第七十一話 連撃の剣
今回は二話同時投稿です。
俺は『連撃の剣』と行動を共にして狩りをする。
街から一刻程街道を来た時に、多少モヤの残る森の中へと入って行った。
その際に荷車を3台レンタルした。
成程。最初からこうして荷車を持って行けば、魔物を運搬するのに苦労しなくて済むな。バゲージスは荷物を降ろせたのでホッとしている。
街を出た時、直ぐに荷車をレンタルすればもっと早く到着しただろうけど、やはりバゲージスの体力作りに協力していたんだと改めて思った。
フレィとジュットゥが注意を促す。
「これからは我々が先行する。ディケードはバゲージスを護りながら、最後尾をお願いするよ。」
「了解だ。」
「無駄な音を立てるなよ。」
いよいよ狩りの始まりだ。
フレィが先頭を歩き、次に大剣持ちのビラーインが続く。その後をシレッセとテレッセの兄弟がそれぞれ荷車を押して着いてくる。ジュットゥは『連撃の剣』の最後尾だ。その後を荷車を押すバゲージスと俺が続く。
本来ならバゲージスの後をナンバー2のジュットゥが続くが、今回は俺が居るためにその並びになった。
森に入った途端、『連撃の剣』のメンバーは真剣な顔になり、緊張感が伝わってくる。メンバーに恐れは無いが、バゲージスからは怯えが伝わってくる。
俺はバゲージスの緊張を解くために、頭を軽くポンポンと叩く。
「大丈夫だ。皆が居れば安心だよ。」
「は、はい。」
先頭を歩くフレィが振り返って、俺に頷いて見せる。
確か組合で見た地図によると、この辺は危険地域の少し手前辺りだ。山猫に似た『シャソバージ』や猪もどきのサングリー等のそこそこ強い魔物が生息してる。
森の奥に進むに従い、日差しの割合が減って徐々に薄暗くなっていく。森独自のムワッとした匂いが強くなり、何とも怪しげな雰囲気が漂い始める。
これは日本の森林では味わえないものだ。殆ど手付かずの原始の森が持っている、本来の自然そのものだ。
とはいっても、ここら辺はまだ請負人や狩人たちによって作られた杣道があるので比較的歩きやすい。
早速、森の脅威ともいえる最初のお出迎えに遇う。
十数匹の蜂が飛び回っていて、行く手を阻んでいる。ここの蜂は握りこぶしの半分程なので、まだ小さい方だ。
俺は自分とバゲージスを《フィールドウォール》で包んで様子を見る。
《フィールドウォール》を扱えない請負人がどう対処するのか見てみたい。
「『アーベイユ』だ、『ゲィップ』じゃないが注意しろ。バゲージスは下がって待機だ。」
「は、はい!」
「こいつに刺されると、暫くは動けなくなるぞ!」
先頭を行くフレィが注意を促す。
バゲージスは指示に従って、太い樹を背中にして盾を構えて待機する。
成程。そうすれば被害は受け難いな。俺はその脇に立つ。
大きさは段違いだが、アーベイユはミツバチに似た蜂だ。ゲィップというのは俺が魔の森でよく遭遇したスズメバチに似た蜂だ。
日本のミツバチは巣に近づかない限り、あまり攻撃はして来ないが、アーベイユはどうなのかね。
フレィたちはじっとしながらアーベイユの動きを見守っている。
俺はバゲージスにアーベイユについて尋ねる。
「アーベイユはよく人を襲うのかい?」
「ジッとしていれば襲われません。でも、驚いたりするとお尻にある針で刺してきます。」
成程。やはりミツバチに似ているな。
しかも、一度刺すと針が抜けて死んでしまうが、その時に爆発して匂いを拡散するので、近くにいる多くの仲間が襲って来るという。また、身体を潰されたりして殺されても匂いを発散するという。
刺されると激痛で動けなくなり、その間にやって来た仲間によって集中攻撃を受けて死に至るそうだ。
