13 ズミヤ
男を捕まえた場所から、領主の館は目と鼻の先だった。
幹線が交わる交差点に、石造りの建物がある。飛びぬけて巨大と呼べるほどではないが、白壁は高く、街の明かりに照らされていた。
複雑な建物ではないが、やはり異国の趣がある。
「さして珍しくもあるまい」
ヘインズが、男の手枷に結んだ縄を取り、ティアの横を追い越していく。玄関扉までは十段ほどの階段になっていた。
「ノールスヴェリアには意気がある」
風を読むように、ティアは見上げる瞳をさらに高くした。
「時代が、ノールスヴェリアの味方をしている……」
そんな気がする。
はっきりとわかるものではない。それでも、東ムラビアとのわずかなちがい──すこしだけ明かりの量が多かったり、人の声がうるさかったり、あるいは全体の空気感といったものに、国の勢いの差が現れている気がする。
ヘインズは衛兵と軽く挨拶を交わすと、二言三言を伝え、こちらに振り返った。さらに話をする。どうやらティアとファン・ミリアを館内へ通すよう交渉をしているらしい。
「ただの賞金稼ぎには見えないな」
ファン・ミリアが言った。ああ、とティアはうなずき、
「兵の士気も高そうだ」
「面構えも悪くない」
話していると、ヘインズが振り返った。手招きをしている。
ふたりは待合室に通された。
捕まえた男の身柄を引き渡したヘインズだったが、領主と話があるらしい。報酬もその時に受け取ることになっているらしく、室で待つよう言われた。
壁際に置かれた長椅子に、ファン・ミリアと並んで座る。すぐに侍女が飲み物を運んでくるのを、ティアが見るともなしに見ていると、目が合った。すぐに女の顔が赤くなる。あわてて女が顔をそらした先に、ファン・ミリアがいる。頭巾によって髪を覆っているが、その美しさのすべてを隠し通せるものではない。女の顔がまたさらに赤くなった。
ティアとファン・ミリア、東ムラビアでも一、二を争う麗人のふたりに挟まれれば、彼女の反応も当然かもしれない。
「……ごゆっくりお寛ぎください」
消え入りそうな声を残して侍女が出ていくと、ティアは長椅子の上に足を持ち上げた。
「行儀が悪いぞ」
ファン・ミリアの注意を無視して、ティアはぼんやりと天井を見つめた。まだ、夜市で見た夢の余韻が抜けきらない。
「さっき、男を追いかけているうちに、夢を見た。白昼夢かもしれないが」
「そういえば、時間がどうとか言っていたな」
ファン・ミリアもティアの様子に何かを感じたらしい。
「何の夢を見た?」
訊かれたものの、ティアは答えなかった。イグナスの夢──それは夢と呼ぶにはあまりにもリアルで、ティア自身、あれは現実で起こった出来事だという気がしている。
だが、イグナスが本当にミドスラトスだったとして、もはやそれを伝えることに意味があるのだろうか。
気だるさを感じ、ティアは目を閉じた。
──そろそろ血が飲みたい。
思い出してみると、最後にバディスの血を飲んでから力を使い続けている。そのすぐ後に化け物の血を飲んではいたが、これはたいした力にはならなかった。
ティアはひそかにファン・ミリアを盗み見た。けれど、その美しい面や、白い喉仏を見ても、不思議と彼女の血を飲みたいという欲が湧いてこない。彼女が特別な力を持つ者、聖女であることに関係しているのかもしれない。
もしくは、彼女の血を飲むことを心が拒んでいるのだろうか。
「ティア──」
ファン・ミリアの声に、ティアは長椅子から足を下ろした。
室外に人の気配を感じる。すぐに扉が開き、ヘインズが入ってきた。
「思ったよりも早かった」
ティアが言うと、ヘインズは「話はこれからだ」と、入ってきたばかりの扉を示した。
見知らぬ男が待合室に入ってくる。身なりの整った文官風の恰好から、この館の主だと想像がついた。
五十がらみの男である。身長こそ高くはないががっしりとした体格に、頬骨が張っている。ノールスヴェリア人らしい男だった。
寡黙な男なのか、ヘインズと目配せをすると、それぞれが椅子に腰かけた。待合室と思っていたこの室は、応接室も兼ねているらしい。
ヘインズはまず「受け取れ」と布袋をティアに放ってきた。確かめると、中には銀貨が詰まっていた。
「それでいいか?」
「十分だ」
うなずき、ティアが立ち上がろうとすると、「まぁ、待て」と呼び止められた。
「お前たちに、相談がある」
言って、ヘインズはちらりと横に視線を走らせた。黙然と座り込んでいる領主と目配せをすると、場を仕切って話しはじめる。
「今夜、ティアーナに協力してもらって捕まえた男だが、奴には人身売買の容疑がかかっている」
