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先生たちの決死のダンジョン 後編

 来た道を急いで走る。戦闘は、なるべく回避して走り続け、ようやく、5階まで戻って来られた。


「17時を回りましたわ」

「昨日、あいつが来たのは夜半だった。4階まで無理をして進むか?」


 ポリコス先生が、ダンジョンに慣れている二人に尋ねた。


「4階の方がいいに決まっている。昨日のあの感じ。次は数を揃えて来る筈だ。同じ部屋はないぞ」

「そう思います。どちらにしても今夜が山場。傷を負っても、4階ならば互いの位置は分かる。何が何でも4階まで移動すべきです」

「昨日はこちらを見ていました。狙われています。4階にしましょう」


 全員一致で4階に移動することに決め、クリス達の待つ部屋に向かった。


「先生!  無事でしたか!」

「移動するわ! 急いで頂戴!」


 すぐに荷物を背負い、動き出す。

 ここは、5階の中央、迎え撃つにしても4階までは行かないと厳しい。

 全員で走り、遅れそうになる女子の手を強引に引いてでも走らせた。


「もうすぐです!」


 階段を駆け上がり、4階に足を踏み入れた途端に腕の魔道具が光った。


「あ」


 4階に上がると、2本のどちらの道にも昨日のロードがいて、私達は双方から同時に攻撃を受けたのだ。だが、腕輪の魔道具が皆を包み込むように守護の光を放ち誰も怪我すら受けなかった。


 これは、包囲守護魔法壁!


 高難度の魔法を魔道具で再現したというの?

 女子生徒の手を無意識に離して、紫の腕輪を指で撫でる。


「……ソルレイ様。ありがとう存じます」


 一度目を瞑り、気持ちを切り替える。ローブから魔道具を取り出して、右の通路にいるロードめがけて投げつけた。


「右からは、しばらく来られません!」

「よし! 左のやつをやって押し通るぞ!」

「全員遅れるな!」

「聖属性魔法が使える子は使ってちょうだい! 使えない子は、移動しながら探査魔法よ。応援に来ているはずの教員を探してちょうだい!」

「ロードは、7階を離れている! 本来の力は発揮できないはずだ! 攻撃を仕掛け続ければ通り抜けられる!」


 教員で一斉に攻撃を加える。聖属性魔法を行使し続けること10分。ようやくロードを1体倒すことができた。

 それでも後ろからも追って来ているし、前からは、魔獣も向かって来た。


「皆! 魔獣は俺達でもやれる! いくぞ!」

「分かっている!」


 生徒たちの奮闘もあり、後ろからは追いかけられてはいるものの射程距離ではないようで攻撃はされていない。


「よし! そこの部屋に! ああ! そこは駄目だ! 待ち伏せしている!」

「あっちの角の部屋だ! なに!? こっちも待ち伏せだと!?」


 魔獣のいる部屋を探すけれど、見つける部屋、行く部屋にウィッチが、アンチマジックエリアに変えていて、守護魔法陣を使えない。


「せ、先生! 右通路の部屋に他の先生が 3人待機しているみたいです!」

「でも、その前には敵がいっぱいいます!」

「合流は、危険かもしれません!」


 部屋にいれないために待ち伏せをしているようなので、これは部屋に入るべきですね。


「押し通って合流すべきです! 相手が嫌がることをしないと勝ち目はありません!」

「その通りですわ! 合流して明け方まで待ちますわよ!」


 合流しようと通路で激しい戦闘を制して部屋の中に転がるように入ると、そこには死んでいる 3人がいた。


「な!?」

「おい! ラーセル!! ラーセル!」

「そんな……レイチェルなの!? しっかりしてちょうだい!?」

「ひっ、ぃやぁー!!」

「誰か助けてー!」

「落ち着くんだ!」


 これは、罠なのですか!?

