第七十話 請負人見習い
今回は二話同時投稿となります。
俺と『連撃の剣』のメンバーたちは、請負人見習いのバゲージスを伴って南門を出て出発した。
まだ早朝のために、街の外は朝靄が周りの景色を覆い隠している。
『連撃の剣』の狩場は森の奥、危険地域の手前なので、暫くは街道を歩く。
街道も靄に包まれて遠くまで見通せないが、そのまま真っ直ぐに10km程伸びている。石畳が敷かれているので歩きやすく、広さも大きめの馬車が余裕をもって擦り抜けられるだけの余裕がある。
街道の左右には草原が広がるが、1km程進むと一気に森が広がりを見せる。ここからが請負人たちの狩場となる。
更に10km程進むと、魔の森と言われる危険地域となる。そこは街道以外は人の手の入らない領域で、魔物の危険度が跳ね上がるとされている。街道も石畳から、単なる地面を固められたものになる。
俺と『連撃の剣』のメンバーはサクサクと街道を進んで行くが、俺以外の皆の分の荷物を持たされたバゲージスは遅れ気味になる。
そろそろ街道が森に差し掛かるが、バゲージスの表情が辛そうだ。
「おら、早く歩け、バゲージス!」
「は、はい!」
因縁男のジュットゥが怒鳴ると、バゲージスは慌てて早足になる。
なんとか追いつくが、少しするとまた遅れ始める。
どう考えてもそうなると思うが、誰も手を貸そうとはしない。
一度、バゲージスが足を止めて座り込んだ。狐耳がへたっている。
「何やってんだこらっ!しっかり歩け!」
「いだっ!」
因縁男がわざわざバゲージスの所まで戻って蹴りを入れた。
バゲージスは起き上がって歩き始める。
フレィをはじめ、『連撃の剣』のメンバーは誰も因縁男に注意をしない。その場に止まってバゲージスが追いつくのを待っている。
これは虐めではないのか。見ていて不愉快になる。
「フレィ、これが君たちのやり方なのか?」
「そうだよ。僕たちは皆こうやって先輩に鍛えられて成長してきたんだよ。」
「そ、そうか……」
何を当たり前の事を。という感じで言われて、返す言葉に困ってしまった。俺の感覚がおかしいのか、と思ってしまう。
どうにも、俺は現代日本の価値観や倫理観で物事を推し量ってしまうので、この世界のやり方が粗暴で非人間的な扱いに思えてしまう。
確かに現代日本だと、こんなシゴキみたいなやり方をすると、いろいろと問題になって騒がれたりするけど、思い返してみれば、俺が子供の頃はむしろこういった扱いが当たり前だったと思う。
うさぎ跳びでグラウンド一周とか、バケツを持ったまま廊下に立たされるとかしたからな。この野郎とは思ったけど、それで教師を恨むとかはなかったしな。
世の中自体がそういう雰囲気だったから、そういうもんだと受け入れていた。
バゲージスを見る限り、同じように受け入れているように感じる。
バゲージスが追いつくと、また皆歩き始める。
バゲージスは肩で息をして苦しそうで、今にも潰れてしまいそうだ。
気持ちは頑張ろうと思っても、体が限界を迎えて悲鳴を上げている。
「…うぅ……ちくしょう……なんで俺だけ…こんな苦労を……」
体の苦しみは、気持ちを殺して心を歪ませていく。
段々と、バゲージスから不満そうな雰囲気が滲み出ていて、心がささくれていくのが伝わってくる。こんな扱いをされたら当然だと思う。
「少し、荷物を持つよ。」
「いえ、大丈夫ですから…」
「余計な事すんじゃねーよ!」
それでも、見かねてバゲージスが持っている荷物を少し肩代わりしようかと思ったが、断られてしまった。
因縁男は怒鳴りつけてくる。
止む無くそのまま歩くが、見ていて気持ちの良いものではないな。
もう暫く歩いた所で、ようやく休憩となった。
俺や『連撃の剣』のメンバーはなんともないが、バゲージスは崩れ落ちるように地面に座り込んだ。
「ふうぅ……た、助かった……」
バゲージスの不満が爆発寸前だったので、良いタイミングで休憩に入ったと思う。
一時(約15分)程休憩して、呼吸が整って水を飲むバゲージスにフレィたちが話しかける。
「バゲージス、頑張ったね。前回より1ヤーグ(約1km)多く進んだよ。君の成長は早い。この調子で精進するんだ。ランクアップは近いぞ。」
