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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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13 ズミヤ

 男を捕まえた場所から、領主の館は目と鼻の先だった。


 幹線が交わる交差点に、石造りの建物がある。飛びぬけて巨大と呼べるほどではないが、白壁は高く、街の明かりに照らされていた。


 複雑な建物ではないが、やはり異国の趣がある。


「さして珍しくもあるまい」


 ヘインズが、男の手枷(てかせ)に結んだ縄を取り、ティアの横を追い越していく。玄関扉までは十段ほどの階段になっていた。


「ノールスヴェリアには意気がある」


 風を読むように、ティアは見上げる瞳をさらに高くした。


「時代が、ノールスヴェリアの味方をしている……」


 そんな気がする。


 はっきりとわかるものではない。それでも、東ムラビアとのわずかなちがい──すこしだけ明かりの量が多かったり、人の声がうるさかったり、あるいは全体の空気感といったものに、国の勢いの差が現れている気がする。


 ヘインズは衛兵と軽く挨拶を交わすと、二言三言を伝え、こちらに振り返った。さらに話をする。どうやらティアとファン・ミリアを館内へ通すよう交渉をしているらしい。


「ただの賞金稼ぎには見えないな」


 ファン・ミリアが言った。ああ、とティアはうなずき、


「兵の士気も高そうだ」

面構(つらがま)えも悪くない」


 話していると、ヘインズが振り返った。手招きをしている。


 ふたりは待合室に通された。


 捕まえた男の身柄(みがら)を引き渡したヘインズだったが、領主と話があるらしい。報酬(ほうしゅう)もその時に受け取ることになっているらしく、(へや)で待つよう言われた。


 壁際に置かれた長椅子に、ファン・ミリアと並んで座る。すぐに侍女(じじょ)が飲み物を運んでくるのを、ティアが見るともなしに見ていると、目が合った。すぐに女の顔が赤くなる。あわてて女が顔をそらした先に、ファン・ミリアがいる。頭巾(ずきん)によって髪を(おお)っているが、その美しさのすべてを隠し通せるものではない。女の顔がまたさらに赤くなった。


 ティアとファン・ミリア、東ムラビアでも一、二を争う麗人(れいじん)のふたりに挟まれれば、彼女の反応も当然かもしれない。


「……ごゆっくりお(くつろ)ぎください」


 消え入りそうな声を残して侍女が出ていくと、ティアは長椅子の上に足を持ち上げた。


「行儀が悪いぞ」


 ファン・ミリアの注意を無視して、ティアはぼんやりと天井を見つめた。まだ、夜市で見た夢の余韻が抜けきらない。


「さっき、男を追いかけているうちに、夢を見た。白昼夢かもしれないが」

「そういえば、時間がどうとか言っていたな」


 ファン・ミリアもティアの様子に何かを感じたらしい。


「何の夢を見た?」


 訊かれたものの、ティアは答えなかった。イグナスの夢──それは夢と呼ぶにはあまりにもリアルで、ティア自身、あれは現実で起こった出来事だという気がしている。


 だが、イグナスが本当にミドスラトスだったとして、もはやそれを伝えることに意味があるのだろうか。


 気だるさを感じ、ティアは目を閉じた。


 ──そろそろ血が飲みたい。


 思い出してみると、最後にバディスの血を飲んでから力を使い続けている。そのすぐ後に化け物の血を飲んではいたが、これはたいした力にはならなかった。


 ティアはひそかにファン・ミリアを盗み見た。けれど、その美しい面や、白い喉仏(のどぼとけ)を見ても、不思議と彼女の血を飲みたいという欲が()いてこない。彼女が特別な力を持つ者、聖女であることに関係しているのかもしれない。