 とにかく守護魔法陣をと部屋に重ね掛けして魔力を注ぎ、教員の確認をする。

「レ、レイチェル先生、私が確認をしましょう」

 アンデッドに殺されるとアンデッドになるというので、慌てた。顔の皮を剥ぎ取られており、本人かの判別ができないが、回復魔法をかける。


「ぎゃー!!」

 回復魔法で痛がるのはアンデッドだ。

「クソ! アンデッドになっている! すまない、すまないラーセル!」

 ルベルト先生が悲しみながら、楽にしてやるからなと聖属性魔法を使用していた。

「レイチェル……許してちょうだい……」

 ジョエル先生も泣きながら聖属性魔法を使い、もう一人はエンディ先生が使っていた。

「教員とは限らないぞ! もう一度だ! 探査魔法ではなく探知魔法を使う!…………教員は……3階だ! 退避したのかもしれん!」

 そいつらは教員ではない!

 叫ぶように言うポリコス先生の言葉に全員力が抜け、へたり込む。

「先生! 部屋の前に! 昨日のやつが!」


「「「「「ロード!」」」」」


 絶対に守護魔法陣を破られるな! とアンデッドを浄化処理しつつ、魔法陣に魔力を注ぐ。

 人数だけは増えたので魔力を注ぎ続け、新しく現れたロード2体と私達の魔力と拮抗しつつなんとか朝まで持ちこたえることができた。


 去り際に、『おまえたちもたべたい』『おまえたちをにがさない』と言われ、どっと疲れた。


「喋ることのできるロードは、側近のはずです」

「8階の主が怒ったか。生徒が踏みこみでもしたのかもしれんな」

「『おまえたち“も”食べたい』と言っていました。味をしめたのかもしれませんわ」


 数時間だけでも休もうと泥のように眠り、4時間後に死んでアンデッドになっていたのは、リンダ班の2人とミクシーさんだと分かった。


 生徒達は、吐いたり、震えたりしていたが背中をさすってしっかりするように、と伝えた。

 身体が思うように動かず辛いが、立ち上がって3階を目指す。


「合流できるといいのですが…………」

「そうだね。今日は2階まで戻らないと厳しいだろうね」


 ヘトヘトだ。戦闘は嫌だが、そうもいかず、私はまだ魔道具があるだけマシなのだと思い、気力で3階まで着いた。

 もう一度教員のいる場所を確認して向かい、アンデッドではない3人の先生と無事に合流し、緊張の糸を緩めることができたのだった。


「ジョエル!」

「レイチェル!」

 二人の先生は姉妹で抱き合っていた。

 私もほっとした。

「夜にロードが来たわ!それで3階まで戻ったの!お姉様、ごめんなさい」

「いいのよ、あなたが無事ならそれでいいの」


 ここから2階まで行こうと話して、無事に2階に着いた。


「2階にも来そうな雰囲気だったが、エンディ先生はどう見る?」


 ポリコス先生が、自分自身の専門は、小型魔獣の生体でアンデッドには詳しくないが、話せるアンデッドは知能が高いため2階でもまずいのではないかと懸念を伝えた。


 このなかで8階層まで行ったことがあるのは、エンディ先生だけだ。


「さすがに大丈夫だと思いますが、逃がさないと言っていたので“ない”とは言いきれません。アンデッドの執着は凄まじいものです。7階層から2階層も来られるかもしれません」


 ロードの数を減らしていないので、こちらの戦力を向こうが、低く見積もっているのも危険な要素だという。


 躊躇わずに追いかけてきているのは、常に部屋に篭り逃げている印象があるからで、アンチマジックエリアを使ったのは、部屋を使わせなければ勝てるため7階層から連れてきているようだ。

