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卒業祝い

 特に先生達から集合の放送がかかることもないことから、片付けをして帰ることにした。


 持ち込んだものが多かったため、持ち帰るのは、2日に分けることにする。

 女性の先生達と約束をした菓子作りもある。貴賓室も明日まで借りているからいいだろう。


 帰りは、水獣が曳く舟に乗りながら色づいた紅葉を眺めた。肌寒いことも気にならず、水面に時折落ちる葉を愛でた。


 船着き場から歩いてグルバーグ家の敷地に入ると、玄関前で待っている執事とメイド達の姿があった。羽織るものを着ているが寒いだろうに。

「出迎えはいいって言ったのにね」

「本当だな。風邪を引かないように走ろうか」

「競争だね!」

 背が伸びたから俺の方が速いと思ったのに、同着くらいか。ラウルも速かった。


 玄関前まで行くと、走ったことの言葉をそれぞれもらったが、ロクスは何も言わないで、「お帰りなさいませ」だし、ミーナも「転ばないようにお気を付け下さいませ」と、形だけ注意しておくといった感じだ。

 ラウルの方は、二人共に、真面目に苦言を呈されているものの、ラウルが笑って『はーい』と、軽い返事で執事の苦言とメイドのお小言をまとめて終わらせていた。


 返事を受けると、ぴたりと苦言をやめるハベルとアリスの従順ぶりに驚きつつ、家に入ると、お爺様がいた。

 部屋ではなく、大階段の踊り場にいたのだ。


「お爺様! ただいま!」

「お爺ちゃん! ただいまー!」

 ダダダと、二人で駆け上がる。先程のやりとりは頭の隅においやった。

「おぉ、おぉ、もうそんな時間だったか。二人ともお帰り。どうじゃった?」

 体育祭は楽しめたか聞かれた。

「うーん。2年前と違って誰が残っていたのかも分からないんだ。変な感じだった」

「僕はノンを捕まえたかったの。でも、ルールが違うからやっぱり駄目だった! ボールも当てたかったけど、魔道具で防がれちゃうの」

 悔しがるラウルの頭を優しく撫でた。

「ハッハッハ。アヴェリアフ家ならば良い魔道具を持っておろうな」


 まさか、壊しましたとは言えない。ノエルとの攻防は、引き分けの結果に終わり、魔道具は 3 人とも貰えることになって、マットン先生が作ってくれることになったと話した。

 話している最中にロクスが珍しく声をかけた。


「ソルレイ様、そろそろお着替えを」

「あ、うん」

「ラウルツ様もです」

「はーい」


 踊り場で立ち話は、褒められたことではない。お爺様にまたあとでね、と手を振って階段を上がった。


 着替えを済ませ、ミーナに紅茶を淹れてもらっていると、カルムスが部屋の扉を叩いた。

「上手くやれたか?」

「うん、楽しかった」

 動く相手に魔法陣を使う訓練は、積極的に行ったとカルムスには報告をした。ラウルがすごく上手だったことを話すと頷いていた。

「カルムお兄ちゃん、小さい魔法陣を飛ばすやつ俺にも教えてくれる?」


 あれはカルムスのオリジナルで、お爺様もカルムスから教えてもらったと前に茶目っ気たっぷりに笑いながら話してくれたのだ。師弟同士で教え合うとか理想の関係だな。俺は教わってばっかりだ。いつか誰かに教えられたらいいな。


「ああ、いいぞ」

「ふふ」

「なんだ?」

「ううん、なんでもないよ」


 カルムスが考えたものだから、教えてもらえるかカルムスに尋ねて直接教わるように言われていた。簡単に許可を出すカルムスは、俺とラウルにとっては本当に兄のような存在だ。


「カルムお兄ちゃん、そんなところにいないでこっちに来て座って」

 扉に凭れたままのカルムスに話があるのだと招く。

 ミーナも紅茶を淹れた。

 座って紅茶に口をつけるのを待ってから話をした。


「体育祭の卒業試験が終わったから、初等科を卒業したことになるでしょう?」

 入学式はあるが、卒業式はない。このまま冬休みに突入をして来夏に高等科へ入学だ。合っているか尋ねると、

「ああ」

 そうだなと相槌を打つので、本題に入った。

「エルクに会いにディハール国に行きたいんだ。ラウルも一緒にってお爺様には頼もうと思ってる。いい?」


 高等科の学校が始まるのは夏だ。これには理由がある。高等科からは他国の学校で過ごす貴族もいる、そしてその逆も然りだ。冬に卒業した生徒が、国内の挨拶回りや春の社交界に出席してから移動できるようにという気遣いだ。各国とも同様の措置を取っていると聞く。

 つまり、卒業すると休みが長期休みになる。都合がいい。

 そう言うと、無言でソーサーごとカップを持ち、味わうように紅茶をゆっくりと飲んだ。


「――ラウルツは、まだ卒業していないぞ」

「うん、分かってる」


 真意を探るように見られるが、特段含むものがあるわけじゃない。あるとしたら、2年後より今年がいいのではないかと思ったくらいだ。

 14歳を迎えた俺は、成長期だ。ラウルがエルクと会ったのは6歳の時だった。成長期を迎えたラウルより、今のかわいい面影がある方が喜ぶだろう。この感覚は前世の記憶によるものかもしれないが、今の内に会わせてあげたかった。

