本気の体育祭 2
翌日、ラウルの登校時間に合わせて8時前に家を出た。腕輪は2年生がつけるため上級生より早く学校に行かなくてはならなかったのだ。一方、4年生は9時に校内にいればいいという簡易な説明だった。
クラスで配布されたものをつけたラウルと再び合流したのは、開始時刻の15分前だった。諸注意などがあったという。前と違って集合場所を言われていないため、ラウルと二人で一番人が通る様子を窺える。大きな窓のある2階の渡り廊下の丸いソファーに座った。
9時前になると1階のエントランスホールに集合を始める。前と同じだろうと考えた生徒達が緩慢な移動を始めた。
「お兄ちゃん、あそこを見て。ボールがいっぱいだよ」
ラウルが、黄色のボールの入った籠を手に持ち、移動している先生を見つけた。女性の先生は違う方向へと歩いていく。そちらのボールは緑色をしていた。色んな色があるようだ。
「先生が、どこかへ運んでいるな」
「二つのボールってあそこから取るんじゃない?」
その通りかもしれない。
「あと5分で開始時刻だ。方角も中庭か。行こう!」
「うん!」
二人で走って運んでいる先生を捕まえる。開始一分前だった。
「せんせー。僕にボールちょうだい」
「私にも下さい」
「おお! 気づいたか」
よく見つけたなと快活に笑う教員から一つずつ渡される。黄色のカラーボールは、手の平より大きい。投げにくそうだ。もしかして緑だと手の平サイズだったのか。色によってサイズも違うかもしれない。
「もう一つずつくれたりします? 二つ持っていいって聞いた気がします」
「ハッハッハ。両手に持ち、二つ同時に投げていいという意味だ。開始時は一人一つのルールだぞ」
時間ごとに持てるボールの数が変わるという。最終的には無制限だと教えてもらった。
「了解です!」
すぐにその場を離れる。間もなく開始時刻だ。エントランスの最後尾の生徒に当てよう。顔を見ると、ラウルも笑って駆け出した。
『えー9時になりました。それでは体育祭を開始します』
時計を見ると間違いなく9時だ。
俺とラウルは一つずつ持ったボールをエントランスにいた2年生の背中にそれぞれぶつけた。
「え!?」
「うわぁぁ!?」
悲鳴を聞いてもう始まったと、慌てて皆が逃げていき、エントランスに急ぐ靴音が響いた。
『ただいま、4年生ソルレイ・グルバーグ様。2年生ラウルツ・グルバーグ様により2名失格となりました。ペアの4年生は……』
ええ!?
「放送するのか」
「迷惑だね」
捕まえた場所は言わないようだが、警戒させてしまうな。
先程のボールを運んでいる先生の他にも運んでいる先生はいるはずだ。
何食わぬ顔で貰いに行こう。
皆、エントランスから校舎の中に入って行ったので、俺達は中庭に戻ろうと走っていると、膨らんだコートを着て腹を押さえるノックスがいた。
「あ! ノックス先生がこそこそしてる! ボールを隠し持っているんだ!」
「よし! 行こう!」
レストランの方へ向かう先生に声をかけ、嫌がる先生のコートを脱がせると“ダミー”と書かれた大きなボールが一つ出てきた。
地面に落ち、バウンドを繰り返ししながらコロコロと転がっていく。
「「……先生?」」
やってくれたな。
「ラウルツ君。そ、そんな顔をしないで」
「誰が持ってるの!?」
先生のコートを持って揺さぶるラウルの後ろから声をかける。
「本物を持っている先生方は、どこにいるのですか?」
二人で仁王立ちをして吐くまで逃がさないぞ、と締めあげる。顔を背け、明後日の方向を見ながら吐いた。
「カ、カフェやレストランで女性の先生がいるって聞いたかなあ」
「やっぱり先生に接触しないとボールは得られない仕組みか」
隠れていないで、移動するように仕向けているんだな。
2年前有効だった籠城は駄目だということだ。
「お兄ちゃん、もう行こ! バイバイ、先生」
パッと掴んでいたコートを離して、用済みになったノックス先生に別れを告げていた。
「うっ」
胸を押さえる先生を見ないふりで、一番近いカフェへと向かった。
カフェに行くと女性教員の多いこと。ここは俺の出番だな。
「ラウル、お兄ちゃんに任せて」
案内係に断りを入れ、息を吸い込む。
「ソルレイ・グルバーグです! ボールをお持ちの先生。渡して下さるのならお菓子を作って持ってきます! 先着2名の早い者勝ちです!」
