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第1騎士団長グヘリコスの決断

 王都、王宮、王の間。

 寒さから冬には動かないと思われていたカインズ国が動いたことで、守護魔法陣が張り巡らされた城や関係機関、一部の城下町以外は、空から打ちこまれた魔法弾により火の海になり、逃げ惑う民衆で騒然としていた。


 これからどうすべきかを各派閥の長や各行政機関のトップを一堂に会して、王や王子たちの前で話が行われる。


 ここでの決定が国の命運を左右する大事な場であった。


「第1騎士団長グヘリコス。何故王都まで魔法弾が撃ち込まれたのか。カインズ国にグルバーグ家のような大魔道士でもいるのか?」

「軍で調べはついているのであろうな?」


 王や王子から矢継ぎ早に質問を受けた私は、内心辟易していた。


「……はい。調べはついてございます」

「うむ。こちらに来て報告せよ」

「はい」


 このような事態になったのは、第一王子の失態に端を発している。


 第1騎士団長の任も辞せる時に辞しておけば、このようなことにはならなかったのだが、上手くいかなかった。

 私が動くより先に、『カインズ国がそろそろ動きそうですから弟を支えたい』と、第2騎士団から上がった優秀なウェイリバ・ハインツに降格願いを出され逃げられてしまった。


 普段なら通らないはずの降格願いだった。が、通らないのであれば父上同様、騎士を引退いたしますと言われれば認めるしかなかった。

 ハインツ家は有能なので、次男や3男にまで辞められると困ると言うこともあり、第2騎士団の副団長に降格処分と相成った。


 それに伴って、第1騎士団でも動きがあった。

 第1騎士団長のトゥエル殿が、あっさり『辞めます』と軍を去ったのだ。

 彼もまたウェイリバ・ハインツ同様に王族派閥ではなかった。責任の重い団長は、部下の不始末で責任をとらされることもある。

 叩き上げの者を褒めそやして団長に。王族派閥は副団長に。というのが、第1騎士団の習わしだった。


 トゥエル殿は、間近で見る王に見切りをつけたのだ。

 そして、王族派閥であるために断ることのできなかった私が、第1騎士団長の任を拝命した。


 10年。いや、11年前にグルバーグ家の領地に無断で入った騎士団長候補達が、次々に謹慎処分を受けた。

 有力候補達が処分を受けているのを見て驚いた。その中に私の親友もいたのだ。

 彼は、わざとだと笑った。

 当時は、この言葉の意図する先が見えなかったが、聡明な彼には、この未来が見えていたのだろうか。


 王の前まで歩いて跪くと、覚悟を決めて尋ね返した。


「王よ。罪人、アーチェリーはまだ生きているのでしょうか。彼を助けようと画策していたボンズとハウウエスト国の一般人に扮した私兵が、なにやら差し入れを渡していたと。それは、カインズ国の魔道具です。混乱に乗じて逃げるために発動させ、カインズ国の魔法弾を誘引したようです。生きているのならば、すぐに尋問をしたいのですが、既に軍の管轄を離れております。王宮の牢にいるのであれば、尋問の許可を願います」


