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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
199/239

53 オボロへⅤ

 北の玄関口、オボロ港。


 まぶしい碧海(へきかい)に張り出した入江(いりえ)の先に、灯台(とうだい)()ねた要塞(ようさい)が見えた。


 入江ぜんたいが長い城郭(じょうかく)で囲まれている。そのなかに、貴族の屋敷、時計塔、商館、公館、倉庫などの建物群がひしめいている。


 どの建物の屋根も赤い。


 碧と赤のあざやかなコントラストのなかに、人と荷が動き回っている。


 エギゼルの海において、『もっとも美しい港』と呼ばれて久しいオボロ港は、その経済的、軍事的見地からも重要港湾として位置づけられている。


 カホカは甲板(かんぱん)に立ち、にぎわう港の様子を眺めていた。


「ワクワクするようなところだな」


 はじめて訪れた土地の風、文化の香り。


 カホカの隣には、ソムルがちょこんと立っている。手すりの間から港の姿をのぞこうとしていたので、


「こっちからのほうがよく見えるでしょ」


 カホカはソムルを抱き上げ、手すりの上に座らせてやった。


「わわ、危ない」

「大丈夫だって。落ちそうになったらアタシがつかまえてあげる」


 はじめは怖がっていたソムルだったが、すぐに慣れて足をぶらつかせはじめた。目を輝かせて港の景色に見入っている。


「ソムル様はオボロが気に入ったみたいだね」


 軽い口調で、ウィノナが近づいてきた。目にかかる長さのプラチナブロンドが、陽光の下で白くかがやいている。青の上着に、金細工の施された剣。その派手な衣装ともあいまって、貴族というより洒脱(しゃだつ)な不良に見えなくもない。


「もともと、この港では木材を中心に取り扱っていたのですよ」

「そうなのか」


 はい、とウィノナは微笑み、


「ブルーム領の内外からオークやブナの木を伐り、王都をはじめとする各地に送っていました」


 おだやかな口調で説明をはじめる。


「どこにある?」


 きょろきょろと顔を動かすソムルに、「近頃はずいぶんと減ってしまいました」と、ウィノナもまた港の景色を見入っている。


「なぜ?」

「木を()りすぎたのです」

「そんなことがあるのか?」

「木を伐れば、森に棲む動物もいなくなります。それに気づいた当時のブルームは、可能なかぎり木を伐らず、育てる方針をとりました。伐るのは毎年、あらかじめ決められた量だけです。短い時間ですべてを失ってしまうより、そのほうが長く、より多くの木材を得ることができるのです。また、木材の価格も安定させることができるようになりました」

「価格が安定するとよいのか?」

「高くなりすぎず、安くなりすぎず、欲しいものが程よい価格で手に入るのは、売る者にとっても、買う者にとっても、とても大切なことなのです」

 

 ウィノナの説明に、ソムルは熱心に聞き入っている。


 不良は不良でも、頭のいい不良らしい。


 カホカが思っていると、


「僕は好きじゃありませんね」


 バディスとルクレツィアも準備をすませて甲板に上がってきていた。


「絶対モテますよ、彼」


 どうやらウィノナのことを言っているらしい。完全にひがみである。


「別にいいんじゃね? アタシには関係ないし」

「僕にはわかります。彼、たくさんの女性を泣かせてますよ」


 ですよねぇ! とバディスは異常に力強くルクレツィアに同意を求める。


 けれどもルクレツィアはどこか上の空で、


「え、何? ごめんなさい。ちゃんと聞いてなかった」 


 ぼんやりと耳飾りをいじりはじめる。


 昨夜からずっとこの調子である。


 カホカとバディスは顔を見合わせた。


 ◇


 カホカたちは下船してすぐの商館に案内された。


 荷を扱う男たちの声が聞こえる一等地である。


 ここに建てられた商館には複数のギルドや商人がそれぞれ事務所を開いていたのが、その最上階──港を一望できる部屋にカホカは通された。


 通されたのはカホカだけである。


 もともとソムルとじいやには別の部屋が用意されていたらしい。


 バディスとルクレツィアも同席できないのかと聞いたものの、


「話の性質上、数がすくないほうがいいんだ」

 

