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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
189/239

43 エクリⅫ(後)

 まぶたの裏に光が溜まっている。


 全身が金色の風に包まれているような。


 ──太陽?


 はじめ、そう思った。


 温かい。冷えきった身体に、じわじわと体温が戻ってくる感覚がある。


 黄金の光は意識のなかにも届き、その中心に、ひとりの影を浮かび上がらせた。


 ──少年だ。


 やや癖のある髪。逆光(ぎゃっこう)になってはいるものの、その輪郭(りんこう)から茶の髪だとわかる。


 ──お前は……。


 呼びかけようとしても、声を出すことはできない。かろうじて漏れ出たうめき声も、強い光のなかで()き消されてしまう。


 その少年がくるりと反転した。こちらに背を向けたのだ。


 けれども、見えた。


 その一瞬の光の強弱に、少年が誰なのかは明らかだった。真新しい、それ自体が輝くような白のチュニックを着ている。


 少年が歩きはじめた。ゆっくりと遠ざかっていく。


 ──待て。


 呼び止めることができず、少年は小さくなっていく。風に、少年の髪がそよいでいる。


 ──待ってくれ!


 焦がれる気持ちで叫ぼうとしても、すべては光のなかに……。


 そして。


 少年が見えなくなると、光もまたその一点に吸い込まれて、消えた。


 ◇


 目を()ますや、ティアは飛び起きた。


 まず視界に飛び込んできたのは、中腰(ちゅうごし)になってこちらの様子をうかがっている囚人(しゅうじん)たちだった。


「ホゴイ……」


 ティアは目を(しばた)かせ、自分の身体を見た。


 傷が()えていた。


「ほんとに治ったみてぇだな」


 すでに見慣れた仏頂面(ぶっちょうづら)でホゴイが言った。その視線がティアの背後へと移る。


 振り返ると、ファン・ミリアが膝立(ひざた)ちになっていた。手に布袋を持っている。なかに金色の粉が入っているのが見えた。砂金(さきん)かと思ったが、ファン・ミリアは「ちがう」と首を振った。


「エクリからティアにと渡された。ゲームに勝った褒美(ほうび)らしい」

「……エクリから?」


 ティアは眉根(まゆね)を寄せた。そうだ、とすぐに思い至る。自分は決闘中に意識を失ったのだ。


「エクリはどうなった?」


 なぜ自分は生きているのか。


「帰ったぜ。決闘はお預けだ」


 声がした方を向くと、ルルゥが立っていた。ファン・ミリアが持っている布袋を指さして、


「妖精の粉だ。どんな怪我でも治しちまう超希少(きしょう)な回復道具(アイテム)だ。おれも目を疑ったけどな。こりゃ本物にまちがいなそうだっつーことで、ティアに使ってみるかって話になったんだ」

「妖精の粉……」


 その布袋を、ファン・ミリアが渡してくる。


「半分ほど使ったところでティアが目を()ました。残った半分で、あとひとり分の瀕死(ひんし)を救うことはできるだろう」


 ティアが受け取ると、ファン・ミリアはうつむき、


「無事でよかった」


 ()し目がちに続ける。


「あまり無茶をするな」


 すくりと立ち上がり、人の輪の外へと出ていってしまう。


「……サティ?」


 ティアがその後ろ姿を目で追っていると、


「ずいぶん怒らせたものだな」


 ヘインズが立っていた。


「サティが怒っている?」

「後で謝っておけ」

「何について?」


 ティアは本当にわからない。するとヘインズが片頬(かたほほ)を上げた。「理屈ではないのだ」と、皮肉な笑みを浮かべる。


「とはいえ、聖女殿はよく耐えた。お前がどれだけエクリに打たれようと──まさに殺される寸前まで追い込まれようとも、手を出さなかった」

「ああ……」

「己の感情より、お前の名誉(めいよ)を尊重したのだ」


 ティアがうなずくと、ヘインズがひょいと何かを投げてきた。


「謝礼だ。お前と聖女殿のふたり分のな」


 手を広げてみると、ファーレン金貨だった。それも二枚。ヘインズはさらに自分の指輪をはずし、これもティアへと放る。


 指輪に宝石はついておらず、平らな石座(いしざ)には紋様(もんよう)が彫り込まれている。


「印章の模造品(レプリカ)だ。実際の書面には使えんが、ノールスヴェリアの関所(せきしょ)はその指輪を見せれば通過できる。ただし、通過できるのは指輪の所持者だけだ。同行者には適用されぬ」


 ティアがヘインズを見上げると、


「俺の住居はノールスヴェリアの王都にある」

「わかった」


 ティアは受け取った指輪を親指にはめながら、


「エクリが去って、これからどうする?」

「一応、迎えの船は用意してあるが」


 ヘインズはそう言って囚人たちを見まわした。


「ここにいる全員を収容(しゅうよう)はできまい。疲れているだろうが、この船を()いで港まで戻ってもらいたい」


 ヘインズの提案(ていあん)を聞く囚人たちが緊張している。萎縮(いしゅく)、というべきだろうか。恐々(こわごわ)とうなずく者もいれば、あからさまに目をそらす者もいた。


 ──港に戻れば拘束(こうそく)されるのを恐れている?