 王の間がざわめいた。


 長机で地図を睨み、避難地区の選定に入っていた大臣たちが一様に足早に向かってくる。


「王よ。お答え下さい。かの者は、まだ生きているのでしょうか」

「まさか、貴族を殺したのに処分していないなど……」

「王よ! 王宮の牢は、道を踏み外した王族のためのものですぞ!」


 一人の大臣が烈火のごとく怒った。


「待て。使用には、全ての大臣の前で王の宣言が必要である。そのようなものは行われておらぬ。グヘリコス、その方の勘違いではないのか?」

「さよう。法務大臣の私も知りませぬぞ。王よ、これはいったい何事です?」


 口々に要職に就く大臣達が物を言う。

 上官の騎士を殺害したのだ。

 さっさと処刑しておけばいいものを延期したあげく、他国の高官ボンズに”それなら共に国に連れ帰る“と言われ外交でも折り合いがつかず放置していた。


 そのつけが変わり果てた王都なのだ。

 ここまでは調べがついている。

 王は、目を閉じた。


「そうであるか。ここにアーチェリーを呼ぶが良い」


 その言葉で、大臣達が唖然とした表情で王を見ていた。

 本当に知らなかったようだ。そのこと自体には安心を得た。


「父上。何故、処罰を延期しているのかは、分かりかねますが、罪人の取り調べは軍に任せるべきかと存じます」


 第二王子のレルナルド様が口を挟んだ。

 第一王子は眉根を寄せ憮然とした態度で、それだけで私はここにいるのが嫌になった。

 早くせねば、第二、第三の攻撃が来るかもしれぬというのに。


「では、尋問の許可も下りた様ですのでーーーー」

「許可はしておらぬぞ」


 全員が王を注視した。事態が把握できていないのだろうか。首を落とされても諫めるべきか。

 一瞬、生前の優しい両親の顔が頭に浮かんだものの振り切るように面を上げる。


「王よ。それはーー」

「尋問の許可はしないが、聞き取りは許可する。ここで行うがよい」

 その言葉に驚く。

「王の言う通りである。軍は以前、暴行を加えているだろう。取り調べは我らが見ている前でするのだ。取り調べ中に死んで話が聞けぬのでは困るのだ。大事な情報源だ」


 参謀役もそう言うので、その場にいた大臣達も、それならばと得心して、牢から連れて来られのを待つことになった。


 生きていると知っていた同じ第1騎士団の騎士の手により連れられたアーチェリーは、薄汚れた衣類で酷く匂った。

 目つきは半眼で、恨みがましそうに周りの貴族達を睨みつける。

 王の顔を見ても無反応だが、取り調べをすることにした。


「アーチェリー・グルバーグ。君に更なる容疑が増えた。王都がカインズ国から攻撃を受けたことについてだ。渡された魔道具を発動したようだが、城は幾重にも守られており少しも損傷していない。逃げるのは無理だ」

「ちっ。駄目だったか。カインズ国のやつらが考えるよりも頑丈だな」


 あっさり認めたことで場は再びざわめくが、静かに!と声を上げ黙らせた。


「ボンズと逃げる準備をしていたな。ハウウエスト国に帰る予定だったのだろう。一部の外交派閥の者が調整を行っていたことが判明している。待てなかったのか?」

「……その話は無理だったんだろう? 俺はそう聞いてるぜ。それに軍のやつらは、俺を殴ってストレス発散のはけ口にしていたからな。死んで欲しかった」

「おまえもな」


 小さく続いた言葉と共に魔道具を投げつけられたが、淡い光が煌めいた。

 守護の魔道具を持っていたために助かったのだと気づいたのは、ビキっと胸元で割れる音を微かに聞いたからだ。


 首にかけていた魔道具を取り出すと、緑色の丸い一等守護鉱石にヒビが入っていた。

 父上から第一騎士団に入団した時の祝いで頂いた一番いい物だった。


 亡き父上が守ってくださったか。


「なんだよ。これも駄目かよ」

 あいつら嘘つきだな、と悪びれることもなく、ため息を吐く。


 私は、援護部隊を呼び、縛り上げてから尋問をしたが、それ以上の情報は出ず。

 身体もくまなく調べたが、これ以上は持っていないようだった。


「王よ。これ以上、被害が出る前に処刑すべきだと具申致します」

「…………」

「王よ! 目を覚まして下され!」

「被害は甚大です」

「処刑せぬ理由は何だというのです」


 他の者達からも王を諌める声が出たが、黙って目を瞑ったままだった。

 王に対しての失望が溢れる。

「アーチェリーが特別扱いされていることに多くの者が、理解できないのですが? 我が国は法治国家です」


 これで無理なら第1騎士団長は下りよう。そう思って述べた。

 だが、王からの返答は得られず、虚しさを覚えた。

 声を発しない王の代わりに第一王子が声を上げた。


「魔力は微弱でもグルバーグ家の人間だ。レイナの子供だからな。貴様はグルバーグ家を断絶させたいのか」


 その言葉に驚いたのは、私だけではなかった。

 驚くことに罪人であるアーチェリーまでもがそうだった。


「なんだ? 俺のことを殺そうとしていたんじゃないのかよ」

「……口の悪いことだ。だが答えておこう。余はしておらぬ。故、貴様は生きている」


 王の言葉に目を丸くしていたが、それは私も周りの者達もだ。正気ですかと言葉を上げようとして動いた拍子に、するりと魔道具が落ちた。

 静寂にカシャンと音が響いた。


 ああ、これはきっと……。

 大事に拾い上げる。


「……で、あるのならば、この場で第1軍団長の任の辞意を表明いたします。この者は先、私を殺そうとしました。魔道具を持っていなければ死んでいたでしょう。上官を殺しておいて活かす理由が家柄とは……王には失望致しました。軍は紀律を重んじます。こんなことでは統率をとれる自信がございません」


 さっさと、王の間を出て行った。

 他の騎士達も残って騎士団長に任命される者が嫌な者は私と同じく部屋を後にした。


 その夜。第二波が撃ち込まれ、王都近郊は焼けた匂いが鼻をつく灰色の景色に変わった。

 第三波が来た時に、平民達は、少しでも郊外に逃げようとしたが、辺境と呼ばれる一帯はなぜか隔絶魔法が使われているかのように、入れる者と入れない者が出て混乱を極めることになった。


 かくいう私も入ることができなかった。

 それでも妻と子を連れて、なるべく辺境の近くに暮らすことを決めた。


「これはラインツ様か。グルバーグ兄弟か。いずれにせよ我らは見放されたのだな」


 自嘲してどうしようもない呟きが漏れた。

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