22:気付いては駄目(1)
四番目のあみぐるみは、しっぽを強く掴んだら駄目なあの子!
さて、何の動物さんでしょう?
レオンハルトに「メーナ」と呼ばれるようになってから、どうにも落ち着かない。
名前を呼ばれるのが嫌なわけではない。その逆、名前を呼んでもらえるのが嬉しくてたまらないのだ。「メーナ」と呼ばれるたびに頬が緩んでしまって、本当に困る。
「メーナ、四番目のあみぐるみに必要な材料は、これで全部か?」
「はい! 茶色とベージュのモヘア糸、綿にボタン、それから焦げ茶色の刺しゅう糸……完璧なのです!」
解呪の魔導書を確認しながら、フィロメーナは笑顔で大きく頷いた。
あみぐるみ作りも、いよいよ四体目。呪いを解くのも順調だ。今回もレオンハルトが傍にいてくれるので、やる気も気合いも充分だ。
「ところで、気になっていたんだが。二番目のねこの時からずっと、毛糸玉を二つ同時に使っているよな? なんで毛糸玉一つではなく、二つなんだ? 一番最初の犬を作った時には一つだったのに」
「ふふ、よく覚えていますね! なぜかというと、単純に毛糸の太さが違うからなのです。犬さんの時は並太毛糸。ねこさんからはモヘア糸。……ほら、糸の太さが全然違うでしょう?」
モヘア糸は、並太毛糸よりも細い。細い毛糸一本のままでは、手元にある4/0号のかぎ針だと糸が細すぎて編みにくいのだ。
そういう時は、二本どりにして編めば良い。二本のモヘア糸を一緒に編むようにすれば、太さは二倍になり、普通に編みやすくなる。
ちなみに二本どりで編む時は、ちゃんと二つの毛糸玉を使った方が良い。ひとつの毛糸玉の端と端を合わせて二本どりをしてしまうと、絡まって大変になる。
「もし、モヘア糸一本で編んだらどうなるんだ?」
「普通にサイズが小さいあみぐるみさんになるだけですね。太い糸で編むと大きく、細い糸で編むと小さくなるのです。同じ編み図でも編んでも、毛糸の太さによって出来あがりの大きさが変わるのですよ。まあ、解呪の魔導書に『モヘア糸二本どり』って書いてあるので、今回も二本で編みますけど。……いつか、違う太さの糸でも編んでみたいですね」
レオンハルトはこくこくと頷いた後、ふと、自分の体を確認し始めた。
「俺は一本どりなのか、二本どりなのか……」
「えっと……たぶん、並太毛糸で一本どりですね。糸の太さというより、編み図の大きさが大きいタイプだと思います」
「そうなのか……」
フィロメーナはくすくすと笑いながら、モヘア糸を二本、指にかける。そして、4/0号のかぎ針を操り、すいすいと編み始めた。
前世の時は、2/0号や3/0号といった細いかぎ針で、小さなあみぐるみばかり作っていた。今は専らこの4/0号のかぎ針で、今までより少し大きめのあみぐるみばかり作っている。
おかげで、こういう大きさのあみぐるみを作るのも好きになってきた。編むのが本当に楽しい。
「なんか楽しそうだな、メーナ」
「ふふ、楽しいですからね。……レ、レオン様のおかげ、なのです」
レオンハルトがフィロメーナのことを愛称呼びすることになった時、フィロメーナもレオンハルトのことを愛称呼びさせてもらえるようになった。
少しだけくすぐったい――「レオン様」という呼び方。
レオンハルトの方も「レオン様」と呼ばれるのが嬉しくてたまらないらしい。短い手を顔に当てて、こてりと倒れ込むと、足をじたばたさせて照れている。
まだまだ寒い二月。ふかふかの絨毯の上に転がる二つの毛糸玉と、レオンハルト。
呪いを解くのは、順調すぎるほど順調だった。
「できました! 四番目のあみぐるみさんです!」
編み始めてから一週間。茶色とベージュ色のしま模様が可愛いあみぐるみが完成した。
お尻がぷくっとしていて、ほわっと大きなしっぽがついている。
「……分からない。何だ、こいつは」
「えっ! このしっぽを見ても分からないのですか!」
「……ねずみ?」
長い顔に、小さな丸っこい耳。頭の部分だけなら、確かにねずみに近い。
でも、違う。ねずみはしま模様ではない。
そこに、午後のティータイムの準備をするため、使用人のトビアスとソフィアが居間に入ってきた。そして、完成したばかりの四番目のあみぐるみを見つめ、声を揃えた。
「ねずみっすか?」
「ねずみね!」
だから、違う。フィロメーナはぷくっと膨れっ面になった。
「どんぐりとかの木の実が好きな、あの動物さんですよ! しっぽが大きくて、とっても可愛い子です!」
「うーん……?」
レオンハルトはもちろん、使用人の二人まで困り顔をしてこちらを見てくる。
なんだ、もしかして、何か失敗でもしてしまったのか。自分では上手く作れたと思っていただけに、少し自信がなくなってくる。
「……この子は、りすさんなのです。しま模様とほわほわしっぽが特徴なのです……」
りすのあみぐるみを手のひらに乗せて、三人の前に差し出す。
すると、三人は揃ってきょとんとした反応を見せた。
「この国にはいない動物だな」
「そうっすね。ああ、海の向こうの大陸にはいるって聞いたことがあるっす」
「へえ、これがりすっていう動物なのねー」
どうやら、りすという動物自体、知らなかったようだ。それなら分からなくて当然か。フィロメーナの技術が拙いというわけではなかったらしい。
良かった。安心した。
さて、あみぐるみが完成したのだから、次は儀式をしないと。
レオンハルトを先頭に、フィロメーナ、使用人二人の順番で廊下を進む。この道を進むのも、もう四回目だ。いいかげん慣れてもよさそうだけど、フィロメーナはまだ迷う自信があった。だから、レオンハルトにぴったりくっついて慎重に歩いた。
部屋の中の魔法陣の上には、犬、ねこ、うさぎが配置されている。
空いている場所にできたばかりのりすを置くと、魔法陣はかなり賑やかな感じになった。
「さあ、メーナ。儀式を」
「はい!」
魔法陣の中に立ち、レオンハルトを抱き上げる。けれど、そこでフィロメーナはぴたりと止まってしまった。
(……あれ、なんだか心臓が煩い、です)
これまでの儀式で感じたことがないくらいの激しい動悸が襲ってきた。そういえば、顔も熱い気がする。いや、顔だけではなく、全身が熱い。
「……メーナ?」
「あ、えっと、レオン様……あの」
恥ずかしい。今まで何回もキスしたことがあるというのに、なぜか今、とても恥ずかしくてたまらなくなった。
目の前にいるレオンハルトの顔をまともに見られない。
(ど、どうして? 私、どうしてしまったのでしょう?)
こんなこと、初めてだ。あみぐるみを前に、こんな気持ちになるなんて。
手が震え、目が泳いでしまう。
「……行くぞ」
動揺しているフィロメーナの唇に、レオンハルトがもふっとした口元を寄せてきた。レオンハルトの方からキスをしてくるのは、これが初めてだ。
フィロメーナは驚いて目を見開く。
心臓が痛いくらいに跳ねた。レオンハルトからのキスに、馬鹿みたいに体が熱く反応してしまう。
駄目、力が抜ける――……。
ぱふん、といういつもの音が、すぐ傍で聞こえた気がした。




