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それぞれの研究

「ノエル、いる?」

「ああ、入っていいぞ」


 プリンを持って研究室を訪ねると、表に何かを書いているところだった。

 お邪魔します、と入り座り心地のいいソファーに腰かける。勝手知ったる他人の研究室だ。


 切りのいいところまで書いたようで、こちらに目をやると、ローテーブルに置いた手土産のプリンに気がついて手を止めた。


「休憩にするか」

「アハハ。うん、根を詰めるとよくない。それで? エンディ先生に勝てそう?」


 ノエルの研究は、回復魔法の魔法陣だ。俺が授業中に描いたものが忘れられないため研究テーマにする、いいか?と問われ、いいよと即答した。

 優秀な研究者が多ければ明るい未来がくるはずだ。


 教会関係者とも関係は良好なので親身になっていろいろ教えてくれる。司祭長は、女性だからかノエルの王子っぷりにノックアウトされているのだ。

 おかげで貴重な資料も見せてもらえた。


「エンディ先生の域は超えたはずだ。今回の論文を来春に発表すれば父上も、もう二年認めると言うはずだ」


 ああ、そうか。

 卒業したら軍に入らないと駄目だと言っていたな。期限があるのはお互い様だ。


「協力できることがあったら言ってくれれば力になる」

「明日は空いているか?」

「うん」

「少し付き合ってくれ。行きたい場所がある」

「分かった」


 プリンの礼に紅茶を淹れてくれるようだ。猫脚の茶棚からカップを取り出していた。白磁器にシンプルな絵付けの茶器がノエルらしい。

 淹れてくれるのは珍しいこともあって目の前で茶葉の瓶を開ける所作をまじまじと見てしまう。高級茶葉だな。


「俺が淹れようか?」

「……紅茶くらい淹れられる」

 貴族の嗜みだからそれは分かっている。

「うん、お茶会の授業があったからそれは知ってる」


 ブーランジェシコ先生以外に誰か飲んだことはあるのだろうか。貴重な一杯だなと笑いながらカップを手に取った。


 この前、オルガス達と久しぶりに会ったことや卒業パーティーの話をすると、ノエルも参加してくれるという。

 相変わらず、やることが初等科の頃と変わっていないなと言うので、それは俺のことかそれともアンジェリカ達のことか尋ねると、両方だと薄く笑む。


「魔道具か。参加すればよかったな」


 諦める生徒が出ると思ったのに、今も教室がぎゅうぎゅうだと言うと笑う。あそこにノエルが入るのはちょっとな。


「欲しいなら作ろうか?」

「いいのか? それならルミオルベを奏でて入れてくれ」


 皆と作った物は、一つの機能しか備わっていない単純な拡声器だ。一回限りの記録石を用いれば部屋でも音楽や芝居や劇が楽しめるというものだったが、魔力が持つ限り何度も繰り返し使える記録石を用いての一体型にしてくれと言われた。


