グリュッセン国 シルベリスト王の心痛
「シルベリスト様。シエット王子の件で至急ご報告がございます」
「む?」
「実は、シエット王子が、グルバーグ家やフェルレイ侯爵家、それから英雄カルムス様を呼び出していることが判明致しました! それも明日の15時です!」
「!?」
宰相と話をしているところに事務次官が飛び込んできて跪き、あげた報告に耳を疑う。
「ど、どういうことですか!?」
宰相が駆け寄る。
「相手方から事実確認を求める使者が来まして、調べておくと答えたら明日の15時の呼び出しなのでそれでは困ると。そこで、王子に確認したところ確かに呼んだというのです。補佐官が事実ですと答えたのをそのまま相手の使者に告げて帰してしまったようです。今からもう一度使者を立てます」
あやつは何をしておるのだ。
「何故、そのような真似をしたのだ。シエットを呼べ!」
「それが……市中に出てしまったようで、今、騎士達に探させております」
頭を手で覆う。
「ふぅ。……では、聞かなかったことにしよう」
「「シルベリスト様!?」」
「あやつはまだ12歳だ。子供の仕出かした悪戯で通せ。終わってから丁重な礼の手紙を送るのだ」
「王よ。そのようなことは通りませぬぞ!」
「そうです!」
子どもの悪戯につき合ってくれたということにして礼状を出しておけと再び告げることにした。
「フェルレイ侯爵家はラルド国の侯爵家だった。亡国だ。向こうの王は何も言ってこぬ。此度の件ならば押し通せばなんとかなるはずだ。明日の15時の呼び出しなど、もはやどうにもできぬぞ。呼び出したのは謁見の間か?」
「……いえ。王の間です」
シエットめ、なにゆえ儂まで巻き込むのだ。
王の間の使用目的を分かっているのだろうな。悪戯では通せぬか。うーむ。
「儂は知らぬ。知らなかったが、非礼は詫びねばならぬ。終わってからシエットには、蟄居の罰を与える。王の間に潜んでどのような話が行われたのか聞いておくように。それから、教育係のレジェルブは謹慎3ヵ月とする。シエット付きからも外せ。執事やメイド、護衛騎士団長のハーベストからも聞き取りを行うようにせよ」
「「……かしこまりました」」
ふぅ。
シエットは王妃に甘やかされて育ったせいか、王族の則を守らず、我が儘を言って貴族を追い込むところがある。
これを機に目を覚ませば、まだいいのだが……。それでも、やはり、他国の有名な貴族を相手にやらかすのは止めて欲しかったという思いは強く大きなため息が出た。
仕事を終えた夜半、ようやく寝所に戻れる段になると宰相が報告に現れ、また執務机に逆戻りとなった。
王の間での報告を聞くと、誰もいないことで暗殺を疑われたらしく騎士が詰め寄られたことや、ベリオールという菓子店のレシピを王宮でも食べられるように開示するように求め、すぐに断られたこと、また来るように言い断られ、パーティーを開くと言って、しつこいとまた断られたという。
こちらもよくないが、向こうもかなり無礼な態度で、相殺できそうだ。救われたといえる。
「手紙は送ったのだろうな」
「はい、お送り致しました」
これで片がつくと安心していたが、手紙が送り返されてきたという。
仔細を聞くと、蟄居させていたシエットが謝罪をするので王宮に来るように手紙を送っていたらしく、そちらでなんとかしてくれと。シエットの手紙もろとも返された。
「……シエットを呼べ」
「……はい」
シエットを呼び、いい加減にするようにこっぴどく叱りつけた。
「なにをしているのだ。これ以上関わるなと言ったであろう!」
「わ、私は謝ろうと思っただけでございます」
「迷惑なのでそちらで対応をして欲しいと! そなたの手紙ごと返って来ているのだ! これ以上恥をかかせるでない!」
「も、申し訳ありません。しかし、謝罪は必要では?」
話をしている最中に、宰相が来たので同じように怒鳴りつけようとしたが、先に口を開いて報告をした。
「シエット王子にご報告でございます。あなたが呼び出した方々は、モンパー国に行かれましたぞ」
「え?」
「滞在している先で会ったこともない王族に無理やり呼び出しを受け、あれこれ要求をされるのです。そんなところにいたくないでしょう?」
傷ついた顔を見るに、わざとでないことは分かるのだが、判断が甘い。これでは上に立てぬ。
「王族の権威を笠にきて、初対面の我々を王の間に呼び出す用事とはなにごとですかと、問われたそうですね。ご自分のなさったことを反省するのは結構ですが、蟄居とは、これ以上何もせずにただただ反省をしなさい、という罰です。行動に起こす前にそれが本当に正しいことなのか考えなさい。分からなければ周りに相談しなさい、と散々王から言われていましたね?」
「はい」
「返事は良いですが、今度は相談しましたか。送った方がいいと誰か言いましたか」
「……いえ。相談致しませんでした」
「なぜ相談しなかったのですか?」
「これは間違いなく、謝った方がいいと思ったのです」
「謝罪はこちらで致しておりました。王子のやった不始末は王子ではとれないのですよ。更に上の立場の者が謝る必要があるわけです。此度の件は、王宮側の監督不行きです。王子を諌めるべきを諌めなかったということです。それと、謝って済む問題でもないのですよ。今回は外交問題になりませんでしたが、謝れば許してくれる、が通用するのは国内の貴族のみとお思いください」
それも王族派閥の貴族でなければ恨みを買うので行動にはくれぐれも気をつけて頂きたい、と言われ項垂れている。
「……申し訳ありませんでした」
儂よりよほどうまく言い聞かせられるようだ。
「向こうも、王子の手紙を送り返しており、無礼千万ですが、これは、相当に迷惑な時にする行為です。相手が王子のことをどう思っているかお分かりですか?」
