本気の体育祭 6
明け方になると、
「お兄ちゃんのバカ! また僕を置いて行った!」と、叫ぶ声が聞こえて、慌てて隣の部屋に繋がる扉を開けた。
「歯を磨いていただけだよ」
「あ! お兄ちゃん!」
腹に向かって突撃してくるので、えづかないように歯ブラシは抜いたし、歯磨き粉を飲まないように踏ん張った。もう力もついてきているので、来年は負けて倒れそうだ。
ポンポンと落ち着けるように、背を叩いてから歯磨きに戻った。
ピザにソーセージを散らして焼いて、紅茶を淹れる。
「美味しいね」
「うん、美味しいね」
のんびりと食事を食べ、ノエルを捕まえる方法を伝える。
「場所は昨日マーキングしたんだよ。ノエルに抱きついて捕まえた時に印をつけておいた」
「探査魔法で探すんじゃなくて探知魔法だね」
「うん。転んでも勝つために立ち上がらないとな」
食べ終わって時計を見ると6時だ。
探知魔法を使うとダンス教室と判明した。
「テイナー先生のこと好きだったのに……男子同士にダンス教室の使用許可を出すなんて……。ノエルも二番煎じで面白くない選択をしたな」
もっと楽しめばいいのに。
「本当だね。これは駄目だね。だって絶対ダンスの練習をしてないもんね」
「うん、2年前はちゃんと曲をかけて、二日間は、4人で真面目に練習をしたよ。許可をもらって教室を借りた以上は、それが先生に対する礼儀だ」
「ダンス教室で捕まえる?」
「そうだな。2年前の思い出の場所だけれど、あと3時間だしそうしよう」
「テイナー先生。そんなに落ち込まないで下さる?」
「そうですわ」
夜半に動くかもしれないと先生達がひっきりなしに来るも映るのは可愛い寝顔だった。
ところが、3時に目覚ましをかけていたのか、ピタリと起きて、探査魔法と探知魔法を使って教室を一つずつ調べていた。終わると、またラウルツ様を抱きしめて眠った。
恐らく、動きがないか確かめたのだろう。
朝になり何食わぬ顔で朝食を用意して、ラウルツ様に探知魔法で調べようと声をかける、優しい兄の一面に和んでいたのだけれど。
テイナー先生は、ソルレイ様の失望したような声を聞き、また、2年前本当に練習をしていたと知りため息を吐いている。
隣で陰鬱な感情を隠そうともしないので、こっちまで気が滅入るわね。
毛布を綺麗に畳んで、仲良く使った食器を片づける。
ソファーも丁寧に戻していた。
「試験とは思えないわね」
「ここだけ生活を覗き見しているような気がしますね」
「ふふ、本当ですわね」
「使用人がやることなので、家ではやっていないでしょうが、二人ともしっかりしていますね」
オルベスタ先生とノックス先生を交えて下の階の貴賓室の様子を見ていた。
私達が最も興味があるのは、いえ、全教員がこの対決に注目をして覗きに部屋の扉を叩く。マットン先生やブーランジェシコ先生、バール先生もやって来た。
残された時間は限られている。どうなるかしら。
教員がより見やすい席を確保する中、貴賓室では、二人が魔法陣を描いては、時間を計っていた。
ソルレイ様が修正の魔法陣を書き、ラウルツ様が描き直し、付与魔法陣をソルレイ様が描き終え、ボールを一つ投げると魔法陣が複写の魔法陣になりボールが増えた。
「これって……」
昨日の攻防を思い出した。
「ノエル様がお持ちだった複写の魔道具を参考に、魔法陣に直していますね。魔法陣の描き換えではなく、魔道具の持つ機能を魔法陣で成そうとオリジナルの魔法陣を作っています」
そう聞いた後で、教員揃って感服したようなくぐもった声を出していた。
「ラウルツ様の魔法陣とソルレイ様の付与魔法の陣をつなげて発動させるようです。正直、ここまでの技術があるとは思いませんでしたね」
マットン先生が魔法陣だけではなく、魔道具に精通しているからこそです、と称賛した。
