二足のわらじ
初日の授業が終わり、早く帰ろうと鞄を手に取るクラスメイト達と挨拶を交わしながら、忘れ物がないかを確認して席を立つ。
「ソルレイ様、ラウルツ君が来ていますよ」
教室を出ようと扉を開けたクラウンと鉢合わせになったようだ。
授業が早く終わったからと迎えに来てくれたらしいが、今日はやめて欲しかった。
「あれ?」
教室の座席が少ないことで何かあったのだとばれた。
帰りのスニプル車で顔色が悪いことを心配されたので、ダンジョンで死亡者が出たと聞いたのだと告げた。
家では、カルムスとダニエルにダンジョンでクラスの半分が死亡したらしいと報告する破目になり、4階層から下に皆行ったらしいと言うと鼻で笑う。
「才能のないやつらだったのだろう。身の程を知らないとそうなる」
「わざわざ死にに行くなんて勇者ですね」
二人は辛口どころか激辛で自業自得だと切って捨てた。
ミーナが気を遣って紅茶請けに出してくれたカップケーキにも手が伸ばせないでいた。
話題を明るくさせよう。
先生達が、助けに行った話をすると、次にその教員が入ったら死ぬと言うので、理由を尋ねた。
「2階でも? 先生が寝るのは、2階って決まっているらしいよ」
「アンデッドは執念深い。2 階程度のアンデッドなら顔を把握されないからな。数年に一度必ず行かなければならない教師は、部屋で閉じこもって顔を見られないようにするのがセオリーだ。捨て置けばいいものを。6階まで生徒の救助に向かうなどお人好しな教師達だな」
「巻き込まれたんでしょ? 僕は、先生達は立派だって思うよ」
「うん。俺もそう思うよ。勇気と責任感がある」
「そうですね。階層によって出るアンデッドが違いますが、ウィッチやロードだと顔を覚えられます。知能が高いですからね。二度目は無いと思います」
ダニエルも同じ意見か。ダンジョンって怖いな。
「ラウルが行くの嫌だなあ。カードゲームをやって過ごしていたのに、話を聞いて、怖くなったよ」
「ふふ。ありがとう! でも、大丈夫だよ。教会で魔法も教わったからね」
「さすがに来年からはダンジョンを変えるはずだ」
「教員が行けなくなった以上そうすると思います」
「えー? 同じところでいいのに!」
参考にできないと、ラウルは頬を膨らませていた。
格好良い顔が台無しだなと皆で笑い、ようやく気分も浮上して、カップケーキに手を伸ばせば、ミーナが紅茶を淹れ直してくれた。
後期からは、授業の仕方が変わった。
どの先生もスパルタになったというか、人数が減ったから当たる確率が上がるのは当たり前だが、絶対に難易度が上がっている。
エンディ先生も手を抜いていた授業ではなくて、ついてこられるか、と言わんばかりの授業なので、予習や復習に時間を要した。
聖属性魔法や回復魔法、治療魔法は使えるものとして講義が進むので、知らない生徒は、ついていくのに必死のようだった。
ジョエル先生の魔法の授業も理論ではなく、走りながら魔法を連続行使する実践式に変わり、訓練場に行くのが当たり前になった。
俺とノエルは、試験を受け終っているのだが、知らないことが多いため、普通に授業を受ける。自習が全くできなくなった。
「次の授業までに“現代魔法理論の3版”を読んできて下さい。試験ではありませんが、
小テストを行います。できなかった人は15時から17時まで実践の特訓ですわ」
実践か。
今年はカルムスにも訓練をつけてもらえなかった。
「ジョエル先生。合格でも実践の特訓に参加してもいいのですか?」
「既に学年末の試験に合格しているソルレイ様にもノエル様にも小テストは受けて頂きますわ。小テストの結果が合格でも参加したければ、もちろんどうぞ。歓迎致しますわ」
「ありがとうございます」
翌週の小テストは、試験ばりの問題数の多さで、時間を気にしながら小テストを受けた。合格者は俺とノエルとアレクの3人だけだった。
「全問正解者のみを合格とするか1問間違いまでを合格にするか悩みましたのよ。今回は1問間違いでも合格としましたのに……。不合格の皆さん、弛んでいますわよ。では、本日の15時から演習場にて特訓ですわ」
俺もノエルもアレクも参加して、2時間の魔法行使の辛さを実感した。
魔法を使うこと自体は楽なのだが、やはり、体力がないため移動しながらの魔法行使が大変だ。
「ソルレイ様、素晴らしい魔法の速度でした。ですが、動きが後半の30分は悪いですわ。せっかく速い魔法を放てるのですから、休憩に充てる時間にできるように工夫して下さいませ」
「はい。自分でも、もう少し体力をつけなければと思いました。ご指導ありがとうございました」
頭を下げ、掻いた汗を水魔法で濡らしたハンカチで拭う。
「ふぅ」
魔法陣を使うのはナシだと言われていたが、そこそこできたと思う。
魔法の課題も見えてきた。
体力か。やめていた剣の練習に参加した方がいいかな。
帰ったらカルムスに相談だな。
皆は、体力もあるけれどセンスもあった。魔法も魔力を上手に抑えて足りなくならないように工夫していた。2時間で少し残るくらいに調整していたのだ。幼い時から魔力の量を測って練習してきたのだろうが、凄かったな。
大きな魔力を抑える方法を考えながら帰宅するのだった。
「お兄ちゃん、お帰り。今日は遅かったね」
「ただいまー。昨日言った魔法の実践練習をしていたんだ。疲れたよ」