 貴重な石だが、石本来の魔力は消耗しないように適度に休ませるという。それほど大きくなくていいのなら手持ちの鉱石でなんとかなるか。

 ノエルは見た目にも拘りそうだから作り上げる前に設計図を持ってこよう。


「いいけど、公共だと捕まるらしいよ」

 アインテール国だけの決まりなのか世界中でそうなのかは分からないが、気をつけるように音楽の先生達には言われている。

「部屋で流すだけだ」


 それなら今週中にでも設計図を作って持ってくると約束をした。演奏はここでいいか聞くと生徒のいない放課後の音楽室でと頼まれた。他の音が入るのが嫌だという。


 魔道具だけではなく音にも拘るようだ。


 プリンを美味しそうに食べるのを見ていたが、目元にクマが出来ていることに気付いた。


「ノエル、目の下にクマがあるよ。無理をしすぎじゃないか」

「昨夜はここに泊まった」

「ええ? ソファーで寝たのか」

 通いではないのだから寮まで戻れば良かったのに。それになんだか似合わない。

「魔法陣が動くかどうかだけなら後日でもよかったが、時間軸の調整がしたかった」

「それでつきっきりか」

「誤差の修正は都度だ。計画的にやっている」


 書いていた表はそれか。

 ノエルは根を詰めるタイプだ。研究者向きといえるかもしれないが、身体への負担は手元が狂う原因にもなる。魔法陣を弄っている時は、寝ない選択はやめたほうがいい。


「今日は寝た方がいいよ」

「大丈夫だ」

「グルバーグ家の中でも研究三昧な人は早死にだ」

「縁起でもないことを言うな」

「そこそこの研究で、延長をもぎ取れなんて言う気はないけど、寝ないと持たないよ」

「分かった、分かった。使用人達と同じことを言うな」


 呆れたように言うが、俺とノエルの周りの人たちの方が呆れていたはずだ。

 優しいメイドの女性は心配しているかな。

 睡眠を削ってまで研究するのは、ある種の病気だ。


「そっちはどうだ?」

 自分のことを言われるのが嫌になったらしい。ノエルに笑って順調だと話した。

「魔道具の研究じゃなくて鉱石だから楽だよ。魔力を帯びた鉱石の分布図の作成と鉱石の等級。鉱石同士の代替の是非は論文かな」


 一級鉱石のいくつかでテルミナ石と置き換えられればと思っているが、中々にこれは難しいため、他の鉱石同士で代替できるか試している。差がどの程度出るかの研究だ。


「結果の出る研究だな」

「分かり易くていいって言って欲しい」

「それを隠れ蓑に貴重な鉱石を手に入れ、何を作る気だ」


 さっきまで美味しそうにプリンを食べていたのに、もう探りをいれてくる。


「初等科教師のマットンが出入りしていたな」

「マットン“先生”だからな。その件は内緒にしておく」

「黙っておくから話してみろ。教師を集めて密談か。ここは目立たないからな」

 そんな言い方はしないで欲しい。国家に反旗を翻したりしないぞ。諦めるか。肩をすくめて答えた。

「……ゲートだよ、ゲート。覚えてる?」

「学長のアレか」

「うん」


 入らなかったから成功していたのかまでは分からないが、吸い込まれたハンカチをみるに起動はしていた。

 それが無事に目的の場所に着いたかまでは分からないが、あの時の俺よりマットン先生の方が正確に理解していたはずだ。そう考えて、助言をもらっていたが、一緒に作りたいと言ってくれたのだ。

 リリス先生も見たいと言って偶に来ていた。


「何個か本来の石ではないものが無理に収まっていたんだ。あのゲートは、使い捨てか何度かだけ使えるものだったのだと思ってる」

「一度でも使えれば価値はある」

「そうなんだよ。行きたいところにすぐに行けるって大きいよな」


 対で扉は2枚いるが、やりがいはある。

 ここまで言えば言ったも同然だが、禁書庫内にあった魔道具の本にゲートにいると書かれている鉱石が幾つかあった。

 あれは、“もしゲートを作るのならこの鉱石も必要でしょう”というさらりと書かれていたもので、真偽は確かめられていなかった。


 本を書いた著者の見解くらいだが、他の本にも記述があったことからそうなのだろうと当たりをつけている。候補になり得る石を調べることは重要だ。


「完成したら見せてくれ」

「石は集めているけど、まだまだ研究段階だよ」


 2年以内に完成させたいという目標は黙っておく。


「研究は上手くいくだろう。延長すればいい。後継者は初等科だったな。クラインが酷い成績だと言っていたぞ。高等科に上がれる成績か聞きに言ったら目を吊り上げて否定した」


 俺たちのことを心配してくれたのか。

 眠る時間も惜しんで研究しているのに……。

 わざわざ聞きに言ってくれてありがとう、と礼を述べた。


「初等科は4年あるから……。ここから成績をあげると思う。グルバーグ家は魔道士の道に進まない者も次代に引き継ぐために、全員アインテール高等学校卒業なんだよ。意地でも上げてくると思う」

「それもそうか」


 2年延長したいと思っているため、ソルレイにもいて欲しかったのだがなと言われ、眉を下げる。


「ごめん。いる内に何でも言ってくれれば協力するよ。王族派閥以外とはそれなりにパイプは作ってあったんだ。鉱石も一緒に取りに行こうよ。アインテールから南に行ったところに良質の鉱山があるんだ。知っている人も少ない鉱山だよ。グルバーグ家でよく取りに行く岩石地帯にも行こう」


 内緒にしておいてくれるなら案内すると言うと楽しそうに頷き、誰にも言ったりしないと笑みを深めた。


「隣の研究室にソルレイがいると張り合いが出る。2年で帰りたくなるかもしれん」

「何言っているんだよ。4年いてグリュッセンにある屋敷に遊びに来てからゆっくり帰ればいい。ノエルの部屋は今も空いたままだ」

 研究者は歓迎だからお爺様の集めた本でも読んで帰ればいい。そう言うと、とて嬉しそうにした。お爺様によく教えてもらった日々を思い出したかな。

「ならばそうするか」


 全然クラスに来ないとオルガスに言われたから、少しクラスメイトの授業も覗いて来るよと席を立ち、プリンの空き瓶を回収する。


「冷蔵庫にもう一ついれておくよ。無理はしないように。優しいメイドさんが心配するぞ」

「ああ」


 年配のあの女性メイドには弱いのか、プリン効果か。素直に頷くのを見て部屋を後にした。

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