 ラウルにとってもエルクにとってもそれが良い事のように思えた。

「ふむ。まあ、いいんじゃないか。ラインツ様にはちゃんと許可をとれよ」

「うん、ありがとう」


 ラウルが行くって言ってくれたら休学させて春に戻るという話をするのは、勇気がいるが、早い方がいいだろう。夕飯の後で、話がしたいとロクスに伝言を頼んだ。

 その前に先にラウルに話をしないとな。


「ラウル、ちょっといいか?」

「うん、いいよー」

 ようやく完成した魔道具を持って、隣の部屋を訪ねた。

 メイドではなく、ラウルが扉を開けたので、すぐに持っていた箱に気づかれてしまった。

「なにくれるの? お菓子?」

 にこにこするラウルに笑う。確かにそれくらいの大きさの箱だった。テーブルの上に置いて椅子にかけると、じっと箱を見ているのだ。

「欲しいのなら、明日焼き菓子を焼くから余分目に作るよ」

 ラウルの学年の先生に渡す約束をしたからな。詰め合わせ2セット分だ。

「アイネとアリスの分も作ってくれる?」

「いいよ。作るよ」

「ありがとう!」


 それを聞いたからか、アリスがお茶を淹れて参りますと下がった。

 出て行った扉からラウルに視線を戻す。


「これは魔道具だよ。完成したんだ」

「わぁ! 本当!」

「本当は、体育祭にも持って行きたかったんだけどな。カルムお兄ちゃんからやめておけって言われちゃって」

 性能が良すぎるのだ。

 お爺様の魔法陣やグルバーグ家の魔法陣を次々に出すことができる。設計図を見たカルムスに楽しめないがいいのか?と言われた。

「カルムお兄ちゃんは、何でもして勝てって言うのにね」

「アハハ、俺が楽しみたいって言ったからだな」

 箱を空けて、中身を取り出す。

「ブレスレットとネックレスだ。どちらも個別で使えるけれど、連動もできる」


 魔法陣を予め仕込んでおける、お爺様の持っている収納と品目一覧の魔道具を参考に作ったものだ。血液を落として完成する。所有者の印だ。

 魔力が切れても魔導石の魔力を使える。腕が上がってもここまでいい材料はもう手に入らないだろうからこれが、俺の最高傑作になりそうだ。


「わぁ! 楽しみ!」

 ありがとうと受け取ると早速つけてくれた。

「重くないね」

「うん。ラウルは、剣も持つから重さは大事だろう」

「ふふ、うん!」

 喜んでいる姿に、目を細めた。お爺様やカルムスに魔法陣を描いてもらった甲斐があったな。


「ラウル、実は、エルクに会いに行こうと思うんだ」

「!」

 目が零れ落ちそうだ。

「ラウルも一緒に行こう。お爺様に頼んでみる」

「うん! 僕も行きたい! お爺ちゃんにお願いしに行くなら僕も行く!」

 絶対に行きたいと言う。先にお爺様に許可を得に行くべきだったかな。

「約束は卒業だったからな。お爺様には俺が聞くよ。駄目だって言われたら、ラウルの卒業の時に一緒に行こうと思うんだ」

 ただ、卒業したので手紙は書くつもりだ。

 ラウルは口をしばらく引き結ぶと、プハッと吐いた。

「――うん、分かった」

「偉いぞ」

 思わず頭に手を伸ばすと、頬を膨らませる。

「3回は頼んでね! お爺ちゃんは押しに弱いから!」

「ハハハハ、了解!」



 食事の後に時間を作ってもらい、お爺様の部屋で話を聞いてもらった。

 ラウルは日々成長していて、剣術の練習で、手もぷにぷにじゃなくなりつつあることを告げる。


 このままでは可愛いラウルではなくなりそうなので、ノエルが帰郷する時に一緒にディハール国に連れていきエルクと会っておこうと思うと話したのだ。聞いている間も聞き終わってからもお爺様は優しい笑みを浮かべていた。


「ハッハッハ。分かった。ラウルツも連れていくとよいぞ」

「いいの? お爺様。約束は卒業してからだったよ」

「ソルレイは卒業したからの。ラウルツ一人は駄目だというのもかわいそうじゃ」

 大きく頷いて笑ってくれた。

「ふふ、ありがとう。ノエルは、お見合いばっかりで家にいたくないらしいんだ。すぐに戻って来るかもしれないけど、進学の準備もあるし、長くても2ヵ月で帰って来るからね」