ボールが足りなくなるのを避ける為、複写で増やすことにしたようだが、魔道具の持つ効果を魔法陣で再現する高い技術力に感嘆の息を洩らす。
何度もお互いをフォローし合うように練習を繰り返し、秒数を計っている。1時間も練習にかけるとは思わなかったが、私も含め教員達はじっと見ていた。
二人とも納得したようで、抱き合って『頑張ろう!おー!』と可愛らしく声をかけ合う姿を前に、他の生徒を監視するという役目も忘れて、ダンス教室に向かう二人を教員達が見守っていた。
「ノエルー、捕まえにきたよー」
「ノン出てきてー。じゃないと開けちゃうよー」
魔道具で扉をガラッと開けると、ノエルがいて2年生が前の扉から走って逃げて行った。それを見送る。
「追いかけるのは、あっちだと思うのだが、目当ては魔道具なのだろう? マットン先生の作る魔道具のレベルならソルレイにも作れるのではないか?」
じっと見られた。出方を窺われている。
「アハハ。ノエルはうちで魔道具作りに励んだくせに分かってないな。魔道具は奥が深いんだ。俺が作る物をマットン先生は作れないし、マットン先生の作る物を俺は作れないんだ。視点や考察が変わると、作り方ががらりと変わる。先生の作る魔道具は欲しいよ」
魔法陣より魔道具の授業の方が楽しそうだったし、先生はこっちの方が向いている。
まあ、魔法陣の方が、貴族の間でステータスが高いから選んだんだろうけど、準子爵家の出でなく、伯爵家辺りなら絶対に魔道具教師になっていたと思う。
こういうところが、貴族社会の駄目なところだ。適材適所でない。
「2年前は、受け取るのを躊躇うくらいに酷かった学長のガラクタ魔道具より、ずっと楽しみだから。交渉するためにもノエルは大人しく捕まって!」
「それは無理だ」
魔法陣を描くための魔道具を握ると、ノエルも集中する。
「お兄ちゃん!」
ラウルから魔法陣完成の合図があったので、扉から出る。
隔絶ではなく、“隔離魔法陣”が発動した。
「「うまくいったね!」」
「ノンはそこにいてー。先にラッピーを捕まえて来るよ」
「うん!また後で!」
最初からラピス狙いだ。確実にノエルの足止めをすることが重要だった。
探査魔法で調べると、ノエルの魔道具を持っているラッピーは上の階で留まっている。
「上の階の教室だな。罠を仕掛けて待っているのか」
「もう。僕たちにそれで対抗できると思ってるのかな」
教室を二つ抑えたということは、ノエルの想定内の行動をしているとみるべきだ。
でも、楽しい方を選ぼう。
「よし! 罠にはまりに行ってみよう!」
「うん!二人で突破だね!」
階段を上がっていくと、これまたかなりの数の魔法陣があるが、俺もラウルもお爺様との修行で見慣れている。
それに、俺達は二人で消せる。ノエルはきっと一人で作成したのだろうな。
とはいえ、時間をかけたくない。
完成した複写の魔法陣を使おう。範囲指定で全ての魔法陣を取り込み、同じ場所で発動させ相殺させる。
隔離された空間の中で、膨大なエネルギーが生まれていたが、吸収の鉱石を使うとやはり一瞬で吹き飛んだ。役目を終えた鉱石は砕け散り、サラサラと鉱石が砂状になり散っていった。
「ラッピー? いるー?」
「ラウル君! 来ないで下さい!」
「いる、いる。そこの教室だな」
律儀に扉の前で尋ねるラウルと、それに答えるラピスのやり取りに笑いを耐えた。
「ラッピーすぐに捕まえてあげるからね!」
がらっと扉を開けると白い紐を持ったラピスがいた。
紐!?
ラウルと目で相談をして、試しにボールを投げると、反射されてこちらに跳ね返ってきたので、複写してまた跳ね返した。
ボールに目がいっている内に、突撃をして捕まえた。
「よし! もらった!」
至近距離で、ラピスにボールをぶつけると、ラウルの前でボールが弾けた。
え?




