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辺境領を覆う魔法陣

 休みの日。辺境領主の集まる会合に出るためにカサエル領に向かった。定例会の会場場所は持ち回りだ。


 予定にない急な集まりを求めたことから本来ならグルバーグ領の迎賓館に集まるはずだったが、社交界のシーズン始めと被ってしまった。

 辺境領の奥地より辺境領の入り口に当たるカサエル領が相応しいと、一部の領主達から手紙が来たためにカサエル領主にお願いしてもいいかを尋ねる手紙を送り、了承を取り付け、会場が移った。


「我が領地へようこそ」


 出迎えたカサエル領の領主イグリットに挨拶を返して、ラウルと会場になる部屋への案内を受けた。


「この度は、急な話をお引き受け頂き、ありがとうございます。誓約書の件がありますので早目に来てしまいました」

「本日は宜しくお願いします」

 二人で貴族の挨拶を返す。

「お安い御用です。社交界に出向くのに我が館を宿代わりに使うのは、よくあるのですよ。どうせ、ジェイクスあたりがごねたのでしょう?」

「当たりです」

「今季の夜会で後妻さんを見つけたいって書いてありましたね」

 ラウルが笑いながら実情をバラした。手紙の内容は、言ったら駄目だと小声で注意をすると舌を出す。

「全くあいつは。どこの領主もやきもきとしながらこの日を待っておりましたよ。相当な案件なのでしょうな」

「そうですね……」


 部屋に入って勧められた席は、一人がけのソファーだ。

 お誕生日席か。

 ラウルには一番近いソファーの端にかけてもらった。


「では、最初の署名はイグリット様ですね。こちらに署名をお願いします。魔道誓約書の説明は必要でしょうか」


 ラウルが鞄から出した誓約書を差し出すと、執事に署名の準備をさせた。


「それには及びませんよ。領主をやっていますとこういった署名は、割にあるものです。といっても、我々が平民の商人相手を縛る専売契約時に用いることが多いですがね。貴族同士は、小競り合いの和睦か。領をまたいでの大規模な商業契約くらいでしょうな」


 珍しい使い方ではあるが、単なる誓約書ではなく罰が伴う魔導誓約書を用いると決めたからには、それなりの事情があるのだと理解していると言われた。


 到着した人から順に署名を求めると、固い表情で署名をしていく。


 領主のみの参加しか認めていない上に魔法陣が入った誓約書に署名を求めたのは、今回が初めてだ。

 他の領主達にも何か含むものがあると警戒されているのかもしれない。領主たちに何かあるわけではない。

 顔が強張ったまま席に着いた各領主達にさっさと置かれている状況を説明した。


 といっても高等科でのことは映像で見せた方が早い。

 カーテンを引いてもらい、俺の対面にある、入って来た扉の壁に投影をすると、訝しげにしながらも映像を見てくれた。


 そして、終盤には頭を抱えていた。全員が理解してくれたようで助かる。

 フォルマのお父さんは、ざっと話していたはずだが、頭痛薬を取り出して飲んでいた。用意がいいな。映像も終わった。


 お爺様と同じように、安心を与えるために作った魔道具の効果を説明して配るか。


「アインテール国をとりまく情勢が変わりそうです。この国は、第一王子であるアジェリード様が王太子であり、次の国王と決まっています。他国では、王の椅子を巡る争いは、これから始まるかと思います。万が一の時は、この魔道具があった方が安心できます。その方がいいだろうと作りました。その代り辺境領を頼みます」


 お爺様ならこう言うだろうと、ラウルが言った言葉をそのまま借りた。

 領を頼むといっても精々、領民が幸せかを見てもらうくらいだが、それは、他国から定期的に戻って来れば確認もできるため、一応言っておこうという具合だ。


「新しい領主は、3年後に来るのですね?」

 それならば、3年の間にできることを進めるという。

「王に辺境領の意見として、ソルレイ様をこのまま当主にと嘆願書を連名で出すのはどうだ?」

「これは外交派閥にとっても大問題だ。エリドルド殿に連絡をして外交派閥から貴族派閥へ根回しをする。最終的に王族派閥に圧力をかけてもらうのはどうか?」

「王族派閥のレント公爵家と親しいのは、モーズグリック候爵家だ。先に接触して、3年の内に王による撤回をしてもらうのが良いだろう」


 皆が口々に活発な意見を出しているので、本当に申し訳ない気持ちになる。早目に言わなくてはと止めに入った。


「待ってください。この時は、3年の猶予があると思ったのですが、正式に来年の春だと王命により決まりました。11歳らしいですが、10歳ということにして春には、初等科に入ると聞いています。グルバーグ家には、後見人とされる人物と、補佐官として第一王子派閥の人が来て住むそうです。代理執行官ですね。私と弟は、寮に入り、ラウルツが高等科を卒業する2年後に国を出る予定です」


