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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
133/239

88 春宵一擲Ⅷ

 魔法陣から、暗黒の光が噴出(ふんしゅつ)している。


 飛び掛かってくる骸骨(スケルトン)を、ジルドレッドの巨剣が叩き潰した。


「数が多いな」


 抑揚(よくよう)のない声音でつぶやく。


 ファン・ミリア、グスタフと三人で背中を守り合い、迫る骸骨(スケルトン)を叩いていくが、甦ってくる遺体は広間だけではない。


「部屋の外からも集まってきているようです」


 ファン・ミリアは星槍(せいそう)ギュロレットを操り出しながら、


「グスタフ、力の配分を見誤るなよ」


 指示すると、「承知」と、応じる声が上がる。


「すこし空けます」


 言いざま、ファン・ミリアが跳び出した。


光糸(メネット・フィーン)」 


 ドレスの長手袋をはめた指先から、光の糸が放出される。ファン・ミリアは走りながら骸骨(スケルトン)の三、四体をまとめて縛り上げると、自身も回転し、鉄球のように骸骨(スケルトン)を振り回しはじめた。周囲の骸骨(スケルトン)をも巻き込み、薙ぎ払いながら、宙を舞う死霊使い(ネクロマンサー)に狙いをすませた。


「オォリャァァァ!」


 糸を離し、固めた骸骨(スケルトン)の群れを投げ放つも、死霊使い(ネクロマンサー)(からだ)をすり抜け、天井に激突した。


 それを確認すると、すぐまた戻ってジルドレッド、グスタフとともに背中を守り合う。


「ダメでした」

「見ればわかる」

「……単純な物理的攻撃は通じないようですね」


 グスタフが言った。ジルドレッドは目の前の骸骨スケルトンを斬り払い、


死霊使い(ネクロマンサー)か……」


 屍衣(しい)をまとう骸骨を見上げた。


「ああいった力ある魔物を()び出すには、本来、術者の生命力を対価にする必要があるはずだが」


 普通の人間がこれを行えば命を落としかねない危険があるが、不死のイグナスであれば可能だろう。


 そして。


 ジルドレッドは注意ぶかく周囲を探るも、イグナスは気配を消し、骸骨スケルトンの群れのなかに姿を隠している。


 ──あの男が持つ大剣……。


 見た時から、気になっていた。


「あれは、『蜃気楼(ディリバブ)』のようだな」

「私もそう思っていました」


 ファン・ミリアが応じる。


 蜃気楼(ディリバブ)は、神器と言い伝えられている。


 統一ムラビア建国時より王家に伝わる宝剣である。それが現王デナトリウスの御世、国が分裂した混乱のなかで、何者かに盗み出された。


「あの男は、完全に姿を隠す術を持っていました」

「隠れ(みの)か。間違いなさそうだな」


 神が人にあたえる神器の特性として、身を隠す能力はその典型である。が、あくまで不随(ふずい)した能力であり、蜃気楼(ディリバブ)真髄(しんずい)は別にあると言われていた。


 (いわ)く、手にした者に()き、呪い殺す、とも。


 その一方で、持つ者に不死の力を与える、とも言われていた。


 そのため長くムラビア王家に受け継がれながら、日の目に出ぬよう宝物庫にて厳重に保管されていたと聞く。


 その妖剣(ようけん)を、イグナスが持っている。


「──詮索(せんさく)は後回しだ。奴が敵であることに間違いない」


 ジルドレッドはグスタフに声をかける。


「聖水は持っているな」


 グスタフはベルトに提げた布袋から、小瓶を取り出した。剣の平に叩きつけて割ると、透明の液体が刃を濡らす。闇の者に限らず、魔物全般を相手にする聖騎士団にとって、邪を払う聖水は携帯が必須な魔法道具(マジックアイテム)のひとつである。


