第七十三話 危険地域
今回は前話と一緒に二話同時投稿です。
俺は『連撃の剣』のメンバーと共に森の中で狩りを行ったが、そこで知ったのは《センス》の有無による圧倒的な実力差だった。それを知ったフレィは、俺をパーティに加える考えを諦めた。
フレィは落胆したものの、直ぐに気持ちを切り替えて俺に提案してきた。
「ねえ、ディケード。もっと森の奥へと行ってみないかい。」
「森の奥?」
「ディケードとのパーティは叶わなかったけれど、せっかくのチャンスだ。できるなら僕たちが足止めされている危険地域に入って、その雰囲気や魔物との戦いを経験してみたいじゃないか。ディケードと一緒の今なら、それも可能だろう。」
「成程、そういう事か。」
「ディケードを利用するような感じで済まないけど、お互いに良い経験になると思うけどね。」
フレィは向上心が強いな。貪欲に少しでも高みを目指そうとしている。
小賢しい理由を作って利用しようとしたり、擦り寄って来ようとしないのが良いね。本当に好青年だ。女性にもモテるんだろうなぁ。
「フレイ、本当に行くのか?」
「ああ、これは僕たちのパーティが飛躍するチャンスだ。逃す手はないよ。」
「確かにそうだ。一度でも経験しておくのは大事だ。」
「しかし、本当に大丈夫なのか?」
「怪我で済めばいいけどよ……」
「………」
『連撃の剣』のメンバーは各々の意見を突き合わせる。
フレィ程腕に自信がないので躊躇いもあるようだ。自分の命が掛かっているのだから無理もないな。
俺としては、危険地域を見ておくのも悪くないと思っている。
以前に走破してきた魔の森と、どの位の違いがあるのか比べてみるのも面白い。確か、組合の地図によると魔の森と同じような魔物が生息しているはずだ。
「バゲージスは絶対に守る。だから慎重に着いて来るんだよ。」
「は、はい!」
『連撃の剣』のメンバーは危険地域へ行くと決めたようだ。
俺たちはある程度の取り決めをして、危険区域へと向かった。
ちなみに、倒したグロゥサングリーだけど、こいつの肉は高く売れるそうなので、皆で血抜きを行った。大きすぎて運搬袋には入らないので、魔物に狙われるのを覚悟で荷車に乗せて蓋だけはしておいた。
カードを使って運び屋を呼び、持って行ってくれるようにメモを添えておいた。
こういった条件でも、大抵は運んでくれるという。
俺と『連撃の剣』のメンバーは森の奥へと進み、危険地域と呼ばれる場所へと入って行った。
もっとも、ここから危険地域という境界がある訳ではなく、森が深く険しくなっていくだけだ。ひたすらに鬱蒼と生える樹々のせめぎあいが始まり、脆弱な魔物の進入すら許さない禍々しさに満ちている。
地面に降り積もった落ちた葉っぱが腐って、咽るような臭いを発している。ズブズブと沈み込んでいく不愉快さが、踏み入れる足を拒んでいる。
ああ、この感じ。魔の森の雰囲気にそっくりだ。
杣道もいつの間にかなくなり、手付かずの自然が目の前に広がっている。これ以上は荷車を進めるのは無理と判断して、俺たちは杣道の見える最後の所に残った荷車を置いて進んで行く。
荷車に積んである荷物は、各自が持つなり背負うなりして運ぶ。
この先は俺が先頭になり、バゲージスを真ん中にして、フレィが殿を務めている。
俺の直ぐ後ろには因縁男のジュットゥが着いているが、さっきから黙ったままだ。なんだかんだと因縁を付けられるのも鬱陶しいが、黙って背後に居られるのも不気味だ。
『連撃の剣』のメンバーは自分たちの歩いた場所の脇の樹の枝に黄色いリボンを結んでいく。こうする事で、迷わずに帰れる可能性が高くなる。
奥へ進むに従い、ヒルが皆の上にボタボタと落ちてくるが、俺の張った《フィールドウォール》によって落下コースがそれて地面へと落ちていく。
