表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/51

1:婚約者様はあみぐるみ(1)

「嫌です! ……私は、結婚なんてしたくないのです!」


 どこまでも澄んだ青空が広がる、秋のある晴れた日。

 伯爵家の末娘であるフィロメーナは、涙声で訴えていた。


 肩甲骨あたりまで伸びた茶色の髪の毛が、しゃくりあげるたびにふわふわと揺れる。若葉のような翠の瞳からはぽろぽろと涙の雫が零れ落ちていた。


「フィー、これは公爵様から直々に頼まれたことなんだ。僕たち伯爵家の人間が、異を唱えることなんてできないんだよ……」


 フィロメーナとよく似た髪色の青年がへにゃりと眉を下げ、碧の瞳を潤ませた。

 この青年はフィロメーナの一番上の兄であるベルヴィード。優しそうな顔立ちが、今は悲しげに歪んでいる。


「……フィー、泣くな」


 フィロメーナの涙を優しくハンカチで(ぬぐ)ってくれたのは、二番目の兄であるオルドレード。

 濃い茶色のまっすぐな髪に、フィロメーナとよく似た翠の瞳を持つ青年だ。この青年もまた、一番上の兄と同じように悲しそうな顔をしていた。


 爽やかな秋の風が吹き込む伯爵家の居間。ひらひらとした白いカーテンが、笑っているかのように華麗に舞う。


「ベル兄様、オル兄様。どうしてこんなことになってしまったのでしょう……」

「僕にも分からないよ、フィー! ああ、こんなに可愛いフィーを嫁に出すなんて、気が狂ってしまいそうだよ!」

「……なんて可哀相なフィー!」


 ベルヴィード、オルドレード、フィロメーナ。伯爵家の仲良し三兄妹は、明るい外の空気とは正反対の暗い表情をして、ひたすらに嘆き続けた。




 ――さて、どうしてこんなことになったのか、というと。


 十八歳になったばかりのフィロメーナに、公爵家からの縁談が舞い込んだところから全てが始まった。


 フィロメーナたちが住むこの王国には、三つの公爵家がある。公爵家といえば、伯爵家よりも高貴な存在。はっきり言って、伯爵家の中でも末端といって良いくらいの地味なこの家に、そんな高貴な公爵家からの縁談が来るなんて思いもしなかった。


 しかも、優秀な魔術師を多く輩出している「魔」の公爵家から。

 二十三歳になる嫡男に嫁いでほしいという話だった。


「公爵令息レオンハルト。優秀な魔術師であることはもちろん、整った容姿、穏やかな性格……女性からの人気も高かった人なんだけど」


 ベルヴィードはそう言って、遠い目をする。


 そう、普通ならこんな条件の良い男性との縁談なんて、地味なフィロメーナの元に来るわけがない。

 それがなぜ、来てしまったのか。


「呪われて、化け物のような姿になってしまったから……」


 噂によると、その公爵令息は数年前、見知らぬ人に呪いをかけられたのだという。魔術が得意なはずの「魔」の公爵家でも、なぜかその呪いを解くことができず、彼は今も恐ろしい化け物の姿なのだとか。


「私、化け物のお嫁さんは嫌です……。どうして、なんで、私なのですか……」

「それはフィーが一風変わっているせいだよね。違う世界の知識を持つ令嬢なんて、フィー以外に聞いたことないし」


 フィロメーナの嘆きに、ベルヴィードが冷静に突っ込んでくる。


「ベル兄様! 私、変じゃないのです! ちょっと前世を覚えているだけなのですよ!」

「うんうん、分かってるよフィー。……怒った顔も可愛いね」


 兄に頭を撫でられながら、フィロメーナはぷくっと頬を膨らませた。


 前世のフィロメーナは、日本で一人暮らしをしている二十代の女性だった。朝九時に出社して、夜十一時になる頃にようやく家に帰る。いや、どう考えても労働環境がおかしいだろうと思っていたら、人生終了していた。


 まあ、すごく貧乏だったし、家族との仲もそんなに良くなかったし、辛くて苦しい思い出ばかりの人生だったので、生まれ変わってほっとしたのだけど。


(でも、前世の記憶が役に立ったことってないんですよね。できれば、前世の記憶なんて、どこかに捨ててしまいたいです)


 何の意味もなかった前世の人生。本当に、早く忘れてしまいたい。


「ああ、僕の可憐なお姫様フィーを、なんとか助けてあげたい……!」

「……公爵令息を、穏便に消すか?」


 ベルヴィードの悲痛な叫びに、オルドレードが答えた。その顔は真剣そのもの。

 フィロメーナは慌ててオルドレードにすがりつく。


「だ、駄目ですよ、オル兄様! 物騒なことを言うのは止めてください!」

「……でも」


 オルドレードが()ねたように口を尖らせる。だけど、どんなに不服でも、それはやってはいけない。「魔」の公爵家に逆らったら、きっとこの地味な伯爵家は潰されてしまうから。


 またも暗い顔で沈み込むしかなくなった三兄妹。

 と、そこに、父である伯爵がやって来た。


「ベルヴィード、オルドレード、それにフィロメーナ。そんなに落ち込まなくても良いだろう? 婚約解消できる手段がひとつ、あるのだから」

「……えっ?」


 三兄妹が期待に満ちた瞳を、一斉に父へ向けた。父は三兄妹の勢いに少し後ずさりながらも、教えてくれる。


「公爵様は、レオンハルト様の呪いが解けたなら、この婚約は解消して良いと(おっしゃ)った。結婚式は半年後の予定……つまり、半年以内に呪いが解ければ問題ないということだよ」


 三兄妹は、途端に微妙な表情になった。


 一応、地味とはいえ貴族である三兄妹には魔力がある。でも、呪いの解き方に関する知識はない。

 というか、「魔」の公爵家でも無理だったものを解けるはずがない。


「……やっぱり、消すか?」

「そうだね、オル。フィーのために、公爵令息には消えてもらおう」


 兄二人がやたら爽やかな笑顔を浮かべた。


「だから、駄目ですってば! ……分かりました! こうなったら、なんとかして半年以内に呪いを解く方法を見つけるのです! 呪いを解いて、絶対に婚約解消してみせるのですよ!」


 フィロメーナは兄たちを(なだ)めつつ、勇気を出して宣言する。大好きな兄たちが手を汚すなんて、考えたくもない。伯爵家を危険にさらすのも御免(ごめん)だ。


「フィー、なんて健気で愛らしいんだ……」

「……嫁になんて、やりたくない……」


 ベルヴィードとオルドレードが、揃ってフィロメーナを抱き締めてくる。

 フィロメーナも甘えるように、ぎゅっと兄たちにしがみついた。


 父は、そんな仲良し三兄妹を(あき)れたように眺め、ため息をつく。


「本当にうちの子たちは仲が良いな。フィーが嫁に行く時が来たら、どうなることやら……」




 その数日後。

 公爵家から知らせが届いた。


 フィロメーナの婚約者となった公爵令息と、顔合わせをするように、と――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界の呪い、いいですね♪ 仲良しな兄妹も公爵家との身分差も……大好きな要素しかありません(*´∇`*)わくわく♪ [一言] 新連載を楽しみにしていました(*´∇`*) 毎日の楽しみになり…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