「大分体力がついてきたようだな。」
「頑張れ。」
「へっ、狩りをするにはまだまだだけどな。」
「はい、ありがとうございます。頑張ります。」
皆に声を掛けられて、苦しそうに歪んでいたバゲージスの表情が明るくなる。
本人も体を鍛えているという自覚があるのだろう。自分が成長していると実感できているのだろうな。確かに14~15歳位だと、まだ体が出来上がってないからな。基礎体力をつけさせるのが何より大切だ。
しかし、そうはいってもこのやり方はどうなんだと思う。大人が寄ってたかって少年を扱き使っているようにしか見えないけどな。
「フレィ、君たちはいつもこうやって見習いの子たちを鍛えているのか?」
「そうだよ。こうやって体と一緒に心も鍛えてるんだよ。」
フレィに訊いてみると、あえてそのやり方をしているそうだ。
自分一人だけが苦労している、という状況は卑屈になりやすいが、半面それを乗り越える事で自分自身に対しての自信になるという。
一人で困難を乗り越えられる強い気持ちを持つ事が、魔物と戦っていくうえで何より大切だと。
パーティを組むうえで一番重要なのは、互いに信頼しあう事で、頼りあう事ではないという。一人一人が自力で困難を乗り越える丹力と実力を持たないと、それは成立しないし、パーティが瓦解してしまう。即ち、それは死に直結する問題になると。
また、実際に卑屈になって逆恨みをする者も結構居るようで、そうならない為に見守るのが大変だとも言っていた。
成程と思い、思わず唸ってしまう。
それはチームプレイをするプロフェッショナルの世界の考え方だ。
日本に居た時も、プロスポーツ選手や監督がそんな話をしていたな。チームメイトは試合に勝つための仲間であると同時に、レギュラーの座を争うライバルでもある。仲間から認めて貰える技量を持つ事がチームへの貢献になるし、それは自分への自信と誇りとなると。
目的を達成する為には、当たり前の考え方といえるけど、中途半端にサラリーマンをしていた俺には中々理解が難しい考え方だ。
本来ならサラリーマンも、会社の利益を上げる為に社員が一丸となって仕事をすべきなのだが、中々そうはならない。特に俺が在社していたような半ブラック企業だと、仕事へのモチベーションが継続しない。
初めは頑張って仕事をしていても、経営者や上司に都合よく使われて体を壊したり心が病んだりする。
仕事ができる者とできない者の差が大きくても、給料はさほど変わらない。
仕事をしない人間が居ても、会社は滅多に首にできないので、周りのやる気を阻害する。
上司の命令は絶対と考える者が多くて、仕事以外の理不尽な事を要求される。
などなど、一生懸命にやる者ほど馬鹿を見る場合が多い。
そんな思いをしながら40年以上もサラリーマン生活をしてきたので、俺の腐りきった根性だと、フレィたちの考え方が羨ましく輝いて見える。
また、シゴキに近い扱いを受けても腐らないバゲージスの態度は、俺が失ってしまった若い輝きに満ちている。そこには、仕事に対する高い目的意識があるからこそ、明るい未来への展望が見えているのだろう。
フレィが俺に話しかける。
「ディケード。君は僕たちのやり方に不満があるようだけど、君はどんな鍛え方をしてきたんだい?」
「うん?そうだな…」
フレィの尋ね方は怒っているというより、他の方法があるのか興味があるという感じだ。
思わず答えに窮してしまう。
日本における現代スポーツは、科学的データに基づいた筋肉作りや技の形成を行うようだけど、ちゃんとスポーツに携わった事のない俺には、その説明や指導はできない。
それに、俺は鍛えて強くなった訳じゃなくて、たまたまこの身体になってしまったから強かったというだけだからな。
だけど、自分が14~15歳位の頃を思い返してみると、中学校で体育の授業やクラブ活動で体を鍛えていたな。
クラブ活動といっても特にやりたい事があった訳じゃなくて、学校の規則でどこかに所属しなければならなかったので、仲の良かった友達と同じクラブを選んだだけだった。
なので、顧問に言われるままに走らされたり雑用をさせられたりしたな。あの頃はうさぎ跳びとか当たり前にやらされたからな。
