高等科への進学
カルムスとダニエルの詰め込み教育に喘ぐ中、ノエルの魔道具を完成させて、高等科が始まる前に渡しに行った。
高等科の寮への移動も手伝った。
ラウルは、前期試験があったが、満点に加点の山で危なげもなく、一番をとって夏休みに入り、お爺様との修行に突入した。
高等科の進学は、他国の生徒が安全に来られるように夏真っ盛りに始まる入学式だったが、高等科からは白服もなくなり、全員が同じ制服を着る。
ただ、胸のところにつける紋章が各クラスで違っており、どこのクラスか一目瞭然だった。
相手を見て態度を変えろ、という貴族らしい制度だ。
入学式の今日は、このまま教室で高等科の説明を受け、クラスメイトの顔を見るだけだ。
ノエルと教室に入ると既に教師がいて、ボードに書かれている成績順に席に座るように言われた。偶然にもノエルの隣だった。
「一番前は嫌ですが、隣同士でよかったです。ノエル様、よろしくお願いします」
「ああ」
初等科は自由席だったが、高等科は席が決まっているようだ。大きめの教科書と辞書なども置ける広い机が 一人一つずつ。
初等科は長い講義机だったので、こちらの方が落ち着くかもしれない。席も固定じゃないから身体じゃなくて席を動かせばいいだけだしな。
時間になると真面目そうな人が教室へ入って来た。
「この選ばれし特進科を受け持つことになった。ポリコス・クロオールだ。この席順は試験の成績順だ。成績が良い者がいい席で受けられる。ということで真ん中の縦一列が1番から5番、左横が6番から10番、右横が11番から20番、そして両サイドが3席と2席だけだが25番までだ。最短で2年の卒業だが、特進科の授業内容は難しいから毎年5名以下だな。3年で卒業する生徒が多い。クラスは3階に変わる。在籍できるのは4年までだ。4年を超えると卒業はできずに退学だ。そのつもりで励むように」
なるほど。
どの程度の難易度かは分からないが、2年の卒業を目指そう。
カルムスが真面目にやれば大丈夫だと言っていたから頑張れば何とかなると思う。
「今日は、まずは、選択授業の話だ。ダンス、詩、音楽、絵画の中から2科目を選べ。選択授業は他にもあるがこちらはとるかどうか自由だ。今日選んだ2科目は、卒業するまで続く。よく考えて選ぶのだな。それから全員、15時で終わる授業終了後に週に1回以上、課外活動に参加しなくてはならない。今からボードに書いていくのでいずれかに入るように。ああ、それからクラスの交友関係は勝手にやってくれ。持ち上がりは12名で外部生も13名いる。いつもは多くても7名ほどなのだがな。他国の友人を作って見聞を広げるように」
ボードに書かれていく課外活動は、ボランティアで、書庫の整理や庭園のお手伝いといった学内で終わるものから教会で子供達に勉強を教える、川の清掃など学外に出るものもある。
一見すると、学業に関係ないようにも思えるが、書庫の整理をすれば貴重な本が読めるのだろうし、庭園は草木花に造詣が深くなる。
教会は、回復系の魔法や宗教を通じての各国の情報を得る独自のネットワークが確立できそうだ。
川は操舵技術か。
夏の入学の本当の意味が分かった。
これ、どれも夏休みが潰れるやつだ。それでなくても初等科に比べて短いのに。
卒業するまで帰らせないようにして、アインテール国の情報を本国に渡すのを防いでいるのかな。
「ポリコス先生、絶対に参加が必要なのでしょうか。わたくしは、どれもやりたくありませんわ」
外部生の女子がそう発言をした。
「貴様、私の話を聞いていたのか。参加しないならば、退学届を出して教室から失せろ」
威圧された生徒が息を呑み、静かだった教室が更に静かになった。
初等科にこれほど威圧的な先生はいなかったため、ピリッとした教室内の空気感に背筋が伸びた。
できれば教会がいいな。俺はとりあえず、筆記具を手にメモをとる。
「ソルレイ・グルバーグ」
「はい」
名指しで呼ばれて緊張した。声がひっくり返りそうだ。
「わざわざ書いているところを悪いが、本日中に決めてもらうぞ」
「ポリコス先生、それは先に言って頂きたかったです。ボードに書かれている奉仕活動ですが、新設することは可能でしょうか」
「ほう。その質問は初めてだ。概要を纏めて本日中に渡せるのであれば検討しよう」
「ありがとうございます。では、そのように致します」
怖い。
声をかけられてドキリとした。
つい口から先生を責めるような言葉を出してしまったので、適当なことを口走ってしまった。
でも、お菓子作りをすればラウルに渡してやれるし、これって奉仕活動にならないか。
鞄から紙を取り出し、ガリガリと概要を書き出す。初等科と共同で菓子を作り、週に1回、教会にいる子供達や勉強に来る平民の子に配る。
教会ボランティアが勉学を教えた後のご褒美タイムだ。
