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ティンカー石の作り方

 深夜の来襲のおかげで一斉に戦闘態勢に入り、踏みしめる音を聞き逃さないように耳を澄ませるのだった。

 侵入されるということは、絶対に戦いになるということで、先手必勝を狙う。この部屋に入って来たら当てやすい。そこを狙うというラピスの案を採用し、踏み込まれるのを待っていた。


 すると、こちらの緊張を解く穏やかな声がした。


「今ので割れないとなると……。ラウル、ここにいるのか?」

 控えめに尋ねるその声に驚く。

「ソウル!? いるよ!」


 手元で作っていた魔法陣をすぐに消して駆け出した。

 隣の部屋を覗くと、通路に立ったままのソウルが一人で周囲を警戒しながら立っていた。


「あぁ、五体満足だ。無事でよかった」


 ほっとした笑みを浮かべるソウルに何だか泣きそうになった。守護魔法陣を壊して抱き着く。


「心配して来てくれたの!?」

「うん、予定日より遅いから何かあったのかと思ったんだよ」


 動けなくなったか、下層に下りたか、何かに巻き込まれたのか。心配になりここまで来たと言われた。

 ソウルは年を重ねてもお兄ちゃんだった。ずっとこのままな気もするけれど、それはそれで居心地がいいから困ってしまう。


「ラウルが無事なら班の誰かが怪我でもして動けなくなっているとか?」

「来てくれてありがとう! でも違うよ。課題が難しくて終わらないだけ」


 正直に言うと、ルベルト先生の課題って難しいのか、意外だなと独り言のように呟いた。


「そうだったのか。ミュリスもラピスも一緒だって言っていただろう? 皆で考えれば大丈夫だよ」


 一緒に考えてくれるというので、気になったことを尋ねた。てっきりノンも一緒だと思ったのにいない。


「ソウル一人で来たの? 魔物も魔獣も苦手でしょ?」

「ラウルを助けに行くんだと思ったら割に平気だった。って言っても壁にぶつけるだけだから冒険者たちにあげるよって声をかけて進んできたよ」


 気絶だけさせて、急いで下に降りてきたそうだ。

 ソウルが背負っているリュックは縦長で、僕達よりかなり大きいと思う。何が入っているんだろう。救助用品かな。


「そんな大荷物なのに? 何ももらってないの?」

「うん。荷運びの人だと思われたみたいだな。素材を運び出すことを生業にした専門の人がいるんだって冒険者たちが言っていたよ。頼まれたもの以外は、重くなるから運ばないらしくて、割に譲られることはあるみたいだ」


 荷物はダンジョン実習の時もこれくらいだったよ、と言うのでびっくりした。大きな存在感のあるリュックだった。


「そっちの部屋に入ってもいいか? 挨拶をしないと」

 紹介して欲しいと頼まれ、大きく頷く。

「うん! 入って! この部屋の守護魔法陣をかけなおすよ」

「じゃあ一緒にやろう。ミュリスとラピスにも手伝ってもらった方が丈夫だ。それから他の子にも挨拶を……え!?女の子!? ラ、ラウル!?」


 皆がこちらの部屋を窺うように見ていたので、女の子達を見たソウルが声を引っくり返す。

 アイネに何て言う気だと慌てているソウルに釣られてしまい、僕も焦って言い返す。


「浮気じゃないからね!?」


 組んでいた男子が他と組みだすと言ったことや、ルベルト先生にこちらの班のほうがいいといった説明をミュリスやラピスにもしてもらい、カエラとスイレンにも確認をして、ようやく息をついていた。


「行く前に言ってくれればよかったのに……」

「心配させたくなかったんだよ。ソウルもだけどアイネにも知られたくなかったからね」

 要らない心配はさせたくなかったと言うと、アイネには黙っておくと約束してくれた。

「心配させるか。割にどの班も男女混合だったから、俺には言ってくれてよかったんだ。……ああ、そうか。男子と組むように言ったからか。俺こそごめん」


 余計なことを言ってしまったと、頭を掻くソウルにそんなことないよと伝えた。

 リュックを下して、小さな椅子をリュックから取り出して腰かけるとミュリスが紅茶を淹れた。上級生に紅茶を振る舞うのはマナーのようなものだ。ソウルが『ありがとう』と、笑顔で受取り、これは秋にベリオールで売り出す予定の焼き菓子だと皆に配る。


