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45:この人が私の婚約者様(2)

 レオンハルトは、家族と仲が良いわけではない。もちろん呪いが解けてからは、表面的には仲良くしているように見せかけているみたいだけど。


 あみぐるみだった時の家族の態度を、レオンハルトはどうしても忘れることができないようだ。


「本来なら結婚後は、公爵家の本邸で、俺の家族と一緒に暮らさないといけないんだと思う。でも、俺はやっぱり、あの家族を許せそうにないし、メーナにも嫌な思いをさせるかもしれないし……」


 深刻そうな面持ちで、レオンハルトは目を伏せた。

 結婚後も公爵家の本邸で暮らしていくなんて、考えるだけでも嫌なのだろう。


 フィロメーナはそっとレオンハルトの手を取ると、優しく問い掛けた。


「レオン様は、どうしたいのですか? どうするのが一番良いと思いますか?」

「俺は……」


 レオンハルトがフィロメーナの手を、ぎゅっと握り返してくる。


「俺は、家族と離れたい。距離を置きたい。……家族仲が良いメーナには、冷たい奴だと思われるかもしれないが」

「……冷たいなんて思わないのですよ。私は、レオン様が幸せなら、それが一番良いと思うのです」


 フィロメーナは知っている。

 前世を覚えているからこそ、不幸な家族の形があることを知っている。


 そして、そんな家族と無理に一緒にいなくても良いのだと、そう思っている。


「大丈夫なのですよ、レオン様。私がレオン様の家族になります。私がレオン様を幸せにしてみせます。あみぐるみさんもいっぱい作るので、寂しくなんかないですよ!」


 にっこりと笑ってそう言うと、レオンハルトは一瞬驚いた顔をして、すぐに破顔した。


「……メーナがいてくれたら、それだけで、幸せだよ」


 レオンハルトの瞳が熱っぽくきらめき、フィロメーナを捕らえる。そして、抱き寄せられたと思ったら、唇を重ねられた。


 熱い。甘い。(とろ)ける。溺れる。


 呪いを解くための儀式でしたキスとは、やっぱり全然違う。同じ行為のはずなのに、頭がおかしくなりそうなくらい心地良い。


「メーナ、可愛い」


 レオンハルトは(かす)れた声で囁くと、フィロメーナの瞳を見つめてきた。蕩けるような甘い瞳に魅せられて、フィロメーナの鼓動が速くなる。

 レオンハルトの長い指が、フィロメーナの指に絡められた。熱いくらいの体温がじんわりと伝わってくる。


「ごめん、メーナ……もう少しだけ」


 ふわりとレオンハルトの香りに包まれて、フィロメーナの体から力が抜けていく。潤んだ瞳で見上げると、レオンハルトが嬉しそうに微笑んだ。


 そして、また、顔を近付け――……。


「うわあ!」


 と叫んだ。

 フィロメーナも釣られて「きゃああ?」と叫ぶ。


 急に叫ぶなんて、一体何があったの?

 そう思ってふと足元を見ると、やたら近い距離に黄色とオレンジ色のものが見えた。


「……なんだ、ライオンのあみぐるみさんなのです」

「いや、メーナ。さっきまでなかっただろう、それ」

「そうですけど」


 ひょいっとライオンのあみぐるみを抱き上げると、レオンハルトが青ざめた顔でこちらを見ていた。

 フィロメーナは微笑みながら、ライオンのあみぐるみの頭を撫でる。


「最近、この子動くのですよ」

「……は?」

「きっと、心を込めて作ったので、それに応えてくれたのです。可愛いですよね!」


 このライオンのあみぐるみ、フィロメーナとレオンハルトの気持ちが通じ合ったあの夜から、少しずつ動くようになった。

 最近は体を動かすのに慣れたのか、かなり自由に走り回っている。


 さすがにレオンハルトのように話したりはできないみたいだけど。

 それでも充分可愛い。動くあみぐるみ、最高!