 向こうは、こちらを分析しているので、次の夜は、かなり危険だとエンディ先生は言った。


「記憶力がよく、狙ったものは逃がさないという。我々が、来年、このダンジョンに入るのでさえ危ういぞ。7階層から来ているので本来の力の 1/3 ほどだが、この様だ」


 ルベルト先生も危険だという。

 教員同士で意見を交わし合い、ここまで追って来るということは、生徒達とのつながりを認めて7階、8階に侵入した敵の仲間だと認定されているからだと共有する。


「応援の教員とも合流できましたし、安全な部屋で休みましょう」

「そうですね。さすがに何か食べて寝ないと持ちません」


 2階の中央よりも1階に上がる場所に近い場所まで行って休んだが、何も起こらず一夜が明け、今日で出られますねと笑うことができた。


 応援の教員が、持って来た食事を全員が食べ、眠ることができたから気力も戻った。


 そう、戻れるはずだったのだ。




 朝に1階に上がり、誰もが、“もうこれで大丈夫だ”そう思っていた。

「え?」

 目の前にいた生徒が声を上げる間もなく、私の前から消えた。通路の地面は地面のままだったが、彼女は落ちたように見えた。全員が息を呑む。

 生徒の一人が通路の罠に引っかかり落ちたのは確かだと、いた辺りに物を投げると落ちていった。

 今度は空いたままだったが、落ちた穴はどこまでも続いていて、底が見えない。

 念のためどの程度の深さかと石を落とすと、音は反ってこなかった。


 探査魔法や探知魔法で調べていたにも関わらず、生徒は落ちた。このことを鑑みて、私は、通路全体に加工した球体の魔石を転がした。そうすると、転がした魔石は全てが落下していった。


「ふぅ。ここまでのことを成すアンデッドが、ダンジョンの主か」

 ルベルト先生が、参ったなと呟いた。

「そのようです。一夜で階層を作り変えたようですね。我々が、部屋で休んでいたのは、計算された作り変えるための時間稼ぎです」

「信じられませんわ。レイチェル! 手を! “ハンモン”しておきましょう」


 ハンモンとは、血族同士がどこにいても分かるようにする魔法だ。すぐに手を出し、お互いに守護魔法もかけあっていた。気休めでも必要なことかもしれない。


「出口は、もうそこなのに。ここに落ちれば二度と戻れまい」

「下がって別の道を探しますか」

「いや、もう遅い。これは一方通行であろうな」


 安全なはずの通路は、前進も後退も出来ない1本道となり、部屋はまやかしである可能性や、入った途端に落ちる仕組みだろうと言う。

 ルベルト先生は、世界中のダンジョンに潜った経験のある先生だ。


 この絶望的な状況に、私は諦めの息を吐いた。

 もう戻れないのね。


「ふむ。では、どうする?」

「一つ、地面を歩かない。一つ、全員で落ちて主を倒して戻る。一つ、死だ」

「絶望的な三択だな。ここまで来ると逆に笑えるほどだ」

 ポリコス先生とルベルト先生の言葉に、生徒達は言葉もなく地面を恨めしく見ていた。

「では、私から行きましょう」

 エンディ先生がそう言い、壁に手と足を突き立て進んで行った。

「あれをやるのか。力尽きて落ちるな。せめて背後から魔法で援護するとしよう」


 ポリコス先生が、頭を振りかぶり、エンディ先生に襲いかかろうとした魔物を魔法で排除し、落ちかけたエンディ先生に風魔法をぶつけて持ち上げ、長い通路の向こうまで辿り着かせた。

 背負っていたリュックは切り刻まれたが、先生は振り返り、無事な姿を示した。


「なるほど、一人でも多く逃がした方が、我々の勝ちですわね。レイチェル愛しているわ。行ってちょうだい。あなたの背は、私が守るわ」

「お姉様が行って下さい! 私が守ってみせるわ!」


 ジョエル先生が、そっと妹さんを抱きしめると、きつく抱き締め返す姿が痛々しかった。生きられる可能性のある人を生かす、命の選択だった。


「ずっと戦いの連続で体力がないの。そんな顔をしないで。さあ行ってちょうだい。まだ、魔法は使えるわ」


 エンディ先生、レイチェル先生、ルベルト先生、ラーセル先生、ジッキル先生と続き、体力のある男子生徒のクリスとクレバ、ニールを行かせ、背の低い私や他の女子生徒は、一か八かの賭けに出て、壁を蹴って跳躍し、後ろから風魔法を当ててもらうしか方法はない。