 フィナンシェやマドレーヌを生き返るね、と口にした。

 ソウルは、まだあると菓子を出しながら来た経緯を説明した。


「6日の予定だったのに今日で12日目になる。帰って来なくて心配で、他の先生にどういうことなのか聞きに行ったんだよ」


 心配して他の先生に聞きに行ったものの、どの先生もルベルト先生は趣味がダンジョンの人なので長引いているだけですよ、と笑われたらしい。


 それでもクラスメイトの半数が死亡した苦い記憶がよみがえり、万が一下層に下りていたら……と、いてもたってもいられずに用意をして向かってくれたと聞き、嬉しくなった。

 そんな僕をよそに、女の子達とも挨拶をしあい、ミュリスに課題について尋ねていた。


「ティンカー石が第2課題なのですが、見つかるのがゼナルド石ばかりで合格できず、第3課題の内容すらまだ分からない状態です」

 ソウルは、ミュリスの説明に目を瞬きながら訊いていた。

「ということはエギンテだね?」

「はい。そうです」


 魔獣や魔物はそれほど知らないと言いながらもエギンテについては知っているようだ。鉱石を調べていく中で、良質な魔導石がとれる魔物と魔獣については調べて知っているという。魔道具に鉱石は必須だもんね。


「私たちは、10日で出ようと思っていたのですが、このままでは何日かかるか分かりません」


 ラピスが痩せそうです、と言うとソウルが声をあげて笑い、もう一つお菓子を選んでいいよ、と袋を渡す。喜んで受け取っていた。

 そうして、女の子にも選ばせ、選べなかったからと甘いものが好きなミュリスに残りの二つを渡した。僕にはこの場で作ってくれるというので譲ることにした。


 フライパン一つでケーキが作れるというのでお願いした。作ってくれるのは、アップルパインのケーキで皆が凝視している。あげないよ、と牽制をしておく。


「20回連続ゼナルド石だよ。ねえ、そんなことある? おかしいよねって皆で言っているんだけど、全然分からないんだ」

「そんなに手に入れたのか。皆、がんばったね。あるなら見せてくれないか?」

「うん、いいよ」


 鑑定してもらった20個は全部返却されている。皆、四つ以上は持っている。女子は、これ以上は重くなるから冒険者に売りたいとまで言っていた。うんざり具合が分かるというものだよね。


 一つでいいよ、と言うが、頑張った戦利品を見て欲しくて入っている皮袋を渡すと、中を見まわしてから笑った。


「間違いなくゼナルド石だね」

「やっぱり」


 頬を膨らませる年ではないけれど、むすっとした表情になっていたようで、頭を撫でられた。


「同じ魔獣なのにどうして時間で鉱石が変わるか分かるか?」

「んー? あれって同じ魔獣なの? 上位種でしょ?」

「違うよ。皆同じ。言うならば一つの魔獣の分体だ」

「「「「「!?」」」」」

「そうなの!?」


 だから皆持っている鉱石は同じはずなのに、時間の経過で鉱石が変わるのは、魔力の移動している時間によってだと説明をされる。


「最も尾に魔力が行き渡るのが、0時から1時ということだな。だから、ゼナルド石になるんだよ」

「待ってよ!  その時間はティンカー石だって聞いたよ?」

「ハハ、そうそう。ゼナルド石とティンカー石だな」

「両方採れるということでしょうか?」

 兄弟同士の会話に入ってはいけないと遠慮していたスイレンも堪らなくなったようで尋ねた。

「そう。正解だよ」

「まあ! それなのに毎回ゼナルド石を引いていたということですの!?」

 カレラは敬語が飛び、驚きに目を丸くしていた。すごい確率だもんね。

「それに関しては少し違う」

「んー? ということはやっぱり条件があるの?」

「アハハ、そういうことだな」


 ソウルがケーキをひっくり返すと輪切りのアップルパインがまるで大輪の花が咲いたようにケーキを彩っていた。甘いいい香りがする。


「もうすぐ焼けるよ。さっきの話だけれど、先に尾を切り落としたんだろう。魔獣を討伐してから尾を切り落とすとティンカー石だ」


 魔力を消費させることなく、鉱石を手に入れたからずっとゼナルド石なのだと笑って言われたけど、僕たちは一斉に力が抜けた。なにその理由。なんだか疲れちゃった。


「そんなことだったのですか?」

 ラピスの言葉にソウルは可笑しそうにしていた。そりゃ知っていたらそうだよね。

「ハハ。そんなことだったの。そのゼナルド石を一つくれるなら、裏ワザでティンカー石にしてあげる。皆どうする?」


 討伐しようとすると、木の根を鞭に変えて襲ってくるし、天井に張り付いたまま棘をとばしてくることから中々に厄介で、本来は、気づかれるまでの僅かな間に尾だけを切り落とす方が難しいと教えてくれた。