反応したのは、ティアだけではなかった、ファン・ミリアの眼つきも鋭くなる。
「心当たりがありそうだな」
こちらの反応を楽しむようなヘインズの口ぶりに、ファン・ミリアは沈黙を守っている。
「東ムラビアとノールスヴェリアを股にかける犯罪集団だ」
「そいつらが、このレム島を根城にしているのか?」
ティアが尋ねると、
「拠点というのが適当だろうな。我々はこの集団を、『ズミヤ』と呼んでいる」
「ズミヤ……?」
「『蛇』という意味だ。構成員は、身体のどこかに蛇の刺青を彫っている」
ファン・ミリアが、ちらりとティアに視線を送った。
「心当たりがある、ということでいいか?」
目ざとくヘインズが軽い笑みを浮かべる。
「続けてくれ」
ティアが話を促すと、
「その蛇のレム島でのアジトを、我々は見つけた。それが今夜の話だ。場所は娼館だった」
「店の女を流していた?」
「ちがう。奴らは雇い入れた女を販売ルートに乗せることはしない。それをすると金と人の流れで足がつきやすく、犯罪が露呈しやすい。商品はあくまで別の場所から用立て、この店は一時預かりの役割をしていたようだ」
「だから花街にいたのか」
ティアがヘインズと出会ったのは花街の往来だった。
「アジトを見つけたのはお前たちと会ったすぐ後だ。残念ながらアジトはほとんどもぬけの殻だった。まるで我々の立ち入りを読んでいたかのようだったが、ひとりだけ残されていた」
「それが、私が捕まえた男か」
そういうことだ、とヘインズがうなずく。
「正直なところ驚いている。蛇が我々の立ち入りを読んでいたのなら、なぜ人を残していたのか……誘い込んで闇討ちをするほどの戦力でもない」
──それは、多分。
想像はつく。
ティアが、イグナスを仕留めたからだ。蛇の長であったイグナスの不在によって、ギルド全体の機能が停止した可能性が高い。そう考えれば、蛇のギルド員はヘインズたちの立ち入りを読んでいたのではなく、アジトを放棄しようとしていたのだろう。
むしろ、ヘインズたちは間に合ったのだ。ひとり捕えることができただけでも幸運と言えるだろう。
「それで──」
ようやく、ファン・ミリアが口を開いた。
「相談とは?」
「端的に言えば、そちらの掴んでいる情報が欲しい」
「……断ると言ったら?」
「見事な愛国心だ、と思うだろうな。我々は、蛇の組織を潰そうとしている。ノールスヴェリアの民だけでなく、東ムラビアの民さえ救うことになるはずだが?」
とはいえ、とヘインズはファン・ミリアに笑みを向けた。
「聖女殿にはお立場というものがあろう。語りたくないものを、無理に聞き出す段階でもない。下手を打ってお互いの不和を招いてもつまらんしな。──そもそもの話を聞きたいのだが、聖女殿が今宵、来島した経緯は?」
「公務ではない。たまたま立ち寄っただけだ。すぐに出ていく」
「急ぐ旅なのか?」
この問いに答えたのはティアだった。
「急いではいないが、いたずらに時間を浪費するつもりはない」
そうか、とヘインズはこめかみに親指をあてた。
「悪いが、数日でいい、島に滞在してもらうことは可能か?」
「なぜだ」
「……お前たちがここに来た時期が、我々の立ち入りと重なった」
つぶやくようなヘインズの言葉に、紫の瞳が険を含んだ。
「私たちが『蛇』のグルだと疑っているのか?」
「その疑いが晴れるまでだ。──ちなみに、俺の勘ではお前たちはシロだ。本音を言えばむしろ戦力として期待している」
そう言って口の端を持ち上げたヘインズに、ティアとファン・ミリアは顔を見合わせた。
「手伝え、ということか?」
「相応の対価は払う」
ヘインズは確認するように領主に視線を向けた。領主はただ首肯する。この件に関してはヘインズに一任しているらしい。
ティアとファン・ミリアは即答できずにいた。イグナス亡き後、蛇のギルドの活動は終息していくように思われた。とはいえ、その活動の全貌に興味がないと言えば嘘になる。
ヘインズが「ではこうしよう」と、まとめにかかった。
「捕まえた男に対しては尋問を行うことになるだろう。何かしら出てくるまでは、お前たちにはこの島で大人しくしてもらいたい。手伝ってもらえるかは、その後でもう一度問おう」
「大人しくさせるつもりなら、情報はもらえるのだろうな?」
ファン・ミリアが条件をつけると、ヘインズは苦笑しつつ、うなずいた。
ティアは感心した。ファン・ミリアは手伝うか手伝わないかの言質を取らせず、こちらの情報を渡さず、相手からのみ引き出すことに成功したのだ。
──もっとも。
その間、レム島に滞在することになりそうだ。




