第六十六話 女神の依頼掲示板
俺を恐喝をしてきた『死にさらせ』とかいう、ふざけた名前のパーティが警備隊に逮捕されて一安心した。このエレベトの街は割と治安は良いようだが、やはりそういった連中が居るので、普段から用心しておくに越した事はない。
ちなみに、俺が呼んだ警備隊だが、その出動費用は有罪が確定された時点で、逮捕された『死にさらせ』に課せられるという。
悪い事はしないに限るな。
俺は広場の泉で水を飲んで一息入れた。
本当なら、屋台でワリーカ(水で薄めたワイン)でも買って飲みたかったが、日が暮れた今では屋台は全て店仕舞いしていた。
どこでも簡単に水を飲めるのはこの街の良い点だが、コンビニの便利さを知っている俺からすれば、物足りないのは否めない。
☆ ☆ ☆
俺は武器屋『アーセナァラ』に立ち寄った。
ちょうど店仕舞いしようとしていたところだが、俺を見た店長のモルティーソンが快く迎えてくれた。
武器のハルバードと鉄球を使ったと伝えたら、親方を呼んで感想を訊かれた。
俺は、ハルバード自体は文句のつけようがない良い出来だが、隠し武器はいまいち使い勝手に問題があると伝えた。親方もそれは理解しているようで納得していた。
が、直ぐに勢い込んで申し出た。
「前にも言ったが、今ならずっと良い物を作れるぞ!どうだ、注文してみんか?」
「い、いや、取り敢えずは今の物を使いこなせるようにするよ。」
「親方、今はアフターケアに力を入れた方が良いと思うよ。」
「そ、そうか……」
この親方は、新しい武器を作りたくてウズウズしているんだな。
新しいハルバードが出来たら、今の物と交換してくれるなら考えるけどな。金貨10枚も払ったのに、一ヶ月かそこらで買い替えるとか冗談じゃないぞ。
どうにも、この親方は金に対する考え方がルーズ過ぎる。息子がある程度常識人に育って良かったな。
でも、腕が良いのは確かなんだよな。
今日はそれなりに酷使したけど、穂先も斧の部分も刃こぼれ一つ無いし、ハンマーや柄の頑丈さも言う事なしで、歪みがまったく無いしな。
これなら簡単な手入れだけで長く使える。
アダマンタイトだったか、材料の良さもあるんだろうけど、それを活かす技術が確かなんだろう。
鉄球についてだが、様々な大きさの物を試してみて思ったが、基本的に3種類の大きさがあれば良いと思う。
一つは指弾用の物で、6mmの大きさと重量が使いやすく、牽制に適していると感じた。
もう一つは3つ同時の投球用で、25mmの物が手頃に感じた。これは10m前後の距離の敵に適している。
最後は単発の投球用で、60mmの物が握りやすく、10m以上離れた大物に有効だと思う。
親方が入れてくれたディンプル加工は、本来の目的である直進安定性は勿論、指先への引っ掛かりが最適で投げ易い。
そう告げると、親方は満更でもない風を装いながらも、顔がにやけていた。
で、この3種類を作って貰う事にしたが、出来た鉄球を入れるケースに磁石を仕込んで欲しいとお願いした。ケースに磁石を仕込む事で、鉄球を『磁化』する事ができる。
磁石の存在を確認すると、僅かながらも磁鉄鉱が手に入るという。磁鉄鉱は落雷などで鉱石が磁化して、自然にできた磁石だ。
今日、鉄球を使用して気づいたのだが、石を使用するよりもずっと加速や減速、軌道の変化が容易になると確認できた。
鉄は元々磁化しやすい性質があるが、《センス》による干渉で、磁化の強度が格段に上がったと思われる。
磁化とは、原子核を回る電子のスピンが偏ってる状態を指すが、《センス》は意識的にその状態を作り出す能力ともいえる。
この惑星の脊椎動物が持つ神経束は、脳で発生した意識を《フィールド》に乗せて物理的に物質に影響を及ぼす、つまり磁化させる力を持っているのだ。
専門家ではないので俺はあまり詳しくはないが、磁化した物質は磁場を持つ。
