
ぶつかった先は、クリヒーの丘の少し先で、第2騎士団は先発隊の援護に出ていた。
いきなり出るのは良しとされないが、指揮官のルファー殿は、纏まりの悪い騎士団があることを感じたようで、足並みの揃っている騎士団が先発や援護、後衛を担うことになったのだ。
昼夜問わずの激しい攻防戦が始まった。
ひと眠りするために第2騎士団の騎士団長専用の頑丈なテントに入る。
ここは食事室や戦図も置かれているため他より広い幕間になる。兄上と二人で使うのだ。
「ウェイリバ兄上がいるだけで心強いです」
「私が、重宝されたのは守護魔法陣に詳しいからだ。お前の方が優秀だよ。補佐はするから任せておけ」
「はい」
寝る前に兄の顔に戻っていた。
兄達より優秀なのは当たり前だ。
優秀な兄が二人も揃って指南をしてくれるのだから……。
昔から可愛がってくれた二人の兄には感謝しかなかった。