それは蜂を始めとする虫たちも同じで、俺たちに触れる事ができずに飛び去って行く。
「いやはや凄すぎるね。これが《フィールドウォール》の力なんだね。噂には聞いた事があったけど、これ程とはね。蜂やヒルを全く寄せ付けないじゃないか。しかも、僕たち全員を包み込むとはね。」
「本当だよな。俺たちは蜂1匹に苦労しているのにな。」
「………」
「これって魔法なのか?」
「さっきも少し話したけど、《フィールド》は誰もが自然と持っている能力だよ。ただ、ある程度開発しないと現れない能力みたいだけどね。
《フィールド》をある程度操れるようになれば、それを意識して自分を防御するように纏わり付かせたのが《フィールドウォール》となるのさ。
後は常に張り巡らせるのを意識しながら操作していると、いずれ無意識に使えるようになるよ。そうすれば、こうして森の奥でも普通に歩けるようになるね。」
「それじゃあ、僕たちも訓練次第では開発できるという事なのかい?」
「確実にとは言えないけど、多分誰でも使えるようになると思うよ。」
フレィを始め、『連撃の剣』のメンバーは色めき立った。
「それが本当なら、凄い事だよ。今まで会った事のある上級クラスの者は誰もそんな事を言わなかったからね。」
「そうなのか、秘匿でもしてるのかね。」
「そうだろうね。弟子でもない限り、わざわざライバルとなる者を育てようとは思わないさ。」
「それで、自分が抜かれたら洒落にならねーよな。」
「だよな。」
「………」
「確かにそうだね。」
1時の方向300m程の所に反応がある。
じっくり探ってみると、単体の魔物が高い所に居る。多分、樹の枝の上に居るのだろう。
それをフレィに告げる。
「こんなに奥まで来た経験がないから判らないけど、多分シャソバージじゃないかな。奴らはもっぱら樹の上から攻撃を仕掛けてくるからね。」
「成程。じゃあ、そっちへ向かおうか。」
俺たちはなるべく音を立てないように慎重に進んだ。
200m程まで近づいた時に、向こうも俺たちに気付いたようだ。より高い場所へと登って行くのが感じられた。向こうの《フィールド》に反応がないので、匂いか何かで感づかれたと思う。
「凄いね!そんな事まで判るのかい。」
「広げた《フィールド》に感じるんだ。そいつは俺たちを待ち伏せるつもりだ。」
「ディケードの戦い方は根本的に僕たちとは大違いだね。」
「俺も最初は敵を目で見つけてから戦ってたんだけどね。より早く敵の存在を見つけたいと思っているうちに、いつの間にかこんな風になっていたね。」
自分でも驚きだけど、特にこの街に来てからは《フィールド》の感度が上がったように感じる。
あのスリの子供と出会った事で、《フィールド》の意識の持ち方が変わったからだと思う。最初は単なるレーダーのように扱って動く物を感知していたけど、今は意識のようなものを感じるようになってきた。
少しずつだけど、元のディケードの能力値に近づいているのだろう。
50m程まで近づくと、猫に似た魔物が樹の枝の上でじっとしているのが見えた。体長は2m位だろうか、とぐろを巻いた蛇のような模様の毛並みをしている。どことなく猫のアメリカンショートヘアに似ているが、凶悪な面構えなので可愛らしさがまったくない。
「やはり、シャソバージだね。僕たちが普段見るものよりも二回りはでかいね。」
「危険地域だと、魔物はでかくなると言われているけど、本当だったんだな。」
「強い個体でないと生き残れないという事か。」
俺にははっきりと見える姿を、フレィたちは目を凝らしながら見ている。俺の持つズーム機能を、フレィたちは持ち合わせていないんだな。
「成程ね。これだけ早く魔物を発見できると、色々と対策を考えながら戦いの準備ができるね。戦いを有利に進めるというディケードの言い分が良く解るよ。」
「確かにな。俺たちじゃあ、こんな距離で魔物は発見できないしな。」
