第六十五話 狩りの成果
俺が倒して買取所に持ち込んだ魔物、ホブシャウワーレは果たして退治依頼が出ている本物なのか。
買取所の所長と共に数人の部下がやって来て、確認作業を始めた。
「これは君が一人で倒したのかね?」
「そうだ。」
「俄かには信じがたいが、カードを読み取らせて貰えるかな。それと、こいつはどんな戦い方をしていた?それでどうやって倒したのか教えて貰えるかな?」
所長は端末らしきデバイスで俺のカードをスキャンして画面を見る。俺のプロフィールを見ているのだろう。驚きながらもフムフムと頷いている。
俺はホブシャウワーレとの戦いを思い出しながら、その戦いについて説明した。その都度、所長はホブシャウワーレの死体を見ながら、傷や怪我について質問してくる。
聞き取りが終わった後も、暫く部下や職員と共に話し合いを行っていた。いつの間にかギャラリーができて、何事かと多くの請負人たちが見ていた。
いい加減待ちくたびれた頃、ようやく結論が出た。
「依頼書のホブシャウワーレでまず間違いないだろう。多くの目撃談と一致するし、最後の南側へ逃れたという証言とも一致する。後、以前戦ったパーティとの傷跡も確認できた。」
無事に認定されたようだ。
この瞬間、ギャラリーが一斉に沸き立った。
「「「「「 うおおおおっっっ!!! 」」」」」
「スゲーっ!ついにホブシャウワーレが退治されたぞ!」
「マジか、あれは被害レベル3の魔物だぞ!」
「しかも、倒したのが黒鉄ランクの単独退治だぞ!」
「マジかよ!有り得ねーだろう!!!」
「ディケードって奴らしいぞ!」
「「「「「 ディケード。 」」」」」「「「「「 ディケード。 」」」」」
ギャラリーの皆が口々に俺の名前を呼ぶ。
俺は別に有名になる事を願っている訳ではない。むしろ、下手に顔と名前が売れれば厄介事が増えるだけだろう。無駄なトラブルが増えそうな予感にげんなりした。
「これから大変だな。」
「同情するよ。」
「ありがとうよ。」
『森の暴れん坊』の連中が理解を示してくれたのが、せめてもの救いだろう。
全ての処理を終えた所長は、ホブシャウワーレの退治証明書を発行してくれた。俺はそれにカードを使ってサインした。この退治証明書を請負人組合に持っていけば換金できるという訳だ。
それと、この時に知ったのだが、なんと賞金の金貨10枚はあくまで退治に対するもので、その死体と魔石は別に買い取ってくれるらしい。しかも、賞金には税金が課されないという。
成程、それなら個別の依頼を受ける方がずっと稼げるという訳だな。
「スゲーな!」「良く倒してくれたぜ。」「がっぽり儲かったな。」
買取所を出た俺に、多くの請負人が声を掛けてきた。その殆どに敵意が無く、単純に祝福してくれたり喜んだ者たちばかりだ。
しかし、何人かはこっそりと後をつけているのも確かだ。
確認のために歩く速度を変えたりしてみたが、後をつけてくる連中もこちらに合わせた動きをする。間違いない。早速トラブルがやって来たみたいでうんざりする。
『森の暴れん坊』の連中を巻き込んではいけないので、俺はこの場で運搬料金を支払った。
彼らに運んで貰った魔物の査定額から買取所の手数料1割と税金分を引いて、その3割が取り分だ。俺はそれに大きく色を付けて銀貨7枚を支払った。
「こんなにいいのか?」
「途中で追跡者も追加されたしな。後、いろいろと教えて貰ったお礼だよ。」
「ディケードって計算も早いんだな。正直、俺にはさっぱりだ。でも、ディケードの役に立ったのなら良かったよ。」
「助かったのは事実だ。受け取っておいてくれ。」
「分かったよ、ありがとう。今後も用があったら声を掛けてくれ。」
「ああ、その時は声掛けするよ。ありがとう。」
『森の暴れん坊』の連中は、久々に美味い酒が飲めるとホクホク顔で去って行った。
俺的には随分と安く済んで有難いが、正直申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
運び屋に頼んでいれば銀貨10枚を支払わなければならなかったし、ホブシャウワーレだと判れば、金貨10枚の1割を持っていかれたんだ。それを考えると異常なまでに安いといえる。
仮に俺がホブシャウワーレを運んで、他の魔物の運搬だけを運び屋に頼むにしても、前もってそういった知識が無ければ、交渉にもならないだろう。
そういう意味では、今回『森の暴れん坊』の連中と出会えて良かったと思う。
しかし、『森の暴れん坊』の連中は本当に大丈夫なんだろうか?