 ポリコス先生が、自分が残ってやると引き受けてくれたので、ジョエル先生が優しい笑みを浮かべた。


「まずは、わたくしが、やってみますわ。お願いします」


 頭を下げ、頷いたポリコス先生に頷き返し、壁を蹴り、跳躍をした。


 しかし、魔法を当てても飛距離が出ずに、背中に風魔法の傷を負い、通路の地面が消え去り、落ちて行った。

 落ちる瞬間に、レイチェル先生が身を乗り出し、必死で手を伸ばして手首を掴む。


「先生を助けろ!」


 周りの先生や男子生徒が声をかけ、身体を掴んで引っ張り上げた。かなりギリギリだった。下手をしたら二人共落下していたかもしれない。


 それを見たウエンディさんが、喉を鳴らす。挑戦することにしたようだ。


「次、行ってもいいでしょうか」

「ええ、どうぞ。私とポリコス先生の二人で、連撃しましょう」


 体にどんな傷が残ろうとも帰るのが先決だ。ジョエル先生の落ちる姿を見て、生徒を攻撃する決心をした。


「必ず魔法を当ててやる。しっかりと飛べ」

「はい!」


 向こう側では、受け止める準備をしていた。深い息をして、ウェンディさんが壁を蹴って跳躍しようとすると、蹴るはずの壁が消え失せ、手を伸ばしながら落ちていった。


「え? あ、ああぁーーーぁぁーー!!」


 薄暗い中、天を仰いだ。


 そして力なく、『行ってください』と通路の向こう側の皆に伝えるのだった。

 もはや壁もなくなったので、行く術はなくなかったのだ。


 頭を下げて、去っていく背を眺め、どれくらい経っただろうか。

 沈黙を破ったのは、ポリコス先生だった。


「…………リリス先生は、諦めるのが早かったのでは。レイチェル先生より軽いのだからチャンスはあったでしょうに」


 リーチがなくて逆に駄目ですよという言葉を呑み込み、思いついた意地悪のために微笑むことにした。


「そういうポリコス先生こそ。貧乏くじを早々に引くことはなかったと思いますよ」

「一応担任ですから」

「クライン先生のことは、宜しかったのですか?」

「!?」


 驚く先生を見て笑いが漏れた。


「ふふ、ふふふ」


 死を前にして笑える自分が不思議だった。

 後ろにいたエマレアさんもリンダさんも覚悟を決めたように微笑んでいた。


「先生方、申し訳ありませんでした」

「探しに来て下さってありがとうございました。生きてお詫びをしたかったのですが、お許し下さい」


 心からの謝罪を受け、ようやく逆立っていた心に平穏が訪れる。


「ああ。してはならんことには、理由がある。4階層より下に行けば退学だと決まっていた」

 ポリコス先生の言葉を受け、大げさに頭を振る。

「「はい。断るべきでした」」

「ちゃんと規則を守れるか、貴族はルールを曲げたり、拡大解釈したりしますからね。自分を戒められるかを大人になるまでに学んでもらいたかったです。そのためのダンジョンです。各国の上級貴族達と組ませることで和平の意味もありますけどね」

 驚いた顔をする。

「……親睦を深めた国には、攻め入り辛いということですか?」

「少し違う。例えばだが、ソルレイのことを気に入っているノエルは、王が、アインテール国に攻めたいと言ってきたら、それとなく回避工作を行うだろう。自分の時代ではなく先送りにして時を稼ぐ。次の王が同じことを言うとは限らんからな」

