上級貴族と下級貴族と平民
大きなステーキをぺろりと平らげ、貴族街へ向かう。
ラルド国でも王都にある貴族街へは行ったことがない。行きたいとも思ったことはないけれど……。石畳の色からして違うのには驚いた。
見事な庭園と無駄とも思える広い吹き抜けのあるこのホテルは、貴族街で1番の高級ホテルらしい。尻が落ち着かないとはこのことだ。
おじいさんと同じ部屋で!と頼み、ラウルと3人一緒の部屋で過ごしながら収納庫とカードの詳しい使い方を習い、絵本を読んでもらった。
滞在中もダニエルに勉強を教わり、実は貴族なのに家を飛び出しているカルムスにも作法の手ほどきをお願いした。
「ダニエルの方が先生向きだ」
「二人から教わる方が効率がいいよ。このままだと学校で恥をかいちゃうよ。おじいさんに申し訳ない」
貴族は10歳で学校に行くと聞き、もうすぐ9歳になるので不安だと抱きつく。
「僕も一緒に頑張るよ。だから教えて? ダニーも好きだけどカルムお兄ちゃんも好きだよ」
ラウルにも抱きつかれ根負けしたように両手を挙げる。
「ふぅ。分かった、分かった。教えよう」
煩わしい貴族の則が嫌で家を出たのだがな、とぶつぶつ言いながらも教えてくれた。
貴族の階級は、聞いたことのない階級が2つ増える程度で、前世で見知っていた階級制度とそう変わらなかった。
名誉貴族なる功を上げた平民がもらう階級と、多くの貴族に頼られる面倒見のいい寄親貴族があるようだ。
寄子の多さで辺境伯家に並んだり、伯爵家と並んだりと少々ややこしい。どちらも時勢により力を持つということだ。ひとまず置いておこう。
予備知識のないラウルのためにピラミッドの図案を書く。
「お爺さんはここだよ。ダニーはここだね」
覚えられるようにラウルに書き込ませていく。
「カルムお兄ちゃんは?」
「……ここだ」
図にすると分かり易いのだなと言いつつ指で示す。
「カルムお兄ちゃんは伯爵家だって」
頷いてカルムお兄ちゃんと書く。うん、綴りも間違っていない。
「エルクは?」
俺も思わずカルムスを見た。知っているのかな。
「エルクシス様はここ、侯爵家だ」
「そうだったのか」
「この小さい三角のところだね」
「知らなかったのか?」
「「うん」」
「……子供とは素晴らしくもあるが、恐ろしいものだな」
線で引っ張りエルクと書くのを見守って、よくできたと頭を撫でた。褒めて伸ばさないとな。
「カルムお兄ちゃん、学校にはいろんな階級の子がいるんでしょ? 学校では敬語になるの?」
「学生同士は気にしなくていいぞ。先生と上級生には敬語だ」
うーん。カルムスの言うことを信じないわけではないけれど……。ちょっと怪しいよな。子供同士の世界は結構シビアに上下関係があったりする。
「ダニー、学校では敬語だった?」
「絶対に敬語です」
早いっ。食い気味で言われたので、カルムスのいないところで注意するつもりだった気がする。
真剣な目を見て頷く。
「ラウル、カルムお兄ちゃんは上級貴族だ。ピラミッドの上の方にいるだろう。ダニーは子爵家だ。学校では一律敬語がいいと思う。お兄ちゃんが学校に入ったら周りをよく見て、どうすべきかちゃんと教えるから待っていて」
「うん。今はどっちが本当なのか分からないもんね」
素直なラウルに言われて二人共複雑そうだ。どちらも嘘を吐いているわけではないのだ。立場の違いだ。
「おじいさんは辺境伯家だからカルムお兄ちゃんの振る舞いが正しいのかもしれない。ほら、この図だとカルムお兄ちゃんの上におじいちゃんがいるだろう? でも、おじいさんに引き取られた形になるから貴族だって認めてくれないかもしれないんだ。そうなると平民だから1番下だ。上手に付き合わないと学生生活が大変になる。お兄ちゃんが、ラウルが入ってきた時に困らないようにしておく」
頭を撫でて、少し待っていてと言うと、ラウルはいつも通りの素直な返事を返し、カルムスとダニエルは顎に手をやり何かを考えていた。
「露骨にやる者はいないだろうが、その可能性はあるな」
「下級貴族はやりませんよ。辺境伯家相手にそんな態度には出ません。潰されるのが目に見えています。それにグルバーグ家は他国に名が轟くほどの名家です。大魔道士のラインツ様に喧嘩を売るなんて恐れ多いです」
家だけではなくおじいさん自身も凄い人なのか。今のところラウルに何冊も絵本を読んでくれる優しいおじいちゃんという印象しかないな。
「グルバーグ辺境伯家として友好を育むように求められる相手は上級貴族だ。下級貴族とばかり付き合う訳にはいかない。上級貴族が敵だらけだと辛くなるぞ」
「何か手を考える必要がありますね」
学校に行くのが嫌になりそうな会話だ。
虐められないようにか……。自力回避は難しそうだ。孤立しないように友人を作るべきだな。
「学校に上がる前に仲良くなれそうな子がいるといいんだけど。先に交流していれば楽かもしれない」
誰でも考えつく意見を述べると、ばっと二人に見られた。
「それだ!」
「それです!」




