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グルベリアダンジョン 2

「リリス先生ー! 課題を見せてくださーい」

「あ! ソルレイ様! 助けてもらっていいですか? 魔力は温存したいです」


 強めの風魔法で壁にぶつける。

 人型の魔物たちが悲鳴を上げながら突風に体を飛ばされ壁に激突していき、気を失った。

 そこへ、リリス先生が容赦なく魔道具を投げ入れる。魔物が遠くで爆ぜるのに目を背けた。くるっと振り向いた先生は、いい顔をしていた。


「このダンジョンは、魔法を弱める効果があるのにさすがですね」

「それで、魔力の消費が早いんですね」

 さっきから魔力をいつもの練習の倍は、籠めていると言うと笑う。

「さすがグルバーグ家ですね」

 罠も楽勝でしたかと、からかうように聞かれた。

「常に緊張している状態なので、知らず力を込め過ぎていると思っていました。罠の解除は、一回全員でやってみましたよ。勉強もしながらの力押しです」


 どんな魔道具を持ってきたのか、今度教えるという約束を交わした。


「リリス先生、そろそろ課題を見せてもらいたい」

「ええ。いいですよ。今年は、ポリコス先生から生徒の自主性に任せた班分けにしたと聞いていました。早い班も出ると思っていましたが、予想通りこの班が、一番ですね。他の班は、まだ1階層なのでゆっくり決めてください」


 皆で安心をする。一番近い教員がリリス先生だったようだ。

 先生が、魔獣の絵の描いてあるカードを鞄から取り出して、見せる。


「討伐の課題は、この8つの中からです。アビキニオン、フレグパル、エスモルアス、ニーバ、ぺキロス、シエルダ、レグザル、エントトン。2層から4層にいます」

「フレグパルは、やったな」

「ですね。討伐の証は持っていますけど、アリですか?」


 アレクが早く済みましたねとリュックを前に回して取り出す。


「ええ!? ダメです、ダメです! もう1回お願いします! それから実習の5日間は、不測の事態以外で出るのも禁止ですからね!」


 預かるので出して下さいと言われ、ダンジョンから出たら返してくれるように交渉してから渡していた。


「皆でどれがいいか決めてくれないか。全然分からないよ」


 魔物や魔獣の名前を知らない俺は、首を傾げながらカードに描かれていた絵を見ていたが、角や爪があるのは同じだった。大きさも分からないので無駄だと、考えることをやめ、リリス先生の前から退いて、後方の警戒にあたる。


「うーん。そうですね。この中だと、アビキニオンが一番楽ですね」

「そうだな。アビキニオンにするか」

「その辺にいそうです」

「そうしましょう。適度に大きさもあって狙いもつけやすいです。攻撃も爪だから魔道士には楽勝です」


 背中で皆の声を聴きながら『そうなんだ、分かった』と賛成をする。決まったので、進もうかとさっきと同じ並びに変わると、先生がむぅと頬を膨らませていた。


「エスモルアスかエントトンでもいいですよ。4階層にいます」


 いる階層を言ってもいいのだろうか。


「私達の選択は、アビキニオンだ」

「実力にあっていません!」

「選ぶのは生徒の自由だろう。早く課題を終えて、魔獣の狩り方を全員で練習する方が、勉強になる。罠もそれぞれの国で解除の方法が違うので教え合うことになっている」

「……そういうことでしたら、まあいいです」


 アビキニオンをノエルが再度選択すると、リリス先生が、不服そうにしながらもアビキニオンのカードを燃やした。


「これで他の班は、アビキニオンを選択することができなくなりました」


 おお! 魔道具だったのか。厚みが薄いので砕いた鉱石をインクにでも混ぜているのかもしれない。

 まじまじと見ていると、気づいた先生がにっこり笑う。こういう魔道具を専門に作る人もいるので、魔道具ギルドに行けば依頼できると、リリス先生に教えてもらい、行ってみますと返した。


「もう15時になっているな。遅い食事をとるか」

「リリス先生は、ちゃんと食べましたか?」

「はい。食べましたよ」

「じゃあ、俺達だけで食べようか」

「そうですね。部屋を探しましょう。休憩も取るべきです」

「移動も長かったですからね」

「そうだな」


 話を纏めて、さっきの通りに部屋があったから戻ろうと決まった。先生に手を振り、踵を返した。


 ダンジョンで休む時は、やみくもに探すより、部屋があった場所まで戻る方が安全だということを教わりながら戻った。罠が多いとそれだけで疲弊するし、心理的にもどれだけ進めば部屋があるのか分からず、負担が増すそうだ。