「先生も案外、もう第2課題は合格にしようかな。くらい思っていると思うよ。それなりに魔力がないと尾を一刀両断にできないからね」


 速さと魔力がいると言うので、見つける度に他の人に奪われないようにと僕が素早く切り落としていたからだと分かった。

 最近は、そろそろ他の班も来るからと魔法陣を事前に描き、準備をしてから見つけ次第、素早く行使していた。


「10個を超えた時に合格にして欲しかったよ」

「そうだな。でも、ソルレイ様の話を聞いてようやく分かった。他の班も恐らく、足止めになる。言わなかったのは、先生の想定していたよりもここに着いたのが早かったからだ。まだやらせておこうという判断だ」

 ミュリスの言葉にラピスも頷く。

「私もそう思います。皆ようやく3階層に着いた頃だと先生方も言っていましたよ。ラウル君とソルレイ様が早いだけです」

「そうなのかな。ラウルは最短で6日って……ルベルト先生が言っていたんだろう?」

「あー、うん。片道が6日だって見せに行ったときに先生に言われた。たぶん食料を少なくさせて、魔獣を狩らせたかったんだと思うよ」


 ソウルのご飯が食べられなくなって嫌だった。魔獣の肉は、美味しいものだったけれど、同じ魔獣を毎日3食と言われるときつく感じていた。


「そうか。それで先生たちも心配していなかったのか。言ってくれればいいのに。……にしても、ルベルト先生も中々に変わった人だったか」


 焼けたケーキを皿に取り出し、切ってフォークと共に僕に差し出す。焼き立ててふわふわだ。


「できたよ。召し上がれ」

 綺麗な笑顔に僕も笑顔で応える。

「ありがとう! いただきます!」

 ふんわりとやわらかい生地に甘酸っぱいパインアップル。瑞々しくて美味しい。

「ラウル、少しずつならあげてもいいか? ゼナルド石は貴重だから欲しいんだ」

「欲しいのなら僕のを四つともあげるからいいよ」


 切ろうとしている手をやんわりと握って止める。これくらいぺろりと食べられるよ。ケーキを貰う代わりにお菓子を諦めたんだから。


「ゼナルド石をティンカー石にしてもらいたいです。それとは別にもう一つ渡します。食べさせてください。ちなみにワンカットがいいです」

「ラッピー! 駄目だってば!」

 ソウルがいるから交渉の余地ありだと判断したね!

「ソルレイ様。私も食べたいのでお願いします。果実は久しぶりなのです。ゼナルド石は一つあれば十分です」

 暗に三つ渡してもいいと言う。

「ミューも勝手に交渉しないでよ!」

 すると、我慢する生活が続いていたからかカレラとスイレンも、

「「鉱石でよろしいのであれば、お渡しします。食べたいです」」と、言い出した。

「ラウル」

 ソウルが優しい声色で僕を呼ぶ。

「もう! ソウルは皆のお兄ちゃんじゃないよ!」


 本音が心から溢れ出た。

 そんな僕を笑顔で抱きしめるので力が抜けた。怒り続けられない。


「ラウルの友達だろう? ダンジョンに行った友達って一生ものだよ。皆、アインテール国の貴族じゃなくてびっくりしたけど、俺もダンジョンの実習で一生ものの友情を手に入れた。高等科で貴族が本音でぶつかるのってこのイベントくらいだ」


 文化祭もないし、体育祭もなくて。授業は個人試験で、人間関係が希薄になるからね。それは分かるんだけど……。


「ミュリスのこともラピスのこともそう思っているよ。カレラ嬢もスイレン嬢もしっかりと準備をしてくれていて、意見も活発に出してくれるし、班にもとても協力的だよ。いい友人になれると思う。でもお菓子は別。ベリオールのお菓子にして」

「ベリオールのケーキでもいいの? お祝い用のものだよ」

「ソウルの手作りケーキじゃないならいいよ」


 愛情を奪われた気になるから嫌だとは言えなかった。


「アハハ。分かった。持ってきているよ。交渉し直しだ」


 ベリオールのケーキを食べたい人は、一つ渡すということになったが、皆あっさり二つ差し出した。


 二切れ食べたいってこと!?


