47:番外編1 あまあま新生活(兄様の覗き見編)
さて、ここからはほのぼの、甘々、ラブラブな番外編のはじまりです。
幸せな二人のあまあま新生活、覗いていってください♪
森に囲まれた「魔」の公爵家の別邸。
この素敵なお屋敷にも、ようやく温かな春がやって来た。
少し前まで殺風景だった庭に、ちらほらと可愛らしい花が綻び始めている。
(もう春なのですね。レオン様と結婚して半年……時が経つのは早いのです!)
フィロメーナは編み物をする手を止め、窓の外を眺めた。今にも花開きそうなつぼみが並んでいるのが見えて、つい笑みが零れてしまう。
「メーナ、なんか嬉しそうだな?」
低くて優しい、穏やかな声がフィロメーナの耳朶を打つ。
その声の主はレオンハルト。フィロメーナの大好きな旦那様だ。
さらさらの赤髪に、温かな橙の瞳。すっと通った鼻筋に、形の良い唇。
こちらを見つめてくるその表情は柔らかく、彼と目が合うといつもどきどきしてしまう。
温かい光が溢れる居心地の良い居間。レオンハルトと二人仲良く寄り添って過ごす、昼下がり。
今日が休日で良かった。大好きな旦那様とずっと一緒にいられる。
すごく幸せで、心が満たされる時間――。
「ふふ、もう春なんだなと思ったら、嬉しくなっちゃったのです! それに、今日はレオン様が傍にいてくださるので、あみぐるみ作りも絶好調なのです!」
フィロメーナはそう言って、隣にいるレオンハルトに微笑みかけた。
今、編んでいるのはペンギンのあみぐるみ。グレーの体に黄色いくちばし、ぺたんとした平たい手に丸っこい足が可愛らしい子だ。
これまで使っていたものよりも少し太い5/0号のかぎ針で、ひとつひとつ丁寧にパーツを編んでいく。
このあみぐるみは、貴族のご令嬢から依頼されて作っているものだ。そのご令嬢はもうすぐ結婚するらしく、どうしてもあみぐるみが欲しいと言っていた。
なんでも、あみぐるみを連れた花嫁は幸せになれるという話があるそうで。
(あみぐるみが幸せの象徴になるなんて……嬉しいですね!)
フィロメーナは、はりきってかぎ針を握り直した。
この王国ではほんの少し前まで、あみぐるみは化け物だと思われていた。そのせいで、あみぐるみになったレオンハルトはとても苦労をしていたのだけど――それももう、過去の話。
「この子には帽子も作ってあげたいですね。モスグリーンとクリームイエローの毛糸があるので、それで編んでみようと思います。ボンボンもつけるのですよ!」
「気合いが入っているな、メーナ。……でも、あまり無理するな」
レオンハルトが、かぎ針を握るフィロメーナの右手にそっと手を添えてくる。そして、かぎ針がよく当たる中指の第一関節のあたりを心配そうに見つめた。
「ああ、また指が赤くなっているな。少し休憩しないと」
「でも、あとちょっとなので……」
「駄目だ、休憩!」
レオンハルトは少し過保護だ。これくらい何ともないのに。
フィロメーナはかぎ針を取り上げられて、ぷくっと頬を膨らませた。
膨れっ面になったフィロメーナを見て、レオンハルトがふっと笑みを零した。慰めるようにフィロメーナの茶色の髪を撫で、額にキスを落としてくる。
「メーナ、おいで」
優しい声で呼び掛けられて、フィロメーナは膨れるのを止めた。言われるがまま、甘えるようにレオンハルトに抱き着く。
(レオン様、ずるいのです。優しくされたら、かなわないのですよ……)
そんなフィロメーナの心の中を知ってか知らずか。
レオンハルトは軽々とフィロメーナを抱き上げると、ソファへと運んだ。
大きく柔らかなソファの上に、フィロメーナの体が下ろされる。
レオンハルトはフィロメーナの隣に座り、そっと赤くなった指を持ち上げた。そして、赤くなっている箇所に優しく口づけを落とす。
温かくて柔らかな、レオンハルトの唇の感触。
フィロメーナの頬に、一気に熱が集まった。
「レオン様、くすぐったいのです……」
指を引っ込めようとすると、さっと手首を捕まえられた。そのまま手首を押さえられ、ソファに押し倒される。
「メーナ、可愛い。……愛してるよ」
レオンハルトの瞳が、熱っぽく揺らめいた。フィロメーナの頬を、レオンハルトの長い指がなぞっていく。触れられたところが、じんじんと甘く痺れていくような気がした。