 そうウィノナから告げられたのだった。


 ふだんは商談に使われているのだろう。脚の低いテーブルと、ソファには華やかな織物(おりもの)がかけられている。


「スタンのおっさんはいるか?」


 最後に入ってきたウィノナは扉口に立ち、気軽な口調で給仕(きゅうじ)に話しかけている。


「外出しております」

「どこに?」

公女(ヘルツェーネ)のお側かと」

「アル姉か。相変わらずだな」


 ウィノナは苦笑する。


 ──スタン。


 カホカはすでにその名前を知っている。


 スタン=ブルーム。


 ブルーム家の現当主である。ディータからの情報では、武名(ぶめい)(いただ)くに値する、かなり腕の立つ武人であるらしい。


 そして、ウィノナが『アル姉』と呼ぶ人物。


 ──いきなり大物が出るわ出るわ。


 カホカはあきれる思いがした。


 ウィノナがアル姉と呼んだ人物は、おそらくペシミシュターク公爵家のアルテンシア三世だろう。


 部外者のカホカがすぐに(さっ)することができるほどに、ペシミシュターク家とセリーズ家は蜜月(みつげつ)の関係にある。


 というか、現今の世代において、ウィノナにはペシミシュタークの血が流れているだろうし、また、アルテンシア三世にもセリーズの血が流れているはずだ。


 そもそも、ウィノナ=セリーズという男。


 ウィノナこそ、セリーズ辺境伯家の次期当主と目される人物である。


 ムラビア王家に比肩(ひけん)する由緒(ゆいしょ)ある家柄(いえがら)であり、長年、人・魔物をふくむ北方の脅威(きょうい)からの防衛を任されている。


 もともと弱小貴族からはじまったペシミシュターク家と、その当時からすでに大貴族として隆盛(りゅうせい)を極めていたセリーズ家は仲が悪かった。新参のペシミシュタークがのしあがり、周辺の貴族を次々と恭順(きょうじゅん)させていくのを、セリーズが苦い目で見ていたという構図である。


 それが一転して二家が手を組むにきっかけになったのが、南部のアービシュラル家の台頭だった。状況の変化をいちはやく()ぎ取ったペシミシュターク家が、持ち前の交渉術でセリーズ家に理を解き、現在につながる関係を構築するに至ったのである。従来の関係に拘泥(こうでい)せず、実利(じつり)を求める商人らしいペシミシュタークの鷹揚(おうよう)さと狡猾さがここでも発揮されたことになる。


 この二家の同盟によって北部は一枚岩にまとまり、商圏(しょうけん)を拡大させて富の集積を続けている。


 ◇


 ウィノナの言った通り、たしかに料理は絶品だった。


 海鮮だけでなく、聞くところによると、この地方ではチーズやレモン、オリーブオイルを使う料理が主体らしく、王都(ゲーケルン)よりも味がうすく、女性好みの料理が多い。野菜も新鮮だった。


 ウィノナいわく、素材が良いから味つけはシンプルでいい、とのこと。


「いつからアタシたちのことに気づいてたわけ?」


 特にカホカが気に入ったのは()げたイカである。食感が独特で面白い。


 ウィノナはガラスの杯に注がれたワインを飲んでいる。


「正確に足取りを掴んだのはカホカたちが王都でモシャンの船に乗ってからだな。ただ、その前からカホカたちの情報は届いていた。あれだけ王城(ウル・エピテス)で派手に暴れ回れば、俺たちの耳にも入る」


 イグナスを首魁(しゅかい)とする蛇のギルドと、レイニーを救出する(わし)のギルドとの抗争(こうそう)である。


「それは、そうかもだけど」


 いささかバツの悪さを感じてカホカはひとりごちる。「暴れたのはアタシだけじゃないし」


「まぁな。それに、俺がカホカを知ったのはもっと前からで、リュニオスハートで謀反(むほん)(くわだ)てたころだな」

「……謀反じゃねーし」


 いまとなっては過去の話ではある。そして、触れられたくない過去でもあった。


 それを知ってか知らずか、ウィノナは「(はた)から見ればそう映るんだよ」とちいさく笑っただけだった。


「『──リュニオスハートに変なのがいるみたいよぉ』ってな。面白そうな人間を見つけたり、出来事があると、喜んで情報を回してくる奴がいるんだ。俺やスタンのおっさんとかにさ」

「それって……あんたがさっきアル姉って言ってた」

「アルテンシア三世。元貴族なら聞いたことはあるだろう?」

「『ネーン・カーテシー』でしょ。詳しい話を聞いたのは最近だけど」


 カーテシー(貴族の挨拶)をしない女。社交界(サロン)の鼻つまみ者。しかしながら高い教養と軍学を(おさ)めた公女。

 

「好き嫌いが激しいからな、アル姉は」


 ウィノナは困り顔である。


「それは置いておくとして、カホカたちの情報を俺たちは持っていた。オボロ往きの船に同乗していることを知ったとき、どこかで接触しようと思っていたんだけどな、縁ってのは不思議だな。俺が何をするでもなく、カホカたちのほうからソムル様に接触して、勝手に襲撃者どもと戦いはじめたってわけだ」