 国を出て行くために貴重な魔導石を幾つも使って、大規模な魔道具を作ったのだ。


 補佐官も来るし、その子も将来は、有能な人物になるかもしれない。教育は、王命である以上行き届いたものになるだろう。そう悲嘆することもない。

 グルバーグ領は、元々自治に長けており、街や村ごとに長が決まっている。裁量権も大きい。後見人や補佐官がつくのであれば、ある意味、領は安泰かもしれない。

 責任の所在も代理執行官が負う分、はっきりするからな。


「なんてことだ。春まであと3ヵ月もないではないですか」


 顔を覆ったのは、髭を蓄えたゴドルバ殿だった。

 酪農家を多く抱え、畜産農業にも力を入れている領のため美味しい牛肉が手に入っていた。もう食べられないのかと思うと残念だ。


「アジェリード王子は分かっていない。今までアインテール国が、どこの国からも狙わずに無事だったのは、グルバーグ家が在ったからだ!」

「信じられぬ。王は何をしているのだ」

「左様。王子を諌めるべきであろうに」

「その子が血を引いていなかったらグルバーグ家は断絶するのだぞ」


 アインテール国からグルバーグ家の名がなくなることにハッとしたような顔をする。

 由々しき事態だと気付いたようだ。


「しかし、既に正式に決まったのではどうにもならぬぞ」

「此度は、王も了承しているということなのですかな?」

 俺達も頷く。

「春に来るのは、王命で決まっています。印もありましたからね」

 ラウルがにこりと笑って答えると、脱力する領主たちが多い。

「王都に出向き、カルムス様とダニエル様が話をしてくれたものの、来年の春に伸ばすのが精一杯だったと言っていました。交渉もしてもらいましたが、相手が王や王子では、どうにもなりません」

「では、どうなさるおつもりですか?」


 身の振り方を決めているのかを問われた。皆からしたら、まだ俺達は子供に見えているようだ。


「この辺境領は、お爺様の愛した自然豊かな領が沢山あります。だから、その意思を引き継ぎ、守れるようにこの魔道具を作りました。貴重な特級や1級鉱石のみを使用するから数は作れません。これを有効に活用してもらいたいですね。攻め入られるとも限らないし、これは万が一の保険です。皆が、安心して生活できるようにグルバーグ家の当主として。辺境の領主達を束ねる立場として、最後の仕事をしたいです」


 苦々しい顔を隠そうともしないジェイクス殿や腕を組んでいるイグリット殿、フォルマのお父さんであるフォルクス殿は眉間のシワを揉んでいた。他の皆も貴族らしからぬ態度で、裏表がない。だからこそ好きだった。


「今後の領主を束ねる仕事は推挙制にしてください。次の当主が有能ならば仲良くすればいいのです。仕事も大いに任せればいいです。同じアインテール国の貴族同士。反目し合うことはありませんよ」