「魔術のある国に生まれて良かったです! ファンタジーなのですー!」

「なんか、複雑だな……」

「なんでですか! かつてのレオン様みたいで、癒されるのです!」

「いやいや、かつての俺みたいだからこそ、余計に……」


 レオンハルトは片手で目を覆って、天を仰ぐ。ライオンのあみぐるみはというと、フィロメーナに抱っこされて嬉しいのか、ご機嫌に体を揺らしていた。


「レオン様。この子はレオン様にそっくりで、私が生み出した子です。つまり、その、レオン様がパパで、私がママ、みたいな?」

「いや、それは……」


 レオンハルトは大きくため息をつくと、力が抜けたかのように傍にあったソファに腰を下ろす。なんだかすごく疲れているように見えるのは、気のせいだろうか。

 フィロメーナはレオンハルトの隣に座ると、ライオンのあみぐるみをそっと床に下ろした。


 すると、ライオンのあみぐるみがすぐさまレオンハルトに近付いていく。そしてレオンハルトの足にぎゅっと抱き着いた。まるで、「大好き」とでも言うように。


 そんなあみぐるみに、レオンハルトがふっと笑みを零した。


 応接室に、しばしの静寂が訪れる。窓から入る夏の日差しが、少し眩しい。薄いカーテンが風に揺れて、しゃらりと涼やかな音を鳴らした。


「……そういえば、ずっと気になっていたんだが」


 レオンハルトがどことなく憂いをおびた視線を寄越す。


「メーナは前世を覚えているんだよな? ……その、前世では、恋人とか伴侶とかいたのか? 好きだった人とか、子ども、とか……」


 だんだん小さくなっていくレオンハルトの声。フィロメーナは慌ててぶんぶんと首を振った。


「い、いるわけないのです! 前世では、本当にそういうのとは無縁で! だから、こういうのは、レオン様が初めてで!」


 真っ赤になって弁明すると、レオンハルトが安堵の息を漏らした。


「……なら、俺は前世も含めて、メーナのことを愛しても良いか?」

「へ?」

「俺を救ってくれたのは、今のメーナだけじゃないと思う。前世のメーナも、きっと俺にとって必要な人だったんだ」


 レオンハルトの瞳が、優しい光にきらめく。


「君の全てを愛してる」


 思いもよらないレオンハルトの告白に、視界が滲んだ。


 ずっと、ずっと、捨ててしまいたいと思っていた芽衣菜(めいな)のこと。レオンハルトに「メーナ」と呼ばれるようになって、それだけで充分救われたと思っていたのに。


 今、本当の意味で、芽衣菜は救われた。

 芽衣菜がいたから、フィロメーナは幸せになれる。


 苦しくて辛くて泣いていた芽衣菜に伝えてあげたい。

 大丈夫、あなたの人生は無駄なんかじゃないよって。

 遠い未来に、あなたを愛してくれる人がいるんだよって。


「ありがとうございます、レオン様」


 涙声でそう言ったフィロメーナを、レオンハルトはただ優しく抱き締めてくれた。




 どこまでも澄んだ青空が広がる、秋のある晴れた日。

 伯爵家の末娘は、公爵令息の元へと嫁いでいった。


 白いウェディングドレスに身を包み、ブーケの代わりにライオンのあみぐるみを抱き締めて。


 あみぐるみを連れた花嫁は幸せになれる。

 そんな話が王国中に広まるのは、それからすぐ後のこと――……。




本編はここまでです!

読んでくださって、ありがとうございました♪

ブックマークやお星さまの応援、本当に本当に嬉しかったです!


次回は、このお話を書くにあたって参考にさせていただいた本の紹介と、おまけ話を更新します♪

おまけ話は、ライオンのあみぐるみが主人公。二人が結婚してから数か月後のお話です。


引き続き、お楽しみください♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもとても可愛らしい二人のお話でした!レオン様、優しさと誠実さでメーナちゃんを包んでくれて最高です。けれど王子様との婚約前にお部屋に直接現れたところはめちゃくちゃカッコ良かったです!二人…
[一言] 本編完結、おめでとうございます! そしてお疲れ様でした! 番外編をめっさ楽しみにしています♪ 結婚生活を覗きたい…← まだまだ、ほのぼの甘甘を!!
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