「勝手にじゃなくて、モシャン船長からお願いされたんだけど」

「お願いされなくたって、なんだかんだ助けただろ。そういう奴らでなきゃ、協力を求めたりはしなかった」

「ふーん……」


 としかカホカかには答えようがない。後からどうとでも言える話だ。


「ま、アンタがどう思おうが勝手だけどさ。アンタの思惑にアタシが乗らなかったからって逆恨みしないでよ」

「そりゃそうさ」


 ウィノナはうなずき、


「だから、取引だ。カホカたちはシフルに向かっている」


 カホカは目を丸くした。その反応を楽しむように、ウィノナは話を続ける。


「俺はソムル様を護衛しながらオルバサスに向かう」


 公都オルバサス。ペシミシュターク家の本拠地である。


「すでにカホカも知っての通り、ソムル様は命を狙われている。事の性質上、秘密裡(ひみつり)にソムル様をオルバサスにお送りしなければならない」

「アタシたちに護衛(ごえい)を手伝えって?」

「ざっくり言って、シフルはここから西、オルバサスは北西になる。多少の遠回りにはなるが、オルバサスに到着したら、セリーズが責任をもってカホカたちをシフルまで送る。最速の馬車と、各都市の宿はすべて用意する」

「まだ肝心(かんじん)なことを聞いてない」


 ウィノナは手でカホカの話を促す。


「なんでソムルは命を狙われてるの? あと、狙ってるのは誰?」

「答える前に、これからする話はルクレツィア=タルチオには黙っていてもらいたい」

「ルクレツィアに? なんで?」

「彼女が聖女の従者だから。カホカとは立場がちがうだろう?」


「なるほどね」とカホカは()に落ちた。「だからアタシをひとりにしたのか」


「カホカとバディス=ノウだけを残すと(あや)しまれるからな」

「──で?」

「アービシュラルがキナ臭い」

「まさか、嘘でしょ?」


 ウィノナの返答に、知らぬうちに声を落としていた。


「理由を知りたきゃ教えてやるけど、聞くか?」

「いや、いい」


 カホカはきっぱり断った。


「ソムルは別に嫌いじゃないけど、面倒に巻き込まれるつもりはないよ。アンタがいう取引にしたって、普通にシフルに行けばいい話でしょ。アタシたちは別に困らない」


 もしティアがこの話を聞けば、ソムルを助けようとするかもしれない。


 しかし、それはティアが決めたからであって、ソムルやウィノナに対して義理があるわけではない。

 

「もっともだな」と、ウィノナは気分を害した素振りも見せず、 


「でも、カホカたちはすでに相当な面倒に首を突っ込んでる」

「脅しかよ。たまたま船でソムルを助けただけでしょ」

「ちがう」


 ウィノナはきっぱりと否定する。


王都(ゲーケルン)の話だ。カホカたちは明確に国に喧嘩(けんか)を売ったんだぞ。その意識はないのか?」

「それは……」


 たしかに、そうかもしれない。カホカたちから見れば鷲のギルドを救うため、義侠(ぎきょう)の人であるレイニーを助けるために行った行動だったが、『傍から見れば』東ムラビアに喧嘩を売ったも同然である。


「カホカたちが無事にシフルでティアーナ=フィールと落ち合ったとする。それで? それからどうする? 一生、東ムラビアのお尋ね者として逃げ回るつもりか?」


 予想はしていたが、ウィノナはやはりティアの存在を知っている。


「お前たちには庇護者(ひごしゃ)が必要だ」

「……」


 カホカは、何も言えなくなっていた。


「理解したか? これが取引だ」


 ウィノナの一重の瞳が、鋭くカホカを見つめる。


「カホカたちはペシミシュターク領オルバサスまでソムル様の護衛を手伝う。当然、俺は感謝する。いや、俺だけじゃない。船で言ったろう? ソムル様は俺たち(・・・・)にとっての最重要人物(VIP)だってな。俺以上に、ソムル様がご無事であることを喜ぶ人間がいる。──それが誰かは想像つくよな」


 問われ、カホカは心のなかで答えていた。


 ──アルテンシア=ペシミシュターク。


 ペシミシュタークとソムルにどういった関係があるかは不明だが、ウィノナは確実に彼女の存在をにおわせている。


 いや、ひょっとすると。


 カホカにそれを悟らせるために、ウィノナはこのあらかじめアルテンシアの名を出していたのではないか、と思わせるほどに。


「アンタたちが……」


 カホカは、言った。


「アタシたちの約束を守るって保証があんのかよ」

「カホカたちが反故(ほご)にしないかぎり、俺たちは取引を守る。その信用がなくちゃ、北がまとまることはなかった」


 カホカは押し黙った。


 自分たちがどうするかは、ティアが決める。


 ただ、ティアがどう決めるにしても、北の貴族たちにわたり(・・・)をつけておくのは得にはなっても損にはならない。


「アンタたちが庇護者になるかは、アタシが決めることじゃない」


 ウィノナはにやりと笑う。


「取引成立だな。どうするかはティアーナ=フィールの判断に(ゆだ)ねるよ。──ついでに言っておくと、ティアーナが庇護を選ばなくても、むしろ俺たちに損がないくらいだからな。好きにしてもらって構わないぜ」

「これがアンタたちの交渉術かよ」

「まあな」


 ウィノナは満足そうに笑い、


「ただ、アル姉はこれを取引とは言わなかった」


 そして、言った。


「投資、だってよ」

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