 第一王子だって不死身ではないのだから。50年もすれば違う考えを持った者が、王になるはずだ。

 他国で幸せに暮らす為に笑顔で押し切ると、各領主達も頷いた。


「そこまで腹を決めておられるのであれば、我らも領民を守るのに精を出します」

「ふむ。そうだな。この魔道具だが、辺境の入り口のカサドル殿の領に全て配置すれば、奥の領にまで入って来られぬのではないだろうか。ソルレイ様、いかがですか」

「皆がどうしたいかによりますね。自領で使いたい場合もあるだろうと思っていました」

 全員の顔を見回す。

「いえ、それで領内が無事なら反対は出ません」

「なにせ入られた時点で終わりますからな。カサドル領の水際で防いでもらえる方が、有り難いくらいですな」

「辺境領だけで物流を回せるようにすれば、農業や酪農も多いので食べてゆけます」

「しかり、我らはグルバーグ家の庇護のもと、ずっと協力し合ってきました。此度の苦境も力を合わせます」

「辺境のことは、辺境に住む者達にしか分かりません。厳しい自然と向き合う我々にとって、協力は必須ですぞ」


 自発的にそういった意見が出た場合にと、想定をして作った地図がある。

 地図を取り出して、カサドル殿の領にこのように魔道具を配置した場合だとこうなる、という地図をいくつか持って来てあるのだ。


 ラウルが笑いながら取り出してテーブルに並べると、フォルマのお父さんに咎めるように名前を呼ばれた。


「ソルレイ様……」

「やはり想定されていたのですな」

「ソルレイ様、これは人が悪いですぞ」

「我らを試しましたな」

「信用して頂きたかったですな」


 じと目で見られると、どうにも悪いことをした気分になるな。微笑んで誤魔化した。


「……この辺の領地が守れないですから。なんというか、正直に言うと、もっと揉めると思ったのです」

 コホン、一つ咳払いをする。

「パターンは3つあります。損益も被りますが、どれだけ一丸となれるかで領民の暮らし向きが変わります。酪農も農業も楽な仕事ではないですからね。天候の問題もあります。天候不順で不作が何年か続いても、領民に子供を産むなと言わないですむようにして欲しいと願います」

「理想が高いですな」

「しかり。難しい要求ですな」

 厳しい言葉を言いつつも顔は、笑っていた。

「もし、攻め入られても辺境が無事であるのならば、力を合わせてなんとかやってみましょう」

 誓うように領主たちは頷いた。

「掘り起こされたり、盗まれたりしないように。固定したら保護魔法をかけるので、どの案にするか決めたら教えて欲しいです。今日は、一旦持ち帰って頂いてもかまいません」


 そう言うと、この案で決まりでしょう。

 一つの地図を全員が示した。

 うん、予想通りだ。


「では、これから行うので立ち会ってください」


 この日。魔道具を埋める場所に全員で向かった。全ての魔道具を地中に埋め、配置を終えると、俺とラウルの二人がかりで、グルバーグ家オリジナルの守護魔法陣“ゲイロン”を描いて発動させた。


 空に飛ばせば、魔道具と反応を示し、巨大な魔法陣が形成される。それを辺境の領に6角形の形になるように飛ばす。


 グルバーグ家では、6角形こそが至高の形だとされているため、守護系は6角形を模すことが多い。


 空に浮かぶ巨大な魔法陣が、6つの魔法陣により6角形の中点に存在し、ゲイロンの守護魔法陣が更に巨大な守護魔法陣“モスゲイロン”を生み出す。辺境領地一帯の空を巨大な守護魔法陣が埋め尽くす。


 恐ろしい程に魔力を持っていかれるが、その分、強力な守護魔法陣だ。


 魔道具を守るだけではなく、攻撃されても魔道具と相性がいいため相乗効果が見込める。

 この魔法陣を元に魔道具を作ったくらいだ。


「……まずい」

「はぁ、はぁ。僕も」


 魔力切れを起こす寸前だ。ラウルと共に草地に座り込む。疲れた。ともすれば、身に着けている魔道具の魔力も取り込まれそうだった。


 魔法陣に描き込んだ魔力量では足りなかったのかもしれない。一応、基になった魔法陣通りの設定から広範囲分を計算し直したのだが……。


 グルバーグ家で最高難度の守護魔法陣は、最強の盾。故に、複雑で美術扱いの魔法陣でもあった。

 お爺様の遺言通りに見つけたラウルは喜んでいたが、俺には実用性のない魔法陣にしか思えなかった。


 実際、二人で使って膨大な魔力が消えた。

 元々、魔力は持っていなかったはずなのに、無くなるとこんなに目が回るのか。

 視界の端から黒くなっていき、焦った。

 目を閉じて呼吸を調える。


「なんて膨大な魔力量なんだ」

「これは凄い」

「グルバーグ家にしか扱えぬ魔法陣か」

「見たことのない規模だ」

「かくも複雑な魔法陣であるな」

「辺境は、ソルレイ様とラウルツ様を望んでいたのに。なんということをしてくれたのだ」


 口惜しいと言われるが、俺とラウルはお爺様の愛した風景を残せることにホッとした。

 これで、カサドル領から向こう6つの領には手出しができなくなったのだ。


 隣で座りこむラウルと一緒に、消えゆく魔法陣の浮かぶ青空を見上げて、大きく息を吐いた。

 一番大事なことは、お爺様の愛した場所を守ること。

 すべきことが終わり、ようやく肩の荷が下りた。魔力で描かれた銀色に光る魔法陣が空から完全に消えると、その口元には、自然と笑みが浮かんだ。

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