磁石にあるN極とS極が作り出す力の作用の世界だ。N極とS極は引き合い、同じ極どうしは反撥しあう。
地球もそうだが、この惑星にも磁場が存在する。
この惑星の磁場は地球よりもかなり強いようだが、実際にはかなり複雑な構造をしていると感じる。何故そうなのかは解らないが、その惑星の磁場に干渉する事で、物体を加速したり曲げたりする事が容易になっているのだろう。
森の魔物が《スライド》をするのは、惑星の磁場と森林の木々の磁場を巧みに利用しているからだと思える。
もっとも、単純に磁場だけの力では、重量のある物体を動かすには無理があるので、他の力が加えられているようにも感じる。
それが何かは解らないが、創造神グリューサーの説明にあったように、意思の力を内包した次元内のダークエネルギーが関与しているのではないかと考えられる。
親方は良く解らないという顔をしながらも、そうする事で俺の鉄球の扱いが上手くなると理解してくれた。
磁石を仕込んだケースが出来上がれば、鉄球は常に磁化されて、《センス》によってさらに自在に操れるようになるはずだ。
本来なら鉄球自体を永久磁石化できればいいのだが、鉄は軟磁性体のために磁石に触れさせて常に磁化するようにしておかないと磁力が失われてしまう。
永久磁石化のためのレアアースでもあれば話は別だが、この世界ではまだ認識されていないようだ。
いろいろと話が複雑で長くなってしまったが、鉄球とケースの制作を親方は嬉しそうに請け負ってくれた。今までやった事のない仕事は挑戦し甲斐があるのだろう。
ただ、完成は早くても2日後になるという。まあ、しょうがないな。良い出来上がりを期待して待つとしよう。
☆ ☆ ☆
武器屋『アーセナァラ』を出た俺は、請負人組合に向かった。空はすっかり暗くなっており、蓄光石による街灯が辺りを照らしていた。
普通の商売をする店は閉まっているが、組合は忙しさのピークを過ぎたあたりだろう。夕方近くに大方の請負人が狩りを終えて帰って来るからだ。
請負人組合の貸ロッカーに武器と荷物を預けて、俺は中へと入っていく。
当然、入口の真正面に陣取っている、総合受付のマッチョオヤジと目が合う。
「よう、ディケード。いきなりの大活躍じゃないか。」
「ああ、偶々だけどな。」
「謙遜するなよ。偶々でホブシャウワーレは倒せないぜ。」
マッチョオヤジが随分と馴れ馴れしく話しかけてくる。初対面の時とは別人のようだ。ニコニコした笑顔が不気味だ。
しかし、俺がホブシャウワーレを倒した事をもう知ってるんだな。情報の伝達速度が凄いな。
「俺が目をかけているだけの事はあるぜ。大した奴だ。」
「ありがとうよ。」
別段、目をかけられた覚えは無いが、あまり深く関わりたくないので流しておくのが無難だろう。
された事と言えば、金鉄ランク専用の受付に案内されたくらいだが、目をかけられたというよりも、カーミュイルの件で厄介ごとに巻き込まれたともいえるな。
あまり擦り寄られても嫌なので、俺はそのまま8番窓口へ向かった。
が、8番窓口では一人の男が対応中で、もう一人が並んでいる。
笑顔で対応するカーミュイルに対して、対応中の男はデレデレしながら話を長引かせている。美人過ぎるのも大変だな。
長くなりそうなので、俺は並ぶのを止めて掲示板を見て回った。
今日は何も知らずにホブシャウワーレと戦う羽目になったからな。事前に情報を得ていたなら、もっと効率の良い戦い方ができたはずだ。
受付の並びの手前奥のスペースに《女神の警告》という掲示板がある。
月桂樹のような植物で縁取った縦2m横3m程の掲示板があり、その両脇に女神像が手を添えるようにして立っている。一体は表面を向いていて、もう一体は後ろ姿になっている。裏表どちらを見ても同じ作りになっていて、そこに書かれている警告文も同じ内容の物になっている。
ざっと読んでみると、『請負人の十戒』とされる女神の警告文が記されている。