「発見、即戦闘だからな。」
「………」
『連撃の剣』のメンバーは互いに頷き合いながら確認をする。
「ジュットゥ、さっきからジッと黙り込んでいるけど、やれるかい?」
「ああ、無論だぜ。」
フレィも因縁男が黙り込んでいたのを気にしていたのだろう。
色々と思うところはあるようだが、因縁男も頷き返す。
これでパーティ内の合意は取れたようだ。
「ディケード、あのシャソバージは僕たちにやらせてくれないかな。せっかくの機会なので、僕たちはやってみたい事があるんだ。」
「それは構わないけど、もしもの時は俺も介入するよ。」
「ああ、その時は頼むよ。」
『連撃の剣』のメンバーが前に出てフォーメーションと思われる形を作った。
フレィを先頭にしてスペースを開けながらジグザグに並んでいく。
俺はバゲージスを後ろに着かせて距離を取る。
樹の上でじっとしていたシャソバージが、痺れを切らしたように動き出した。俺たちが見つけたのを知って、待ち伏せは無理だと悟ったのだろう。
シャソバージは枝から枝へと飛び移りながら近づいて来る。
「上からくるぞ!連撃その一、挟撃の型だ!」
「「「「 おう! 」」」」
接近して来るシャソバージに対して、『連撃の剣』はフレィを先頭に待ち構える。
10m程の高さの枝から、シャソバージはフレィを目掛けて飛んでくる。この時、シャソバージは《プレッシャー》を放ちフレィの動きを止めようとする。
「くっ!」
明らかにフレィの動きは鈍ったが、体を倒す事でシャソバージの爪を躱した。その際に剣先を巧みに操り、シャソバージの腹を切りつけていく。そのお陰でシャソバージの《プレッシャー》が弱まった。
フレィはシャソバージとは触れる程近いのに、ロングソードを包丁でも扱うように細かく刻んでいく剣捌きには、思わず目を見張った。そして、そのままフレィの攻撃でシャソバージは『連撃の剣』のメンバーが待つ場所へと誘導されていく。
攻撃を受けた事でシャソバージの《プレッシャー》が殆どなくなり、本来の動きを取り戻したメンバーは、シャソバージを挟み込むようにして次々と剣を繰り出していく。
真後ろから見ていると、左右から流れるように剣が振り下ろされていく様は、まさしく連撃の剣そのものだ。
シャソバージは切られて傷を負っていくが、《フィールドウォール》と細かな《スライド》を駆使して被害を最小限に食い止めていく。
『連撃の剣』の挟撃から脱出したシャソバージは、近くの樹に登って難を逃れる。
が、直ぐに高い場所まで一気に駆け上がると、再び飛び降りてアタックを仕掛ける。
「連撃その二、囲いの型だ!」
「「「「 おう! 」」」」
シャソバージが逃げる間に、フレィとメンバーは次の待ち受け態勢を整える。
再び《プレッシャー》を放ちながら、シャソバージは飛んで来る。
しかも、今度は他の樹の幹を蹴ってフェイントを織り交ぜ、更には《スライド》を加えて斜め上方からフレィに迫って行く。
「右だ!」
《スライド》の方向がなんとなく判ると言っていたフレィの読みが当たって、ぎこちない動きながらもシャソバージの鼻先に一太刀を入れた。
同時にシャソバージの爪がフレィを捉えたが、今の攻撃のお陰で浅い傷で済んだ。
「ぐうっ!」
フレィは体勢を崩して倒れるが、その際に剣を振ってシャソバージの尻尾を切り落とす。
尻尾が無くなったシャソバージは、悲鳴を上げながら地面に突っ込んでいく。
『連撃の剣』のメンバーはそのまま包囲網を狭めて、シャソバージを囲い込みながら次々と剣を振り下ろす。
大小様々な5本の剣が、まるで意思があるかのように波打ちながら動き、シャソバージの体を切り刻んでいく。
流石に完全に囲まれては逃げる場所がなく、シャソバージは血まみれになって息絶えた。
見事な戦いだった。