菓子作りにかかる製菓材料は、貴族からの寄付で賄えるようにしよう。
「次、ソルレイ・グルバーグ」
突然名前を呼ばれた。先生の顔を見ると、目を細めた。
「概要作りで聞いていませんでした。選択科目なら音楽と絵画にします」
聞かれるとしたらこれかなと思う物を挙げると当たったようだ。じろっと睨まれたが、次にいってくれた。
選択科目の確認であっていたようだ。
後ろの女子が、
「ダンスと音楽に致します」と答えていたからだ。
概要をざっと書いて、甘い部分を詰め直して新しい紙を鞄から出す。清書し終わると、ポリコス先生にひったくるように取り上げられた。
「貴様は、一番前の席でやりたい放題だな。今、私が言った話を言ってみろ」
「何を話されていたのか全く分かりません。奉仕活動の概要を纏め終わりました。早い方が宜しいかと思いましたが、失礼致しました」
頭を下げると、一瞥して概要にざっと目を通していく。
「………………悪くない。許可をする」
「ありがとうございます」
ほっとする。
「が、話を聞いていなかった罰だ。配布資料を配れ」
「はい」
席を立って、端から前の席に配っていく。
「一冊を取って後ろに回してくれるかな」
「おまえが席を回って配れよ」
視線を向けると、海の色をした青い目とぶつかった。茶色の髪の間から覗く、耳に付けているイヤーカフ型の魔道具は、精巧な造りのように見える。暗く青い石は、守護の魔導石だ。白銀に描かれているのは魔法陣だろうか。一見すると分からないようになっている。
何かの意匠かもしれない。
「初等科の時から配布物はずっとこうだった。君は何から何までしてもらいたい人? 赤ちゃんでもあるまいに。名前を聞いておくよ。腕を後ろに回す労力さえ厭うような人間とは友人になりたくない」
二列目に配布する手を止めないまま残念な者を見る目で見やると、机をドンと叩いた。
「おまえが受けた罰だろうが!」
「先生は配布をしろと言っただけで、配布の仕方にまでは言及していない。無駄に時間をかける必要はない。しかし、特別扱いをして欲しいのなら配ってあげよう。どうぞ。えっと、“残念な人”よ」
机に持って行って置いてあげた。
他の生徒は回してくれたのでここだけだった。
顔を真っ赤にして、口をパクパクさせていたが、俺は戻って自分の席に着いた。
「資料の2枚目を捲れ。年間予定表が乗っているが、実習とある。これは来夏になると班で他国に行って実習する訓練だ。班分けは成績で振り分けるつもりだったが、やめておくとしよう。好きに組め。5人班だ」
先生がそう言ったきり動かないので、自由なら先に声をかけた者勝ちだとノエルに声をかける。
「ノエル様、一緒に組んでいただけませんか?」
「ああ。いいぞ」
席を立って、クラウンのところまで行く。
「一緒に組んで欲しい」
「ソルレイ様、もちろんですよ」
「ありがとう」
笑顔で頷かれ、俺も笑顔で頷く。
アレクを見ると無反応なので、さっき他国の生徒と揉めたこともあり嫌なのかなと首を傾げ、席に戻って尋ねる。
「あと2名募集です。どなたかいかがでしょうか?」
アレクがばっと手を挙げる。
あれ? 嫌じゃなかったのかな?
アレクに頷く。
そして、手を挙げた知らない他国の男子のところに行く。
「ソルレイ・グルバーグです。宜しくお願いします。名前を教えてください」
「ハハハ。ノーシュ・ベルマンです。こちらこそ宜しくお願いします」
決まったので、先生に決まりましたと声をかける。
「ポリコス先生、班員が決まりました」
「人員を述べろ」
「はい、ノエル・アヴェリアフ、クラウン・フォルディ、アレク・ディッカス、ノーシュ・ベルマン、ソルレイ・グルバーグです」
「名を呼ばれた4名、異議は無いか」
「「「「はい」」」」
「では、決まりだ。他の者は全く動ないつもりか? ふむ、これは、時間がかかりそうだな。決まった者は帰っていい。課外活動は明日の朝にもう一度聞く」
そう言われて俺もノエルも後片付けに入る。他国から来た生徒達は、ぽかんとしていた。
本当に時間がかかりそうだ。
クラスにエリットやクレバがいることに気づいたが、初日の為、特に問題もなく俺もノエルもクラウンもアレクもノーシュも教室を出た。
「ソルレイ様。初日からやらかしましたね」
クラウンが笑い、アレクも頷く。
「言わないで。あのクラスメイトには申し訳なかったと思っている」
他国の伯爵家の生徒だったのだ。辺境伯家として引き下がることができなかった。
これが初日ではなく、ある程度知った仲ならば、口が悪いと笑って、いいから後ろに回してくれよと言えたのだが、他の生徒もいる前では、“おまえ”呼ばわりされて折れるという選択はできず、難しかった。
「先生の方ですよ」
「え?」
「概要を書いている間、ずっと睨まれていたぞ」
