15 ダビド=サルーニⅡ
夜、ダビドの山小屋にて。
寝台の上でウィノナがぐったりと寝転がっている。連日の畑仕事でかなり疲れているらしい。
「そんなにキツいなら手加減してもらったらどうだ?」
箱型の長椅子にすわり、ティアは衣服を繕っていた。この山小屋に寝泊まりする以上、なんらかの作業が課されるのはティアも例外ではない。
「あの男は何も言わない。俺が勝手にはりきっているだけだ」
枕に顔を押し付けたまま、ウィノナが返事をしてくる。
「なぜ?」
縫いながらティアが訊くと、「これも経験だな」とウィノナは答えた。
「せっかくやるなら全力でやらないと、時間の無駄だろう?」
「そうだな……」
ティアは目を落としたままちいさく笑う。
そこへ、夕食の片付けを終えたカホカが二階に上がってきた。
「あー、めんどくさ」
ボヤきながら別の寝台に座る。口ではなんのかのと言いながら、やりだしたら手抜きをしないのはカホカも同じである。この数日で山小屋のなかはずいぶんと片付けられていた。
「疲れているところ悪いが」と、ティアはカホカに言った。「ウィノナがへたってる。マッサージをしてやってくれ」
「いや、いい」
ウィノナはすぐに断る。
「カホカは上手いけど痛い」
「なんだとお、やっておいてもらって文句かよ」
カホカは仏頂面を作り、言った。
「んじゃ、ティアにやってもらえば?」
「私がするのか?」
カホカはティアから裁縫途中の針と衣服とを受け取る。
「ご指名ってことで」
わかった、とティアはうなずき、うつぶせになっているウィノナの背に馬乗りになった。
「ティアもできるのか?」
顔を横にしてウィノナが見上げてくる。やるとなればやる。ティアはにっこりと微笑んだ。
「まかせろ。私はカホカより優しい」
言って、ウィノナの顎下に両手を回し、つかんだ。そのままウィノナの身体をのけ反らせる。うぐぇ、とウィノナの口から変な声が出た。ティアは笑っている。手を放すと、ウィノナの顔が力なく寝台の上に落ちた。
「……ふざけんな、どこが優しいんだ」
恨みがましい声が聞こえてくる。まぁまぁ、とティアは笑顔のまま、ウィノナの首から腰にかけてを両の親指で揉み込んでいく。その度にウィノナが悲鳴をあげてティアを振り落とそうとするも、ティアは両足でウィノナの胴をはさみこんだ。まぁまぁ、とティアは楽しそうに舌なめずりする。
「思い知ったか、セリーズのお坊ちゃんめ」
カホカはカホカでほくそ笑んでいる。
「懐かしいな」
ティアはウィノナにマッサージをほどこしてやりながら、言った。
「修行時代を思い出す」
こうしてカホカと疲れた身体を休めたものである。
「シダは元気にしてるかなー?」
手早く繕いながらカホカが言った。この時代、女子は裁縫ができて当然だし、ティアもタオとして聖騎士を志してからは、裁縫を学んでいた。騎士が自分の服を自分で直すのは当たり前だった。
「にしても、ダビドってのはかなりデカいね」
カホカが裁縫途中の服を広げた。上衣である。弟子の男の服のサイズではないから、ダビドのものだろう。ティアとカホカのふたりがすっぽり入れそうだ。
「ダビドは相当の手練れなんだろうな」
ティアが訊くも、ウィノナはすでに抵抗もなく、返事もなかった。どうやら寝たらしい。
「よほど疲れていたんだな」
ティアはマッサージを続けながらつぶやく。
「アタシたちの知ってる貴族とはちがうよね」
「そうだな」
ティアは素直に認める。どこの世界の御曹司が本気で農作業をするのか。しかも、自分の領地でもなんでもない土地で。
「アルテンシアが、ウィノナほどの男が慕っている人間なら間違いないだろうな」
言って、ティアは寝台から降りた。
「いーの? アルテンシアを待たして」
「カホカがアルテンシアならどうする?」
「ん?」とカホカはティアを見る。
「いや、なんでもない」
水浴びしてくる、とティアは部屋を出た。
◇
山小屋のある高地の、森と草地を境するように小川が流れている。
ティアは服を脱いだ。川は浅い。水の中に進んで腰をおろしても、背が半分ほどしか浸らなかった。冷たい雪解けの水を頭からかぶり、満点の星空を見上げる。
せせらぎに耳を傾けていると、濡れた身体に風があたり、ひんやりと心地よかった。
視線を落として草地のほうを見る。傾斜をのぼってやや離れた位置に、山小屋から明かりが漏れている。
そして逆の森側を見た。
茂みの草花がかすかに揺れている。風ではない、とティアが思った時──
「生娘の匂いがするな」
ぬっと、その茂みから人影が現れた。
水のしたたり落ちる髪の、その下から瞳をのぜかせ、ティアは声の主を見やる。
「ダビド=サルーニか」
「そうだ」と男は満面の笑みを浮かべる。
「俺もまだまだ捨てたもんじゃないな。こんな若い娘に名前を知られているとは」
ティアはじっとダビドを見つめる。
──猛獣のような男だな。
というのがティアのダビドに対する第一印象だった。
野放図に伸ばした黒茶の髪と、同じ色の瞳。肌は灼けて、太い両腕には無数の傷痕がつけられていた。目の光は強く、笑みに屈託はない。狩りで仕留めたのだろう、背中には自分よりも一回り大きな熊を背負っていた。
「世捨て人と聞いていたが、ずいぶん想像とちがうな」
ティアが言うと、ダビドは一瞬きょとんとした顔を作り、それから声をあげて大笑いした。豪放磊落といった言葉がいかにも似合いそうな男である。
「俺が世捨て人か。たしかに言われてみればそうかもしれん。だが、俺は好き好んでここにいるからな」
「それを世捨て人という」
ティアが裸のまま身体を向けると、ダビドが嬉しそうに口笛を吹いた。
「肝の据わった女だな。こういう女ほど激しくよがるもんだ」
「悪いがお前にくれてやるつもりはない」
「ちがうのか?」
「私はお前の客だ」
「そうか、客か。俺に何の用だ?」
「ダビド=サルーニを仲間にするためにきた」
「仲間ぁ〜?」
「私はティアーナ=フィール。この国を奪うため、お前の力が必要になった」
ティアが真正面に告げると、ダビドは「ほーお」と目を細める。
ダビドは背負った熊を岸辺に放ると、ためらいなく川に入った。ザブザブと音を立ててこちらに近づいてくる。
ティアの前まで来ると、全身をなめるように見回す。それから腕を伸ばしてティアの顎を指でつかみ、上向かせる。
「美人だな。俺を楽しませてくれたら考えてやってもいい」
「お前を楽しませればいいんだな」
ティアはダビドの腕を両手でつかみ、関節を取った。全身を返す。ダビドが宙に舞って地に伏す……はずだった。
──なに?
水しぶきを上げ、倒されていたのはティアのほうだった。
「懐かしい技だなぁ、おい」
ダビドが上から覗き込み、にっかりと笑う。それから片手でティアを持ち上げた。裸のまま、ティアは宙吊りになる。
「ちと場所は悪いが──」
全身から野生の気を発散させ、ダビドはティアの腰に腕を回してつかむ。
「俺にまかせておけ。そのうちどうでもよくなる」