今回は俺と知り合う事で銀貨7枚が上乗せされたが、それでも7人で分ければ銀貨1枚(約1万円)だ。
もし俺と出会わなければ、小動物の魔物2匹で銀貨2枚程だ。7人で割れば、大銅貨3枚(約3千円)にも満たない稼ぎだった。
これじゃあ、生活が成り立たないだろう。副業をしているようだけど、他人事ながら心配になってしまう。
とはいっても、俺に何ができる訳でもないけどな。
請負人は完全出来高制だ。稼げる者は幾らでも稼げるし、稼げない者は食っていけなくて廃業するしかない。厳しい世界だが、それ故に自分の実力と裁量でなんとでもなる仕事だ。
『森の暴れん坊』には頑張って欲しいと思う。
そういえば、ノイティたちはどうなったんだろうか?
更に厳しい生活を強いられているようだが、ちゃんと食えているのだろうか?
日本人そっくりなノイティには強く生きて欲しいと思う。
☆ ☆ ☆
『森の暴れん坊』と別れたが、やはり俺の後をつけてくる者たちが居る。金が目当てなのだろう。
とはいっても、退治証明書は俺のサインが入っているので、俺以外は換金できないだろうし、換金した後でも女神の財布に預けてしまえば、金は奪えないだろうしな。
そろそろ日が沈んで暗くなり始める。早めにけりをつけた方が良いだろう。
《フィールド》を使って探る限り五人居るようだが、特に《プレッシャー》を感じさせる奴は居ない。
俺は路地に入って建物の裏手にまわる。袋小路になった場所に出たので、そこで待ち伏せた。日本に居た時の自分では信じられない行為だな。
程なくして五人の男が姿を現した。
請負人風の格好をして武器を持っている。が、いかにも与太者といった感じで肩で風を切って歩くチンピラにしか見えなかった。請負人のカードが見当たらないので、見えない所にでも貼っているのだろう。
「へっへへ…俺たちに気付いて逃げたようだが、生憎行き止まりだったな。」
「態々一人になってくれるなんてな。間抜けな野郎だぜ。」
「まったくだ。袋の鼠ってやつか。」
「お陰でやり易くなったけどな。」
「そうそう。」
いかにもなセリフで脅しをかけてくるが、自分たちが誘き寄せられたとは考えないようだ。見た目通りに、知性も教養も持ち合わせていないらしい。
「なんの用かな?」
「けけけ、なんの用かな、だってよ!」
「あったまの悪い野郎だぜ。」
「有り金を出しな!それと、退治証明書もな。それを換金したら、俺たちにその金を渡せばいいんだよ!」
「そうそう。そうすれば痛い目見なくて済むんだぜ。」
「どうせお前だって、あれを倒した奴らから死体を奪ったんだろう。」
「相打ちになった連中から掠め取ったんだろうよ。一人の黒なんかにあれが倒せる訳ねーからな。」
成程な。そういう風に考えたのか。確かに戦いを見ていなければそう思っても不思議はないか。
でも、そう考えるのは、自分たちが普段からそうやって他人から奪っているからだろうな。だから黒鉄ランクの俺一人だと、簡単に脅せると思ったんだな。
はてさて、こんな場合はどうしたらいいんだろうな?
日本だと、警察にでも連絡するのが良いのだろうけどな。もっとも、その場合は間に合わなくて脅しに屈するしかない訳だが。
一応この街にも巡回している兵士はいるようだけどな。カードを6回以上タップするんだったかな。やはり、この場合もこのままだと間に合わないな。
目撃者が居ないが、返り討ちにした場合正当防衛が認められるのかね?