「……はい」
宰相が言うと、涙を溜める。
全く、男がめそめそするでない。ため息が出るぞ。
向こうの非礼を怒るくらいであって欲しい。
「わたしは、あのような菓子をソフィアにも食べさせてやりたかったのです。話せるように跡を追ったのですが、何度も逃げられてしまって……それで、王宮に呼んで話すのがいいと思ったのです」
目眩がしそうだ。
英雄カルムスや銀氷の魔法士エルクシス、グルバーグ兄弟を相手に尾行したというのか。
「聞きたくないのですが、一応聞いておきます。つけたのですか?」
「騎士達に追ってもらったのですが、市中で見失ってしまって……探したのですが見つからなかったのです」
王の間に呼び出され、“誰もいなくて暗殺だと思った”はここからきておったのか。
滞在中の王子から呼び出され、それ以前に市中で騎士に追いかけ回されれば儂とて危ぶむ。
「何度も逃げられたとはどういうことか」
そこから釣りの時の話を聞き、平民の行くレストランでの話を聞き、市中で買い物をしていたが、見失った話を聞く。
追ったのがグルバーグ兄弟だけということで、逃げるだけで反撃をされずに殺されなかったが、騎士が何名か死んでいたやもしれぬ。
「尾行に気づき、無駄に争わないで済むように避けた。向こうが大人の対応をしたので死者はでなかったが、その方がやったことは許されることではない。逃げ回られておいて、よく王宮に呼ぼうなどと……呆れて物も言えん。ハーベストを呼べ」
「王子……はっきりと向こうに行って欲しいと言われたのに他国の貴族を追い回したこと、反省する以前にやってはならぬ、とお分かりになられませんでしたか? 王子と気づかぬふりをして、これ以上は止めるようにと苦言を呈されていたのです。ソフィア様のことを建前にすれば何とかなると思ったのなら、名前を出されたソフィア様がご迷惑です」
「……はい」
泣いて涙を拭うが、これはどうしたものか。
呼んだハーベストに追い回したのが、誰か分かっているのかを問う。
「恐れ多くも王宮に来た時に気づきました」
詳しく聞くと、市中で騎士達が追い回した日は有給で休んでおり、出かけたことも騎士達は、内緒だと王子に頼まれたらしく知らなかったという。
「呼び出しまでしていると知らなかった騎士達が慌てて報告をしてきたのです。知ったのは、15時前でございました。とにかく、王の間に移動をして謝罪をしようと思ったのですが、廊下で騎士が詰め寄られていまして、それを見たシエット王子が急いで声をかけたためそのまま廊下で話が始まりました」
それも問題であるな。騎士達には、今後協力しないように王命を出し、シエットはカインズ国の貴族学校を卒業する17歳になるまで市中に出歩くのを禁止した。
夏が終わって秋になればカインズ国へ戻り勉学に励むことになる。
今夏は戻らぬと連絡のあった姉のセリフィアと共に、この国を支えてもらわねばならぬからな。
今度こそ本人も反省しており、罰を謹んで受けます、と頷いたため此度の件はこれで終わりとしよう。
この2ヵ月後、セリフィアがダンジョンで死亡したとの連絡がカインズ国からあり、国に戻るように連絡したシエットが戻って来た。
「どういった話か聞いてまいったか?」
「はい、ダンジョンが崩落したそうです。……しかし、そのような音は誰も聞いておりませぬ。他国から来ている者達も変だと言っておりました。その、亡くなったのが女子生徒ばかりなのです。一目でも顔をと言ったのですが、遺体はないと言われました」
「むぅ」
崩落であるのなら女子生徒ばかりということはあるまいな。
考えたくはないが、誘拐や暴行目的での殺人か。
「王よ。アインテール国でもダンジョンの事件・事故はこれまでもございました。しかしながら、何故死亡したのかということは明確です。下層に下りたからということで、遺体も確認の取れた者については証拠の品も渡されます。教師の捜索の様子も毎回全て記録されており、閲覧の申し入れをして赴けば遺族は確認できます。今回は全く情報が開示されておりませぬ。わたくしも学校で何かあったのではないかと愚考致します」
宰相の言葉に眉根を顰める。
儂もカインテール貴族学校の出であるのでダンジョンには行ったが、全員で動くので危ないと思ったことはなかったことを思い出す。
「ふむ、ダンジョン自体は崩落しているのか?」
「見て参りましたが、何も変化はありませんでした。崩落してもダンジョン自体はすぐに戻るそうです」
「で、あるか」
証拠は無し。
しかし、黒に近い。
「シエット、その方はワジェリフ国にある貴族学校に編入して通ってもらう。学校が何かを隠蔽している可能性もあるのでな。そのようなところには行かせられぬ。無念の内に亡くなった姉の分まで生きよ」
「はい。姉上は……夏休みにはソフィアと出かけたいと言っておりました。馬車が来ても来ないので、部屋まで迎えに行ったのですが、部屋に行っても会えなくて……やはりあの時、探していればよかったです」
まさか、何者かに拐かされたか。
「もしや、あの報は偽だったのでは? やはり、何か事件や事故に巻き込まれた可能性がございます。仔細の問い合わせを致しましょう。綻びが見つかるやもしれませぬ」
「うむ。頼んだぞ」
これを機に、シエットは姉の死で王になるのは自分だと意識するようになり、態度がしっかりとしたものに変わった。
セリフィアは優しい娘であったため悲しみが湧くのだが、遺体もないため亡くなった実感も湧かず、どこか喪失感が希薄であった。
この2年後、セリフィアの死んだ本当の理由が明らかになり、私は後を追うように倒れた。
5年後、息子のシエットが後を引き継ぎ王となる。




