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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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42 旅立ちのエルフⅦ《外伝》

 船の揺れが弱まり、(いかり)を下ろす音が聞えた。


 人買い船である。


「……到着したようだな」


 牢屋に寝転んでいたサスが身体を起こした。


 首を巡らすと、シィルがきょろきょろと何かを探している姿が眼に入った。


「何を探しているんだ?」


 羽虫(はむし)でもいるのかと訊いてみたところ。


「私の古い友人ですわ」


 シィルは奇妙な動作を続けたまま、当たり前の口調で返してくる。


 ……こいつ、とうとうイカレちまったか?


 サスが、これ以上ないくらいの憐憫(れんびん)を込めた目でシィルを見ていると、


「なぜ、そのような(あわ)れんだ目で私を見るのです?」


 目ざとく見咎(みとが)められ、サスは「いや」と口ごもる。


 仕方なく何も言わずに様子を見ていると、シィルはとうとう、「まぁ、そんなところにおりましたの」と、何かを見つけたらしい微笑みを浮かべはじめた。


 当然、サスには何も見えない。


 シィルは宙に両手を差し出すと、『何か』を大切そうに受ける仕草まで見せはじめた。


 ──薬が切れたのか?


 色々なことをサスが諦めかけた時だった。


 空間から染み出すように光が生まれた。


 暗闇に慣れたサスの眼にも優しい、ちいさな白緑(びゃくりょく)の光。


 その光とともに現れ出たのは、透明な小人の少女だった。


「妖精……か?」


 驚いてサスが訊くと、「いいえ」とシィルが頭を振った。


風精(イーヘ・セーレン)ですわ。そしてこの子の名はカジャ」


 言いながら、シィルはカジャと呼んだ風精をサスに向けてくる。


「カジャ。こんにちは、は?」

「……」


 シィルから(うなが)されるも、カジャはおずおずと顔を伏せてしまう。


「カジャは照れ屋なのですわ」


 カジャは恐々(こわごわ)とした上目遣いでサスを見るも、視線が合った瞬間、またすぐ顔を落としてしまう。


 そんなカジャの様子をシィルは愛おしそうに見つめながら、


「ではカジャ、お願いしますね」


 風精カジャはちいさくうなずくと、特に何をするでもなく、消えてしまった。


 それきり何も起こらず光も消えて見えなくなる。


「何だったんだ?」


 さっぱり意味がわからずサスが訊くと、


「いま、カジャはあなたのすぐ近くを飛んでおります」

「なに?」

「人間族のサスには風を見ることができないように、風精をも見ることはできません。ですがエルフ族の私たちにはそれらを捉える能力が備わっているのです」

「……すまんが、さっぱりわからん」


 サスが正直に言うと、ふっ、とシィルが憐れんだ目を向けてくる。どうやら先ほどのお返しということらしい。


 ──この俺が馬鹿エルフに憐れみ返されるとは。


 サスが愕然(がくぜん)としていると、シィルがやたら(えら)ぶった態度で話しはじめた。


「いいですか、憐れで下品な人間族のサス。よくお聞きなさい」

「……憐れはまだ許すが、どう考えても下品は余計だろう」


 ぼそりと言うも、完全に無視された。


「風精は、私たちエルフ族が『見る』ことによって姿を現すことができるのです」


 言ったあと、どうだ、と言わんばかりにシィルが胸を張る。


「──で?」


 サスが訊くと、


「で、とは?」


 え? なに? といった表情でシィルが訊き返してくる。


「もしかして、それで説明は終わりなのか?」

「これ以上何が必要ですの?」

「……なるほどな」


 うなずく。


 サスは自分に理解する力がないのではなく、この馬鹿エルフの説明が意味不明なのだと理解した。


「まぁいい。で、その風精とやらが俺に何をしてくれるんだ?」

「風精ではなく、カジャですわ」

「どっちでも同じだろう?」

「ぜんっぜんちがいますわ!」


 シィルはまるで物分かりの悪い子供を見るような目つきで、


「風精とは種族の名のことです。彼女を『風精』と呼ぶのは、私があなたのことを、『おい、そこのクソッタレの人豚野郎』と呼ぶのとまったく同じですわ。失礼きわまりないことですわ」