フレィを囮のアタッカーにして、仲間たちが連携しながら魔物を打ち取っていく。チームの作戦が奇麗に嵌った戦いだ。
《女神の涙》で回復しながら、フレィは仲間たちと喜び合う。
バゲージスは『連撃の剣』の面々を尊敬の眼差しで見つめる。
「ありがとう、ディケード。君のお陰で大物のシャソバージを打ち取れたよ。」
「俺は何もしてないよ。」
「いや、君のお陰で奴を早く発見できたから、上手く僕たちの型に嵌める事ができたのさ。いつもなら、そこへ持って行くまでに乱戦となるからね。こんなに効率良くは戦えないよ。」
「本当だぜ。敵をより早く発見して戦いに備える。これがいかに重要か、良く解ったぜ。」
「全くだ。」「その通りだ。」
「………」
『連撃の剣』のメンバーは、戦いに関しては皆が真摯に向き合っている。
本当なら、ランクも下で若造の俺なんかにリードされるように戦うなんてムカつくだろうにな。
だけど、それ以上に自分たちの戦い方を向上させたいと思っている。大したものだ、心からそう思うよ。
「…おい、ディケード。」
黙り込んでいた因縁男が俺を名前で呼んだので驚いてしまった。
ばつが悪そうにそっぽを向いていたが、今は俺をしっかり見ている。
「認めるよ。お前の強さをな。俺たちとは全くタイプは違うが、魔物との戦いではお前が圧倒的に巧い。それは確かだ。」
「あ、ああ、ありがとう…」
因縁男はそれだけ言うと、プイっと向こうを向いてしまった。
こりゃまた、驚いてしまったね。絶対に認める事はないと思っていたけど、意外と素直な所もあるようだ。
まあ、嫌味を言う奴は自分の感情を素直に表すだけだからな。自分の中で認めざるを得ないという感情が勝ったんだろうな。
しかし、これもツンデレの一種なのかね。男のツンデレなんぞ、キモいだけだけどな。
『連撃の剣』の他のメンバーが因縁男を見てニヤニヤしている。
因縁男は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「なんだよ、お前ら!言いたい事があるならちゃんと言えよ!」
「いやいや~、珍しい物見せて貰ったな~」
「だよな~」「二ヒヒ…」
「うるせぇ!」
「ふふ…ジュットゥにここまで言わせるなんて、大したものだよ。」
たったあれだけで、仲間からここまで言われるのも相当だよな。普段の態度が良く判るよ。
「やったな、ディケード。ベーエルを10杯ゲットだぜ。」
「そうそう。ジュットゥの奢りでな。」
「うっ!」
「凄いぞディケード。ジュットゥの驕りなんて、年に一度もないぜ。」
「そうだぞ、ディケード。ベーエル一杯ですらないからな。」
「テメーら!」
「ジュットゥ、勿論約束は忘れてないよね。」
「お、男に二言はねーよ!」
因縁男は半ばヤケクソ気味に俺を睨みつける。
「おい、ディケード。約束通り奢ってやるからな。心して飲めよ。」
「ああ、そうさせて貰うよ。」
「ちっ、お前のそのすかした態度は本当に気に入らねーぜ。」
「それは済まないね。」
やれやれだ。因縁男はやっぱり因縁男だな。
でもまあ、若造にしか見えない俺が、年寄りじみた対応をするからそう思うんだろうな。
直した方が今後の為にも良いのかもしれないけど、長年かけて染みついた癖はそう簡単には直らないよな。
しかし、因縁男が俺の名前を呼んでから、他の連中も俺の事を名前で呼び始めた。皆とは距離が縮まって、少しは親しくなれたようだ。
といっても、パーティに入る訳じゃないけどな。フレィの言うように、実力差があるのは確かだし。活動を共にするだけの理由もない。
何より、男だけのパーティだと性欲の発散はできないからな。
読んでいただき、ありがとうございます。
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