 通りにあった部屋の中を覗き込むと、二間続きになっている。手前の部屋に入り、更に奥の部屋に入ろうと覗き込むと、大型のネコ型魔獣が飛びかかってきた。


「「「「「フレグパル」」」」」


 ついていないなとノエルが言い、風魔法で壁に叩きつけた。群れを作る種なのか4頭がいた。


 皆が、魔石を取り出してくれている間に、俺は休める場所を部屋の中に作る。

 お爺様の持っていたサイコロ型の魔道具をリュックから取り出して、四方に設置するとドーム型の守護魔法が形成される。

 ドームの中は安全なのだ。

 もちろん1級魔獣が出たら効かないが、ダンジョンの魔物や魔獣ならこれで大丈夫だとカルムスが言っていた。


 ラルド国からのアインテール国に向かう時も使っていたらしいのだが、覚えていなかった。持って行くように言われ、ラウルと顔を見合せたくらいだ。

 この前のグリュッセンに向かった時の野営の怖さと緊張と苦労を思うと、微妙な顔になってしまうものだ。



 この魔道具の良いところは、4隅に置くと魔法陣が描かれ空気を浄化してくれるところだ。


 本格的に休もうと、リュックから水筒の魔道具を出し振る。

 振ると水筒の中の水をお湯に変えてくれる便利なものだ。ただ、冷たいお茶は温かいお茶にはならない。水限定の残念な魔道具だとも言えるが、これはこれでいいと思う。


 持って来た木のマグカップに紅茶を作って淹れた。


「皆の紅茶も淹れたよ」

「ああ、これで最後だ」


 最初の部屋で解体をやってくれているので、俺は折り畳みの小さな椅子に座って待った。

 奥の部屋に来た皆に部屋の端で一人ずつ手を出してもらい、薄い紙石鹸を渡して水筒の水を流しながら洗ってもらった。


「綺麗になったかな」

「薄暗いからよく分からない」

「うん」

 全員に洗ってもらい、ペンライトの魔道具で確認をすると綺麗になっていた。

「大丈夫だよ。お茶を飲もう」

「ああ」


 貴族には馴染みのない木のコップだが、ノエルもクラウン達も嫌がらずに飲んでくれた。

 陶器と違い軽い木のコップに驚いていた。


「ソルレイ。このドーム型の魔道具は、どこまで安全だ?」

「カルムお兄ちゃんが言うには、ダンジョン内の魔獣は、これで問題ないって言っていたよ。お爺様も旅行に行く時は、これを使っていたらしい。4つのキューブに予め魔力を込めておくと安全なんだ。昨日は、ずっと籠めていたから大丈夫だよ」

「そうか。助かった」

「凄い魔道具ですね」


 アレクが、さすがグルバーグ家だという。でも、屋敷にある魔道具は意外に少ないのだ。


「安心して食事を食べられますね」

「寝る時も楽ですね」

「食べたら寝ようか。疲れたよ」


 何もしていないが、初めてのダンジョンで疲れた。それにカルムスからも体を慣らすために、早目に休むように言われていたのだ。誰も怒らずに『そうしましょうか』と言ってくれたので、リュックからお弁当箱を取り出すと、目を剥いて驚かれた。


「ん? なに?」


 ノエルが、昼にするって言ってたよな。

 お弁当を食べていいかもう一度聞くと、頷く。クラウンは、日持ちする焼き固められたパンなどを持って来たらしい。それに『へえ』と気のない返事をすると、皆もそうだと言うのだ。

 後は、干した肉や燻製だという。果物すら持ってきていないことに驚いた。


「まだ、初日だよ?」

「ダンジョン内では、一日一食など当たり前だ。少し暑いだろう。腐敗が早いからこういうものになる」

「え!?」

 驚くと、また静かに頷かれる。

「15食いると思っていたよ。俺のリュックは、食材だらけだ。一応保冷剤も入っているんだ。凍らせたジュレだよ。これでお弁当は、保冷できるから大丈夫なんだ」

「そうか」

「本当にそれだけなのか? パンと干し肉だけ? 良ければ食べやすいように作り直すよ」


 お願いします、とすぐにクラインに渡される。ノエルに手を出すと、ノエルも置いた。

 お弁当の包みを広げて、その上に丸いパンを置き、上部を切り落とす。ここは蓋になる。

 田舎パンの大きさのパンをナイフでくり抜く。中身を取り出す。

 そこに、リュックからドライトマトなどの干し野菜と、干しキノコを取り出して加え、皆から預かった干し肉を入れる。

 5日は持つだろうと持って来た塩漬けの豚肉も削って入れることにした。腐敗が早いのなら勿体ないことにならないように気をつけないとな。


 ここに水筒で作ったお湯、塩、胡椒を入れ、ミニガスバーナーに似た魔道具に専用のトレイを乗せて、4つのパンを火にかけるといい匂いが広がる。

 グツグツしてから取り出したパンを加えチーズをスライスして乗せる。


「はい。これが……ノエル様。これがクラウンで、アレクだったな……最後の大きいのがーー」

「私ですね。ありがとうございます」

 一人ずつ渡されたパンを返却だ。

 スプーンを持っていないと言うので、

「夜に、皆で食べようと思っていたから……」

 俺はパウンドケーキ用に持って来た木のフォークを渡す。

「スプーンはないからね。パンを器にしたんだから豪快に飲んで。あと、そのパンは、全然水分ないから切ったパンが、その内スープを吸うからフォークで突き刺して食べて。そのフォークは、各自で持っておくようにね。木だけど、使い捨てじゃないよ」


 予備はないからねと、母親のように注意をして、自分のお弁当箱の蓋を開ける。

 皆にじっと見られるが、これはあげないと言って食べる。


「ソルレイ。そのオムレツが欲しい」

 友人として言っているのが分かるから、俺も友人として返す。

「俺が好きなのを知ってて、言ってるだろう」

「俺も好きだ」

 初めて知った。

「嘘だよ。バイキングでお代わりをしているところなんか見たことがないよ」

「二皿はいらない」


 それは、好きって言うのか。

 驚きもあって黙ると、納得したかと言う。まあ、半分だけならいいかと、軽口を叩きながらフォークでオムレツを切ってパンの蓋に乗せた。


「うまい。ソルレイの手作りだな」

「ありがとう。ラウルにも同じお弁当を作って来たよ」

 3人に見られていたので言う。

「皆にあげると俺の分がなくなる。諦めてくれ」


 保冷剤代わりのジュレは、役目を終えたらあげると約束をして、膝の上に置いたお弁当をもぐもぐと食べていく。


 少しの間は、この部屋を拠点にするというノエルの言葉を聞きながら、寝床を整えようとリュックを引き寄せた。

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