 そう思ってティアがヘインズに訪ねると、「この者たちの処置はティアーナに任せる」という答えが返ってきた。


「私が?」

「お前の仲間なのだろう?」


 訊き返され、ティアはうなずいた。うなずき、考える。それから二枚のファーレン金貨に目を落とし、またヘインズを見上げた。無言で見つめる。


「何だ」


 ヘインズが苦笑する。


「それでは足りぬか?」

「足りなくはないが、すこし()をつけてほしい」

「いくらだ?」

「じゃあ、金貨二枚」

「倍になる」

「ちがう。ファーレン金貨じゃない。普通の金貨だ」

「タクト金貨か」


 得心(とくしん)した様子で、ヘインズが(ふところ)を探り、二枚のタクト金貨を放ってくる。


 それを受け取ると、ティアは持っていたファーレン金貨を二枚ともホゴイに投げてよこした。


「なんだ?」


 ホゴイが怪訝(けげん)顔を浮かべる。ティアが言った。 


「お前たちは臭い」

「は?」 


 きょとんとするホゴイたちに、ティアはわざとらしく鼻をつまんだ。


「汗臭いし、排泄(はいせつ)の臭いもする。鼻がもげそうだ」

「仕方ねえだろう。ずっと船のなかに閉じ込められていたんだ」


 そうだな、とティアはちいさく笑って、


「だから、港に戻ったらまず身体を洗え。身なりを整えたら、腹いっぱいになるまで飯を食え。食ったら寝て、起きたら飯を食って、一日ゆっくり休め。女を買ってもいい。でも、商売女だけだ。そのための金だ。礼儀正しくしろよ」


 囚人たちから歓喜(かんき)の声が上がる。さすがティアだ! 話がわかるぜ! などの声が聞こえてくる。


「いいのか?」


 ホゴイが驚いて訊いてくるのを、うん、とティアはうなずいて、


「ホゴイたち十人のまとめ役は彼らが羽目(はめ)を外しすぎないように見張ってくれ。それでもし、一般人に迷惑をかける者がいれば──」

「いれば?」

「斬って海に捨てろ」


 一瞬にして、囚人たちが黙り込んだ。ごくりと(つば)を飲む。


「自覚しろ。お前たちは生きているんじゃない、生かされているんだ」


 ティアは苛烈(かれつ)な瞳で告げる。


「私と、仲間と、自分自身の行いによって」

「わかった」


 それで? とホゴイが続けて訊いてくる。


「休んだらどうする」

「話し合うんだ。これからのことを。ひとりひとり、どうすれば罪を(つぐな)えるか。自分はどうするべきか、全員が決めるまで話し続けろ」

「わかった。──ティアは港には戻らねえのか?」

「私はシフルまで旅をする」


 ティアは立ち上がり、歩き出した。自然に左右に別れる人の壁を越えて、まっすぐ進むと、ファン・ミリアが立っている。何やら考え込んでいる様子で、汚れた髪を(ぬぐ)っている。


 気づいたファン・ミリアが顔を上げた。


 ティアは無造作(むぞうさ)に近づいていくと、ファン・ミリアを横抱(よこだ)きにした。


「……なんのつもりだ?」


 抵抗こそしないが、ファン・ミリアの声は(けん)を含んでいる。むしろ、抵抗しないことで抵抗しているらしい。


「行こう。ずいぶん足止めを食らった」 


 ティアは前を向く。ファン・ミリアの不満げな視線を感じるが、とりあえず気づかないふりをした。


 甲板(かんぱん)から、ひらりと柵の上に跳び乗った。


 ファン・ミリアを抱いたまま、ためらいなく海に飛び込んだ。


 空中でティアが何事かとつぶやくと、クラーケンの(あし)が海面にのぞいた。ティアを乗せると、そのまま泳ぎはじめる。


「このままクラーケンに乗って陸地に向かう」


 クラーケンの肢をつたって胴体へと移動する間に、我慢できなくなったのか、ファン・ミリアが訊いてきた。


「私に、何か言うことはないのか?」


 怒っているというより、どこか()ねた口調に、「なんだろうな」とティアが空惚(そらとぼ)けると、


「ヘインズと話していた」


 遠回しに、そんなことを言ってくる。


「サティのことについて?」


 ようやくティアが顔を下に向けると、今度はファン・ミリアが顔をそらした。わかりやすい不機嫌顔を作っている。


「サティは不器用だ、という話はしたな」


 からかうように言うと、横抱きにされたまま、ファン・ミリアがティアの脇腹(わきばら)をつねってくる。


「余計なお世話だ」


 脇腹をつねられながら、ティアはあくびを()み殺した。暁闇(ぎょうあん)の時刻だった。


 東の空、たなびく雲の底が、夜明けの色を映しはじめている。


「サティ」

「私より、ティアのほうがよほど不器用だ」

「サティ」

「エクリとの決闘にしたって、あの旗の使い方はなんだ? あれでよく──」

「サティ」

「何だ?」

「ありがとう」


 ファン・ミリアが口をつぐ)んだ。


 そっぽを向いていた顔が、そろりとこちらを見上げてくる。けれど、ティアが見つめていることに気づくと、また顔を戻してしまう。


 クラーケンの胴体に移ると、その上にファン・ミリアを座らせた。呆気(あっけ)に取られるファン・ミリアの膝の上に、ティアは寝転がって頭を乗せた。大あくびをする。


「……ティアはこれが好きなのか?」

「サティが近くにいると安心するんだ」


 クラーケンの肢の数本が伸びてきた。ふたりをすっぽりと覆う屋蓋(やね)を作る。太陽の光からティアを守ってくれるらしい。


「大丈夫だ」


 眠そうな声で、ティアが言った。


「サティ以外にしてもらいたいとは思わない」


 暗がりで、ファン・ミリアは溜息をついた。目を閉じたティアの前髪を払ってやるうちに、すぐに寝息が聞こえてきた。


「何が大丈夫なのか」


 ファン・ミリアは苦笑するしかない。ティアの寝顔は、たしかに安心しきっているように見えた。この人が本当に吸血鬼なのか、とさえ思う。


「シフルまで……か」


 ファン・ミリアは目を閉じた。


 そうして、かつて自分が訪れたシフルの街を思い浮かべた。

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