俺は元々、こんな奴らは殺されてもしょうがないと思っているが、さりとて自分の手を汚してまで殺したいと思わないし、殺せるとも思っていない。
盗賊に襲われた時は止むなく殺してしまったけど、未だにあの時の事は心に淀みとなって残っている。あんな思いはしたくないからな。
やれやれだ。
「おいっ!なに黙ってやがる!」
「ビビってんじゃねーか。」
「へっ!ハイって返事して渡せばいいんだよっ!」
男どもが俺を壁際に追い詰めるように取り囲み、武器を突きつけてくる。
武器を向けられてはしょうがない。俺は《プレッシャー》を放つ。
「「「「「 ぐげっ! 」」」」」
意識を奪わない程度に男どもの動きを止める。
突然動けなくなって、何が起こったのか解らない男どもはパニックに陥る。
「な、なんだ、体が動かねぇ!」
「ど、どうなってるんだ!?」
「動け!動け!動け!」
「くそっ、くそっ、くそっ!」
「グガ―――――っっっ!!!」
「黙れっ!」
「「「「「 うっ!!! 」」」」」
俺がハルバードを男どもの顔の前に突きつけると、男どもは鋭い穂先を見ながら黙り込む。
このまま男どもを叩きのめすのは簡単だけど、後が厄介だ。どうせこういう奴等は、後でより弱い者で憂さ晴らしするんだろうな。
俺は無難に助けを呼んでみた。
カードを取り出して、名前の部分を抑えながら左端を6回タップする。実際に助けを呼んだらどうなるのか、見てみたいと思ったのもある。
すると、それを見ていた男どもが急に焦りだした。
「お、おい、止めろ!」
「警備隊なんか呼ぶんじゃねーっ!」
「た、頼む、止めてくれ!」
「うわーっ!終わりだ!終わりだっ!」
「止めろーっ、止めてくれーっ!テメーも男なら戦いやがれっ!」
恥も外聞もなく喚きだす。警備隊ってそんなに怖いのか?
程なくしてカードが緑色に光り、10分程で警備隊がやって来た。意外と早いな。なんらかの通信手段を持っているんだな。
しかし、本当に凄いなこのカードは。日本でも中々こうはいかないぞ。
警備隊は目立つデザインの革鎧を身に着けて、その上に一目でそれと判るマントを羽織っている。全部で十人居るが、三人の女性が混じっている。性犯罪にも対応するためだろうか。
警備隊が到着した際に、困惑しながら俺たちを見つめた。
そりゃそうか、武器を持ったままの男たちが身動きできずに固まっているんだからな。
「ええと、これはどういう状況なんだ?」
隊長と思われる男が尋ねてきたので、事の経緯を説明する。この時にカードの読み取りを求められたので、それにも応じる。ついでに退治証明書も見せる。
「成程、そういう事か。」
「ち、違う!そいつが言ってる事は出鱈目だ!」
「そうだ、嘘っぱちだ!」
「黒なんかにあの魔物を倒せる訳ねーっ!」
「そいつだって犯罪者だ!」
「そうだ、そうだ。」
今のセリフを聞いて隊長はじろりと睨む。
語るに落ちたな。「そいつだって」って、自分たちが犯罪者だと認めているぞ。
まあ、状況から見て、俺が男どもを襲う理由が無いからな。それは隊長も理解しているだろう。
隊長の命令で、警備隊のメンバーが男たちの武器を取り上げて拘束する。
俺が《プレッシャー》を解放すると、男たちはがっくりと崩れ落ちた。懸命に抗っていたので、力尽きたのだろう。
隊長は俺のカードと共に、男どものカードも見つけてデバイスで読み取る。
こんな所でもハイテクが使われている。本当に個人情報には厳しいようだ。
「ディケード君か。成程、実力は請負人組合も認める折り紙付きか。こいつらを拘束していた能力も君の技の一つのようだな。」
「な、なんだよ!こいつは単なる黒じゃねーのかよ!」
「魔法使いなのか!?」
「騙したな!」
「くそっ!」
「………」
隊長の言葉にギャーギャー喚きだす男ども。