「そうだったのですか」
気づいていなかった。
「ハハ。ソルレイ様は変わっておられますね。先生は概要の内容が良かったので怒りを治めたように見えました」
「じゃあ、先生の方は問題ないよ」
アレクに、顔を見た時に無反応だったから嫌じゃなかったのかを聞いたら、クラウンみたいに席まで来てくれると思ったので、焦りましたと言われた。
初日にクラスメイトと揉めたから関わり合いになりたくないって思ったと俺も笑った。
夏は、このメンバーで実習だしレストランに行こうと話してレストランでバイキングを食べた。
高等科は常にバイキングを食べられるらしい。
食べ盛りが多いからだろう。
シェフは増員されていて、目の前で切られるローストビーフなども美味しそうだった。目の前で揚げてくれる、揚げ物から、鱧の香草揚げとイカフライを頼み、チキンサラダに白パンと野菜がどっさり入ったスープを入れ席に着く。
俺達は同じクラスだったのでノーシュを質問攻めにしたが、大柄なノーシュはよく笑う優しい性格のようで、何でも答えてくれた。
グリュッセンの北東にあるモンパー国の出身で、今までは地元の学校に幼馴染達と通っていたらしいが、成績も優秀なので先生が推薦してくれたそうだ。
山に囲まれた小さな国なので、カインズ国よりは自然の多いアインテール国がいいと思ったらしい。実際に来ると、皆が洗練されているように見えて、気後れしたと苦笑いを浮かべた。
成績は5番目で一番後ろから、俺がずっと先生に睨まれていても全く気にしない姿を見て、格好良いと思ったというのだ。
「ごめん。失望させて悪いが、俺は気の小さい人間なんだ」
「格好いいと言えば格好いいですが、どちらかというと優しい人ですよ」
「でも、先生には正直に、聞いていないと言える度胸が凄いと思います」
「うん、嘘をつくと碌なことにならないよ」
すぐにばれるからな。
「開き直っているわけではないので、先生もそれ以上は言いにくいのだと思いますね」
「ソルレイは、教師に取り入るのが上手い」
澄ました顔で何てことを言うのだ。
「ノエル様、それは悪口で褒めていません」
皆が笑った。
まだ初日だが、ノーシュは純朴な田舎貴族という感じで仲良くなれそうだった。
高等科で使えるようになった新しい図書館にも行き、自習室とカードを作り、本を借りておく。
これで今日は終わりだ。皆と別れてから初等科に行き、ラウルに話をしてノックス先生に初等科側の課外活動の印を押して欲しいと頼んで押してもらい、概要を確認しないでサインをするノックスを責任者に仕立てた。
ラウルをメンバーにして、ミュリスにも声をかけてメンバーにした。
「何をするのですか?」
「週に1回、調理室でお菓子を焼くんだ。そして教会に持って行って子供に配る」
「そうなのですか。ボランティアですね。参加します」
概要を見せて欲しいと言うのでポリコス先生には渡さなかった下書きを見せた。その上で決断をするミュリスは、ノックスよりしっかりしている。
「うん、ありがとう。高等科に行ったら全員強制できつめのボランティア参加だから初等科から続けておりましたって言って継続すればいいよ」
「お兄ちゃん、新しく作ったんだね」
「うん。学年行事の冊子が配られたんだ。初等科とは試験のスケジュールが全く違うんだけどな。ここに夏休みのボランティア活動について書いてある」
ボランティアごとの夏休みと冬休みの予定が冊子の最後に載っていたのだ。
夏冬の休みで4週間以上、もしくは、夏に4週間以上とある。
「これは……」
「うわっ、酷いね。これだとエルクに会いに行けないよ」
そうなのだ。4週間しかない夏休みが全部潰れる。帰国を望む遠い国から来ている生徒は、冬休みに帰るしかない。ディハール国から来ているノエルは夏でも何日かなら帰れそうだ。それ以上の距離になると行き帰りで日数を食うので悩ましいところだろう。
「お菓子を作って配るだけなら、2時間で終わるよ。楽しいしな。毎日配るものでもないけど、日持ちする菓子を纏めて焼いて、教会の人に渡しておけばいいからね」
それでやったことになるのだ。勉強も空いた時間に教えてあげられたらいいなと思う。教会の子に、本当なら魔法陣を教えてあげたいくらいだった。魔力がなくとも魔導石があれば発動できるのだから。
「ソルレイ様。エリット様もお誘いください」
「うん、いいよ。参加するかは分からないけどね」
「はい、ありがとうございます」
「ラウル、一緒にお菓子を作ってくれる? ビスケットだよ」
「うん! もちろんいいよ!」
貰ったことのあるビスケットを思い出したのだろうか。可愛い笑顔で頷いた。
メンバーにノエルの名前も書いておいた。
クラウンもアレクやると言うだろう。
念のため、明日聞いてみよう。