 受け取り方次第では撲殺(ぼくさつ)されてもおかしくないことを平然と言ってくる。


「……なんでお前はいちいち余計な言葉をつけたがるんだ」


 はぁ、とサスは溜息をつき、


「で、そのカジャさんが何をしてくれるって?」

「カジャは私の居場所をサスに教えてくれますわ」

「居場所?」


 訊いてからその言葉の意味を悟り、サスは二度目となる溜息をついた。


「お前、もしかして俺に助けに来いと言ってるのか?」

「いいえ」


 シィルはきっぱりと首を横に振った。


「助けに来てもよい、という許可を与えてさしあげましたの。塔に幽閉(ゆうへい)されたエルフの姫君を助け出すのは、人間族の騎士と相場が決まっております。もっともサスは騎士ではない様子ですが、いまは選り好みができる状況でもありませんし」

「悪いが、俺もお前と同じ身の上だ。しかも、お前は生かされる可能性が高いが、俺はまず間違いなく殺されるだろう」

「知りませんわ、そんなこと」

「人の話を聞けよ」

「聞こえませんわ」

「……その長ぇ耳は飾りか何かか?」


 やれやれ、とサスが三度目に溜息をついた時、複数の足音が聞こえた。


 間を置かず姿を現したのは、三人の男たちだった。前回と同じふたりに、下っ端らしい顔がもうひとり。


 男たちはサスのほうではなく、シィルの牢屋の前で立ち止まった。


「まずはお前からだ」


 シィルに向かって声を上げたのは、前回同様、ランタンを掲げ持った男である。


「誰がお前たちの言うことなど──」

「うるせぇ! 早くしやがれ!」


 男の怒声(どせい)がシィルの言葉を遮った。


「こちとら急ぎでな。いちいち手間をかけさせるんじゃねぇ」


 気勢をくじかれながらも、シィルは男たちを睨みつけている。動こうとしないシィルに、男は「おい」と、残りのふたりに合図を送った。


 男たちは牢屋の中へ入ると、それぞれがシィルの両腕を掴み、外へと連れ出す。


「女ひとりに男三人がかりたぁ、蛇も落ちたもんだな」


 サスが横から馬鹿にした言葉をかけると、ランタンを持つ男がゆっくりとサスを振り返った。


 その眼が怒りで血走っている。


「この女の後はてめえだ! 覚悟しておくんだな!」


 さらに怒鳴ると、やにわに男は腕を振り上げた。


 次の瞬間、パァンッ! と、弾かれた音が室内に響き渡り、(ほほ)()たれたシィルの白金(プラチナ・ブロンド)の髪が宙に舞った。


 横に傾きかけた小柄な身体を、両脇の男たちが無理やり支える。


 髪の下から、シィルは男をにらみ上げた。


「無礼者め!」


 鋭い声音で言い放つも、身体を封じられたシィルにはどうすることもできない。


 男はせせら(わら)い、


「この前の礼だぜ、エルフの姉ちゃん。もっといじめてやりてぇところだが、商品を傷物にするわけにゃあいかねぇからな。これぐらいにしておいてやる」


 言い、ふたりの男たちとシィルを連れて室を出ていく。


 残されたサスはただ、事の成り行きを見守ることしかできなかった。


「あいつ……」


 サスはシィルの消えていった室の入口を見つめながら思う。


 ……一度もこっちを見なかった。


 頬を打たれた時も、船室から出ていく間も、シィルは一度たりともサスを振り向かなかった。


 常識はないくせに、肝っ玉だけはあるらしい。


 女なら……いや、女でなくても気の弱い男なら、助けを求める顔や、不安そうな顔を見せたりするものだが、シィルにはそれがまったくなかった。そうすることが当然の義務であるかのように、彼女は顎を上げ、背筋をまっすぐ伸ばして歩いていった。


 ……そのくせ、震えてやがった。


 室を出る間際、かすかに震えるシィルの肩をサスは見逃してはいなかった。


 怯えていたのか? あの能天気なエルフが?


 信じられない気がしたサスだが、よくよくシィルの話を思い返してみれば、彼女は人間の地に来たのははじめてなのだ。


 信頼できる者が(そば)にいるわけでもなく、見知らぬ土地にたったひとり。人助けの礼にと眠り薬を飲まされた挙句、(さら)われて人買い船の牢屋に閉じ込められた。


 もしこれが並の女だったとしたら、あれほど気丈に振る舞えるものだろうか。そのうえ、シィルはお節介にもサスを(はげ)まそうとさえしてきたのだ。


 ひとりきりになった室のなか、サスはまばたきもせず目を開き続けた。


 その瞳には、今なお頬を打たれ、倒れそうになるシィルの姿が映り込んでいる。


「……野郎どもが、(シィル)の顔を打ちやがって」


 蛇は、つくづく気に入らないことをしてくれる。


 サスは獣のうなりにも似た声を発した。

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