「うむ。それでかまわないぞ。ソルレイもラウルツもいないと寂しいからの。エルクシスを連れて来るとよいぞ。早く帰って来ておくれ」

「アハハハハ。お爺様がいいなら相談して連れて帰って来るよ」

「そうしなさい」

 穏やかに笑うお爺様に、我が儘を聞いてくれてありがとうと抱きついた。

「なに卒業祝いじゃ」

「ありがとう、お爺様。大好き」


 笑顔でラウルの部屋を訪ねた。

「お爺様に許可をもらったから一緒に行こう」

 告げると、とても喜んだが、何かに気付いたようで、現実に引き戻されるのが分かった。

「僕の休みは短いよ?」

 それは最初から分かっている。

 休学することになるけれど、一緒に行きたいともう一度伝え直すと、笑顔で、いいよと言った。


 翌日。

 持ち帰った貴賓室の鍵と、先生達に渡す約束の茶菓子持って学校に出向いた。目的は、休学届とノエルへの連絡だ。


 休学届は、教務課で済むと思ったら、担任のサインがいる。今日来ているか尋ねると、まだ体育祭の成績を4年生の担任と合同で決めている最中のため出勤しているという。

 教員棟まで赴き、女性の先生方の部屋を訪ね、菓子を渡す。一人の人はお休みなのか不在だった。


 諦めて、本来の目的に戻り、ノックス先生の部屋を叩くと、歓迎されて茶菓子を出された。

 早く終わらせたいので、世間話に入る前に要件を伝えた。


「幼い頃に一緒に住んでいた侯爵家の人に会いに行くから、しばらくの間休学します」

「へえ、そうですか。ラウルツ君が新学期にはいないのは寂しいなあ」

 まあ、でもディハール国にも学校はあるからそっちに通われてもいいですよ。言われて目が点になる。

「んー? どういうこと? 違う学校に通うの?」

「復学を認めないということですか?」


 まさか、“やる気がないならアインテール魔道士学校に通わなくていいのですよ”貴族らしく嫌味を言われるとは思わなかった。この人を見誤ったかと真顔になり、休学は生徒側の事情により自由に行使できる権利だと訴えた。


 すると、慌てたように、誤解です!と言う。


「違いますよ。ディハール国にも一クラスだけの学校がありまして、提携しているのです。こちらに通ってもらえれば、その成績がこちらでも使えます」

「なるほど」

 考えすぎだったようだ。ノックス先生だしな。

「僕、試験は大丈夫だよ? お兄ちゃんが教えてくれたから4年生までの勉強は終わったよ。音楽も高等科のものを練習しているの」


 出してもらったお菓子と紅茶を楽しんでいたラウルが、授業を受けなくても試験は問題ないよと、笑顔で先生泣かせなことを言う。明らかに猫背になり肩が落ちていた。


「ラウルツ君……そういうのは、先生の前で言わないでくれるかな。悲しいよ」


 さすがに俺も悪いと思い、出席日数が成績に関係するのかを尋ねた。確か遅刻3回で、欠席扱いだった。その辺りを聞くと、休学届が出た場合は当てはまらないという。

 成績も試験の点数で決まるので関係ないらしい。いよいよ謎だな。何のために提案したんだ。


「「だったら、休学して試験前に復学する方がいいよ」」


 これ以上は、時間の無駄だと席を立つ。どうせ担任印とサインがいるからと持ち物を言って、教務課まで引っ張っていき、教務課で休学届を出した。

 ついでに、不在だった女子教員の菓子も渡しておいて下さいと押し付けた。


「ん? これなんですか」

「リアナ先生に渡して下さい」

「先生、宜しくね!」

「え! ちょ、ちょっと……」


 その足で、ノエルの部屋を訪ねる。事情を話して、一緒について行っていいかを尋ねると、交換条件を出された。


「かまわない。マリエラと一度会ってくれるならな」

「会うだけでいいのならいいけど……お見合いじゃないよな?」

「僕も会うだけならいいよ。お見合いは無理」


 ラウルツは、好きな相手がいると知ったのでもういいと言われていた。

 じっと見られた。

 とりあえず、ややこしくなりそうなので、ここはきっぱり断っておいた方がいいと、お見合いは無理だと重ねて伝える。


「魔道具を壊した詫びだと思って会ってくれないか?」

「体育祭でのことだし、2年生に貸しているなんて思わなかったけれど、壊したのは事実だ。仕方がないからノエルにあった魔道具を作れるように頑張るよ」

「僕もこの前採った特級の鉱石を提供するね! ノンは友達だもん!」

「そんなに嫌か?」


 侯爵家との見合いならどこも喜ぶはずだが、グルバーグ家ではうまくいかないものか。腕を組みながらそう言う。

 それは違う。家は関係ないんだ。


「ノエルもお見合いは嫌だろう?」

「ノンも魔道具の方がいいでしょ?」

「それはそうだ」

 納得した時点でノエルの負けだ。

 いつから帰国予定か聞くと、3日後で1ヵ月だけ居る予定だという。

「お爺様からエルクを連れて帰って来ていいと言われているから、俺達もノエルと一緒に1ヵ月で帰ってこられるように頑張ろうか」

「うん! アインテールで遊べばいいもんね」


 3日後に待ち合わせの約束をして、俺達はそれぞれのメイドや執事に予定を告げ、慌ただしく準備を調えてもらった。

 モルシエナとベンツも護衛で一緒に行く。

 カルムスとダニエルには、お爺様が寂しいと言っていたので、一緒にいてとお願いをした。

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