バッと多くの先生達が立ち上がって、入り口に走って来ると赤色のボールを差し出してきた。大きさは色が違っても同じか。
一番出入り口に近かった先生とその次の先生の名前を紙に書き留めておく。
ラウルの学年の女性教師2名のようだ。
「先生、まだ1個しか持てないの?」
「そうよ! 早く投げて、取りに来て頂戴!」
他の先生がボールを握りしめて悲鳴を上げた。大きな声にびっくりした。
「……ラウル、一つみたいだな。行こうか」
「うん! また来るねー!」
手を振って別れ、辺りを見回していた生徒の後ろにいた2年生にぶつけると、また放送がかかった。
「僕たちしか活動してないのかな?」
「うーん。まだ序盤だからな。様子見かも」
時間稼ぎに隠れているのかもしれない。教室を見に行くことにして、校舎に向かった。
そこでボールの入った籐編みの籠を持ったブーランジェシコ先生が、階段を上がるのを見つけて突撃をする。
「先生!」
「おや、見つかりましたか」
開始から1時間経ったので、トランプで勝てたら籠のボールを全部くれるという。
4つか。せっかくだ。やろうかと話して、階段を上った先にあるトイレ前のソファーに座り、3人でトランプをする。
カードの山から4枚を選び、一番強い数字1枚を残して先生の持つカードより数字が大きいかどうかで勝負を決める。
バカラに似たものをすることになったのだが、どうしても勝てない。2対1なのに変だ。
これは、先生に騙されている気がするな。
「先生強いね」
「うん、強い。やられているのかも分からない」
恐らく、やられている上に、心理戦で負けてしまい、勝てる時も下りてしまっている。
「ハハハ。ミスターソルレイもミスターラウルツもまだまだですね」
「うん。僕、こういうの苦手。お兄ちゃんも苦手だよ」
ばらされて、もう勝てそうにないと貴族のお決まりのお手上げのポーズをする。笑いながら和やかに楽しんでいた。
そこへ、
「文化祭の恨みだー! くらえー!」
調理室で見たことのあるフロウの生徒が来たので、魔法陣で床に押さえつけてから悠々と手からボールをもぎ取った。
「な! 卑怯者!」
横で目を丸くする2年生の女の子の手を取り、ボールを手の平にぶつけた。
「制服で来ると汚れてしまうよ」
「あ、あの」
汚れた手の平を困ったように見て、床に張り付いている4年生に目をやった。
「失格になったから手を洗って、家に帰るといい。間違えてぶつけられてしまうといけないからね」
「はい、ありがとう存じます」
放送がかかり、失格が告げられた。
もう一つあるボールも貰っておく。
「くそ! くそ! なんでおまえは失格にならないんだよ! 魔法陣を使ったくせに!」
俺は一瞥もせずに、ブーランジェシコ先生に席を外したことを詫び、もう一度トランプの勝負を頼んだ。
「ミスターソルレイ、ミスターラウルツ。このままでは何度やっても同じ結果ですよ」
確かに。それは分かっているのだ。
「先ほどのカフェでは、“お菓子を食べたい先生はボールを下さい”と、声をかけたのですが、先生とのお茶会の日々は楽しかったので、そういう雑な声のかけ方はしたくないのです」
気持ちよくお茶会に誘う方法を考える。何かあるかな。
「交渉が必要なんだね! じゃあ、先生! 僕とのお茶会の時にお兄ちゃんにお菓子を作って貰おうよ! 僕もお菓子が好きだからまた一緒にお話をしよう!」
にぱっとラウルが笑うと、目を細めて『それもいいかもしれませんね』と頷く。
なんとも穏やかな空気が流れた。
「そういえば、弟とのお茶会の時は、何を話されているのですか」
尋ねると、ミスターソルレイと遊んで楽しかった時の話ですねと笑う。
「そうでしたか。それなら……」
ラウルに先生だけではなく俺も茶会に招くように言った。
「わぁ! 3人でお茶会だね!」
「そうそう! 楽しいよ。先生、お茶会は1対1である必要はないのでしょう」
授業が終わってから、お茶会をしましょうと誘う。
「もちろんですとも。それはいい案ですね」
あっさりと決まり、勝つことができた。ボールを貰い、手を振って別れた。
「お兄ちゃん。教室に行く?」
「そうだな。まだお昼まである。ボールは五つだ」
「はり切っていこう! えいえいおー!」
「おー!」
ラウルの掛け声に応え、教室の方へ歩き出した。




