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グルベリアダンジョン 1

 久々に4人揃っての夕飯だった。

 食後の紅茶の時にでもカルムスに“グルベリアダンジョン”について教えてもらおう。

 5日間の実習だから後は宜しくと頼まないといけない。


「お兄ちゃん、実習って明日? 明後日?」

「移動は、明日からだな。カルムお兄ちゃんとダニーが戻らなかったら、ダンジョンで合流しようと思ってた。実習は、5人でチーム戦だから何も心配することはないよ」

「うん、でも、気をつけてね。何かあっても自己責任なんでしょ?」

「ああ、うん。そう聞いたよ」


 学校で行く実習なのだが、毎年けが人は、必ずと言っていいほど出るそうだ。ポリコス先生がそう言っていた。


「大したダンジョンではない。階層も他と比べれば浅い」

「そうなんだ。ダンジョンの勉強なんか学校で一度もなかったけど、大丈夫?」


 カルムスに尋ねると、修行にもならんと鼻で笑っていた。


「罠は、力で押しきればいい。行くのも4階止まりなら、グルバーグ家にとっては、ただの遊びにしかならん」

「ソルレイ様は、学校でどのように聞きましたか?」

 さすがダニエル。カルムスの言葉をあっさり聞き流す。

「遊び半分にはやるなって」

「アハハ、カルムお兄ちゃんと逆だね」

「そのようですね」


 ラウルもダニエルも笑って、慎重を期して、真面目にやるのが一番だと助言をくれる。それを聞いて、カルムスも色々と教えてくれた。


 グルベリアダンジョンは、昔から優秀な魔道士の登竜門らしく、中には魔物や魔獣がいる。


 8層で終わるそうだが、中が広いらしい。

 2層に先生がいるので、5日以内に2層にいる先生を見つけてダンジョン内にいる魔獣の討伐課題を受け、証拠品の素材を持ち帰り、先生に見せると課題は終了だ。


 課題は早い者勝ちのため、急いで2層にいる先生達に会わないと駄目なのだが、ダンジョン内には、魔物や魔獣がいるため慌ててると大怪我をする。


 魔物は、狡猾な罠を張るのが上手く、魔獣は力が強い。

 階層ごとに強さが異なり8層には強い魔獣がいるらしい。

 課題になる魔獣は、4層までにいるそうだ。これは教えてもらっている。

 それに、それ以上は行かないよう誓約書に署名をしているのだ。また、ダンジョン内で起ったことは、自己責任だ。


 このダンジョン実習は、このクラスでしか行われない。それだけ危険だということだと思っている。


「怪我をしないように頑張ってくるよ」

「うん、そうしてね」

「それが一番です」

「怪我などしないだろうが、魔導具は、ちゃんと身につけろ。自分自身がだぞ。人には貸すな」

「アハハ。うん、分かった。カルムお兄ちゃんから貰ったものは、もう貸さないから安心して」



 当日の朝、お爺様から貰った指輪の魔道具もしっかりつけ、ラウルとお揃いの魔道具やお守りも身につけた。勿論、カルムスから、貰った物もだ。

 念を入れ足首にも魔道具のアンクルをつけている。

 ローブは、二人が、王都で良い物をお土産に買って来てくれた。4人のお揃いだ。ローブの内側の魔法陣にそれぞれが魔力を流すと、より強力になる。これこそが、ローブの良いところなのだ。早速、昨日の内に4人で魔力を籠めあった。


 ブーツも魔道具に近い作りで、魔法陣も描かれていた。

 足さえ無事なら逃げられるからな。


 服も今日は、サディロスという魔獣の糸で織られた服だ。

 こういうのは、グルバーグ家にはいっぱいあるので、古いものを糸に戻して洗浄し、魔力を込めてから紺色に染め直す。体に合うように、現代風に仕立て直してもらった。


 一般的には、強い魔獣の素材で作ると襲われにくいと言われている。

 ただ、血が好きな魔獣もいるので怪我をした場合は、関係がない。服を着こんで、荷が入ったリュックを片掛けにして背負う。思ったより重い。


 スニプル車に乗る前に玄関の外まで見送りに来たラウルに声をかけた。


「行ってくるよ。もし、騎士達が大挙して来たら皆で逃げるようにな」

「じゃあ、お兄ちゃんの迎えは、僕が行くよ」

「ラウル。頼りになりすぎる弟は、もう少し先でいいよ」


 春までは何もしてこないだろうと思いながらも一応言った言葉に、頼もしい言葉を返されてしまい、頭をポンと叩き、ステップに足をかけた。

 見送る強い目に、“その時は、俺のことは諦めて、皆と一緒にグリュッセンに逃げて欲しい”とは言えなかった。



 一旦学校に向かい、先生の注意事項を聞いてから班ごとに一斉スタートとなった。点呼を取られたり体調の確認までされるとは思わず、少し焦った。聞き逃していたようだ。ロクスに待っていてもらい、ノエルの寮部屋に一緒に行こうと声を掛けに行って発覚した。現地合流は、無理だったな。