恐ろしいな。針を刺した後に爆発して仲間をおびき寄せるのが厄介だ。刺されない場合でも、大群に追いかけられるという。
日本のミツバチだとオスは一回しか交尾できず、その交尾の後で生殖器が爆発して死んでしまうが、同じような機能がアーベイユの針には有るのだろう。
初めてミツバチのオスの運命を知った時には、思わず玉々が縮み上がってしまったものだ。ぶるる…
アーベイユはフレィたちに反応する事なく周りを飛んでいたが、1匹がビラーインの直ぐ脇を掠めるように飛んだ。
「ビラーイン、ジッとしていろ!」
「わ、解ってる。」
アーベイユはビラーインを挑発するように身体の周りをゆっくりと飛ぶ。
ビラーインはひたすらジッとしてやり過ごす。
「くそっ!後から仲間が来なければ、こんな奴叩き落として終わりなのによ!」
「我慢するしかない。偵察の訓練だと思うんだ。」
「動けば終わりだぞ。」
皆が緊張して見守る中、ビラーインはイライラしながら静止状態を保つ。
少しして、アーベイユは興味を失ったかのように飛び去って行った。
全員の緊張が解ける。
「フー、やれやれだぜ。」
「よく我慢したな、ビラーイン。」
「成長したじゃねーか。」
「あんなのは、もう懲り懲りだからな。」
フレィや因縁男の口振りだと、ビラーインは過去にやらかしたらしいな。
多分、我慢しきれなくて1匹を殺してしまい、多くの仲間に追われたのだろう。
しかし、このレベルの請負人でも蜂に手こずるんだな。
ジリアーヌも蜂に遭遇すると、それ以上進めなくなるとは言っていたけど、《フィールドウォール》を扱えない者には脅威でしかなく、やり過ごすしかないのか。大変だな。
俺たちは森の奥へと進み続けた。
生えている樹の種類が変わって、森は禍々しさを増していく。今までは割と真っ直ぐな幹で背の高いものだったが、この先はのた打ち回るような曲がりくねった樹が絡み合うように生えている。樹は低いものが多いが、枝から生える葉の密度が高くて、日差しを殆ど隠している。
低い位置に生えた葉は直ぐに枯れるために落葉して、杣道さえも覆い隠している。そのため、樹の幹に巻かれた黄色いロープが杣道のありかを示していた。
前方300m程の所に蠢く幾つかの気配が《フィールド》に引っかかった。
向こうはまだこちらに気付いていないが、フレィたちもこれといった反応を示さない。
気配をじっくり探ると、1m前後の物が6匹集まっているのを感じる。多分、餌を食らっているのだろう。動きが地を這うような感じなので、ワニかトカゲに似た生き物だと思う。
フレィたちは周りに気を配りながらゆっくり進んでいる。
これだけ皆で索敵に注意を払っていても気付かない。俺の能力が一般人に比べるといかに突出しているのかが良く分かる。
正確には、俺が突出しているというより、一般人の能力が落ちてしまったというのが正しいだろう。
ディケードの記憶だと、あの時パーティを組んでいた誰もがこれ位の能力は有していたからな。
俺はフレィたちがどの辺りで気付くのか観察する事にした。
少し意地悪かもしれないが、中級クラスではトップレベルにあるフレィの能力を見る事で、一般の人間の能力がどの程度なのか知る事ができるだろう。
『連撃の剣』は、メンバー全員が全身の五感を使って周りの気配に注意を払っている。周りを見渡し、聞き耳を立てて匂いに注意する。
実際に森の中を歩くと、様々な音や臭いで溢れている事に気付く。
地形が作る風の音、葉擦れの音、鳥や獣、虫の鳴き声などが常に聴覚を刺激するし、土の匂い、水の匂い、花や木の匂いが風に乗って嗅覚を刺激する。
また、木漏れ日が光に変化をもたらし、風に煽られた草木の動きや、鳥や虫の動きが景色に変化を与え続ける。