おかえりの挨拶は、いつもされるが、今日は抱きしめられると汗臭いのではないかと思い、足早に部屋に入る。
汗だくになったからもうシャワーを浴びようと、シャンプーもきっちり済ませて身体を綺麗に洗ってから洗面所でラフな部屋着を身につけ髪を乾かしながら部屋へ戻ると、ソファーでラウルが座っていた。
「アイスティーを淹れてもらったよー」
渡されたグラスを受け取り、喉を潤した。
「ありがとう。喉が乾いて、帰りにカフェに寄ってから帰るか悩んだんだ。体力が無くて最後の30分は動きが悪いって注意されたよ。剣の練習に参加しようかな」
「お兄ちゃんは、そのままでいいと思うよ。どうしてもやりたいなら、剣じゃなくて走り込みだね」
「走り込みか」
ソファーに座ると、ラウルが隣に座って髪を乾かしてくれる。乾かしやすいようにソファーに浅く腰かけ、背を向けた。
「朝に走る?」
「うーん。そうするか。一緒にいい?」
優しい手つきで髪を梳きながら乾かしていくので気持ちいい。疲れていたので、眠ってしまいそうだ。
「うん、いいよ!」
「週2?」
「せめて週4!」
楽をしようとすると、すぐに訂正されてしまった。
「アハハ。頑張ってみるよ」
この日から学校のある日は、朝6時に起きるようになり、週に4日、グルバーグ領内を走るようになった。ラウルのお勧めのコースで、綺麗な花が咲く林に入るのだが、木の根が出ているところもあり、疲労が溜まっていく。
走るのは40分なのに、ヘトヘトだった。
スニプル車生活で体力が相当落ちていたようだ。
「ラウル、しんどいよ。自分で言うのもなんだけど、酷い体力だな」
「お兄ちゃん、体力落ちすぎだよ。ノンはいっぱい武術系の授業とってたけど、とらなさすぎ! 明日から僕と小船通学にしようね」
「そうする。このままじゃ、まずい」
「そうそう! お菓子を食べられなくなるよ!」
よし、頑張ろう。秋の気持ちの良い季節だけでもラウルと船で通うことにした。
ロクスに伝えると、送迎できないことに残念そうだったが、体力が落ちていて魔法の実戦訓練で息が上がったことを伝え、体力を戻したいと話して納得してもらった。
走らない日の朝は、書類仕事をこなし、休みの日は辺境領主の集る小さな会合に出席をした。
辺境領主達のまとめ役でもあるので、そろそろ言わないといけないと思っていた。カルムスとダニエルが王都より戻ったら相談した上で言おうと、タイミングを図っていたのだ。
フォルマのお父さんは知っているので、いつ話すのかとやきもきしているようだった。
それはフォルマからも聞いていたのだが、やっぱり、家族間で方針も決まった今がよかったように思う。
「皆様方、急ではありますが、来月の会合ではなく、来週に大きな会合を再度開きたいと考えています。代理ではなく、必ず領主に来て頂きたい。全員参加でお願いします」
「となると、相当重要な話になりますか」
「ええ。来週話すことは、一切口外しないでいただきたいのです。……死にたい方は別ですが」
「それはどういう意味ですかな」
「随分と物騒な物言いですな」
最後に付け足した言葉で、場が荒れたために言葉を言い換えた。
「それだけ重要なお話なのです。ちなみに殺しに来るのは、グルバーグ家ではなく、騎士でしょうね。私がなぜ殺されそうになったのかが分かりました。その件です。そしてこれは、皆さま方だけではなく、アインテール国の全ての貴族にとっての重要案件になります。口外は一切無用。来週は、魔法陣の入った誓約書に署名をして頂く。署名して頂いた方のみにお話し致します」
「それはまた……」
「なるほど。分かりました。私は参加致します」
フォルマのお父さんが、いち早く参加を表明してくれたので、他の人も、勿論私も参加致します、と次々に応えた。
「もう一度言っておきます。来ていない方への口外は禁止します。代理も認めません。領主のみとさせていただきます。誓約書は、グルバーグ家オリジナルの魔法陣が入ります。話した方は分かる仕組みになっておりますので、くれぐれもご注意を。では、来週の会合は長引くかもしれませんが、参加をお願い致しますね」
派閥の会合は、その言葉で解散となった。
「ふぅ。来週は、今日以上に荒れそうだな」
不用意な発言だったが、それだけ重要な話になると心積りはしてくれるだろう。
こればかりは、当主が俺になっている以上、カルムスやダニエルに頼むわけにはいかない。
他に伝えておきたい人は、個人的には、担任の先生達だな。
屋敷に戻ると、ポリコス先生とクライン先生に同じ手紙を書いた。
多忙かとは存じますが、お食事でも、と同じ日の同じ時間にグルバーグ家に招く手紙を出した。
学校で話せと言われるかとも思ったが、そんなことはなく、『伺います』と丁寧な文字で返事がきた。
ポリコス先生のあっさりした文面に笑い、クライン先生の『美味しいお菓子を楽しみにしております』という結びにも笑った。
クライン先生の休みの日の前日に食事を誘ったことになる。ポリコス先生は知らないので驚くだろう。
ふふ。楽しみだ。
お菓子は何にしようか。
葡萄は旬を外れそうだが、栗は美味しい季節か。渋川栗のパイでも出そうか。
ポリコス先生には、コーヒーゼリーだな。知らなかったけど甘い物が苦手らしいから。
カルムスに以前出してもらったコーヒーを分けてもらおう。
そう決め、家族に試作の栗のパイを早速食べてもらうのだった。