 “グルベリアダンジョン”へ行くには、近道がある。

 それが、森を抜ける方法だ。


「森を抜けようか」

「そうだな」


 うちの班は、ノエルと俺の方針に3人が従ってくれる為、スムーズだった。

 真っ直ぐ行く方が早いのだからと、王都にある貴族街の裏門を通り、そのまま北の森を抜け、ダンジョンに向かうコースだ。

 正門から出ると回り道なのだが、早く行かないと、と知らないグループは、正門に向かおうと話して、教室を早々に出て行った。5日の期間をどう使うかは、班の自由だ。課題さえこなせば問題ない。

 教室に残って、道順や段取りを決めている俺達に、ポリコス先生から苦言を呈された。


「そういうことは事前に決めておけ。国外とはいえ、アインテール国の者が案内役だぞ」

「「すみません」」


 アレクと共に急いで決めていく。

 余り乗りたくないのだが、ラプトルに似たセルゴは、3人乗りで脚も早いため、使うことにする。

 荷物もある。二人ずつ乗ることにしよう。

 待っていてもらったロクスに、そのまま大きな街まで送ってもらい、セルゴを貸し出してくれる店に行き、見せて欲しいと頼んだ。


「いらっしゃい。また、お貴族様ですか。珍しい」

 さっきも頼みに来たよと体格のいいおじさんが言う。

「ダンジョンの実習なんだ。片道だけだけど、足が速い方がいいんだ」

「早いやつは、出ちゃいましたね。金払いも良かったんでね」

 奥から店主が口を挟んだ。なるほどな。

「グルバーグ家だからお金はあるよ、何なら2倍出してもいい。さっきの貴族より早いものを。まだいるんだろう? とっておきのを出して欲しい」

 一見の貴族客に、良いセルゴを出すとは思えない。相場の2倍出すと交渉をする。嬉しそうな顔で、揉み手をされた。


「話が早くて助かります」


 行先はグルベリアダンジョンのため、片道料金でセルゴを連れて帰る人足代として、かなり余分にかかった。それでもロスした分は、取り返さないとな。

 帰りは学校の馬車で帰れる。

 先に頼みに来たクラスメイトの班は、本当の行先を言わなかったらしく、怒っていた。

 セルゴは、しばらくしたら帰巣本能で帰って来るらしいが、店番を店員に任せ、一緒に行って料金を上乗せすると意気込んでいた。


 セルゴに乗れるかの自信は、なかったが、ノエルが後ろに乗れと言ってくれたので、捉まっているだけで良かった。


 向かっている途中で先に借りたクラスメイトを発見すると、店主が速さを上げ迫って行く。すごい技術だ。後ろから止まれとセルゴに声をかけているその横を抜き去り、ダンジョンまで走らせた。