 もしくは、彼女の血を飲むことを心が(こば)んでいるのだろうか。


「ティア──」


 ファン・ミリアの声に、ティアは長椅子から足を下ろした。


 室外に人の気配を感じる。すぐに扉が開き、ヘインズが入ってきた。


「思ったよりも早かった」


 ティアが言うと、ヘインズは「話はこれからだ」と、入ってきたばかりの扉を示した。


 見知らぬ男が待合室に入ってくる。身なりの整った文官風の恰好から、この館の主だと想像がついた。


 五十がらみの男である。身長こそ高くはないががっしりとした体格に、頬骨(ほおぼね)が張っている。ノールスヴェリア人らしい男だった。


 寡黙(かもく)な男なのか、ヘインズと目配せをすると、それぞれが椅子に腰かけた。待合室と思っていたこの室は、応接室も兼ねているらしい。


 ヘインズはまず「受け取れ」と布袋をティアに放ってきた。確かめると、中には銀貨が詰まっていた。


「それでいいか?」

「十分だ」


 うなずき、ティアが立ち上がろうとすると、「まぁ、待て」と呼び止められた。


「お前たちに、相談がある」


 言って、ヘインズはちらりと横に視線を走らせた。黙然(もくぜん)と座り込んでいる領主と目配せをすると、場を仕切って話しはじめる。


「今夜、ティアーナに協力してもらって捕まえた男だが、奴には人身売買の容疑がかかっている」


 反応したのは、ティアだけではなかった、ファン・ミリアの眼つきも鋭くなる。


「心当たりがありそうだな」


 こちらの反応を楽しむようなヘインズの口ぶりに、ファン・ミリアは沈黙を守っている。


「東ムラビアとノールスヴェリアを股にかける犯罪集団だ」


「そいつらが、このレム島を根城にしているのか?」


 ティアが尋ねると、


「拠点というのが適当だろうな。我々はこの集団を、『ズミヤ』と呼んでいる」

「ズミヤ……?」

「『蛇』という意味だ。構成員は、身体のどこかに蛇の刺青を彫っている」


 ファン・ミリアが、ちらりとティアに視線を送った。


「心当たりがある、ということでいいか?」


 目ざとくヘインズが軽い笑みを浮かべる。


「続けてくれ」


 ティアが話を(うなが)すと、


「その(ズミヤ)のレム島でのアジトを、我々は見つけた。それが今夜の話だ。場所は娼館(しょうかん)だった」

「店の女を流していた?」

「ちがう。奴らは雇い入れた女を販売ルートに乗せることはしない。それをすると金と人の流れで足がつきやすく、犯罪が露呈(ろてい)しやすい。商品(おんな)はあくまで別の場所から用立て、この店は一時預かりの役割をしていたようだ」

「だから花街(はなまち)にいたのか」


 ティアがヘインズと出会ったのは花街の往来(おうらい)だった。


「アジトを見つけたのはお前たちと会ったすぐ後だ。残念ながらアジトはほとんどもぬけの殻だった。まるで我々の立ち入りを読んでいたかのようだったが、ひとりだけ残されていた」

「それが、私が捕まえた男か」


 そういうことだ、とヘインズがうなずく。


「正直なところ驚いている。(ズミヤ)が我々の立ち入りを読んでいたのなら、なぜ人を残していたのか……誘い込んで闇討(やみう)ちをするほどの戦力でもない」


 ──それは、多分。


 想像はつく。


 ティアが、イグナスを仕留(しと)めたからだ。蛇の長であったイグナスの不在によって、ギルド全体の機能が停止した可能性が高い。そう考えれば、蛇のギルド員はヘインズたちの立ち入りを読んでいたのではなく、アジトを放棄(ほうき)しようとしていたのだろう。


 むしろ、ヘインズたちは間に合ったのだ。ひとり捕えることができただけでも幸運と言えるだろう。


「それで──」


 ようやく、ファン・ミリアが口を開いた。


「相談とは?」

端的(たんてき)に言えば、そちらの掴んでいる情報が欲しい」

「……断ると言ったら?」

「見事な愛国心だ、と思うだろうな。我々は、蛇の組織を潰そうとしている。ノールスヴェリアの民だけでなく、東ムラビアの民さえ救うことになるはずだが?」


 とはいえ、とヘインズはファン・ミリアに笑みを向けた。


「聖女殿にはお立場というものがあろう。語りたくないものを、無理に聞き出す段階でもない。下手を打ってお互いの不和(ふわ)を招いてもつまらんしな。──そもそもの話を聞きたいのだが、聖女殿が今宵(こよい)、来島した経緯(いきさつ)は?」

「公務ではない。たまたま立ち寄っただけだ。すぐに出ていく」

「急ぐ旅なのか?」


 この問いに答えたのはティアだった。


「急いではいないが、いたずらに時間を浪費するつもりはない」


 そうか、とヘインズはこめかみに親指をあてた。


「悪いが、数日でいい、島に滞在してもらうことは可能か?」

「なぜだ」

「……お前たちがここに来た時期が、我々の立ち入りと重なった」


 つぶやくようなヘインズの言葉に、紫の瞳が(けん)を含んだ。


「私たちが『蛇』のグルだと疑っているのか?」

「その疑いが晴れるまでだ。──ちなみに、俺の勘ではお前たちはシロだ。本音を言えばむしろ戦力として期待している」


 そう言って口の端を持ち上げたヘインズに、ティアとファン・ミリアは顔を見合わせた。


「手伝え、ということか?」

「相応の対価は払う」


 ヘインズは確認するように領主に視線を向けた。領主はただ首肯(しゅこう)する。この件に関してはヘインズに一任しているらしい。


 ティアとファン・ミリアは即答できずにいた。イグナス亡き後、蛇のギルドの活動は終息(しゅうそく)していくように思われた。とはいえ、その活動の全貌(ぜんぼう)に興味がないと言えば嘘になる。


 ヘインズが「ではこうしよう」と、まとめにかかった。


「捕まえた男に対しては尋問を行うことになるだろう。何かしら出てくるまでは、お前たちにはこの島で大人しくしてもらいたい。手伝ってもらえるかは、その後でもう一度問おう」

「大人しくさせるつもりなら、情報はもらえるのだろうな?」


 ファン・ミリアが条件をつけると、ヘインズは苦笑しつつ、うなずいた。


 ティアは感心した。ファン・ミリアは手伝うか手伝わないかの言質を取らせず、こちらの情報を渡さず、相手からのみ引き出すことに成功したのだ。


 ──もっとも。


 その間、レム島に滞在することになりそうだ。

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