・用もなく街の外に出てはならない。
・街の外へ出る際は覚悟せよ。
・街から出る前に装備の点検を怠ってはならない。
・街の外では常に周囲への注意を払え。
・無暗に森の奥へと入ってはならない。
・魔物は敵であると同時に生きる糧でもある。
・己の実力を知って無謀な戦いを避けよ。
・人間同士争ってはならない。
・人間を見捨ててはならない。
・街に帰るまでが使命となる。
まあ、常識的な事が書いてあるだけだな。
この警告文は添え物みたいなもので、重要なのはその隣に描かれた、このエレベトの街の周辺地図だ。
特に危険とされる魔物の出没位置が、このエレベトの街の周辺の地図に印が付けられていて、一目で分かるようになっている。
印の脇には魔物の絵と共に目撃情報が書かれていて、特徴や注意事項が添えられている。
隅っこにホブシャウワーレの依頼書が貼ってあり、大きく✕が付いている。退治済みのハンコが押してあるので、俺が倒した奴だろう。
依頼書を触ると、音声ガイダンスが鳴り出した。
[ホブシャウワーレは無事退治されました。1013年5月16日、南区の森にて黒鉄ランクによる単独退治です。ホブシャウワーレは無事退治され…]
触り続けていると、延々と同じセリフが流れ続ける。
いきなり喋り始めるので驚いたが、これは文字が読めない者に対応するためだろう。この世界は識字率が随分と低いようだからな。
試しに別の注意事項の部分に触れてみると、やはり音声ガイダンスが流れる。
[南区の森奥でラピードルウの群れが確認されました。詳細は不明ですが、注意が必要です。南区の森奥で…」
う〜ん、凄いな。見た目は地図の上に手書きのメモをペタペタと貼っているだけなのにな。メモの紙なんか紙とも言えないようなパピルスに似た粗末な物だ。
それなのに、触ると書かれた内容を読み上げるんだからな。魔法にしか思えないよな。実際、一般の人々はこれを女神の魔法だと信じているのだろう。それは、職員の多くも同じみたいだ。
一通り警告に目を通した後、俺は奥の壁一面に張り付けてある依頼書を見て回った。これは『女神の依頼掲示板』というようだ。掲示板を挟んで女神像が立っている。
まったく、なんでもかんでも女神をつければ良いというものでもないだろうにな。
別段、女神が依頼を出している訳ではなく、依頼された契約内容を守りなさいという戒めのためのようだ。確か、この女神は《約束の女神ミトーィレ》のはずだ。貴族街を囲う壁のレリーフにあって、老婦人が説明してくれた女神だ。
ミトーィレは東洋人のような顔立ちをしていて、目が細く唇が薄い。少し薄情な感じで怒ると怖そうだ。胸も控えめだ。
女神の依頼掲示板には様々な依頼を書いた紙が張ってある。漫画やアニメに出てくるような掲示板に似ているのが、なんとも言えないな。
掲示板は初級クラスと中級クラスに別れていて、左側に行くほど難易度は高くなっているようだ。
初級クラスを見てみると、街の中での個人や法人の依頼が多い。
紛失物を探して欲しいとか、店の周りや倉庫の清掃といった雑用が多く、公共事業の臨時作業員や期間工等も多い。
中級クラスになると、特定の魔物の狩りや捕獲、護衛や警備といったものが多くなってくる。ある程度経験を要する専門性が強くなってくる感じだ。
俺は中級クラスの依頼書を一つ選んで触ってみた。やはり、音声ガイダンスが流れる。
[家畜化の実験に使用するプロレシャポンとブレットイーの捕獲を要望する。できるだけ無傷でオスとメスを2匹ずつ生け捕りにして貰いたい。
尚、捕獲用の檻は貸出可。
報酬は銀貨15枚。期日は6月10日。エレベトアカデミー畜産部門。]
成程な。中級クラスの中でも比較的難易度の低い依頼だけあって、報酬は安いな。一人で1日で終わるならそれなりの稼ぎになるが、五人パーティで3日掛かりで達成となると、一人当たり1日銀貨1枚の稼ぎにしかならないしな。