「よし」と、ジルドレッドはうなずき、


「ファン・ミリアは死霊使い(ネクロマンサー)を仕留めろ。グスタフは援護だ」

「団長は?」


 ファン・ミリアが訊くと、


「知れたこと」


 おおよその見当をつけ、ジルドレッドは重心を落とした。


 力を溜め、巨剣を振り抜いて骸骨(スケルトン)を打ち(はじ)く。


 衝撃によって粉々になった骨の欠片が、(つぶて)となって放射状にばら撒かれた。ジルドレッドは集中してひとつひとつの細かな動きを追う。骸骨(スケルトン)の群れの奥で、不自然な動きをする欠片があった。


「俺は、あの男(イグナス)を狩る」


 ジルドレッドが地を蹴った。


 肩を張り出し、猛然と骸骨(スケルトン)を吹き飛ばしながら、その空間に巨剣を振り落とす。硬質な響きが地下墓所(カタコンベ)にこだました。


「強引だな」


 声が聞こえた。空間が波打つように(ゆが)み、鏡のように周囲の景色を映したかと思うと、半人半蛇のイグナスが姿を現した。


「貴様は、賊の類か? 分不相応な剣を持っているな」

「人聞きが悪いな」


 イグナスが(わら)う。剣身が青く輝き、その力が増した。ジルドレッドの剣を押し返しはじめる。


「いま泣いて謝れば、許してやらんこともないぞ──『不撓(ふとう)』のジルドレッド」


 その言葉に、ジルドレッドが嘆息するようにちいさく息を吐いた。


阿呆(あほう)が」


 つぶやきとともに、ジルドレッドの腕の筋肉が盛り上がり、さらに太くなった。剣が押し戻される。


「こ……!」


 イグナスの剣が、自らの顔にめり込んでいく。


 腕だけでなく、ジルドレッドの全身が一回り大きくなっていた。硬さと柔らかさ、ふたつの相反(そうはん)する特性を兼ね備えた鎧──ライ(はがね)が、ジルドレッドの体格に併せて膨らむ。


 赤毛の髪がざわざわと波立ち、翠眼(すいがん)がかっと見開かれた。


「不死である己を恨め」


 憤怒(ふんぬ)の形相を浮かべるジルドレッドが、斬り結んだ剣を力任せに落としてくる。


「怖すぎるぞ、お前!」


 イグナスが素早く身体を引き、ジルドレッドの心臓めがけて剣を突き放つ。が、獣にも勝る俊敏な動きで剣を避けたジルドレッドが、イグナスに体当たりを食らわせた。


 宙に浮いたイグナスの身体を、巨剣が打ち弾いた。


 その一方──


 跳躍(ちょうやく)したファン・ミリアが、死霊使い(ネクロマンサー)めがけて星槍を振りかざす。


 死霊使い(ネクロマンサー)が、杖をファン・ミリアに向けた。黒い宝玉から冷気が吹き下ろしてくる。すべてを凍てつかせる吹雪となり、ファン・ミリアに浴びせかけられる。


 ラズドリアの盾が吹雪を上下に分断するも、勢いが弱まりファン・ミリアは着地した。すぐさま群れ集ってくる骸骨(スケルトン)を斬り払いながら、


「乗れ!」


 ファン・ミリアが叫ぶと、グスタフが飛んだ。ファン・ミリアの上に落ちてくる。ラズドリアの盾を展開し、グスタフの身体を反発させた。


 瞬発力を得たグスタフが、二段構えに死霊使い(ネクロマンサー)を攻め立てる。しかし、聖水をまとった聖騎士の剣は本体を捉えることができず、斬ったのは屍衣だけだった。


 ──おかしい。


 と、グスタフが感じたのはその時だ。


 気がつくと自分の身体の位置が、わずかにずらされている。


 着地したグスタフの背に、ファン・ミリアの背が当たる。


「何があった?」


 異常を感じ取り、ファン・ミリアが尋ねると、


「わかりません。ですが」


 グスタフは頭上を──死霊使い(ネクロマンサー)よりも高い、天井からのぞく空を見上げる。ファン・ミリアがその視線を追うと、暗い夜の内から、雨とともに何かが落ちてきた。