それに、理不尽な命令をしてくる先輩もいっぱい居てうざいだけだった。只々、しんどくて苦しいと思っていただけだったな。
いっぽうで、レギュラーになって大会に出るような者は燃えていたな。クラブ活動が楽しくてしょうがないという感じだった。厳しい練習や訓練も苦にならないようだったしな。
今のバゲージスを見ていると、そんな感じがする。
「ディケード?」
「ああ、ごめん、考え込んでしまった。そうだな、やっぱり似た様なものだったな。」
「そうだよね、簡単に上手くなったり強くなったりする方法はないよね。」
「…そうだね……」
心苦しいな。
俺は強い体が最初から有ったから強い魔物とも戦ってこれたけど、普通はちゃんと体作りから始めて戦い方を学んでいくんだよな。
恵まれている事に感謝しないとな。
彼らを見ていると、目的を持って生きる事がどれほど大切か実感させられるな。
バゲージスもそうだし、クレイマートもそうだった。自分の将来の姿を見据えて、それに向かって地道に努力している。苦労はしてるが、それを苦労と感じさせない目的意識を持っている。
それに比べると、本当に俺は流されるままに生きてきたんだと痛感する。
自分というものがなくて、親や周りの者の言う通りに学校に通い、就職してなんとなく過ごしてきた。結婚もそうで、嫁となった女に誘導される形で式を挙げて家庭を持った。
特別不幸ではなかったけれど、さりとて自分に誇りを持って満足できる生活ではなかった。
本当に甲斐のない虚しい人生だったな。
しかし、なんの奇跡か、俺は人生をやり直すチャンスを得た。しかも、チートともいえるような能力を授かった体を持ってだ。
目的も、半強制的ではあったけど、この惑星を救うという途方もない大きなものを持たされた。それはあまりにも重く、とてもつもない重圧が圧し掛かってくる。
けれども、遣り甲斐という意味では、これ以上ない程の挑戦といえるだろう。
人生の全てを賭けた戦いに挑むなんて、まるで物語に登場する英雄のようだ。
ひたむきに前を見て進む者たちを見ていると、自分もそんな生き方をしてみたいと思う。
日本での俺の平凡な人生を前世とするなら、今世は飛びぬけて非凡な人生を歩んでみるのも、また一興だろう。
休憩を終えると、少しだけと言いながら、フレィがバゲージスに剣の振り方を教えだした。
フレィが自分の剣で上段の構えをすると、バゲージスも隣で同じ構えをとる。
思わず目を見張る。
フレィの構えがあまりに自然体で美しく、そして付け入る隙を与えない強さに満ちていた。剣にド素人の俺でも、見惚れる程の構えだ。ただただ見入ってしまう。
達人とはこういったものなのだろうと納得させられる。
それはバゲージスだけに及ばず、他のメンバーも同じで、真剣な眼差しでフレィを見つめる。フレィが二度三度と素振りをする。
それだけで、全ての物を切ってしまうのではないかと思ってしまう。
バゲージスが同じように剣を振るが、こちらはあまりにも酷い。
剣を振る度に軌道が変わるし、刃の面が安定しない。これでは小枝すら切れないだろう。
フレィがバゲージスに指導する。
体の腰や腕、脚の位置を決めて素振りをさせる。
力の入れ方や重心の移動を説明しながら続けさせると、驚くほど上達する。
さすがにフレィの素振りには遠く及ばないが、それでも一端の剣士に見えるようにはなった。
「いいかい、今の形を忘れずに、何度も何度も繰り返して剣を振るんだ。」
「はいっ!ありがとうございます!」
バゲージスは宝物を貰った子供のように目を輝かせる。
フレィは人に教えるのが上手だな。
今まで、こうして何人もの初心者を指導してきたんだろう。
俺も子供の頃に優れた指導者と出会う事ができれば、もっとましな人生を送れたかもしれないと、バゲージスを少し羨ましく感じた。
もっとも、目的を持てない者はどう努力していいのかすら、分からないのだけどな。
練習を終えたバゲージスは、再び重いリュックを背負って歩き始めた。
しっかりと前を見つめるその眼差しは、さっきまでの死んだ魚のような目とは明らかに違っていた。
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