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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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79 嵐の中でⅪ

 迎賓館(げいひんかん)、右棟一階。


 客室は暗い。


 ドア付近に立つふたつの影が、寄り添っている。


 カホカの(ふん)するオクタヴィアと、貴族の男である。


 抱き寄せられ、オクタヴィアの頭が男の胸元に押し付けられた。背筋を男の指がすべっていく。


 男の手に、まだ熟れきっていない女の身体つきが伝わってくる。その手触りを楽しみながら、抱きしめる腕に力を込めた。


 オクタヴィアの口から、吐息が漏れた。その手が、すこしだけ苦しそうに男の服を掴み、緩めようとするのを、男は構わず抱きしめ続けた。

 

 ──十分ほど前。


 大ホールで男と言葉を()わしながら、カホカは内心、気が気ではなかった。


 ──何やってんだ、ティアのやつ!


 ティアが、ファン・ミリアに話しかけている。カホカは笑顔を浮かべつつ、視界の隅でふたりの姿を捉えていた。


 幸いと言うべきか、一触即発という雰囲気ではなさそうだ。かといって、(なご)やかと呼べるほどでもない。


 残ってティアとファン・ミリアを様子見したほうがいいのか。


 悩みかけたものの、会話中、ファン・ミリアがティアから顔を──というか体をそらした。その(すき)に、ティアがカホカに視線を送ってくる。


『早く行け』


 ちいさく(あご)を振ったティアの表情が、そう語っていた。


 ──わかったっての。


 目算あってのことかはわからないが、急かされた以上、信じて任せるしかない。


「申し訳ありません。少々、失礼いたします」


 カホカは目の前の貴族の男に頭を下げた。そうして、


 ──どっちから行こうかな。


 正面扉か、給仕用の通用口か。


 考えていると、その男に手を掴まれた。


「どちらに行かれるつもりですか?」


 男の顔が、間近に迫ってくる。カホカは驚いて眉を開き、


「どちらにと言われましても……」


 戸惑いを浮かべ、わざと口ごもった。立ち去ろうとする女性を引き留めるだけでなく、行き場所まで聞くのは野暮(やぼ)に尽きる。カホカが困って視線を迷わせると、


「何者だ、女?」


 これまで笑顔だった男の顔つきが一変した。(おど)すように問い詰めてくる。


「お前はオクタヴィアではあるまい。ベステージュは、私も知っている」

「いえ、私は……」


 カホカは唇を震わせながら、


 ──コイツ、なんでベステージュって知ってんだ?


 決して自分からは名乗らなかったはずだ。


 カホカは考え、そうか、と思い至った。


 ティアが、貴族の娘に訊かれて答えたのだ。それを耳ざとく聞いていたらしい。


「……お許しください」


 唇から、弱々しい言葉が(つむ)がれていく。


「一度だけ……人生で一度だけでも、華やかなウル・エピテスを見てみたかったのです」


 お許しください、とカホカは繰り返す。


「秘密にしていただければ、何でもいたします。二度とこのような場所に来ようとも思いません。ですからどうか……」


 取られた手で、逆に男の手を掴みなおす。


 カホカがすがるように懇願すると、


「ほう、何でもすると?」


 これまで上品を取り繕っていた男の表情に、野卑(やひ)な色がありありと浮かぶ。


 ──ま、貴族ってこんなもんだよね。


 元貴族であるカホカから見れば、落胆(らくたん)するには及ぼない。宮廷に蔓延(はびこ)る差別主義。強欲をその笑顔と見栄で包み隠す技術は、彼らの専売特許である。


「はい……ご随意(ずいい)に」


 あきらめ、うなだれた仕草を見せると、男が鼻息も荒く、カホカの手を取って正面扉へと歩きはじめた。引かれながらカホカがこっそり周囲をうかがってみたが、男の行動に不審(ふしん)を抱く者はいないようだった。皆、食い入るようにホールの中央を見つめている。


 ──こっちが利用させてもらおっと。


 カホカは考え直して算段をつける。


 ちょうどティアとファン・ミリアが踊りはじめたところだった。


 ◇


 そして今──男に連れ込まれた客室にて。


 カホカを抱きしめていた男が、ズルズルと床に崩れ落ちていく。


 あっさり男を昏倒(こんとう)させたカホカは手首を回しながら、


「アタシの身体をベタベタ触りまくりやがって」


 不機嫌に言い、二度、三度と男の身体に蹴りを入れた。


「金払えってんだ、ボケ」


 好きでもない男に触られるほど不愉快なことはない。


 一向に気は収まらないが、この男にかかずらっている余裕はない。


「ったく」


 カホカはドアの鍵を閉め、窓辺に寄っていく。両開きの窓を開け放つと、すぐに雨風が吹き込んでくる。


「あーあー、ぜんぜん止んでないじゃん」


 愚痴(ぐち)をこぼしながら、カホカはドレスのスカートに手を差し入れると、あらかじめ足に巻いておいた篭手(こて)をはずし、自分の左手に巻きなおした。


 篭手は、武器職人(ブラックスミス)ボーシュ・ガルタが作成した親方作品(マスターピース)である。まだ試作品だが、ボーシュに無理を言って借りてきたのだ。


 カホカは窓の(さん)の上にふわりと跳び乗った。


 ドレスが濡れる感覚を無視し、カホカはきょろきょろと外を見渡した。嵐のなかに(そび)え立つウル・エピテスの尖塔群のうち、レイニーの牢獄がある塔は頭に叩き込んでいる。