「そんな……」


 ファン・ミリアは動揺の声を上げた。


 骸骨(スケルトン)たちが、その者のために場所を譲るように左右に分かれている。


 そこに降り立ったのは──


「ティア……なのか」


 呆然(ぼうぜん)と、ファン・ミリアがその名を口にした。


 ティアの顔に、浮き出た黒い蛇の顔が、仮面のように重なっている。瞳孔(どうこう)の長い銀の瞳が、こちらをにらんでくる。


「……オ……オォ……」


 赤い唇を歪ませ、怒りのような、悲しみのような声が漏れ聞こえた。


「オレ……ノ……シロイ……」


 ティアの爪が、長く伸びた。


「ティア!」


 ファン・ミリアが叫ぶと、ティアがぴくりと反応した。こちらめがけて飛びかかってくる。


 前に出たファン・ミリアが、ティアの爪を星槍で受け止めた。逆の爪は、グスタフが対応した。


「筆頭、これは」


 さすがのグスタフも、判断を迷わせている。


「くっ!」


 ファン・ミリアは、強引にティアの胸倉(むなぐら)をつかんだ。


「私だ! ファン・ミリアだ!」


 怒鳴り、激しく揺さぶった。ティアは明らかに正気を失っている。


「……セイキシダン……」


 ティアではないティアの声が、言った。


「……オレ……ノ……シロイ……」


 ファン・ミリアは、はっと気づいた。


 蛇の顔に隠れた顔の下から、雫が落ちていく。


「泣いて……いるのか」


 蛇の瞳が、ぎょろりとファン・ミリアを見た。ティアの指が消え、今度は身体から黒い槍が突き出てくる。ラズドリアの盾がその槍を弾き、つかんでいた胸倉の服が破れ、ティアがのけぞった。