レオンハルトの顔が近付いてくる。ふわりと柔らかい春風のような香りが鼻をくすぐってきて、フィロメーナの胸がとくんと小さな音を立てた。
フィロメーナは頬を火照らせ、ゆっくりと目を閉じ――……。
と、その時。
扉の方からガタガタッと派手な音が聞こえてきた。
レオンハルトとフィロメーナは、揃ってびくりと体を揺らしてしまう。
閉じられていたはずの扉。なぜか今は少しだけ開いている。
フィロメーナは眉を顰め、その隙間をじっと見つめた。
すると。
ものすごく申し訳なさそうな表情の二人の青年が顔を出した。
ふわりとした茶色の髪に、碧の瞳を持つ優しげな青年ベルヴィード。
しゅっとした濃い茶髪に、翠の瞳を持つ凛々しげな青年オルドレード。
どちらもフィロメーナの実の兄だ。
「ベル兄様、オル兄様……いつからそこに」
フィロメーナがじとりとした視線を向けると、兄二人がぴしりと固まった。
「ボ、ボクタチ、ナニモミテナイヨ、ふぃー」
「発音が変になってますよ、ベル兄様。絶対見てましたよね?」
「……ミテナイ。きすシヨウトシテタ、ナンテ」
「オル兄様まで発音がおかしくなってますよ。というか、ばっちり見ているではないですか!」
フィロメーナの兄ベルヴィードとオルドレード。二人はフィロメーナが結婚した後も妹離れができておらず、休日のたびにこうして現れる。
兄に会えるのはとても嬉しい。けれど、さすがに甘々なシーンを見られるのは恥ずかしいので困る。
しかもこれ、初めてではない。何回もこうして邪魔をされている。
「いや、今日はレオンハルト様と魔術勝負しようと思って、その機会を窺っていただけなんだよ。その、いつもみたいに二人のいちゃいちゃを覗こうとしていたわけじゃなくてね?」
兄の言い訳に、フィロメーナは呆れの視線を送る。どんな事情があったにせよ、こんな恥ずかしい思いをするのは納得がいかない。
これはしっかり抗議しなくては、と口を開きかけた時。
その唇が塞がれた――レオンハルトの唇によって。
(え、ええー?)
忘れかけていたけれど、今のフィロメーナはレオンハルトに押し倒されている状況だった。
いや、でも、だからといって、これは!
フィロメーナは真っ赤になって抵抗した。兄たちの前で、これは恥ずかしすぎる!
「な、なにしてるんですかレオン様! 今は駄目です、兄様たちが見てますから!」
「大丈夫だ、俺は気にしない。というか、お兄様がたに見られるのはもう慣れた」
「そこは慣れないでください! もう! めっ! なのですよ!」
フィロメーナが「めっ!」といった瞬間、レオンハルトの瞳が見開かれた。
その直後、レオンハルトの頬がぶわっと赤く染まる。
(……え?)
フィロメーナは思わずぽかんとしてしまう。
なんなの、この反応? 照れるポイント、おかしくない?
そこに、妙に納得した表情のベルヴィードが頷きながら、声をかけてくる。
「うんうん、フィーの『めっ!』は最高だよね。その気持ち、分かるよー」
いや、さっぱり分からない。
けれど、レオンハルトはベルヴィードの言葉に強く頷いていた。
そして、なぜか兄たちと固い握手を交わしに行く。
(なんだかよく分からないですけど、レオン様と兄様たちの間に、ものすごく強い絆が生まれているような気がします……)
フィロメーナはちょっと疎外感を感じてしまった。でもすぐに、へにゃりと頬を緩める。
レオンハルトも兄たちも、どちらも大切で大好きだ。だから、彼らが仲良くしている姿を見るのは、素直に嬉しかった。
これからもこうやって、みんなで仲良く過ごしていきたい――。
そんなフィロメーナの気持ちに呼応するように、窓の外で、優しい春の風が吹いた。
その風は、庭にある花のつぼみを微かに撫でて、ほろり、ほろりと花開かせていく。
その様子は、まるで花たちが幸せそうに笑っているかのようで。
とても幻想的で綺麗な光景だった。
ブックマークやお星さまが次々と……!
本当にありがとうございます!
すごく嬉しくて小躍りしてます♪
次回は、王子様がフィロメーナになにやら大事な話があるようで――?
という感じのお話です♪