「──まずは、どこを使おっかな」


 言いながら、近くの手ごろな尖塔のうち、壁から張り出した魔除(まよ)け像──青銅のガーゴイルに篭手を向けた。


 篭手の外側に取り付けられた引鉄(ひきがね)を引いて離し、(かぎ)付きのワイヤーを発射する。ガーゴイル像にワイヤーが巻きつき、鈎がかかった。


 篭手に内蔵されたぜんまい仕掛けによってワイヤーが巻き上げられ、窓から飛び出したカホカの身体を勢いよく引き上げていく。


「楽しいけど、雨がヤバイ!」


 ぺっ、ぺっ、と口に入ってくる雨を飛ばした。


 ◇


 同時刻。


 大ホールにて。


 踊り終え、ユーセイドが視線をそらした。


 ほぼ同時にファン・ミリアも気がついた。大ホールの正面扉から、明らかに参加者とは別の装いの集団が入ってくる。通常の衛兵ではなく、重装備をまとっている。


 ──あれは。


 ファン・ミリアのこめかみに、冷たい汗がつたう。


「……特務部隊」


 その、特務部隊を率いて闊歩(かっぽ)してくる人物。


「皆の者、その場から動かぬよう」


 ウラスロが声を張り上げた。


「いまここに賊が忍び込んだとの報があった。各位には申し訳ないが、余が直々に検分(けんぶん)を行うゆえ協力を願いたい」


 ウラスロの言葉に、ファン・ミリアは一歩踏み出していた。その背にユーセイドを隠そうとするも、


「ウラスロ……」


 ユーセイドの顔が憎悪に(ゆが)んでいる。


「落ち着け……!」


 ファン・ミリアは止めようとしたものの、間に合わなかった。周囲から叫び声が上がる。


「見て!」

「化け物がいるぞ!」


 先ほどの喝采(かっさい)とは打って変わり、恐怖と驚きの視線がユーセイドに注がれる。


 瞳に赤い光を宿したユーセイドの身体が、黒い霧に変じはじめていた。


「なるほど、報告は真であったか」


 異常を察して壁となった特務部隊の背後から、ウラスロの顔がのぞいている。そのウラスロと、ユーセイドの視線がぶつかった。


 その瞬間である。


 ファン・ミリアはユーセイドの奇妙な表情を見た。


 憎悪、ではない。目を見開き、どこか動揺しているような、不可解なものを目の当たりにした時のような表情である。


 ──何だ?


 ユーセイドはウラスロの何を見たのか。しかしファン・ミリアに考える時間はなかった。ユーセイドの瞳が再び憎悪に燃え上がり、赤い輝きを()びる。


 ──いけない!


 ファン・ミリアはとっさに掌に力を込めた。星槍(せいそう)ギュロレットを(つむ)ぎ出すと、


退(しりぞ)け!」


 派手に光が弾けるよう見せつつ、出力をギリギリまで抑えた星槍が、ユーセイドの腹に打ち当たった。


『……すまない』


 その囁きが彼に聞こえたかどうかはわからない。星槍をユーセイドの身体に引っかけるようにして、ファン・ミリアは外のバルコニーへと通じるガラス扉めがけて振り抜いた。


 女客たちの甲高い悲鳴、そしてガラスの割れ散らばる音とともに、欠片が光を反射する。


 ファン・ミリアはすかさず吹き飛ばしたユーセイドへと駆け寄った。敷居を跳び越えてバルコニーへと出る。降りしきる雨に打たれながら、そこには誰もいない。


 素早く夜空を見上げると、部屋の明かりを受けた雨が、ファン・ミリアの顔へと降り落ちてくる。


 背後に、駆け寄ってくる特務部隊の気配を感じた。


「化け物は私が追う。お前たちは殿下をお守りしろ!」


 ファン・ミリアが有無を言わさぬ口調で言うと、その気迫(きはく)()まれたように『承知!』という返事があった。


 ファン・ミリアはスカートの横を裂いて切れ込みを作ると、膝を曲げ、深く腰を落とした。両足に力をこめる。


 ヒールの高い靴が青い輝きをまとう。ラズドリアの盾を靴の下、石床との接地面に展開し、反発させた。


 次の瞬間、ファン・ミリアの身体は高く舞い上がっている。


「どこだ──?」


 さらに障害物を利用して蹴り上がり、ファン・ミリアは嵐の中で光を連ねるウル・エピテスを見渡した。

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