そういった、様々に変化する状況の中で、敵となる魔物の気配を探るのは並大抵ではない。
俺も日本で山歩きをしていた頃は、熊鈴を鳴らし、周りを注意しながら歩いていた。足跡や落ちている糞を見落とさないようにして、葉っぱや草が擦れる音に聞き耳を立てていた。特に歩いた後の後ろには、注意を何度も払っていた。
もっとも、そうしながらも排泄中に月の輪熊に襲われて死んでしまった訳だが。
一人だと、注意力が続かないのが欠点だが、こうしてパーティで注意を払って空白が出来ないようにするのは大切だと思う。そのため、誰も言葉を発せずに黙々と歩みを進める。
100m程まで近づいた時、クチュクチュと肉を漁る音や腐臭が感じられた。
ここまで来ると、はっきりと数と動きが判るので、対策が立てやすくなる。
しかし、フレィを始めメンバーはまだ誰も気付かない。相変わらず用心しながら歩みを進めている。
50mを切った辺りで、魔物側がこちらの存在に気づいた。食うのを止めて警戒し始めた。
動きを止めたために、フレィたちは全く気付かずに近づいて行く。
魔物は戦う準備を始めたようだ。6匹全てがこちらに頭を向けた。
「ん?前方に何かいるぞ。」
「なに…」
25m辺りで、フレィが異変に気付いた。
他のメンバーが立ち止まって辺りを用心する。
「確かに、腐臭がする。」
「『残飯漁り』か!」
「戦闘態勢!バゲージスは下がって待機!」
「は、はい!」
『連撃の剣』はフレィを先頭に、逆V字型に広がる。
俺はバゲージスを抱えて後ろに下がる。
この時、すでに魔物はこちらに向かって突進を開始していた。
『連撃の剣』が戦闘隊形を整えるのとほぼ同時に、魔物が地面を滑るように進んで襲い掛かって来た。
草むらから飛び出したその姿は大きなトカゲだ。
全身が鮮やかなモスグリーンの鱗で覆われているために、日の光が当たるとキラキラと緑色の輝きを放っていた。
が、腐肉を漁っていたのか、口元が乾きかけた血で汚れていて、物凄い異臭を放っている。
「残飯漁りだ!尻尾に注意しろ!」
「「「「 おうっ! 」」」」
残飯漁りは通称で、実際の名前は『ヴェルディーレザルー』という。
体長1~2mのトカゲで、魔物の食い残しの死骸を主な食糧としている。強力な顎で骨まで砕いて全てを食いつくしてしまい、後には何も残らない。強力な胃液を持っているので、腐肉でさえ漁ってしまう。その為に、一般的に残飯漁りと呼ばれている。
性質は獰猛で、常に飢えているので暴食だ。なので、食事を邪魔される事を最も嫌い、邪魔者を排除する為に徹底的に戦う。という厄介な奴だ。
地面を這いながら擦り寄って来た残飯漁りは、突然飛び上がって上から襲い掛かってくる。
よもや、あの体で高くジャンプするとは思いもしなかった。おそらく、尻尾の筋力が異常に発達しているのだろう。脚は体を起こすためだけに使っていて、尻尾で激しく地面を叩いて飛び上がっていた。
初めて見た俺は驚いたが、フレィは慣れているようで、焦る事なく剣先を切り上げる事で対応した。
特に先頭に位置するフレィは、最初に飛び降りてくる残飯漁りの腹を縦に切り裂くと、次いで横なぎで6匹全ての喉元を切り裂いた。
しかも、攻撃はそれだけで終わらず、瞬時に前方へ移動すると、返す剣先で尻尾の付け根を切り裂いていった。
本来残飯漁りの攻撃は、飛び上がる事で相手を威嚇してそのまま押し倒し、強力な尻尾の力で打撃を与える、というものらしい。
大概の魔物はその尻尾の往復打撃で首の骨を折って死ぬらしいが、特性を知り尽くしたフレィの前では、逆に弱点となる腹を晒す格好となっただけだった。