「「「なるほど。その説明は、とても分かりやすいです」」」

「……リリス先生まで、ですか」


 馬鹿話で気を紛らわせ、最後にお茶くらい飲みたいと水筒を取り出しお茶を飲む。

 前後に進めない通路で、いつ落ちるかも分からない恐怖のまま夕方になり、アンデッドがやって来た。


「1階にまでロードが来るか」

「本当に異常事態ですね。それにしては、大きさは小さいですね。クリス様が言っていた小さいサイズでしょうか」


 やって来たのは、小さい個体でドクロも怖くなかった。黒いカーテンを巻き付けた子供が、ドクロのお面を被っているようにすら見えた。


『逃げられない』『おまえ達を食べる』


 なんとなく気になったので、尋ねることにしました。

 この時の私は、どうかしていたのだと思います。


「なぜ食べたいのですか?」

『美味しかった』

「人が美味しかったのですか?」

『『そうだ』』

「本当でしょうか。私は人より美味しいものを知っています」

『『…………』』

「貴重な物を二つ差し上げましょう。美味しければ帰して下さい」


 ソルレイ様から貰った残りのビスケットは、ダンジョンの湿度で水分を含んで湿気ていたが、火魔法で焼き、乾燥させてから放り投げた。


 通路に落ちたそれの上に乗り、何をしているのかと思うと、黒い水のような体内に吸い上げられ、骸骨の口元にまで浮かんでいくと、噛んでいた。

 そしてそれがまた欠片となりゆっくり足元まで下に落ちていき、口元まで上下を繰り返す。欠片はどんどん小さくなり消えていった。


『『美味しい』』

「では、帰して下さい」

『『…………』』


 私は、もう2枚取り出し、見せてビスケットを揺らすとなんとなく目で追っている気がする。

 リュックからビスケットの袋を取り出し、焼いてから放り投げる。


「全て渡します。お願いします、逃がして下さい。今後ここには来ないと約束します。アンデッドの王よ。申し訳ありませんでした」

『『おまえは逃がそう』』


 それを聞き、全員がリュックや荷物からお菓子を探り、放り投げ、同じように交渉をした。


 そうすると心が底冷えするような声色に変わった。

 恐らく、8階層の主だ。


『今宵は落ちた人間で我慢しよう。去るのなら一刻も早く去れ。我が体内から出て行け』


 ロードが、お菓子を体内に入れて持ち去って行ったので、再び現れた通路を怖怖と踏みしめながら全員で出入口まで向かった。


 ダンジョンから出ると、ほっとして力が抜けた。腰が抜けたので、みっともなく、這うようにダンジョンの入口から距離を取った。


「助かりましたね。ポリコス先生は、甘いものはお嫌いでしょう? よく持っていましたね」

「ああ。……生徒から菓子をもらいまして」


 生徒からお菓子?