しかも生け捕りとなると、小動物の魔物であってもかなり難しい。上手く檻まで追い込めれば良いけど、獲物の習性を知らないと厳しいだろうな。
メリットとしては、森の入口付近で捕獲が可能なので、危険度が低い事だ。
面白そうなので、受けてみようと思う。依頼を正式に受けてみるのも、いい経験になるだろう。
プロレシャポンとブレットイーは『森の暴れん坊』が狩っていた魔物だ。狸とイタチに似ているので、見つけるのも容易だろう。
期日までにはまだ日数もあるので、何かのついでに捕獲できれば良いだろう。
ふと思いついたけど、試してみたい技がある。
磁化した鉄球が出来上がったら挑戦してみるとしよう。
「ディケード。」
名前を呼ばれたので振り返るとノイティだった。
俺が軽く手を上げて応えると、仲間から離れて駆け寄ってきた。
あの生意気なエッフェロンとかいう少年は居ないようだけど、他の二人は1番の受付に並んでいる。
「ディケード、また会ったね。」
「そうだな。」
ニッコリ笑ったノイティは可愛い。
あのアイドルの面影が少しあるけど、それよりも日本人の顔をしたノイティを見るとホッとするというか、気持ちが安らいでいく。
「ゴブリンの魔石のお陰でいつもよりも稼げちゃった。ありがとう。」
「そうか、良かったな。」
あの二つの魔石でいつもより稼ぎが良いとは、普段どんな生活をしているのか。
着ている物からしても貧しいとは思っていたけど、ノイティたちは俺が想像するよりも困窮しているのかもしれない。
「あの、それでね……」
ノイティが困った顔をして打ち明け話をした。
俺がノイティたちから離れた後、放置してあったゴブリンの死体を四人で運んで売ったらしい。
死体を漁りにきた魔物から逃げるようにして、なんとか一体だけ運んだようだが、それをノイティは申し訳なさそうに話す。
ノイティは反対したらしいが、エッフェロンがこれを売れば金になると言って強行したようだ。他の2人も賛成したという。
「ゴメンね、あれはディケードのものなのに……」
「気にする必要はないよ。運ぶのは手間だから捨てたものだしな。それをどうするかはノイティたちの自由だよ。」
「本当にそれでいいの?」
「構わないさ。それよりもノイティたちが無事で良かったよ。あのエッフェロンとかいうのも無事なんだろう?」
「うん、大丈夫だよ。エッフェロンは他の仕事に行ったんだ。」
心のつかえがとれたのか、ノイティはホッとしながら微笑んだ。
そんな事を気にしていたのかと、ちょっと驚いたけど、その素直で真っ直ぐな性根に心が洗われる気がした。
ノイティは少しだけ俺に寄り添うと、嬉しそうに俺のジャケットの裾を掴んだ。
「ディケードは優しいね。助けてくれて、心配までしてくれるんだね。」
「ん、そうかな…ははは、ノイティは可愛いからな。」
なぜか当たり前のようにノイティの頭を撫でてしまう。
まだ小学生にしか見えなくて、背の低いノイティの頭がちょうどいい高さにあるからだ。たまに会う年の離れた弟の小さな娘のように接してしまう。
「可愛い……」
ノイティの顔がポッと赤くなった。
それを見て、俺はまたやってしまったと思った。
子ども扱いした事を怒られると思ったけど、ノイティは嬉しそうにしている。
俺は内心ホッとしながら手を放す。
「それじゃ、またね、ディケード。」
「ああ。」
受付で待っている二人の順番がきたので、ノイティは仲間の所へ戻っていった。
ノイティは不思議な女の子だ。
普段は女性や少女に自分から触れる事なんてないのに、ノイティは壁を感じさせずにスルリと懐に入ってくる感じがする。まるで身内のように感じてしまう。
ノイティは見ているだけで癒される気がする。
できるなら、なにかしらの力になってあげたいと思った。
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