喉と尻尾の付け根を切られた残飯漁りは、何もできないまま地面に落ちて来て、他のメンバーによって首と尻尾を完全に切り離されてしまった。
残飯漁りの攻撃は噛みつきと尻尾による打撃だけなので、これで完全に攻撃手段が塞がれてしまった。
もっとも、首を切り落とされた時点で生きてはいないけどな。
しかし、フレィの剣技は凄いな。噂通りだ。
剣先の速さが尋常じゃない上に、脚を使った移動速度が凄い。
残飯漁りが飛び上がった瞬間に3つの斬撃を放ったからな。しかも、6匹全てにだ。6匹の残飯漁りが飛び上がった時には端から端の奴まで7~8mは離れていたのに、一瞬でその距離を移動しながらの剣捌きは凄いとしか言いようがない。
クレイゲートの商隊でそれなりに剣による戦いを見てきたけど、その誰よりも数段上を行っているのは間違いないな。
そんなフレィを、バゲージスは羨望の眼差しで見つめていた。
「なんだよフレィ、殆ど一人でやっちまったじゃねーか。」
「止めを刺すだけじゃ、物足りないぜ。」
「そうだよ。戦った気がしねーよ。」
「確かにな。」
「いやぁ、済まないね。ディケードが見てると思うと、気合が入りすぎてしまったよ。」
どうだい、という感じで俺を見るフレィ。
俺は素直に称賛を送る。
「凄いね。噂には聞いていたけど、実際に見てみるとその凄さが良く分かるよ。」
「ありがとう。ディケードにそう言って貰えて何よりだよ。」
俺に褒められて喜ぶなんて、随分と俺を買い被っているような気がする。
屈託のない爽やかな笑みを浮かべるフレィ。イケメンだよな。
それにしても、『連撃の剣』のメンバーは誰もが戦い好きのようだ。
戦いで充実感を得たり、自分の見せ場を作りたいと思っている者ばかりらしい。類は友を呼ぶというが、『連撃の剣』はそういった剣士の集まりなのだろう。
フレィは俺を見ながら質問をしてくる。
「今のような場合、ディケードならどう戦うのかな?」
「ん、俺なら遠くからの投石で倒すよ。それで撃ち漏らしがあったら、このハルバードと鞭で接近戦かな。」
「投石って、石を投げるのかい?」
「そうだよ。俺は臆病だからさ、極力接近戦をしないように心掛けているね。」
「そうなのかい…」
「なんだよそれ!つまんねー戦い方だな。」
「まあ、そうだね。俺は戦い方よりも結果重視だからね。狩りが目的なら、要は魔物を倒せればそれで十分さ。」
俺の答えが気に入らないのか、しらけた空気が漂った。
『連撃の剣』の戦い方を見る限り、皆それぞれの剣技を活かした戦いを求めているみたいだしな。俺とは根本的に考え方が違う。
俺は元々サラリーマンをしていたオッサンで、戦いを生業としてきた訳じゃない。森の中で生き残るために戦ってきただけで、戦い方に拘りはない。
暫くは狩りで生計を立てようと思っているので、狩りについて学びたいとは思っているが、できるなら安全に狩りをしたいと思っている。
それに、今の俺にはダンジョン攻略という目的ができた。そのためには効率よく魔物を排除しながら進む術を身に着けるのが、一番の課題だと思っている。
なので、最強を目指そうとか、そこに美学を見出そうという考えはない。
「なんにしても、ディケードの戦いを見てみたいね。」
「それじゃあ、次は魔物を見つけ次第、俺が倒すよ。」
「見応えなさそうだけどな。」
別にショーをしてる訳じゃないから、見応えなんか必要ないだろうよ。
口に出すと角が立つので黙っているが、なんとなく、『連撃の剣』のメンバーとは合いそうもないと思い始めた。
まあ、俺の考え方はオッサンのものだからな。若い連中とは感性が嚙み合わないのだろう。
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