 ソウルと僕は仲良くパインアップルのケーキを食べ、皆は、僕が無事に帰ってきたお祝いに、ベリオールのパティシエに作らせていた店頭には並ぶことのない丸いホールのケーキを大きなワンカットずつ食べた。


 戻って来ないために6日目に時止めの魔道具に入れていたらしく、美味しそうだったので、そっちもワンカット食べた。


 ラッピーは3カット目になっている気がする。色とりどりの瑞々しい果実が載っているのでおいしそうだ。そのケーキに乗る“ラウルおかえり”と書かれていた中央のメッセージクッキーは、僕がひょいと手で掴んで胃に収めた。


 皆は“美味しい、幸せ”と口にしていた。


 食べ終わり人心地ついた頃、ソウルがそろそろやろうかなと腰をあげる。


 どうやってティンカー石にするのだろうと興味津々な僕たちに、『ごめんね』と、何故か先に謝ってからゼナルド石を手に隣の部屋の守護魔法陣に軽くあてた。


 何度か当てると、ゼナルド石の色が変わり、赤色になった。


「はい、ティンカー石のできあがり」

「「「「「エエエーー!?」」」」」」


 早く第3課題を聞いておいでと渡され、急いで先生の部屋へ向かう。

 第3課題も力になれるかもしれないからここで待っていてくれると言うのだから、急いで見せに行くしかない。


 見るからに今までとは違う赤い鉱石を先生に渡すと、いつもの鑑定をするふりもしないで、にやっと人の悪い笑みを浮かべた。


「ようやく気づいたか」

「30個までいったら合格にしましょうと話していましたのよ。毎回、切り落とすなんて凄いことですからね」


 ジョエル先生には、クスっと笑われた。

 言い返したい気持ちは湧いてこなかった。


 僕たちは、“それは、魔力をほどよく落とされたゼナルド石だ”ということは胸に秘め、次の課題を教えてくださいと言った。


「5班はこれにて終了。合格だ」

「「「「「…………」」」」」

「無事に帰れば課題クリアですわ」

 あ! そういうこと!? 帰るまでが課題ということだね!

「やったー! 帰っていいんだね!」

「ああ、そうだ!よくやった!」

「嬉しいです!ようやく帰れますね!」

「ああ、疲れたな」

「やっとですわよ!」

「ほっとしましたわ!」

 やったね!と飛び上がって喜び、ハイタッチを交わす。

「第3課題は全員で無事にダンジョンを抜け、学校で待つエンディ先生の出す問題に正解するというおまけイベントがあるが、これはまあいつでもいい」

「先生それって成績に関係あるのですか?」


 ラピスが尋ねると、「ない」と言う。思い切り“おまけイベント”って言っていたもんね。

 合格だってはっきり言われたし、やらないでいいやつだよ。


「じゃあなしでいいね」

「こら! ラウル!」

「私もなしでいいと思います。ラウル君と同じでエンディ先生の暇つぶしに付き合うのは、時間の無駄です。ハニー&ハニーに行きたいので、急いでグリュッセンに向かいたいです」


 真顔で先生に向かい、時間の無駄ですと言い切るのは僕でもどうかと思うよ。

 先生達は苦笑いだった。


「辛口ラッピーが顔を出したね。エンディ先生は、ソウルに実家に遊びに来て欲しいみたいで、珍しい魔法陣があるとか言っていたから行ってくるよ。それで何も言わないと思う」


 前に、僕が行きたいって言ったから行くことになった時に、一緒に教員棟にあるエンディ先生の部屋を訪ね事があった。

 学校近くに借りている家でもあるのかと思ったら、王都近くの実家の屋敷だと聞き、『王族派閥の公爵家に行くのは、怖いから行きません』と断っていた。

 僕もやっぱりいいと言ったんだけど、しつこく誘われるからもう行った方がいいと思い始めていたところだった。


「でしたら私も実家に帰省したいですわ」

「わたくしもです。顔を見せるように手紙が来ておりましたの」


 女子達もゆっくり休みたいと賛成だ。こうなるとミュリスは一人だけで意味のない課題をクリアするか班としての意見を尊重するかだ。


 ため息を一つこぼしてはいるが、良く見ると、顔は晴れやかだ。

 内心、どうでもいい課題かと思っていたに違いないよ。


「一応、どんな課題か聞いておいてくれよ。必要なら休み明け皆で解きに行こう」

 ミュリスの言葉に笑って返す。

「はーい」


 部屋で待つソウルに、皆でダンジョンを抜けるまでが第3課題だってーと伝えると、おめでとうと合格を祝ってくれた。


「お疲れ様。じゃあ、皆で一緒に帰ろう」


 その労いの言葉が一番嬉しい。

 やっと帰れることに満面の笑みが浮かんだ。

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