 似合わない先生の言葉に外に出られた安堵もあり声を立てて笑ってしまった。


「ロードだから交渉できたのでしょうか」

 生徒から聞かれたが、私の専門は、魔道具で、アンデッドは専門ではないので分からない。


「気まぐれかもしれません」

「助かりましたが、ロロコ様やウエンディ様が……」


 涙を流すのを見て、これは自分の為ではなく、申し訳ないと心から悔いている涙だと分かり、その小さく丸まる背に手を伸ばした。


 責任を伴う行動というのは、時間的猶予がある時ほど間違いが少なく、時間に余裕のない時は、判断を誤ることがある。


 それに、悲しいことだが、責任を取りきれるものばかりでもない。

 友人の命の重さに震える背を何度もさすった。


「もう何も言うな。全員が自己責任だ。教員ですらな」

「……はい」

「はい」


 項垂れる二人は、これから生きていかなければならない。十字架を背負い続ける人生でも。


 こうして、地獄のようなダンジョンを終え、教務課に連絡を入れて、迎えに来てもらった。ようやく学校に戻ると、先生達からは驚かれた。


「どうやって!?」

「怪我は!?」

 ジョエル先生からは、すぐに抱きしめられた。

「リリス先生、ご無事で……ご無事でなによりですわ!」


 私も抱きしめ返す。

 情に厚いこの先生は、ハンカチを手に私達を置き去りにした、自分に力が足りなかったからだ、と泣いていたのだ。


 廊下にまで神を恨むような嘆きが聞こえていたほどだった。


「先生達も無事でしたか? 背中はいかがです?」

「ええ。全員で無事に出ましたわ。こんなもの傷が残ってもただの勲章ですわ」


 さすが騎士団所属だっただけはあると感心をした。

 助けに行った私達は疲れ切り、夏休みで良かったと教員に与えられている自室で身体を休めた。


 私もソファーに寝転がり、丸一日寝てしまい、起きた時には身体がバキバキだった。


「失敗しました。やはりちゃんと寮に泊まるべきでしたね」


 教務課が、寮に泊まれるように部屋を用意してくれたのだが、そこまで行く気力がなかった。

 目の前で助けられたはずの生徒を失うダメージもあり、精根尽き果てていた。


 先に帰った先生方が報告をしてくれていたとはいえ、今日は、私も学長へ報告しないといけませんね。仕事の早いポリコス先生は、昨日の内に済ませていそうです。


 魔道具の記録を持ち、退学の連絡と共にダンジョン内で生徒が死亡したと各家に手紙を出すと、問い合わせの手紙があったが、事実を記載して送り返すこととなった。


 殺人に関わった生徒の名前は、全員列挙してあり、細かく聞き取った内容を記録して遺族には送付している。


 私が持っていた魔道具は、記録用のものもあり、貴重な魔道具を学校から貸し出されていたため、助けに行ってからは記録がある。


 見たい各国の遺族には、見せられるが、内容は、厳しいものなので覚悟して学校までいらしてくださいと書面には注意書きを入れた。


 休み明け、クラスの人数が減っていることを何も知らない 2班10人にどこまで説明するかかの話し合いが、教員間で意見交換され、ポリコス先生が隠さずに話す方がいいだろうと決めた。


 退学者についてもエマレアとリンダは退学にするが、クリスとクレバ、ニールはどうするのかという問題があり、まだまだ問題は山積みだ。


 ウエンディについては、班員に無理やりという形だったと聞いている。遺族には、学校からお見舞金が出されることになった。


 軍は、各国の依頼を受ければ捜索はするらしいが、1階でロードが出たと報告すると、及び腰だった。


 学校としては、4階までは捜索済なのでこれ以上の捜索は行わない。

 6階まで行ったのは、本当に厚意でしかなかった。一段落つき、荷物をまとめて教員棟を出た。



 空を見上げなくても分かるほどの快晴は、じりじりと肌を焼く。眩しい太陽を塞ぐように手を翳せば、指の間から積乱雲が見え、日常に戻って来られた自分の身を喜ぶ気持ちと、ここに戻って来られなかった生徒達の顔と薄暗いダンジョンの記憶にじっとりとした汗を感じた。


「教師生活で一番苦い経験になってしまいましたね」


 明日からは、教員も休みに入る。久々に親の顔を見たくなった。帰省して屋敷で休もうと決め、日差しから逃れるように乗合馬車を目指して、学校を後にした。


 教師を続けるかは、もう少し考え中です。


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[良い点] 色々と波乱万丈はああるものの、健やかな心で成長する主人公の物語りとして、暫くぶりに拝見させていただいています。 [気になる点] 久しぶりに読書再開しましたが、キャラクターの名前が一瞬分か…
[良い点] まさかここでソルレイが先生にあげたお菓子が活きてくるとは…てかここ2話分ソルレイ居ないのにめちゃめちゃ活躍してる。ソルレイのおかげで全滅回避できてよかった。。。 [一言] ダンジョンが予想…
2023/04/13 10:29 退会済み
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