騙すも何も、勝手にそっちが着いてきて絡んできたんだけどな。
しかし、警備隊は俺の情報を簡単に見れるのか。しかも説明していない技の情報まで知っているのはどうなんだ。
確かに組合で総合受付のマッチョオヤジに《プレッシャー》を掛けたけど、それも登録されているのか。
この世界には、個人情報を保護するなんて観点はないのだろう。権力を持つ者が一方的に情報を扱えるようだ。そこに恐ろしさを感じてしまうな。
「さて、お前たちは『死にさらせ』とかいうパーティだな。成程、前科持ちか。有罪が確定したら奴隷落ちだな。」
「お、俺たちは何もしてねーっ!」
「そうだ。勝手にこいつが警備隊を呼んだだけだ。」
「何も盗ってねーのに、なんで捕まんだよ!」
「そうだ。そうだ。」
「俺たちは無実だ!」
「分かった分かった。釈明は『捌きの女神ローイ』様の前で幾らでもしてくれ。」
ロープで繋がれた男どもは警備隊に連れていかれた。
隊長は俺に、無いとは思うが、もしかしたら《女神様の裁判》に出廷して貰う事になるかもしれないので、それだけは覚えておいてくれと告げて去って行った。
この世界にも裁判はあるんだな。
《女神様の裁判》って何だろう。もしかしたら嘘発見器にかけられるとか、記憶を覗かれるとかするんだろうか。そんなのが有るなら怖いな。
でも、男どもが警備隊を随分と恐れていた理由が解ったな。奴隷落ちじゃ、人生終わりみたいなもんだよな。男の場合はどうなるんだろうか。強制肉体労働かな。
まあ、なんにせよ自業自得だよな。
それと、警備隊がちゃんと仕事をしてくれた事にホッとした。もしかしたら、賄賂でも要求されるんじゃないかと思ったが、大丈夫だった。
去り際に、こういった状況で絡んで来た連中を殺した場合はどうなるのか聞いてみた。
確実に襲われた証拠がある場合は無罪となるが、無い場合は裁判になるという。
一人でも生き残りが居て証言できるなら、《捌きの女神ローイ》様が沙汰を下してくれると説明してくれた。
成程な。やはり《女神ローイ》は人間の嘘を看破できるのだろう。
人間の発する霊波は、魂の在りかたを表しているようだからな。
ふう…
大きく息をして、俺は元の道に戻って歩き出す。
今日は街の外に出て、新しい武器を試しながら狩りをしてみたが、なんだかんだといろいろな事があったな。
3組のパーティに出会ったし、請負人が金を得る流れも把握できた。
この世界で生活の手段を得て、生きて行く基盤作りも出来つつあると実感する。
社会的文明があって人間が多くいると、それなりに縁ができたり争いが起こったりする。一人で生きるためだけに狩りをして無味乾燥な生活をしていた時とはまるで違う。
他人との関わりは厄介だと思う事も多い反面、様々な知識や情報を得られたり情緒的な刺激があったりして面白いと思う事も多い。
やはり人間は社会的動物なんだと思う。人との関わりが無ければ、孤独は精神を蝕んでいく。鬱陶しい上下関係は御免だが、ある程度心を置ける仲間は欲しいと思う。
この世界にやって来てまだほんの少しだが、基本的に日本で生活していた時とそんなに人間の性質が違うとは思えない。文化的な違いや生活における習慣の違いはあっても、乗り越えられなくはない。
特にジリアーヌはそれを体現させてくれた。
今はまだ、この街での生活に慣れて戦いに備える事が大切だが、ダンジョンに挑戦するための情報収集と仲間を見つける事が、この街での課題ともいえる。
特に俺にとって重要なのが、性欲を解消してくれる相手を見つける事だ。
今の体質の改善が無理なら、それは絶対に譲れない部分だからな。
とはいっても、本当にそんな都合のいい女性がいるのかね……
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