「ティア!」


 ファン・ミリアがもう一度手を伸ばしかけるも、上の死霊使い(ネクロマンサー)が杖をかざした。氷柱(つらら)が鋭利な刃物となって降り注ぐ。


 飛び退ったファン・ミリアとグスタフの前で、殺戮(さつりく)氷雨(ひさめ)骸骨(スケルトン)を巻き込みながら、石床を削り取っていく。


「筆頭、どうすれば?」


 グスタフから指示を求められ、ファン・ミリアは唇を噛む。すると、


「──殺すしかあるまい」


 背後から声が聞こえた。振り返ると、そこに黒狼が立っていた。


「ティアの身に何が起こった?」

「魂を奪われた」

「魂……」

「是非もないことが起こったということじゃ」


 狼は、ひどく疲れたような動きで前半身を沈めた。地を()う姿勢を取る。


「もはや、どうにもならぬ。あの男を滅ぼし得たところで、ティアは死ぬ。ならばせめてこの手で始末をつけてやるしか」

「黒狼よ」


 それでもファン・ミリアをあきらめない。


「お前には見えないのか?」


 言って、ティアを指す。その頬からつたう雫は、雨ではない。


「私には、まだ可能性は残されているように思える」

「お前ごときに、何がわかる?」


 不快そうな狼に、「わかる」とファン・ミリアは言い切った。


「人は、信じることに本懐(ほんかい)がある」


 逆境のなかでこそ、人は真価を試される。


「心を失った者は泣きはしない。苦しみは()くあろうとするからだ」

「心ではなく、魂が(しば)られておる」

「心が、魂を凌駕(りょうが)しないと誰が決めた」


 聖女たるファン・ミリアの紫の瞳が、熱く燃え上がるようだった。


「……よかろう」


 根負(こんま)けしたように、琥珀(こはく)の瞳がやわらいだ。


「お前のその、まやかしとも呼べる希望に賭けてやる」


 黒狼が、死霊使い(ネクロマンサー)を見上げた。


「あれは私が引き受けてやる」

「……頼む」


 ファン・ミリアがうなずくと、黒狼がふと目を細めた。


「何か?」


「いや──」と、黒狼は自嘲(じちょう)するように、


「神である私ができぬとあきらめたことを、人であるお前があきらめぬとは」

「……私は、信じている」


 絶望に(たお)れたひとりの少年が、死の間際に見せたもの。彼が最期に取った行動。


 その姿こそが、人のあるべき高潔(こうけつ)さだと思った。


 ファン・ミリアの心を(ふる)えさせ、そして……。


「──グスタフ、行くぞ」

「はっ」


 骸骨(スケルトン)を斬りながら、グスタフが返事をする。


 星槍を繰り、ファン・ミリアは駆け出した。


「ティア、目を覚ますのだ!」


 叫び、骸骨(スケルトン)をティアめがけて打ち飛ばす。


「……シロイ……」


 ティアは近くの骸骨(スケルトン)の頭部を手ずからつかむと、飛来するスケルトンに投げつけた。骨と骨がぶつかりあい、爆発するように四散(しさん)する。


 手で払いながらファン・ミリアが見ると、ティアが消えていた。


「グスタフ、そっちだ!」


 ファン・ミリアの声にグスタフが反応した。


 即座にふるった剣の先に、ティアが立っている。ティアは後方に倒れ込んで剣をかわすと、床に作り出した黒い沼に沈んでいく。


 グスタフの背後の床に沼が生まれた。人影が浮き上がってくる。


 すぐに察知(さっち)し、グスタフの剣がその影を斬った。


「──む」


 斬ったグスタフの手に硬い手応えが返ってくる。


(おとり)か」


 身にまとう影が()がれ落ち、中から現れたのは骸骨(スケルトン)だった。


「どこに──」


 ファン・ミリアとグスタフが周囲を見回す。


 グスタフの斬った骸骨(スケルトン)が崩れ落ちていく。その空洞であるはずの頭蓋の下から、蛇の瞳が光った。


 先に気づいたのはファン・ミリアだった。


骸骨(スケルトン)の中だ!」


 ティアが手を伸ばし、グスタフの両腕を掴んでくる。


「ぬぅっ!」


 グスタフが身をよじるが、ティアは掴んだ腕を離さない。


 ()き出しになった牙が、グスタフに迫る。


 ──噛みつかれる。


 そう思った時、ティアの顔が、がくりと落ちた。


「……オレノ……シロイ……」


 伏せた顔から、くぐもった声が聞こえてくる。


 ──これは、どういうことだ?


 不可解なティアの動きに、グスタフは訝しむ。そのティアの腹に、ファン・ミリアが星槍を引っかけた。


 迎賓館(けいひんかん)の時と同様、可能な限り力を抑えて振り抜く。飛ばされ、ティアは離れた位置に着地した。


「何が起こった?」


 ファン・ミリアから尋ねられ、「いえ」と、グスタフは頭を振った。


「私には……。噛まれると思ったのが、突然、彼女の動きが止まったのです」

「どうやら、狙われているのはお前らしいが」


 ファン・ミリアは言ったものの、その理由がわからない。


 ふたりはティアをうかがう。


「……セイキシダン……」


 ティアは、同じ言葉を繰り返している。


「あの言葉に、意味があるのか」


 半信半疑ながら、ファン・ミリアはつぶやく。


 ティアが走り出した。やはりグスタフに向かっていく。ファン・ミリアはその間に立ちはだかり、ラズドリアの盾を展開した。


「グゥゥゥ……」


 ティアは尻もちをつき、立ち上がると、再びラズドリアの盾に突っ込んできては、弾かれる。同じ動作を何度も繰り返す。


「ティア……」


 その、あまりに憐れな姿を目の当たりにし、星槍を持つ手が落ちていく。


「シロイ……シロイ……」


 ティアは、妄執(もうしゅう)(とら)われているのだろうか。


「貴方は、いったい何と戦っているんだ……?」


 ファン・ミリアはどうすることもできず、ただティアを弾くことしかできない。


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