 落ちずに、無事に着いた。乗せてくれたセルゴの口にビスケットを2枚入れてやる。


「乗せてくれてありがとう。またな」

 グリュリュと鳴くセルゴの頭を撫でて、離れると、他のセルゴがパクンとローブを銜えて引っ張る。見ているのはビスケットの袋だ。

「食べたかったのか? ごめん、ごめん」

 ビスケットを口に入れると顔をすりつけるので、硬い皮膚の上から撫でた。

「店主が来るまで、ここで休んでいればいいからな」

「ソルレイ、そろそろ行くぞ」

「うん」


 ダンジョン前にいた先生に、全員の名前を告げ、話ながらダンジョンの中へ入る。


「ソルレイ様、セルゴは、初めてだったのでしょうか?」

「うん、見たことはあるけど、乗ったのは初めてだよ」

「慣れるのが早いですね」

「ん? ノエル様が前だったから、しがみついていただけだよ」

「「「今のビスケットです」」」

「うん?」


 鋭い歯があるので、あんな風にビスケットを口に入れたりしないと言われ、それもそうかと頷く。

 前世では動物の餌やりが当たり前にあったが、この世界ではそういったものはないので奇異に映ったようだ。


「乗せてくれたから、可愛く思えるようになった」

「その順応力は、見習いたいです」

「「アハハハハ」」


 他愛もない話をしていると、赤い体の背から腰までに角が生えている二足歩行の魔物が、こちらを見て逃げるように走って行った。時折止まって振り返る。


「罠っぽい」

「誘っている感じがあったな」

「探知魔法で下に行ける場所を調べようか」

「なら、探索も必要ですね。私がやります」

 しばらくすると、あちこちが罠だらけだと分かった。ただ中央だけ罠がない道がある。

「逆に罠がないところが怖い」

「確かにな」

「あえて罠の方に行きますか」

「なるほど、解除も勉強になるかも」

「5日で学べるだけ学びたいです。この班はノエル様もソルレイ様もいて最強なので」

 アレクは勤勉だな。

「そういうこと言うの? 皆と同じで、魔物や魔獣の討伐経験なんかないよ。ダンジョンに入ったのも初めてだし、怖いのは同じだよ」

「「「「…………」」」」

「え? もしかして、皆はあるの?」


 黙る皆にもしやと思い尋ねると、静かに頷かれる。

 そこから、俺の役目は前衛の後ろで前衛を守る役目になり、ノーシュ、クラウンが二人で前を歩き、俺、ノエル、アレクの順になった。


「討伐経験はないけど、魔道具はいっぱい持って来たよ。俺が、一番前の方がいいんじゃないかな」

 盾役にはなると思う。

「いえ、そこにいて下さい」

「この順番で行きましょう」

「魔法を使う魔物や魔獣もいますからね」

「そこでいいぞ」


 戦えないと判断されたのか、ノエルから探知魔法と援護が割り振られた。


 この並びは良かったようで、前に二人がいてくれるので、安心して風魔法でダンジョンの壁に魔物や魔獣の頭をぶつけることができた。

 脳震盪を起こした魔獣は、前の二人が止めを刺し、素材を取り出していた。課題には関係ないが、持って帰りたいらしい。


「狩りの時は、手が震えていたからどうかと思ったが、平気そうだな」

「あ! 文化祭の採集の時に、カルガスを穫れなかったからだったのか。皆、ありがとう」

 気を遣わせてしまったな。

「よかったです」

「安心しました」

「無理はしないでいいですよ。ソルレイ様が魔法で罠ごと吹き飛ばすので、最短ルートで2階層まで来られましたからね」


 先程、下の階に続く洞穴のような場所を見つけ、協力しあって降りた。


「5日あるけど、ご飯ってどこで食べるの? そろそろ昼だよ」

 何も知らない俺に皆が教えてくれる。

「魔物や魔獣のすみかの部屋を奪って、見張りを立てての寝起きですね。強い魔獣を仕留めれば、その部屋は、比較的安全です」

「へーそうなんだ」

「匂いが消えるまでは、その魔獣が生きていると魔物や魔獣達は思う。匂いが消えるまでは、安全だ」

 なるほど、と頷く。

「できれば、先に先生を見つけてからの食事がいいですね」

「参加している先生は、5人だから誰かを見つけて持っている課題の中から 一つを選ばないといけません」

「連動している魔道具だから、早く決断しないと相談している内に奪われるな」


 ノエルのその言葉を聞き、止まって欲しいと頼む。


「ここで調べるよ。リリス先生の位置は……移動しているのか。このまま探知魔法を使いながら移動しよう」


 魔法陣を小さくして手の平に乗せる。

 このまま魔力を込め続ければいい。


「おお。すごい」

「極小化できるのですね」

 カルムスから教わったものだ。

「ソルレイ。リリス先生の私物を持っているのか?」

「リリス先生に魔道具を作り合って交換しませんか? って持ちかけたらOKだったよ。一級鉱石で作ってあげたお守りだから持って来ているみたいだ。まあ、今朝、作ったビスケットも袋ごとあげたからどっちでも大丈夫だったけどね」


 ノエルの部屋を訪ねる前に、教員棟に向かったら途中で会ったのだ。先に行って生徒を待っていると言われて、ビスケットだけを渡した。


「事前に手を打っていたのか」

「うん。仲の良い先生じゃないと、情報も貰えないかと思って。皆が、ダンジョンに詳しいって知らなかったから……」


 方向は、俺が言うから、疎かになる援護をノエルに頼むために順番を交代した。

 進みながら、ダンジョンの実地試験があるから、他のダンジョンに練習しに行ったことをクラウンに教えてもらった。

 浅い層だけでも経験しておこうと冒険者を雇ったりして入ったそうだ。


「ノエル様やソルレイ様の足を引っ張るといけないと思ったんですよ」

「そんなことを気にする必要はない」

「うん。そうだよ。皆で協力すればなんとかなるって楽観的に考えて、何もしないで今日を迎えて恥ずかしいよ」


 勉強しすぎだと、拗ねるように言う俺の言葉に皆が笑う。

 魔物や魔獣の討伐は、子供の頃に親に連れられたり騎士に連れられたりして、止めは刺さないものの幼い時から訓練するらしい。ノエルだけではなく、騎士家は、大体がそうらしい。

 小さな時から危ない訓練をするのだなと感心しながら進む。


「ん? 待って。あぁ、リリス先生、罠に引っかかったな。魔道具が発動したよ」

「……教師も引っかかるのですね」

「そういうのも分かるのですか」

「うん。そこを右に曲がれば会えるけど、どうする? 少し待つ?」

「「「「…………」」」」


 罠に引っかかったので、仕掛けた魔物達が来る筈だ。


「ふぅ。仕方がないだろう」

「実習優先です」

「ですね」

「先生にも逃げられると面倒ですから、行きましょう」


 先生に会うことを優先して右に曲がると、正に魔物と対峙している真っ最中だった。

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